内村鑑三の著作を現代訳する試み

全集第29巻P79〜

　　　　　　何のための伝道か
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大正14年(1925年)3月10日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「聖書之研究」295号

◎　伝道は何のためにするか。これは伝道者にしばしば起こる問題である。人に道を伝えても、その人がこれを信じて、真の信者になることは、滅多にない。召される者は多くても選ばれる者は稀(まれ)である。

伝道ほど労力に比して効果の少ないものはない。ゆえに多くの伝道者は、伝道を廃して政治または実業または他の事業に入る。

文豪ルナンが使徒パウロを評して、彼パウロが、その生涯の終りにおいて、伝道に従事したことを悔い、その青年時代において契(ちぎ)りを交(か)わした愛人で、故郷タルソに残した者を想い、痛恨の涙に咽(むせ)んだであろうと言ったのは、単に空想だけと見るべきではあるまい。


◎　まことに若(も)し伝道が、この世限りの事であるならば、今日直ちにこれを廃するのが賢明である。伝道によって人は容易に信者にならず、社会は改まらず、国は救われない。

しかし、伝道はこの世限りの事でない。「夫(そ)れ審判(さばき)は神イエス・キリストをもて我が福音に循(よ)りて、人の隠れたる事を裁き給はん日に成るべし」(ロマ書2章16節)とあるから、福音は終りの審判の日において、神が全ての人を裁かれる時に、神にとってもまた人にとっても必要であるであろう。

キリストの福音を称して、これを「永遠の福音」と言うのも、このためであろう(黙示録14章6節)。即ち福音はこの世限りのものでなく、永遠に有用なものであるという事であろう。


◎　人には誰にも自己に覚める時が来る。もしこの世において来なければ、来世において来る。そしてその時は、恐ろしい時である。自分の罪を認めさせられて、神の前に裸で立つ時である。

その時彼は、援助をどこに求めるのか。「キリストの血、すべての罪より我等を潔(きよ)む」とは、そのような場合に処して、真の福音である。

福音は、眠っている霊魂にとっては、何の必要もない。けれどもそれが一たび覚めて、独り義を以て裁かれる神の前に立つと、キリストの十字架を除いて他に隠れ場はないのである。

その時福音は実に福音である。これがあって助かり、これがなくて亡びるのである。福音は人が自分の罪に覚める時に、必要で不可欠なものである。


◎　その時のために私たちは、今福音を説きつつあるのである。私たちは今、社会国家の無用物として賤しめられるけれども、その時になって私たちの辛労(しんろう)は認められるであろう。

その時多くの背教者は、私たちに感謝するであろう。その時彼等は再び救いの岩を発見して、安全であり得るであろう。そして私たちもまたその時を望んで、今は「世の汚穢(あくた)又万物(よろずのもの)の塵垢(あか)」として扱われても、忍んで伝道を続けるであろう。



　　　　　　　　　　　　　　　完

全集第29巻P77〜

　　　　　　MODERNISM AND AMERICANISM.　現代主義とアメリカ主義
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大正14年(1925年)3月10日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「聖書之研究」295号

　　　　　 MODERNISM AND AMERICANISM.

Modernism in all its phases is nothing but love of pleasure rather than love of God. It is an attempt to get the greatest amount of pleasure out of this globe of only eight thousand miles in diameter, in a span of life of only threescore years and ten.

Instead of saying : the earth is the Lord’s and fullness thereof, Modernism says: earth is man’s, and fullness thereof.

It exhausts one source of resources after another, and never gives thanks to the Creator; and in its eagerness to enjoy the present life, it pays no attention to the welfare of the future generation.

And Americanism is the most developed form of Modernism, and in the name of science and progress, it is leading the whole world into swift destruction.

May God deliver us from Modernism and Americanism!



　　　　　現代主義とアメリカ主義

　現代主義とは他でもない、これをその全ての方面から見て、神よりも楽しみを愛することである。これは直径わずかに8千マイルのこの地球から、わずかに70年のこの短い生涯の間に、最大の楽しみを得ようとする努力である。

聖詩人と共に「全地と其内の凡(すべ)ての物はエホバの有(もの)なり」と言わずに、現代人は言う、「全地と其内の凡(すべ)ての物は人類の有(もの)なり」と。

現代人は後から後へと、地の資源を使い尽くして顧みず、またこのために造物主に感謝しない。また彼等は、現代において楽しもうと思う熱心から、子孫の未来の幸福に注意を払わない。

現代主義の最も発達したものはアメリカ主義である。アメリカ主義は、科学と進歩との美名の下に、全世界を急速な破滅へと導きつつある。

祈る、神が現代主義とアメリカ主義との二つの有害有毒の主義から、私たちを救出して下さることを。(テモテ後書3章4節参考)



　　　　　　　　　　　　　　　完

全集第29巻P75〜

　　　　　　〔青木庄蔵著「世界をめぐりて」〕序言
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大正14年(1925年)3月10日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「世界をめぐりて」

　飲酒その事は悪事であると言うことは出来ない。しかしながら、多くの悪事が飲酒に伴う。
これが飲酒を悪事にするゆえんである。飲酒によって亡んだ人と家とは数えきれないほど多い。飲酒によって滅んだ国家もまた少なくない。

飲酒は小事であるように見えて、実は大事である。人生の失敗、家庭の不和、社会の紊乱(びんらん)、国家の退廃、いずれもその原因を探れば、多くは飲酒にあるのを知って、飲酒の害毒に対して義憤を発しない者が誰かいるであろうか。

殊に我が国のように、飲酒を一種の礼儀であるかのように思い、杯を取らないことを、礼を失した行為であるかのように見なす国において、飲酒の全廃を計るのは、大きな愛国的行為と称せざるを得ない。

日本は外敵のために亡びる恐れはないけれども、飲酒のために亡びる危険は甚だ高い。6千万の同胞が一年間に酒のために消費する金額が17億円に達すると聞いて、戦慄しない者がいるだろうか。

飲酒を小事と見なし、禁酒論者を嘲る人は、国家の安否を気にかけない反逆者と見て間違っていないであろうと思う。


　私の親友青木庄蔵君は、我が国における飲酒習慣の全廃を、その一生の事業としておられる人である。君が先般企てられた世界旅行は、この目的で行われたものである。君は同志を広く世界に求めて、君の事業は今や世界的になろうとしつつある。

この書は、おそらく日本国を世界の禁酒同盟に誘導するものとして、有力なものだと思う。ここに一言を加えて、著者に対する厚い友情を表する次第である。

　　　大正13年12月11日　　　　　　　　　　内　村　鑑　三


　　　　　　　　　　　　　　　完