2019/6/30  2:45

あたし、アンジェリュス!どうしていいかわからない時は。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!

どうしていいかわからない時って、暗い妄想に陥りがちよ。
こうしたらあんな風になってしまう、このままだとどうしようもなくなってしまうなんて、自分の暗い未来予想ばかり立ててしまうわ。

どうしていいかわからなくなったら、まず、今できることを探すの。
妄想から離れて、暗い未来ばかり思い描く想像力から離れて、地に足をつけるの。
そして、今できることを探すの。
どんな些細な事でもいいの、こんなくだらないことなんてと否定せずに、今できることから始めるの。

過去があって、今があるの。
今があるから、未来ができるの。
どんな些細な事でも、それは過去からの延長にあるの。
どんな些細な事でも、それは未来への延長になるの、未来を切り拓くことになるの。

どうしていいかわからないと途方に暮れている時、未来の可能性を否定したくなった時こそ、今現在の自分を大切にするの。
今できることを探して、今できることから始めるの。
どんな小さな事でも、何もせずに暗い妄想の中に浸っているよりマシじゃないかしら?


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2019/6/29  0:14

あたし、モンチッチ!ゾンビ猫の祈り。  

あたし、モンチッチ!

あたし、2ヶ月くらいの子猫の大きさ。
今年の1月10日に生まれたんだけど、あたし、成長が遅いんだ。
ずっとミルクしか飲めなかったの。
まだ固形の餌は食べられないけど、あたしなりに成長して、今では流動食やムースタイプの餌なんかの飲み込みやすいのは自分で食べられるようになってきたの。
だんだん、成長の速度が上がってきたの。
なぜ生きているのかわからない、普通ならひと月も持たないだろうにと、うちのお母さんにはゾンビ猫と呼ばれているけどね。

あたしも、自分が今生きていることが不思議になっちゃったりする。
元気に生まれた子猫が成長できずに死んでいくのを、あたし、何度も目にしたの。
ひと月ほど前に生まれたミケ子の子猫や半月ほど前に生まれたシュエットの子猫、アリシーの子猫は、昨日までに全滅したわ。
ミケ子が死んだ子猫を探して彷徨しているのも見たわ。
アリシーが死にかけている子猫をどうにか生かそうと舐めているのも見たわ。
でも、どれだけ生きようとしても、先天的なもののために生きられないことってあるのよね。
あたし、ひ弱に生まれても、成長が遅くても、生き残っているのよね。
そりゃあ、ゾンビ猫って呼ばれても仕方ないわよね。

生物って、この世に生きるために生まれてくるのよ。
この世にできるだけ長く滞在するのが目的で生まれてくるのよ。
だけど、生きるって、本人の希望や本人の意思ではどうしようもないことってあるのよね。
生きたくても生きられないことってあるのよね。
それでも、自分の持ち時間を懸命に生き抜くのよね。

あたし、人間の中にはまだ寿命があっても死にたいと思っている人が存在していることを知っている。
あたし、そのような人を見ると、不思議になっちゃう。
どうして生物本来の生存本能を忘れてしまったのかと、考えちゃう。
生存本能を忘れるくらい辛い思いをしたのかと、考えちゃう。
できれば、生存本能を取り戻してほしいと、生きられるだけ生きて欲しいと、願っちゃう。

あたしだって、まだ生きているんだ。
死にそうな状態に陥ったって、寿命があるうちは、生命力があるうちは、生きられるんだけどな。

あたし、ちっぽけなゾンビ猫だけど、祈ってるんだ。
自分のプライドが壊れても、社会的にゾンビだと思っても、自分の体を大切にしてできるだけ生きながらえてほしいと祈ってるんだ。
生きていると必ず何かのチャンスを掴む可能性があるんだから。
その人にふさわしいタイミングでチャンスがやってくれるんだから。

これが、ゾンビ猫の、あたしの祈りなの。


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2019/6/28  0:32

わしゃ、ボナじゃ〜! わしの猫生、平々凡々。  

わしゃ、ボナヴェントゥーラ、略してボナじゃ〜!

わし、朝起きたら、欠伸をする。
人間は眠い時に欠伸をするそうじゃが、猫は、行動する前に酸素をたくさん取り込むんじゃ。
それから、餌を食って、水を飲む。
ンコをして小便をする。
適当に走り回って、昼寝する。
寝てる時でも、猫缶を開ける音が聞こえたら、飛び起きるんじゃ。

わしの猫生、平々凡々。
だけど、わし、満足しとるんじゃよ。

ところで、平凡な日常なんてつまらないものだと思っている人がいるようだのぉ。
それは、若者の特権かもしれんがのぉ。若者は、色んな経験をしたがるからのぉ。
平凡な日常って、失ってみなければその良さがわからないものかもしれんがのぉ。

家族が病気になったり、自分が病気になったり怪我をしたりすると、それだけで平凡な日常が崩れてしまうんじゃ。
誰かが死んだりすると、取り返しがつかなくなっちまうんじゃ。
その時に初めて、平凡な日々が幸せだったということに気づくかもしれんがな。

わし、平々凡々の毎日を愛しておるぞ。
平凡さを噛み締め、それと同時に幸せを噛み締めて生きているんじゃ。
これがわしの幸せだと、日々感謝して生きているんじゃ。

わし、幸せな御隠居猫ボナじゃ〜!


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2019/6/27  0:00

僕、鬼太郎!思い込みって。  

僕、鬼太郎!

思い込みって、心の壁になるよ。
素直に物事を受け止め、客観的に判断する妨げになるよ。

男はこうでなければいけない、女はこのように振る舞わなきゃいけないなんてのは、思い込みだよ。
男尊女卑の時代の習慣は、今では通用しないんだよ。
学校でいくら憲法を学んでも、男女平等だと教えられても、思い込みが強ければ、それは言葉だけのもの、試験のための知識なんてことになってしまうんだよね。
で、日常生活では思い込みが復活するんだよね。
男は外で働けばいい、女の外での働きなんて大したことはない、女は家の中のことを全てしなきゃいけない、子育ても年寄りの介護も女の仕事だなんてことになっちゃうんだよね。

思い込みって、時代錯誤の可能性があるんだよ。
思い込みが深いって、自分自身の中だけで生きているってことだよ。
思い込みがあると、自分のしていることが客観的に正しいかどうかの判断ができなくなるよ。
思い込みって、周りの人を拒絶する壁になるんだよ。


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2019/6/26  1:14

僕、ツィポール!自分にこだわっていたら。  

僕、ツィポール!

もう済んだことだと加害者が思っていても、被害者にとっては済んだことではなかったりするんだよ。
過去の事だから取り返しがつかないだろうと加害者が思っていても、被害者にとっては現在もその影響が続いていることだってあるんだよ。
自分の立場だけにこだわっていたら、他人の事なんて理解できないんだよ。

「めくら」、「つんぼ」なんて言葉を差別用語だとして排除しても、心の中の差別は排除できたかどうかわからないんだよ。
言葉を避けていたって、その人の本音はわからないんだ。
自分さえよければって気持ちが強ければ、他人の苦しさに気づくことはできないんだ。

「自分は子供のことを最優先している」、「親は自分のことを大切にしてくれた」なんて口に出しても、言葉で現実を糊塗しているかもしれないんだよ。
表面だけ、綺麗事でごまかしているかもしれないんだよ。
本当のことに触れたくない人って多いんだよね。

自分は自分はと、自分のことばかり主張して自分にこだわっていたら、他人に目を向けることはできないんだ。
他人はどう思っているのか、他人はどう考えているかと自分以外のものに目を向けなければ、本当のことがわからないままってことが多いんだよね。


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2019/6/25  2:32

マルだじょ!コミニケーション力のある人って。  

ぼくちゃん、マルだじょ!
カルテ名、テイヤール!
別名、ワルちゃん!

コミニケーションって、なんでも話せばいいってもんじゃないじょ。
自分の不満や他人の悪口ばっかりしゃべっていればいいってもんじゃないじょ。
自分の知ってることばかり話せばいいってもんじゃないじょ。
自分の自慢話ばっかり喋っていればいいってもんじゃないじょ。

話すのが苦手な人って、自分はコミニケーション力がないって思いがちだじょ。
だけど、話すのが苦手でも構わないんだじょ。
聞く力があればいいんだじょ。
相手の話に興味を持って、相手自身に興味を持って、相手の言うことを理解しようとすればいいんだじょ。

コミニケーション力のある人って、聞き上手な人なんだじょ。
相手に「話を聞いてもらえた」という満足を与える人が、コミニケーション力のある人なんだじょ。
他人に関心を持ち、相手の話に興味を持ち、一生懸命理解しようとする人が、一番コミニケーション力のある人なんだじょ。


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2019/6/24  0:00

あたし、アンジェリュス!感謝したいな。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!

生きていると、いろんな人と出会ったり離れたりを繰り返していくわ。
どんなに好きな相手でも離れてしまうことがあるわ。
生別でも死別でも、やむを得ない状況で別れてしまう人がいるわ。
こいつなんて嫌だと、自ら離れてしまうこともあるわ。
会うは別れの始まりって、本当にそうなのよね。

嫌な相手でも、時間が経つと、その嫌な部分にこだわらなくなることってあるわ。
死ぬまで憎んでしまう相手だっているわ。

そばにいる時は何とも思わなかった人でも、離れるとその良さがわかってくる相手もいるわ。

人間って、時間が経つと、というか成長すると、物の見方が変わってくるのよね。

でも、どんなことがあっても、あたし、せめて自分が死ぬ時には、自分が出会った相手にできるだけ感謝したいと願っているの。
自分の人生に光を当ててくれた人にも、影を落としてくれた人にも、自分の人生に彩りを添えてくれたことを感謝したいと願っているの。
それが、自分の猫生への、自分の生きた時間への感謝じゃないかと、あたし、考えているのよね。


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