先日の奥尻島への行政視察のご報告です。
震災前の奥尻島の青苗地区です。
家がびっしり建っています。
小道が多くて海がちかくてのんびりしたまちなみがあったそうです。
18年前の7月12日に津波に襲われた後の様子です。
家が全くなくなっています。
死者172名。地震発生後3分で津波が来たそうです。
復興後の様子です。
先端部分は左右両方からの津波でおそわれました。
ここには将来も人が住まないようにと、公園をつくり、津波の事を後世に伝えるために
津波記念館をつくっています。
また、右側の上部は、家が新しく建っていますが、ここは6mの土盛りをしたそうです。
被害にあったところは
全ての土地を奥尻町が買い上げました。
そして、先端部分の所は公園に。6mの土盛りをしたところは、買い上げたときと同じ価格で売ったそうです。
町のバスで高台まで案内していただきました。
ここは津波被害にあわなかったところです。
下に見える家々が6mの土盛りの後、建て直した所です。
海岸で仕事をしたり、利用者のための避難場所を作りました。
津波は望海橋の下を流れていくように設計されれています。
実際の橋です。ここから橋にあがります。
橋の上から町を見たところです。

小学校の玄関です。階段の上が玄関ですが、右下に穴。
これは、万一、津波が来たときに穴を波が抜けるように学校が高床式になっています。
横から見たところです。
高床式の学校です。高床の上に学校があります。

バリアフリーにもなっています。
逆光でちょっと見づらいのですが、玄関にはスロープがあります。
奥尻港すぐ近くです。
このガソリンスタンドの場所には以前はホテルがあり、津波とがけ崩れでホテルが埋まってしまい、宿泊客や働いていた方も埋まってしまったと言うことです。
見えにくいのですが、山肌に避難路の階段が作られています。

津波記念館の外、公園にある慰霊塔のです。土が積み上げられている高さ(9m)は、ここに来た津波の高さだそうです。
翌日の出発前に
賽の河原へも行って来ました。賽の河原というのは、海難犠牲者や子どもを慰霊する霊場です。6ヘクタールの岬1杯に石積みが並んでいました。
私もお参りしました。
おじぞうさんのよだれかけには亡くなった親、子どもへのメッセージが書かれていました。
「お母さん・・・は、もう○○歳になったよ。」等様々なメッセージが書かれていました。
もやがかかっていて、どこまでも石が積んであり、寂しいところでした。
合掌です。
海は楽しいところ、恵みの海、でも怖い所でもあります。
私たち日本人は昔から海に親しみ、海の恵みを受けて生きてきました。
でも海は時々被害をもたらします。
この教訓をしっかりと受け止めて生きて行かなくてはなりません。

この日は美しく穏やかだった海です。
奥尻島のシンボルの鍋釣岩です。
宿の近くにワイナリーがありました。
部屋の窓からはワイナリーのブドウ畑が広がっていました。
奥尻産の山ぶどうから作られたワインです。
酸味があって、とても濃厚な味でした。200円払うと60ml試飲させてもらえます。
若い人が働いていました。
奥尻島、復興はしたけれど観光客が激減して、町の人口は減っているそうです。
観光客を増やすこと等も今後の課題だと聞きました。
奥尻ワイン、頑張ってほしいです。
お店に奥尻ワインがあったら、ぜひお試し下さい。
自然がいっぱいの美しい島でした。
飛行機はたびたび運休になるそうです。天候で。
私たちも行きは、「もしかしたら上空まで行くけれど戻ってくるかもしれない。」と伝えられて行きました。無事に予定通り視察が出来ました。
昨日の市議会報告会、多くの方にお越しいただきました。ありがとうございました。
津波について

茅ヶ崎市総合防災計画は県の被害想定を元に作られている。県が現在、被害想定を想定し直しています。8月に想定の中間報告があると聞いています。
今までは津波は国道134号を超えないとされていました。どのくらいの被害想定が出るのか・・・。

茅ヶ崎市防災総合計画を作り直すまでの間、実行されるのが「茅ヶ崎市防災対策実行計画」で、すでに出されています。

現在、三階建て以上のマンションなどと協定を結ぶ作業を急ピッチで進めています。
参加の皆様からのご意見

県の想定を待っているだけではなくて、茅ヶ崎には海のことに詳しい人、知識のある人がいらっしゃる。そういう人の意見を積極的に収集して逆に県に伝えてほしい。

全員が逃げ込める場所は不可能だろう。波の力はものすごい物がある。逃げるしかない。

費用対効果から考えてやっても無駄なことにはあまり税金を使わないようにしてほしい。

新湘南バイパスは高いところにあり、津波にも耐えうると聞いた。国と交渉して、いざというときには逃げ込めるように外階段設置など実施してほしい。
等、様々なご意見がいただけました。

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