全集第34巻P267〜
(日記No.203 1924年(大正13年) 64歳)
1月14日(月) 晴
本当のブルー・マンデー(青い月曜日)であった。身体は疲れ、精神は弱り、万事万物が青く見えて不愉快であった。そのような時に、私たちはみんな米国人になってしまう。即ちただセカセカと働く人になってしまう。
そして働いて何の愉快もないのである。願う、イエスを仰ぎ見ることを。亡び行く世界や国を見ずに、永遠に生きておられるイエスを仰ぎ見ることを。他の事はどうでも良い。またどうする事も出来ない。
1月15日(火) 半晴
今晩またまた大地震があった。ただしこれと言った被害はなくて感謝であった。午後改築した今井館聖書講堂の献堂式を行った。札幌農学校の同窓で、私と同じく札幌独立教会設立者の一人である伊藤一隆氏に式を司ってもらい、誠に幸福であった。
来会者は160人、いずれも改築費寄付者であった。46年前の昔を回顧し、感慨無量であった。寄付者は総数352人、金額は6800円余りであった。大手町の会員900余名中、これだけ残ったと思えば大きな感謝である。
私たちが今日読んだイザヤ書6章に言う、「
其中に十分の一の残る者あれども、此(これ)も亦(また)呑み尽されん。然れど聖裔(きよきたね)残りて此(この)地の根となるべし」(13節)と。
900人が300人に減って、私の事業が本当に始まったのであると言うことが出来る。
1月16日(水) 晴
一日の好い休養をした。黙示録研究からしてローマの歴史に興味が起り、ネロ、ドミシアン、セネカ等の略伝を復習して有益であった。
引続き煩悶を取ってもらいたいと言って、弟子入りを志願する者が絶えない。実に困ったものである。自分は寺の和尚ではない。故に煩悶を取除くことは出来ない。私は福音の使者であるから、罪を取除かれたいと欲する者には多少の援助を与えることが出来る。
日本人の多数は、仏教とキリスト教とを混同して、キリスト教もまた単に慰安を与える宗教であると思う。そして今日のいわゆるキリスト教、即ち米国流のキリスト教は仏教と根本を同じくする者であって、至って低い宗教であると言わざるを得ない。
人が慰安を求めずに、神の正義を求めるに至って、彼は本当の平安を得ることが出来るのである。
1月17日(木) 曇
午後、今井館において、聖書研究会音楽主任吉沢重夫君の葬儀を司った。会葬者百余名、信仰に溢れた集会であった。今年に入ってから私が司った第2回の葬式である。
第1回の神田乃武君は、世にも稀な幸運の人であった。これに対して吉沢重夫君は、世にも稀な不幸の人であった。そして吉沢君が数年間神田男爵が校長であった正則中学校の音楽教師であったこともまた不思議である。
私は黙示録2章9節の言葉を以て、吉沢君について言いたいと思う、「
貧しきとは雖(いえ)ど、汝は富めり」と。
信仰の立場から見て、君は非常に恵まれた人であった。君は4年間の大手町の大活動を通して、私の協働者であった。そして君が逝って、君の季妹の直子さんが、君に代わって柏木のオルガニストとして務めてくれることになった。
主イエスのために生きまた死ぬ、誠に光栄の至りである。復活の朝、私たちが再び相会う時に、この事について相互に語るであろう。
1月18日(金) 半晴
ヨハネ伝8章32節の研究に全日を費やした。他に二人の訪問客があったのみである。
1月19日(土) 晴
相変わらず嫌な事がある。人生の暗黒的半面を見て、生まれなかった方が遥かに幸せであったように思われる時がある。しかしながら神を信じて、人生には、光明が暗黒よりも遥かに多い事が分かる。そして暗黒もまた光明を増す途(みち)である事を今日まで幾回も実験した。やはり生まれた事は、良い事であった。
◎ 米国地理学雑誌1月号が届き、中央アフリカ開発に関する面白い記事を読んで楽しかった。英国の一陸軍士官が単独でダフールと称する日本帝国と同じぐらいの大きさの国土を統治する実験談は、よく英国民膨張の精神を代表しており、我が国今日の状態に顧みて羨望の念に堪えなかった。
1月20日(日) 晴
麗らかな冬日和であった。改築の今井館において、第1回の日曜日集会を開いた。朝は200名、午後は130名の会衆があった。
朝は「真理と自由」と題してヨハネ伝8章32節を、午後は「自由の解」と題して、真の自由とは何であるかに就て語った。そして前には畔上が、後には塚本が助けてくれた。
相変わらず、聖(きよ)い喜びに満ち溢れる一日であった。外の世界は荒(すさ)み切っているが、キリストを通して神を仰ぐ内の世界は、常に新春の光に溢れる。栄光限りなく彼に在れである。
1月21日(月) 晴
安息の月曜日であった。ヘッドラム、プラムマー等の注解書に目を曝(さら)して、楽しい一日を送った。今さらながらに人に誹(そし)られる快楽を覚った。
人は私を誹るのであって、私に宿っておられるキリストを誹るのではない。私は既にキリストと共に十字架に釘(つ)けられた者であって、死体と同然である。故に私が誹られるのは死体を鞭うたれるのと同然であって、実は少しも痛さを感じないのである。
この事を知らないで、クリスチャンである私を攻撃したならば、さぞかし痛みかつ怒るだろうと思うのは大きな間違いである。「打って恨みが晴れるなら、打てや犬坊、
たたけや犬坊」と伊達政宗が謳(うた)った通りである。
それにしても撃てば人が直るであろうと思い、撃つより他に人を直す途を知らない今の日本人は、気の毒な人たちである。
1月22日(火) 晴
雑誌編集が始まった。24頁分を秀英舎に送った。久し振りにウードワード著「軟体動物学摘要」を開いて見て面白かった。博物学研究は、平均した判断力を養成するために最も必要である。
単にカタツムリやナメクジについて知るばかりではない。これを知る途がまた宇宙の真理を探る途として非常に貴いのである。
思うに近代人の多数は、数学と博物学には趣味を持たないであろう。
彼等は事実(ファクト)よりも想像(ファンシー)を愛するので、突飛な説を唱えて憚(はばか)らないのである。私は今になって思う。これからは聖書研究会の会員を選ぶに当たって、簡単な数学ならびに博物学の試験を行うならば、今日までのように、多数の背教者を産出せずに済むであろうと。
背教者と言えば、十中八九は思想または芸術の人である。理学または実行の人の内には至って少ない。口の人である法律家と筆の人である文学者は、信仰の事実を知るには最も不適当な人たちである。
1月24日(木) 晴
平和な勤労の一日であった。聖書研究会入会の希望者は絶えず、これを断るのに大きな努力を要した。今日に到りこれほど求道者が増して、私はこれをどうすることも出来ない。
彼等は何故教会に赴(おもむ)かないのでああるか。教会はまた、何で彼等を迎え、また収容しないのであるか。
私の手は、既にいっぱいである。私はもはやこの上霊魂を預かることは出来ない。私は背教者続出を忍びつつ、今日までこの任に当たった。今や適任者が続出して、この任を分かつべき時である。
1月25日(金) 晴
世に批評家なる者がある。彼等は他人の信仰または行為を批評する者であって、自分に確たる信仰または行為はない。
彼等は、「君はこうしてはならない、またはこうしなければならない」と言うけれども、それでは自分は何を信じ、何をするかと問われれば、今なお研究中であって、確答することは出来ないと言う。
彼等は、他人の平和を壊す才を有(も)つが、自分の平和をさえ築く力が無い。そして今のいわゆる批評家、文士、思想家はたいていはこの類である。
我が国ばかりでない。世界各国が、この種の人たちによってその平和を乱され、その存在の根本までを危うくされつつある。何をすれば良いのかを知らずに、ただ為されつつあある事を否認する。
これはサタンの精神である。そしてこれ等の批評家は、サタンの族(やから)に他ならない。サタンは否定家(ディナイアー)である、批評家である。そしてサタンは今やいずれの社会においても活動する。
世が破滅に傾きつつあると言うのは、サタンのこの跋扈(ばっこ)を許していると言うに過ぎない。
けれども神は「永遠の然り」である。Eternal Yea である。
彼はかく有り給う者であって、
有り給うが如くに成り給う者である。
真の神を信じて、私たちは消極的人物に成りたくても成り得ない。彼は壊されるけれども、壊すや否や直ちに造られる。彼に接すれば、「
その怒はただ暫(しばし)にて、その恵は生命(いのち)と共に長し。夜はよもすがら泣き悲しむとも、朝(あした)には歓び歌はん」(詩篇30篇5節)である。
まことにキリスト教は思想ではない。
神の恩恵の事実である。故に健全な家庭も社会も、その上に起こるのである。
試された事実を離れた思想に勝る毒物はない。私たちは神の恩恵の歴史である聖書と、6千年間にわたる人類実験の結果である常識……常識(コモンセンス)とは、実はこの事である……に頼り、私たちの生涯の舵を取れば航路を誤らないと信じる。
私などは旧い日本人、また旧いキリスト信者である。旧い日本道徳と旧いキリスト教の信仰がなければ、私には生命はない。これを求める者は来なさい。求めない者は去りなさい。
(以下次回に続く)