2019/9/14  0:01

あたし、シュエット!幸せの条件。  

あたし、シュエット!

お金があったって、幸せになるって限らないのよ。
そのお金を目当てに追従する人や機嫌をとってくれる人が出てくるかもしれないけど、それはあなたへの評価ではなく、お金に対する評価なんだから。

家族がいたって、子供かいたって、幸せになるって限らないのよ。
あなたに依存してくる肉親なら、あなたの自立を阻むんだから。
家族や子供が重荷になるってことだってあるんだから。

いい会社に入ったって、学歴が高くたって、そんなのは幸せの条件じゃないのよ。
容姿が優れていたって、そんなのは幸せの条件じゃないの。
外面的なものって、ただのアクセサリーじゃないの?

自分の幸せ、自分の満足って、外にあるものじゃないのよ。
自分の内にあるものなの。
自分を認めることなんだけどな。
いくら外側を飾ったって、中が空洞ならどうしようもないのよ。

人は、生まれる時も死ぬ時も一人なの。
誰も苦しさを引き受けてはくれないの。

自分の価値観は、自分で作るの!
自分の満足は、自分の幸せは、自分自身の内にあるの!


あたし、自分自身に満足してるの。
だから、幸せなの!


クリックすると元のサイズで表示します

2019/9/13  3:05

私、ディアーヌ!感情にとらわれているよりも。  

私、ディアーヌ!

何かに対して恨みを抱いている人がいるでしょう。
誰かに復讐したいと願っている人もいるでしょう。
私、その感情を否定する必要はないと思います。
感情というものは、自ら発生するのではなく、何かが起こった時に引きずり出されるような心の反応なのですから。
恨みでも、憎しみでも、怒りでも、復讐心でも、その人が抱く感情は、その人にとって当然のものなのです。

でも、恨みや憎しみ、怒りや復讐心だけにとらわれて生きるのはつまらないことだと、私、考えています。
感情にとらわれることは、右脳だけを使うようなものです。
感情的に右脳だけで生きるのは、他の動物よりも左脳が発達した人間の生き方としてふさわしいものではないと、私、考えているのです。
また、感情にとらわれていると、視野が狭くなります。
自分の感情で視野を狭め、自分で枠を作り、その中に引き込もるようなものではないでしょうか。
いつまでも過去に目を向けていると、先が見えなくなるのではないでしょうか。

恨み、憎しみ、怒り、復讐心は、アドレナリンを分泌させます。
そのアドレナリン、行動力をその感情以外のものにも使用したらどうでしょうか。
感情を一つの原動力として、嫌なこと、嫌な相手から離れ、他人にこだわらずに自分自身の未来を作ることを考えたらどうでしょうか。

感情にとらわれて、何かの物事や他人にとらわれて生きるのは、自分独自の世界に他のもの達を引き込むようなことではないかと、自分として自立して生きるには相応しいことではないと、私、考えているのです。


クリックすると元のサイズで表示します

2019/9/12  0:17

僕、鬼太郎!努力するんだ。  

僕、鬼太郎!

中途半端な共感って、百害あって一利なしみたいなものじゃないかな。
相手の気持ちをわかったような気になるって、一種の見下しみたいなものじゃないかな。
相手を馬鹿にするようなものじゃないかな。

気持ちって、人によって千差万別だよ。
だから、僕、他人の気持ちは理解できないということを前提にしているんだ。
共感なんて無理だと考えているんだ。

だけど、僕、相手を理解しようと努めるんだ。
完全な理解は無理だけど、理解しようと努力するんだ。
相手の状況や感情を否定することなく、理解したいと努力するんだ。

僕、自分の限界を知っている。
相手のことを完全に理解するなんて無理だ、相手の気持ちを全部知るなんて不可能だと知っているんだ。
だけど、僕、相手を大切にしたいから、理解しようと努力するんだ。


クリックすると元のサイズで表示します

2019/9/11  0:03

僕、エサウ!恩着せがましい人って苦手だな。  

僕、エサウ!

僕、恩着せがましい人って苦手だな。
「〜してあげたのに」って、感謝を強いる人って、苦手だな。
「お前のために無理をしてきたのに」って言うのは、相手に見返りを求めているんだよね。
相手に依存し、相手の自由を奪い、自分に尽くさせようとしているだけじゃないのかな。

恩着せがましい人って、相手が自立しようとすると、相手が自由意志を実行しようとすると、邪魔をするんだよね。
自立しようとすると、恩を仇で返すと非難するんだよね。

「お前の為にしてあげた」って言葉は、相手のために何かをしたというよりも自分のために何かをしたということを示しているんだよね。
見返りを求めようとしているんだよね。

恩って、依存関係を作りうるものだよ。
恩って、互いの自立性を尊重しない限り、主従関係を作りうるものだよ。

僕、誰かに恩を感じたら、自発的に相手に感謝するんだ。
強いられて恩を返すなんて、奴隷状態を作りかねないから、嫌なんだ。


クリックすると元のサイズで表示します

2019/9/10  1:31

ぼくちん、ハゲっぽ!自信って。  

ぼくちん、ハゲっぽ!

自分に自信のない奴ほど威張るんだ。
上から目線でものを言ったりするんだ。
誰かの上に立っていなきゃ、自分の自信が揺らぐのかな。
自分の自信のなさがわかってしまうのかな。

自信って、誰かと比較することじゃないんだよ。
自分の中でのことなんだよ。
誰かと戦う力じゃないんだよ。
自分の中の力なんだよ。

自信って、何ができるとか、何を知ってるとかなんてことじゃないんだよ。
自分で自分を肯定することなんだよ。
今の自分はこれでよしと肯定することなんだよ。
そして、先に向かう基盤となるものなんだよ。

あれもできない、これもできない、これじゃダメだ、こんなことではなんて自分を否定することをやめてごらんよ。
そうすると、自信って何か、少しずつわかってくるよ。


クリックすると元のサイズで表示します

2019/9/9  0:00

あたし、アンジェリュス!自分が親に虐待されたかどうかを疑っているなら。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!

子供って、虐待されればされるほど、虐待する親をかばおうとするのよ。
自分が悪いせいでこうなったんだと思い込み、親は悪くないと虐待する親をかばおうとするのよ。
自分は悪い環境に置かれていない、自分は良い環境にいるんだという幻想を追求しているのかもしれないけど、自分の親は良い親だと思って安心したのかもしれないけど、自分を虐待した親のことを悪く言えないのよね。

例えば、お腹が空いていても、充分食べさせてもらったと嘘をつくのよ。
暴力を受けた痕が体にあっても、自分で転んだ、自分でものにぶつかったなんて嘘をつくのよ。
嘘をつかせているのは虐待する親なんだけど、子供はその嘘で親を正当化しようと努力するのよね。

自分が虐待されたかどうか大人になって考えている人は、自分の思い込み、自分の嘘に気づき、自分の嘘を暴いていかなければいけないの。
自分の親は良い親だと思っているなら、具体的に親がどう良かったかというエピソードをどれだけ語れるかを探してみたら?
単に優しい親だ、良い親だと言うだけなら、それは自分の思い込みや親をかばおうとする嘘だということが多いの。
日常のエピソードがなければ、自分の親は本当に良い親だったかどうか、疑ってみたらどうかしら?


クリックすると元のサイズで表示します

2019/9/8  0:00

あたい、スジャータ2号!嫌な奴にはなりたくないね。  

あたい、スジャータ!

あたいの嫌な奴って、わがままな奴。
自分の感情が全てで、周りの思惑など気にせずに、自分の好き嫌いで押し切ろうとする奴。
他人の迷惑などどうでもよくて、他人の自由、他人の権利等を無視して、自分の好き嫌いを追求する奴。

あたい、毎晩、その日の自分を反省する。
他人の状況を理解せずに、自分のエゴイズムを押し通そうとしてないかと、自分を省みる。
自分と他人をちゃんと線引きして、依存していないかと、その日の自分の行動をチェックする。
自分の主張がちゃんとできたか、相手の言い分にちゃんと耳を傾けたかを考える。

あたい、自分にとって嫌な奴と同じようなことをしていないかと、自分を客観的に見つめようとしているんだ。
他人よりも自分に対して厳しくしないといけないと、肝に銘じるようにしているんだ。

あたい、嫌な奴にはなりたくないね。
わがままなエゴイストにはなりたくないんだ。


クリックすると元のサイズで表示します



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ