2019/8/27  0:00

僕、ツィポール!納骨雑感 その3。  

僕、ツィポール!

うちのお母さんの母親の納骨には、フランス人の神父さんが来てくれたんだ。
そして、その後の食事会にも来てくれたんだ。
うちのお母さんもうちのお父さんもある程度フランス語が話せるので、その神父さんが日本語で伝えにくい事や日本語では分かりにくい事は、フランス語や場合によっては英語やドイツ語、ちょっとばかりヘブライ語を交えて話していたんだ。
その食事会にいらしてくださった他の方々は外国語は不得意なので、うちのお母さんやお父さんは通訳の役割もすることになったんだ。
で、その時うちのお母さんは、通訳って自分を主張しちゃいけないんだってことに、はっと気づいたそうなんだ。
通訳って、他の人達がコミニケーションを取るための道具にならなきゃいけないって気づいたんだって。
他の人達を生かすための道具の一つが通訳じゃないのかな。

自分ばかり主張している人っているよね。
だけど、それじゃ、他の人とのつながりは希薄になるんじゃないのかな。

うちのお母さんの母親は、ずっと小学校の教員をしていたんだ。
小学校の教員って、子供が大人になるためのベースを作る仕事じゃないのかな。
自分を主張するよりも、子供達のための縁の下の力持ちになる仕事じゃないのかな。
子供達の未来を考え、その土台になる役割を担う仕事じゃないのかな。

うちのお母さんの母親は、もし生まれ変わってももう一度教員になりたいと言っていたんだ。
美術の教育の全国大会で授業するために徹夜が続いたことがあっても、いろんなトラブルがあっても、本当に仕事を楽しんでいたんだ。
美術の教員として何度か表彰されたことがあったそうだけど、それよりも生徒が表彰される時の方が嬉しい顔をしていたようなんだ。
子供達の土台になることを楽しんでいたのかもしれないね。

うちのお母さんは、カトリック信者だから、生きていたときの清算がいずれは神の前でなされるだろうと信じているんだ。
だけど、いつか神に慰められるよりも、自分の後に来る世代の土台になれたら、見えない敷石の一枚になれたらと、最近よく考えているみたいだよ。


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