内村鑑三の著作を現代訳する試み

全集第29巻P74〜

　　　　柏木の改善
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大正14年(1925年)2月10日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「聖書之研究」295号

◎　柏木の集会は、だんだんと善くなりつつあると思います。その主な原因は、新会員の入会を断って、旧会員の緊縮を計ったからであると思います。

柏木の大欠点は、会員が多すぎることです。故に内が常にまとまらず、芝居か寄席の状態を持ち続けて来たことです。求道者であると言えば、なるべく迎えて、その指導の任に当たろうと思ったのです。


◎　しかしながら、人には何人にも力の限りがあります。会員が六百人もいて、その上に毎月何十人という新会員を加えていけば、健全な会を作れるはずはありません。

よって今回大いに意を決し、内が固まるまでは新会員を入れないことにしました。その結果はまことに良好であって、ここに初めて会らしい会を持てるようになりました。


◎　私は世にいわゆる教会を有(も)ちたくありません。即ち世に勢力を張り、彼を倒してでも我を張ろうと欲するような団体は、決して有(も)ちたくありません。

しかしながら、イエス・キリストを中心に相つながった信仰の兄弟姉妹が組成する霊的ホームは切に有(も)ちたいと思います。そして今後、これを目的として進みたいと思います。

会員諸君においても、私のこの意に賛成して柏木において温かい、居心地の良いホームが現れるように御尽力下さいますよう御願いします。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　完

全集第29巻P72〜

　　　　近代人とキリスト信者　他
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大正14年(1925年)2月10日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「聖書之研究」295号

　　　　　近代人とキリスト信者

◎　「自己に覚めよ」と近代人は言う。そして彼等は自己に覚めて何を発見したかと問うと、自己に価値があること、自己に権利があること、自己が自由であること、無限に発展して、宇宙を我が物とする資格があることを発見したと答える。


◎　キリスト信者もまた、自己に覚めた者である。けれども彼は、近代人のように覚めた者ではない。キリスト信者は、自己に覚めて、自己が罪人であることを発見する。

彼はパウロと共に言う、「善なる者は、我れ即ち我肉(生まれながらの我)に在らざるを知る」と。

キリスト信者に取って、自己に覚めるのは悲しい事であった。けれどもその悲しみに追われて、彼はキリストに走った。そして自己においてではなくて、キリストにおいて、満足と歓喜とを発見した。


◎　こうして、近代人とキリスト教徒ほど、似ているがまるで異なる者はいない。近代人は自己主張者であるのに対して、キリスト信者は自己放棄者である。自己に生きようとする者と、自己に死のうとする者とである。二者は全く別人である。



　　　　　偉人になる途(みち)

◎　偉人とは、大事を為す人であると思うのは、大きな間違いである。偉人とは、小事に忠実な人である。小事に忠実なので、その小事が積もって、彼を大きくするのである。

小人とは他でもない、偽りの人である。万事を誤魔化す人である。何事をも完全に為そうと思ってその事を努めない人である。ゆえに彼は生涯を費やして、一事をも成就し得ないのである。


◎　偉人に成りたいと思うか？　甚だ容易である。全てあなたの手に来る事は、力を尽くしてこれをなすべきである(伝道の書9章10節)。

誠実その事が偉大である。誠実に万事に当たれば、何人も偉大になるまいと思っても、それは出来ない。世に未だかつて、誠実でなくて偉大であった人がいた事はない。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　完

全集第29巻P70〜

　　　　THE CROSS AS PHILOSOPHY. 　人生哲学としての十字架
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大正14年(1925年)2月10日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「聖書之研究」295号

　　　　　 THE CROSS AS PHILOSOPHY.

The enigma of life is as insoluble as ever. No philosophy of life has ever succeeded in solving it. Good things come to bad men, and bad things come to good men. True men are rejected as hypocrites, and false men are hailed as saints. The strangest of all things is the life we live in this world.

But one thing settles all questions; and that is the Cross of Jesus Christ. The Cross solves the enigma of life, and maketh all things clear and comprehensible.

The Cross is God’s philosophy of life; it is the key to the satisfactory solution of all the knotty problems of life.

Walking in the light of the Cross, we stagger not, though confronted with the biggest inconsistencies of life.



　　　　　人生哲学としての十字架

　人生の謎(なぞ)は今になっても依然として不可解である。如何なる人生哲学といえども、未だかつてその解釈に成功したことはない。善事は悪人に来るし、悪事は善人に来る。真の人は偽善者として斥けられ、偽りの人は聖人として迎えられる。全宇宙に、私たちが現世において送る生涯ほど不思議な者はない。

けれどもここに全ての問題を解決する一つのものがある。それはイエス・キリストの十字架である。十字架が人生の謎を解釈する。万事がこれによって明白になり、解し易くなる。

十字架は神の人生哲学である。人生の全ての難問題の満足な解決に、私たちを導くカギである。

十字架の光に歩んで、私たちは人生の最大の矛盾に遭遇することがあっても、少しもよろめかないのである。


　博士Ａ．Ｍ．フェヤベインが、その名著「キリスト教哲学」において言ったことがある、「キリストはその釘(くぎ)づけられた掌の中に、宇宙の秘密を握っておられる」と。実にその通りである。

宇宙の秘密は、人生のそれと同じく、キリストの十字架において在る。彼がその上で、エリ、エリ、ラマ、サバクタニの声を発せられた時に、人生の謎は解けたのである。その事の解った者がキリスト信者である。


　　　　　　　　　　　　　　　　　完