全集第25巻P78〜
天国の市民とその栄光
(5月25日)
大正8年(1919年)8月10日
「聖書之研究」229号
内村鑑三述、藤井武筆記
我等の国は天に在り。我等は救主即ちイエス・キリストの其処(そのとこ
ろ)より来るを待つ。彼は万物を己に従はせ得る力に由て我等が卑しき体
(からだ)を化(か)へて其栄光の体に象(かたど)らしむべし。
(ピリピ書3章20、21節)
これは私達が熟知しているうるわしい言葉である。しかしながら、これをその前後の関係から見ることにより、さらに深い意味を知ることが出来る。
パウロはここに、特に天国の市民とその栄光について語ろうと思ったのではない。彼がある他の事を言うに当って、ついでに述べたこの言葉が、反って最も重要な教訓として、人の心に訴えるに至ったのである。
ピリピ書第3章の初めにおいて、パウロは歓喜(よろこび)の福音を述べつつあった。ところが彼は何を思い出したのか、何か悪い報知(しらせ)が彼に届いたのか、その第2節から突然激しい言葉を放っている。
そしてそのように彼の心を動乱させた原因は二つあった。
教会内における二種のキリスト者が、彼を悩ましていたのである。
パウロがこの書を認(したた)めたのは、多分紀元後六十四五年の頃で、キリストの昇天後未だ四十年にもならなかった。ところが驚くことに、この時既に教会内に党派を生じて、純福音を乱す者が出たのである。
その第一は、
ユダヤ的キリスト者であった。即ちキリスト教会に入りながら、依然として旧い習慣を守り、割礼(かつれい)を重んじ、これによらなければ救われないと言って、パウロを苦しめた人々である。
パウロは彼等を「犬」と呼び、もしユダヤ的信仰が救いのために必要ならば、私こそ最初に救われるべきはずではなかったかと言って、彼等と闘った。
次にその第二は、彼が18節以下に説いている者である。「
キリストの十字架の敵多ければなり。彼等の終は滅亡(ほろび)なり。己が腹を其神となし、己が羞辱(はじ)を其栄(ほまれ)となす。彼等は唯(ただ)世の事をのみ思へり」と。
これはいわゆる
逸楽(いつらく)派である。彼等は神の愛を信じ、キリスト教の美を賞賛するけれども、もともと自分の哲学的思想から、または社会改良の必要からキリスト教に入った者なので、キリストのために十字架を負わなければならなくなると、キリスト教から逃避するのである。
パウロはこの種の人々を責めて、彼等は自分の腹、即ち胃腑(いのふ)を神とする者だと言った。
このように、彼が一方において「犬」と呼び、他方において「十字架の敵」と称して激しくこれと闘った二派の者は、
いずれも異邦人または教会外のユダヤ人ではなくて、教会の内部に在って異端を唱えるキリスト者であったのである。
そして
十字架の福音は、常にこの両極端を敵として左右に有するのである。
儀式的信仰と社会的信仰、人が救われるのは多くの戒律を守って、自己を潔くすることにありとするユダヤ派と、キリストのような厳格な生涯を排し、出来る限りの快楽を享受することを神の聖旨(みこころ)に適うとする逸楽派と、この二派はいずれの時代の教会にも在る。
彼等が主張していることは全く相反するようであるが、その
自己または肉を中心として十字架の福音を空しくしようとする点で、二者は同一である。
ゆえにパウロは、しばしば十字架を高唱して、この両派と闘った。「
人は十字架を信じて救はるゝなり」とは、ユダヤ派に対する彼の答弁であった。「
我等は十字架を負うて此世の敵とならざるべからず」とは、逸楽派に対する彼の戒告であった。
ピリピ書第3章においてもまた、彼はこの両派に反対した後、自己の立場を明らかにして言った。いわく、「
我等の国は天に在り」と。即ち、
私達はこの世のものではない。この世は私達が籍を置く所ではないと、
一言で彼等と絶縁したのである。
この強い一言によって、パウロは自らユダヤ派または逸楽派と何の関係もないことを明白にしたのである。
「国」とは、市民権という意味である。パウロはタルソに生れたユダヤ人であるが、彼の父は何かの功績があって、ローマの市民権を有した。
ゆえに彼は周囲の人々に対し、「
汝等はヘブル人又はギリシャ人なるも、我等は羅馬人なり」と言って、政治上における自己の特権を表白して、彼等との立場の相違を明らかにすることが出来たのである。
しかしながら、
政治的にローマの市民であった彼パウロは、信仰的には天の市民であった。ローマ人としては、ローマの全ての法律、命令、習慣に従わなければないように、キリスト者としては天国の全ての法律、命令、習慣に従わなければならなかった。
彼の一切の利害(interest)は、天国に係っていたのである。ゆえに「我等の国は天にあり」と彼は言ったのである。それによって、俗化派または儀式派と全くその関係を絶つことが出来るのである。
しかしながら、こう言ってパウロはなお、言い足りないことを覚えた。彼はこれに加えて、
キリストの再臨と信者の栄光とについて一言せざるを得なかった。
ピリピ書第3章の主題からすれば、彼はその事をここに付加せずに済んだであろう。しかしながら、たとえ主題に関係が無くても、自分の心に充満する大きな真理を、発表すべき機会があれば、これを発表せずにはいられなかったのは、彼パウロの習慣であった。
この点において、グラッドストーンなどもまた、彼に似ていた。グラッドストーンの英国宰相としての演説には、あたかも大学講堂における学者の講演に類するものがあった。
政治上の問題を論じるに当り、事がもし美術、文学、詩歌等に関連すれば、彼は自分の深い研究を説いて、憚らなかったのである。
ゆえにある人はこれを評して言う、「彼の演説は、川を渡ろうとするに際して、舟に乗らず、悠々とその上流に遡って、土地産物等を調査するようなものである」と。
パウロもまたそうである。
彼は、自分の心をかき乱した教会内の異端に対し、警戒の語を発するついでに、最もうるわしい語を用いて、その心中に充溢している深い真理を吐露したのである。
「
我等は救主即ちイエス・キリストの其処(そこ)より来るを待つ」 私達の市民権は上にある。この世は、私達の国ではない。私達は今、敵の中にいるのである。
そう、敵は教会の外にいる。またその内にいる。私達は、彼等と激しい戦を続けつつある。私達の戦は、敗北に終ろうとするように見える。しかしながら、いつまでもそのようであるのではない。
やがて天より大いなる援兵―――救手(すくいて)が私達のために降るのである。救手とは誰か。イエス・キリストである。彼は一度死んで葬られたが、三日目に甦って天に昇り、今なお生きておられるのである。
そしてある時が来れば、彼が私達の救手(原語「ソーテール」は、「救主」よりもむしろ「救手」と訳する方が良い)として、必ずそこから来られるのである。
「
彼は万物を己に従はせ得る力を以て云々」 彼イエス・キリストが孔子または釈迦よりも偉大な人物であるとは、誰もが認めるところである。
しかしながらパウロは言う、
彼は単に偉人または聖人ではない。彼によって万物が造られたのである。彼によって万物が存(たも)つことが出来るのである(コロサイ書1章16、17節)。
彼は万物を御自分に従わせ得る力を有する者であると。
キリスト者と称する者の中に、この事を信じる者は果してどれだけいるか。もしこれを信じ得るならば、奇跡などは実に当然の事である。
彼は一言の下に、嵐を鎮(しず)めたと言う。何の不思議があろうか。彼は五つのパンで五千人を養ったと言う。何の疑問があろうか。彼は死者を甦らせたと言う。何の不合理があろうか。
地球だけでなく、日も月も幾万の星も、そして実に
全宇宙が彼の釘打たれた手の中に存するのである。これを信じなければ、キリスト者と言うことは出来ない。もし各自の信仰を試験したいと思うなら、この事を以てしなさい。
パウロはこれを信じた。ゆえに彼は、キリストが来て、「我等の卑しき体(からだ)を化へて其栄光の体に象(かたど)らしむべし」と言って、
十分な論拠を有したのである。
尋常の人が来て、この事をするであろうと彼は言わない。万物を御自分に従わせ得るイエス・キリストである。彼が来て、私達の身体(からだ)の栄化を行うであろうというパウロの主張は、論理上においても、何等の誤謬も無いのである。
ここにパウロは、「身体」のことについて述べている。しかし、ここだけではない。「
噫(ああ)我れ悩める人なる哉。此死の体より我を救はん者は誰ぞや」(ロマ書7章24節)と言い、
「
キリストを死より甦らしゝ者は、其汝等に住む所の霊をもて、汝等が死ぬべき身体をも生かすべし」(同8章1節)と言い、「
我等も自ら心の中に歎きて子と成らん事即ち我等の身体の救はれん事を待つ」(同8章23節)と言う。
彼は何故このようにしばしば「身体」の事を口にするのか。宗教は霊魂のことである。身体は医家の領域に属する。ところがパウロがしきりに身体の事を言うのは、彼の信仰が肉的だったからであるか。
いや、彼が身体の救いを力説するには、深い理由があった。生命の要素中、身体ほど御し難いものはない。霊魂の変化は大きいが、身体は霊魂の欲するところに副(そ)わない。即ち
身体が救われずには、霊魂も完全になれないのである。
ゆえに特別に救いを要するものは、身体である。キリストが降りてこの身体を栄化する時、私達の救いは初めて完成するのである。
昨秋米国大統領ウィルソンが出て、大きな希望を世界に提供した。彼は万国の民を一家族として、永遠の平和を実現しようと思ったのである。その高遠な理想を尊敬しない者は、誰もいなかった。
しかしながら惜しいことに、彼には一つの誤算があった。私達の
罪の身体をどうするか。この罪の身体の改造なしには、平和の喜びは地に臨まない。
パウロが高唱するように、私達の救手(すくいて)であるイエス・キリストが天より降って来て、万物を御自分に従わせ得る力で、私達の卑しい身体を変えて彼の栄光の復活体に象らせられる時、真の平和は初めて実現するのである。これが、聖書が繰り返し教える事である。
その時を待たずに、自らこれを成就しようと思う者は、誰でも深刻な失望に陥らざるを得ない。ウィルソンもまたそうである。彼が以前に提出した大理想が実行不可能であることがようやく明白になろうとする今日、彼の心中に果して深い歎きが無くて済むだろうか。
私は思う、今に至って、彼もまたその父母から伝えられた古い新約聖書が誤っていないことを痛感したであろうと。理想家の失望はみな、この真理を解さないことから来る。もし自己の力で世界を改善しようと思えば、失望しない者があろうか。
しかしパウロは言った、理想は実行される。ただし私によってではなく、代議士によってではなく、平和会議によってではない。
天から来られる救主イエス・キリストによってである。彼が万物を御自分に従わせ得る力で、私達の身体を復活栄化させる時、私達の理想は遺憾なく実行されるのであると。
ゆえにキリストの再臨は、人類の理想実現の唯一の途(みち)である。再臨を信じないで高遠な理想の実現を信じることは出来ない。再臨を信じなければ、俗化しない聖(きよ)い生涯を維持することは出来ない。
キリスト自ら教えて言われる、「
汝等腰に帯し、火燈(ともしび)を燈(とも)して居れ」(ルカ伝12章35節)と。これは再臨の信仰と、信者の現世における生活との密接な関係を説いたものである。
何故キリスト者の間に、徒(いたずら)に儀式を重んじるユダヤ派または肉欲を充たそうとする逸楽派が生じるのか。
彼等は天を仰いで、救主キリストが、そこから来るのを待ち望まないからである。
天的信仰の持続は、キリストの再臨を信じることによってだけ可能である。
人はあるいは、再臨の信仰を、その人の
学説であると言う。しかしながら、再臨は学説ではない。
信仰である。
学説はこれを譲るであろう。しかし信仰は一歩も譲ることは出来ない。
神の言葉である聖書が明示するキリストの再臨は、動かすことの出来ない、私達の信仰である。
かつて有名なリンカーンが米国大統領であった時、彼は奴隷廃止の必要を強調し、「凡(すべ)て相争ふ家は立つべからず」という聖書の言葉を引いて、これを主張した。
ところが、彼の反対者であるダグラスが、神の言葉を否定して、「否、相争う家も立つことが出来る」と言った時、リンカーンは言った、「それなら争論は、私と私の政敵との間にあるのではない。彼と聖書との間にあるのだ。私は私の答弁を聖書に譲ろう」と。こう言って、彼は断然彼等と絶ったのである。
聖書の言葉は最後の決定者である。私達は、聖書がキリストの再臨と信者の栄光とを明言するので、一切の失望に打ち勝ち、疑わずに、ただこれを待ち望むのである。
完