明日から関東地方で輪番停電というものが始まる。まだもうひとつ東京電力の説明がよくわからない部分もあって、またがって掲載されている場所がどうなるのか、明日以降はどうなるのか、ちょっとわからない。
でもまあ『
停電したら輪番停電』と思えばよいのだろう。東京電力もかなり混乱しているのだろう。
僕の住んでいる場所は輪番停電に入っていないのだが、明日以降対象地域に入っても全然協力しますよ。当たり前だけど。輪番停電は最低一ヶ月、夏も行う予定あり、とのこと。
日が暮れて輪番停電になったら何をすればいいのか、前向きにいろいろ頭をひねるのもいいだろう。
暗い中で寒さに震えながら過ごす被災地の皆さんの辛さをほんの少しでも感じる機会になるかもしれない。みんなで感じよう。
実は今週末僕の周りでもいろいろあった。
僕の実家は青森の板柳という場所で、津軽地方ゆえ今回の地震で大きな被害は受けなかった。電話が通じなくなったことと、停電が続いたことくらい。だけどそれでも2年前に妻を亡くして一人で暮らす父親がやっぱり心配で、電話をしてしまった。
幸運にもほどなく連絡がとれて安否が確認できた。親父はあっけないほど普通で、それはよかったのだが、その電話で伝えられたのは母親のお姉さんの旦那さん、つまり僕の叔父にあたる方が急逝された、というなんとも言えないニュース。
これは地震が原因ではなく、前から患っていた病気で急に亡くなったのだそうで。
さらにその叔父さんの娘さん、つまり僕の従姉妹が震災の日に旦那さんと住んでいる東京の自宅から仙台へ行っていて全く連絡が取れなくなってしまった、と。
もう呆然としてしまった。まず週明けに板柳で行われる葬儀に行くべきか、とも思ったがこの震災の中、僕が青森に行くのはどうなのか?飛行機は被災者の関係の方々を今は優先すべきじゃないのか?
結局親父が「来なくていい、親戚縁者が大勢いるので」というので甘えることにして、この震災がある程度落ち着いた頃にあらためて、という形にすることにした。
そして今度は従姉妹の安否。メールアドレスを知っていたのでとりあえずメールは打ってみたが、もちろんこのような状況で返信などあるわけもない。金曜夜、そして土曜、と丸一日以上行方不明者の探索サイトなどをチェックし、かなり心配して最悪のケースも考えた。待つしかない。
現地で被災されて家を失い、家族がバラバラになって連絡が未だつかない方々に比べたら僕は全然恵まれているとは思うが、その祈るように待つ気持ちがほんの少しだけわかった。
結局従姉妹は今日になって安否確認がとれた。被災したもののなんとか自宅のある東京に戻ってこれたのだそう。よかった。本当によかった。だが、困難な中帰ってきて早々自分の父親の逝去を知っただろう従姉妹の心中を察すると心が痛む。彼女は今夜青森入りをしたそうだが、その場にいてあげられないことが本当に申し訳ない。
そんな悲しい週末が過ぎていく。
だがまだ東北に住む友人数名の安否が不明のまま。これも待つしかない。
まだまだ悲しく、大変な日々が続きます。ショッキングなことも判明することでしょう。でもね、それもいつか終わる。
待つしかないんだよなあ。

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