2019/4/30  0:00

僕、ヤコブ!僕、今、生きています。  

僕、ヤコブ!

今生きている人の数よりもすでに亡くなった人の数の方が多いんだという文章があったのは、フランソワ・モーリアックの『フロントナック家の秘密』だったでしょうか。
確かに、今の世界は、古の人達の死の上に成り立っています。
この地球自体が、巨大な墓場かもしれないのです。

ある程度の年齢を過ぎれば、自分と同世代の人が亡くなったという知らせを耳にする度、まだ生きている自分は勝ったんだという気がする人がいるそうです。
生死に勝ち負けの感情を被せてくるのでしょうね。
でも、この世を去る日は、必ず誰にでも訪れるものなのですが。

僕、去年の初めに膵臓が悪いと言われ、去年の春には死んでしまっているだろうと予測されていました。
でも、僕、奇跡的にまだ生きています。
なぜ生きていられるのかわからないのですが、まだ生きているのです。
こんなこと言うなんて、年寄りじみているかもしれませんが。

この一年あまり、僕、生きること、死ぬことについて僕なりに考えてきました。
僕、死んだ経験はまだないので、死についてはよくわかりません。
いずれ誰もが死ぬということしかわかりません。
でも、生きるということは実感しています。
時間の制限の中で生きるということも知っています。
で、いずれこの世を去るなら、それまでの時間をどのように使うかについて考えるべきではないかと思うのです。
この世を去る時にできるだけ満足していたいと思うのです。
『ファウスト』ではありませんが、自分自身の欲望の追求だけでは満足も納得もできないのではないかと、僕、思うのです。
僕自身、ただの一匹の猫です、大したことはできません。
でも、この家の仲間達のために何かできないか、それが僕の最後の満足に結びつくのではないかと、僕、しばしば考えるのです。

それにしても、本能的な感慨かもしれませんが、生きるとは素晴らしいものだと、僕、思うのです。
僕、今、生きているのです。


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2019/4/29  0:00

あたい、スジャータ2号!あたい、知ってるんだ!  

あたい、スジャータ2号!

あたい、その場逃れの話はしたくない。
現実逃避になるからね。
占いだって、おまじないだって、気晴らしだって、一種の現実逃避だよ。
逃げていたら、本当の問題は解決しないからね。

あたい、感情的な話はしたくない。
感情的に話すと、相手の感情に訴え、聞き手は増えるかもしれない。
だけど、互いに感情を発散したって、その場限りのことさ。
感情って、一時のものさ。
永続性のないものさ。
そんな感情じゃ、物事の底にある問題は解決できないんだよね。

あたい、自分はかわいそうだなんて、被害者意識に乗っ取られるのは嫌だね。
あたい、自分は特別だと、他人に訴えるのも嫌だね。
あたい、他人に褒めてもらおうだなんて願うのも嫌だね。

あたいは、あたいさ。
あたいは、あたい自身にとってのみ特別さ。
あたい、他人に左右されることなく、自分の価値を認めたいね。

あたい、今ここに生きている自分の価値を知ってるんだ!


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2019/4/28  0:01

あたし、シュエット!直視するのよ!  

あたし、シュエット!

この前、あたし、餌を食べていた時に、ブレーズに邪魔されたのよ。
ブレーズが、あたしを殴って、餌を分捕ったの。
あたし、びっくりして、一歩下がったわ。
だけど、まだ食べ足りなかったから、あたし、もう一度餌に近づいたの。
そしたら、また、ブレーズの奴、あたしを殴りやがったのよ。
頭にきたわ。
奴は、あたしの息子なんだけどね。
あたし、この野郎と思って、二歩下がったの。
で、改めて、三歩ブレーズに向かって近づいて、奴の眼をじっと見たの。
そしたら、ブレーズ、すぐに逃げやがったわ。
あたしの目力の勝ち。
ザマーみやがれってところよ。
猫の喧嘩って、まずは見つめ合うことから始まるの。
先に目を逸した方の負けよ。
見つめ合いで決着がつかない時は、唸り合い。
取っ組み合いになるのは最後よ。
できるだけ互いに怪我をしないように、見つめ合いで決着をつけるんだけど、あたし、目力だけは自信があるのよね。

ところで、人間の中には、何か問題を抱えていても、そこから目を逸らす人っているみたいね。
目を逸らしながら何かをしたって、無駄に時間と手間をかけるだけになっちゃうんじゃないかしら。
問題を直視したほうが、時間も手間もかけずに済むんじゃないかしら。
直視していたら、問題の本質が分かったりするのにね。

あたしの目力、真似したら?


あたし、目力でセカンドボスの座を得ている熊五郎シュエットちゃんよ!
どすこい!


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2019/4/27  0:56

僕、ブレーズ!不安になったら。  

僕、ブレーズ!

不安になったら、不安を押し殺さないようにしてください。
不安になったらいけない、不安なんてないんだなんて無理に抑圧したら、不安はどんどん心の底から湧いてきます。
不安をなしにしようとすればするほど、不安は募ってくるのです。
まず、現実を認めてください。
今不安な自分がいるんだということを認めてください。

次に、その不安が本当に今現在のものだけかどうかを考えてください。
どんどん湧き出てくる不安なら、過去にあった類似性の経験から湧き上がってきている可能性があるのです。
かつて抑圧した不安が、今の不安というチャンスにつけ込んで噴出している可能性があるのです。
予測不安なら、過去の経験から不安を作り出している可能性があるのです。
かつて蓋をしていた不安、避けていた不安、抑圧していた不安が、今の不安を大きくしている可能性があるのです。

そして、過去に無視してきた不安の存在を認めたら、今現在の不安だけを見つめて対処してください。
今現在の不安だけなら、そう大きなものではないということがほとんどなのですから。

不安になったら、不安という感情を横に置いて、現在のものか過去のものかを分析し、分離してください。
今現在の不安だけなら、不安感に呑まれなければ、解決しうるのですから。


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2019/4/26  0:03

わしゃ、ボナ二世じゃ〜!子供にだってプライバシーがあるんじゃよ。  

わしゃ、ボナヴェントゥーラ、略してボナじゃ〜!

なんでも子供のことを把握してなきゃ気が済まない親っているけど、そんなことをしていたら、子供はなかなか自立できないぞ。
子供は、少しずつ親から距離をとり、自分の世界を作りながら成長するんじゃ。
よく男の子が秘密基地を作ったりするが、それも、自分の世界を持ち自立するためのステップなんじゃよ。
子供だって、自分の世界が欲しいんじゃ。
いくら親が立派な子供部屋を作ってくれたって、それは親の手の中のものなんじゃ。
子供は友達という自分の仲間を持ち、自分の世界を作り始め、自立に向かっていくんじゃ。
あの子は良くない子だから、それは危ないことだからなんて親が口出しばかりしていたら、子供は親にずっと依存したまま、自立できなくなっちまうんじゃ。

子供にだって、プライバシーがあるんじゃ。
子供にだって、親に触れては欲しくないものがあるんじゃ。

子供が心配だからと、親の心配で子供を縛り付けてはいけないんじゃ。
親は、離れて子供を見守っていればいいんじゃ。
本当に必要な時以外は、子供のプライバシーを大切にするんじゃよ。


弱冠一歳の御隠居猫のわしにだって、プライバシーはあるんじゃよ。
寝る時は放っておいて欲しいんじゃ。
そんな時に人間が撫でようとしたら、わし、唸って逃げるんじゃ。
うひょっ!


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2019/4/25  0:00

僕、ジョシュエ!苦しくてたまらない時って。  

僕、ジョシュエ!

苦しくてたまらない時って、自分の強がりを止めるチャンスだよ。
自分一人ではどうしようもないと感じたら、周りを見回し視野を広げるチャンスだよ。
他人の好意を受け入れるチャンスにもなるよ。
今までの自分を変えるチャンスだよ。

苦しくてたまらなくて、どん底だと感じるなら、腹を据えることもできるよ。
これ以下はないんだからと、後は上がるだけだと、怖れず前に向かっていくことができるんだよ。

苦しくてたまらなくて、余裕がない時って、一つくらいメリットがあるよ。
本当に余裕がないって時は、自分にダメ出しする余裕もないんだよ。
感情に溺れている余裕もないんだよ。
見栄や見下し、劣等感や罪悪感などにとらわれている余裕もないんだよ。
感情から離れて、思考力を用いるきっかけになるんだよ。

苦しくてたまらないって、確かに嫌なことだけど、何かを変えるきっかけにできるんだよ。


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2019/4/24  0:00

私、ディアーヌ!勇気を持ってください。  

私、ディアーヌ!

これではどうしようもない、何かを変えなきゃいけない、自分を変えなきゃいけないと思い行動を始めた時に、一番の邪魔というか敵になりかねないのは家族です。
行動する前は、どうにかしなさいと言ってくれていた家族でも、いざ何かを変えようとすると、足を引っ張ってくるのです。
習慣から離れるのが怖いのでしょうね。
習慣という居心地の良さ、安心にすがりつきたいのでしょうね。

自分を変えようとするなら、家族の依存心を振り切る勇気を持たなければいけません。
習慣という安心を振り捨てる勇気を持たなければいけません。
「そんなことをしても」、「そんなことを言ったって」という家族の反論というか屁理屈を切り捨てる勇気を持たなければいけません。
家族から責められても屈しない勇気を持たなければいけません。

自立しようとするなら、家族との依存関係を捨てなければいけないのです。

自分を変えたかったら、自分と家族の間に距離を置かなければいけません。
物理的な距離よりも、心理的な距離をおくことが大切です。

自分を変えたかったら、家族を敵に回すことぐらい覚悟しなければいけません。

でも、最終的には依存関係を切って自立した方が、自分のためでも家族のためでもあるのですが。
これは、依存心の強い人には理解できないと弁えていなければいけません。

自分を変えたかったら、勇気を持ってください。
このままで本当にいいのかどうかを考えて、勇気をふるい起こしてください。


私、不当な非難に屈しない勇気のある猫です。
ウフッ!


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