2019/8/2  1:53

あたくし、シルヴィですの。あたくし、老いてきましたの。  

あたくし、シルヴィですの。

あたくし、老いてきましたの。
あたくし、2005年の3月生まれですの。
あたくし、5匹の兄弟の1匹として生まれましたが、あたくし以外の兄弟はすでに鬼籍に入っておりますの。
あたくし、1歳の時にリンパ腫を患いましたが、抗癌剤のおかげか、その後は何事もなく健康に過ごしておりますの。

健康と申しましても、老いはあたくしの体に顕著に表れてきましたわ。
固い餌を食べることはできなくなりましたし、聴力も衰えてきましたの。
だんだん痩せてもきましたわ。
若い時のように走り回ることはなく、居眠りする時間が増えてきましたの。
地上のすべての生物は寿命という時間の制限を受けておりますが、私の持ち時間も日々少なくなっているのでしょうね。

ところで、フランスの20世紀の批評家ジョルジュ・プーレという方は、『人間的時間の研究』という文学批評を書いておりますが、彼は人間の時間を一つの円環と捉えているようですの。
死という区切りによって、その人の円環は完結すると言うのです。
あたくしも、自分の猫生は死によって完成されるのではないかと、時折考えておりますの。
肉体的な時間は、誕生から始まり、死によって一つの結末を迎えるのですから。

でも、肉体のほかに、魂というものがあるかもしれませんの。
肉体が死によって時間の円環を閉じたとしても、魂はメビウスの輪のように何らかの延長を持っているかもしれませんわ。
クラインの壺のようなものかもしれませんわ。
このように、生きている生物には感知不可能な何かの延長があるかもしれませんわ。

あたくし、来世があるかどうかは存じません。
とはいえ、肉体の死の後につながる何らかの世界を想定して生きておりますの。
この世で懸命に生きていたら、その後に何か良いものが訪れるのではないかと、期待しておりますの。

そのために、あたくし、自分の老いを全うしようと、考えておりますの。
今この世にある命を大切にし、若さを失ったことにとらわれず、最後まで諦めずに今自分に出来る事を探して行動し、本能に従って生きるだけ生きようと心がけることが、老いを全うすることではないかと、あたくし、考えておりますのよ。


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