また昨日の続きです。
(飛朗さんは幼馴染の芸者、若葉さんに出会う。)
(カンムリ山の上から、温泉本館と、松山の町を見せてもらう。)
「うちの父は、離婚したあとも、海外の医療団に参加して、家を空けることが多かった。(中略)そんなある日、父が帰国した際、ある人も一緒に連れて帰った。同じ医療団で看護師として働いていた人で、海外の大変な医療現場を渡り歩いて、とても疲れているから、道後のお湯で癒してもらいたいと思ったんだと。(中略)その人を見たとき、おれは十六歳だったけど、正直びっくりしたよ。こんな美しい人が現実にいるのかって」(中略)
「(中略)けど、献身的な行為を通して磨かれた本物の優しさや厳しさ、それからヒューマニティという人間としての最上の品格を、その人からは感じ取れた気がした……(中略)それが美燈さん」(中略)
「(中略)要件だけ話すと、美燈さんはさぎのやを気に入ったんだね。当初は二週間程度の滞在予定が、一か月に延び、二か月、三か月になった。さぎのやの人たちに引き止められたということもある。(中略)さぎのやを訪れて三か月後、美燈は(中略)また海外へ出発した。父も後を追うように同じ地域に派遣された。しばらくして(中略)医療施設が爆撃された。(中略)父は、救助隊とともに現場に駆けつけ、美燈さんを瓦礫の下から救い出し、応急処置をしたあと、町に運んだ。(中略)ようやく退院できたところで、父がさぎのやに連れて帰ってきた。(中略)さぎのやで長く暮らすうち、美燈さんは心身ともに回復していった。そしてまたしばらくして、美燈さんと父が結婚すると聞かされた……」
「(中略)美燈さんはもう医療の現場に立てないだろう、だから、彼女の能力や経験をさぎのやで生かしてもらいたい、ってことだった。(中略)」
(中略)
「ほら、ここからずっと先を見てごらん」(中略)
「あっ、お城っ」
写真やニュース映像で見たことはあるが、松山城を直接目にするのは初めてだった。(中略)
「父は世間的に言えば、さぎのやの後継者なんだろうけど、さぎのやの歴史を守るのは女将でなきゃいけないんだ。初代からのきまりなんだね。(中略)」
「(中略)そして、次の女将を正式に指名するのは、当代の女将という決まりもある。(中略)」
「ただし、美燈さんが選ばれるにしろ、こまきが選ばれるにしろ、次の女将なんて二十年は先だと、みんな思ってた。ばあちゃんが元気で切り盛りしていたからね。でも……ばあちゃんが突然体調を崩して倒れた。(中略)がんが進行してて、(中略)結果は、余命三か月って宣告だった。(中略)そして、女将の仕事の補助を、美燈さんに頼んだ。それが、外の世界から来た美燈さんへの教育期間になり、町の人々への次期女将の周知期間となった」(中略)
「美燈さんが女将になることが告げられてから一か月後、ばあちゃんは亡くなった。(中略)」
(中略)
「どうして、わたしに、いろいろ話してくださったんですか」(中略)
「なんていうか、きみには話をしたくなるよう何かがあるんだよね。(中略)」
「せっかくだから拝んでいこうか」(中略)
「え、すごいこと願っちゃったね」(中略)
「あ……、わたし、何か、言いましたか」
「さぎのやの普通が、世界の普通になりますように、て」
(中略)そう言えば、まひわさんにも、思ったことが顔に出る、言おうとする言葉通りに唇が動いていることがある、と指摘された。(中略)
(宮司に挨拶したあと、鴻野さんのトラックに同乗させてもらい、町の様々な場所を案内してもらった。
山あいの道を下りて、道後温泉駅の前まで、鴻野さんが送ってくれた。
(中略)(飛朗さんは駅舎も案内してくれ、汽笛を鳴らす坊ちゃん列車のことを教えてくれた。)
(飛朗さんはお父さんが紛争地域で行方不明になっていることを語った。)
(さぎのやに戻ると、みな祭りの準備をしていた。雛歩もその輪に加わった。)
それさぎのやの普通だとしても、人々の優しさや温かさが、雛歩には心苦しい。本来受ける資格のないものを、身に余るほど受け取ってしまい、かえってつらくなる。(中略)
(雛歩は入浴した後、空腹を満たすため、また庭の半球体を訪れ、お焼きを食べ、あめ湯を飲み干した。(中略)
(雛歩は半球体に住む鶏太郎さんから星見台にあめ湯を持っていってあげてほしいと頼まれた。)
(星見台には男性と涙を流している女性がいた。)
「わたしたちの十五歳の子どもが、女の子が……自分で命を絶ったの。友だちと一緒に」(中略)
「遺書は、友だちだけが残してた……その子は、家庭に恵まれていなかった。ご両親が早くに離婚して、お母さんの再婚した相手から、ひどい目にあってたらしいの。(中略)その子には死を選ぶにいたる、悲しい理由があったと思うの……でも、うたいの子には、どんな理由があったのか、それがわからないの」
(また明後日へ続きます……)

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