全集第29巻P9〜
ガラテヤ書の研究
大正14年(1925年)1月10日〜5月10日
「聖書之研究」294〜298号
第1回 ガラテヤ書を紹介する
ガラテヤ書全部の通読を要する。
◎ キリスト教はどのような教えであるか、その中心的真理は何か、人はどのようにしてキリスト信者となるか、彼が歩むべき道はどうか、そのような根本問題について明白に、簡単に知る必要がある。私たちの研究が精細にわたる結果として、私たちが全体を見逃す恐れがある。
キリスト伝を研究して、主の御生涯を学ぶと同時に、私たちはその御生涯の意味を知らなければならない。それ故に、私たちはしばしば研究の方面を転じて、私たちの信仰を新たにする必要が起こるのである。
◎
私たちが知りたいと思うものは、原始的キリスト教である。キリスト教はどのようにして起こったか、その事を知って私たちは、しばしば自分の信仰を作り直すことが出来る。そしてそのためには、書簡の研究が必要である。
ちょっと見たところでは、福音書が原始的キリスト教を伝える者であって、書簡はその説明であるかのように思われるが、事実はその反対である。
書かれた順序から言っても、書簡が前に書かれて、福音書は後に書かれたのである。前にキリストに対する信仰が起こって、後に彼の御生涯について知ろうと思う欲求が起こる。
信仰の立場から見たキリスト伝即ち福音書が著されたのである。
イエスを知って彼を信じるに至った場合もなくはないが、しかし最も多い場合は、初めに彼を信じて、それから後に彼を知って信仰を強くしたいと思う場合である。
人であるイエスを知って、神であるキリストを信じるのは、信者が実際に取る途(みち)でない。初めに神であるキリストに引き付けられて、後に人として現れられた彼を知ろうと思うのが普通である。
近代人が批判的にイエスを研究して信仰の道に入ろうと思って、常に失敗に終わるのは、よくこの事を示すのである。
◎ 新約聖書が書かれた順序を尋ねるならば、第一に書かれたものがテサロニケ書簡であったろう。その次に書かれたものは、コリント書簡か、そうでなければガラテヤ書であったろう。四福音書などは、早いものはそれよりも十年後、遅いものは四十年後に書かれたものである。
そして
最も簡明に初代信者の信仰を伝えるものは、ガラテヤ書である。この書に現れた信仰を以てキリスト教は起こったのである。
極めて簡単である。そして深遠である。一度聞いただけで、解る者には解る信仰である。敢えて深い学問に依ると言うのではない。また詳しくイエスの生涯について知ると言うのでもない。
ただ「
イエス・キリストの十字架に釘(つ)けられた事を明かに其の目前(めのまえ)に著(あら)はされたる」(3章1節)によって信じたと言うのである。
その簡単明瞭な信仰を伝えるものがガラテヤ書である。それゆえに実に貴い書である。この書によって複雑な思想の内に迷う信者が、信仰の単純に帰ることが出来るのである。
◎ そのような書であるので、ガラテヤ書は今日まで、世界の信仰の歴史において、幾回も人類の信仰を復興する役目を務めた。
他の例は措(お)いて問わないとして、16世紀におけるルーテルを以て始まった欧州の宗教改革は、この書を以て始まったものである。ルーテルの手に在って、ガラテヤ書は、欧州人を使徒時代の活ける信仰に引き戻す機関となった。
人間は儀式によって救われるのではなく、哲学や神学その他の込み入った思想によって救われるのではなく、また罪滅のためにする難行苦行によって救われるのでもなく、ただ「
我が為に己を捨し者即ち神の子を信ずるに由て」救われると言うのが、この書の主張である。
パウロのこの主張に接して、ルーテルは復活したのである。そして彼に聞いて、欧州全体が目覚めたのである。過去四百年間の欧米の進歩繁栄は、その源をルーテルのこの信仰に発したのである。
まことにパウロのこの書簡ほど、人を悩ます病的思想のクモの巣を払うものはない。単純な信仰の前に、儀式も教権も、教会の課する信仰箇条も、教会を弁護する煩瑣哲学も、ガレキのように砕かれた。
神はまことにパウロを以て、良い武器を信者に残された。信者はこれによって、時代の迷想から脱することが出来、自己を清め、また社会と教会とをその根底から作り直すことが出来る。
◎ ガラテヤ書はロマ書の縮図とも、また大要とも称することが出来る。その量において、前者は後者のほとんど三分の一である。ロマ書が16章433節であるのに対して、ガラテヤ書は6章149節である。
ガラテヤ書はロマ書のように議論の細密にわたらない。その要点を示すに止まる。したがって簡潔である。峻烈である。
ロマ書を読んで、その中心的真理を逸しやすいが、ガラテヤ書を読んで、それ
(=中心的心理)が何であるかは一目瞭然である。ゆえにガラテヤ書は、ロマ書の手引きとして用いることが出来る。またその復習の用に供することが出来る。
説くところは同一である。
人が救われるのは信仰による、行為によらないと言うのである。けれども説き方が異なる。そしてガラテヤ書は、短刀直入的に聖霊の剣によって、人の霊魂の真髄に達しようとするのである。
◎ ガラテヤ書は、わずかに6章である。これを一時間で読み終わることが出来る。これを二章ずつの三部に分かつ。第一部はパウロの自己弁明である。第1章と第2章がそれである。その精神を表明するものが、有名な発端の言葉である。
人よりに非ず又人に由らず、イエス・キリストと彼を死より甦(よみが
え)らしゝ父なる神に由りて立られたる使徒パウロ (1章1節)
と。これはパウロの自己紹介であって、同時にまたガラテヤ書全体の紹介である。パウロはこのような人、ガラテヤ書はこのような書である。本当の著述は著者であると言うが、
ガラテヤ書はパウロであると言って、間違いないのである。
◎ 第二部は、パウロが宣(の)べ伝えた福音の基礎的真理の宣言である。第3章と第4章がそれである。その真髄は、ロマ書におけるのと同様に、預言者ハバククの言葉である。いわく、「
義人は信仰に由て生くべし」と(3章11節)。そしてこの要義をパウロの体験によって敷衍(ふえん)説明したものが、有名な2章20節の言葉である。いわく、
我れキリストと共に十字架に釘(つ)けられたり。最早我れ生けるに非ず、
キリスト我に在りて生けるなり。今我れ肉体に在りて生けるは、我を愛
して我が為に己を捨てし者即ち神の子を信ずるに由て生けるなり。
私を角筈(つのはず)の家に訪(とぶら)ったフランスの神学者某君が言った、「キリスト教神学は、ガラテヤ書2章20節に確実不動の基礎を有する」と。
◎ 第三部は第5章第6章から成って、キリスト教道徳の闡明(せんめい)である。ロマ書第12章以下に匹敵すべき者である。その要旨を語る者が、5章16節の言葉である。いわく、
我れ言ふ汝等霊(みたま)に由りて行(あゆ)むべし。然らば肉の慾を為す
こと莫(な)からん。
そして第17節以下が、この根本義の敷衍注解である。キリスト教道徳はこのような者、この世の道徳とはその根本の精神を異にする。
◎ こうしてガラテヤ書は、簡短な書である。そして簡短な所にその能力が存する。
キリスト者であるのは、人によらず神による。彼が救われるのは信仰による。彼の善行は彼の信仰に応じて神から賜わる聖霊によると言うのである。
簡短この上ない。これは誰もが受け得る信仰である。聞いて直ちに信じ得る信仰である。ことさらに研究を積む必要はない。
「
次の日にパウロ、バルナバと共にデルベに往けり。其邑(まち)に福音を伝へ、多くの人を弟子となせり」とある(使徒行伝14章20、21節)。即ち使徒たちは一日の間に多くの信者を作ったのである。福音が簡短でなければ、この効果を奏することは出来ない。
使徒たちは、ガラテヤ書に掲げられているような簡短な信仰を伝えたので、短時日の間にローマ帝国全体にわたって、数多の信者を起こし、有力な教会を建設することが出来たのである。
◎ ガラテヤ書は、ガラテヤの人に贈った書簡である。ガラテヤ(Galatia)のガラ(Gala)は、フランス古代の民の名であるガリ(Gali)またはガウル(Gaul)と同じである。アイルランド人によって代表されるケルト人種に属する民であった。
その一派が紀元前230年頃、今の小アジア即ちトルコ本国の中部に移住した。今のトルコ政府をアンゴラ政府と言うが、そのアンゴラは昔のアンクラ(Ancyra)であって、ガラテヤ人の都であった。
ケルト人種の気質は、今も昔と異ならない。快活で、気が早く、新思想を容易に受け、容易に捨てる。進取の気性に富み、保守の能力に乏しい。ゆえに突撃の勇気に富んでいるが、わずかの妨害(さまたげ)に遭うと挫けやすい。
今のアイルランド人がそうである。昔のガラテヤ人がそうであった。1章6節においてパウロが、「
キリストの恩恵(めぐみ)をもて汝等を召したる者を汝等が此(か)く速(すみや)かに離れて異なる福音に遷(うつ)りし事を我は怪しむ」と言ったその言葉が、ケルト民族の気質を言い表して間違わない。
彼等が初めてパウロに聴いた時に、彼を熱愛敬慕して止まず、「
自身(みずから)の目を抉(えぐ)りて我に与へんとまで願へり」と彼に言わせたほどであった。
ところがわずかな理由によって、この熱心はたちまちのうちに去り、彼等はパウロを離れ、彼から受けた福音を捨てたのである。パウロの失望は言い表しようがなく、この失望に激されて書かれたものが、このガラテヤ書である。
ガラテヤ人の離反がどれほどパウロの心を痛めたかは、この書簡以外において、彼が一言も彼等について言わなかったことによって分かる。また彼の友であるルカによって記された使徒行伝が、ガラテヤについて記していることが、甚だ貧弱であることによっても読める。
けれども神の摂理は万事を支配し、ガラテヤ人の離反とパウロの失望とが原因動機となってガラテヤ書が成り、人類はその信仰更新に関する大教典を与えられたのである。ガラテヤ人の恥辱、パウロの名誉、人類の幸福である。
こうして背教者までが神の栄光を揚げる器として用いられたのである。有り難い事である。
◎ そして私たち日本人にも、ガラテヤ人の弱点はないか。心が変わり易いのは、また日本人の特質である。朝に信じて夕に捨てる。
「私の生命は、私に生命の光を伝えて下さった先生に献げる」と誓った日本人で、早く既に私を離れ、私が伝えたキリストの福音を捨て去った日本人、殊に日本の青年男女の数は数えきれない。
それだけではない。単純な信仰に止まり難い点においても、日本人はよくガラテヤ人に似ている。日本人は、ケルト人の血を交えたフランス人に似て、宗教を芸術化しようと思う。こうしていずれの点から見ても、ガラテヤ書の研究は、日本の信者にとって特に必要である。
(10月5日)
(以下次回に続く)