2019/7/23  0:53

僕、アダム!自分の中に溜め込んだ怒りを認めてください。  

僕、アダム!

他人に危害を加えたくなったり、自分に危害を加えたくなるのって、自分の中に怒りが溜まっている状態です。
そこに生じている物事をきっかけにして、自分の中の怒りが溢れ出してきた状態です。

他人に危害を加えるのも、自分に危害を加えるのも、ほとんどの場合は自分の中に溜め込んだ怒りの爆発です。
そこにある物事以上の怒りが噴出してきているのです。
一種の八つ当たりをしようとしているのです。

また、キレやすい人って、自分の怒りをコントロールできない人です。
自分でコントロールできないくらいに心の底に怒りを溜め込んでいる人です。

でも、自分の中に怒りが溜まっていることを認めることができない人って、とても多いと、僕、思います。
子供の頃から親に対する怒りを我慢してきた人って、相当の怒りを心の底に溜め込んでいます。
だけど、親に対する怒りを認めることは親を否定することだ、だからいけないことだと思い込んでいる人が多いのです。
このような人は、他人や自分に対して怒りを向けてしまいがちなのです。

自分の本音を認めてください。
幼児期の怒りを認めてください。
今まで溜め込んできた怒りを認めてください。

親はサンクチュアリでは無いのです。
親に対しての怒りを否定することは無いのです。

そして、一人で怒りを解消してください。
体に負担のかからないポーズで椅子に座り、両手を握りしめ、下腹に力を入れ、一人で怒るだけで、溜め込んだ怒りは減っていくのです。

何事にもとらわれない自分、本来の自分に戻るために、自分自身の怒りを認め、解消してください。


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2019/7/22  0:00

あたし、エルミオーヌ!アニュイな気持ちに捉われたら。  

あたし、エルミオーヌ!通称、ミケ子!

あたし、アニュイな気持ち、倦怠感に捉われたら、ちょっと休むことを考えるの。
心が疲れている状態だと自分で認めて、休息を取るの。

何もしたくない気分だけど、あえて自分のためにお茶を入れるの。
日本茶だっていいし、コーヒーや紅茶だっていいの。
コーヒーや紅茶なら、あえて少し砂糖を入れるの。
甘くしたら美味しくないお茶、日本茶のようなものだったら、お茶菓子をちょっとつまむの。
糖分って、脳の栄養よ。
で、脳の栄養になるのは、糖分と酸素なの。
だから、窓を少し開けて空気を入れ替えるの。
糖分と酸素で、脳が働くようにするの。
できることなら、ちょっと外に出て散歩をしてみるの。

それから、のんびりと好きな音楽を聴いたり、本を読んだり、ビデオを見たりして、自分がリラックスできるようにするの。
そして、ぼーっとして何かをちょっと考えてみたりするの。
ぼーっとすることに飽きたら、居眠りしたりもするの。

ちょっと休んだら、今自分が何をしたいかを考えてみるの。
好きなことやしたいことが見つからなかったら、またぼーっとするの。
これをしなければいけない、あれをしなければ困るなんて義務感を捨てるために、ぼーっとするの。

休むことって、必要なの。
義務から離れて自分に戻るために、ぼーっとするの。


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2019/7/21  0:00

僕、ツィポール!いつだって。  

僕、ツィポール!

今の状態に満足できなかったら、いつだって新しく始めることはできるんだよ。
今の自分がだめだと思うなら、いつだって新しく始めることはできるんだよ。

新しく始めることなんてできないというのは、自分の思い込みだよ。
過去の失敗にとらわれているだけだよ。
気持ちが過去に引きづられているだけだよ。
自分で自分の未来を否定しているだけだよ。

思い立ったが吉日と言うけど、自分で新しく何かを始めようと決心をすればいいだけなんだ。
過去を振り返って、過去の失敗に捉われるよりも、過去の中からこれから先の未来へのベースとなるものを探したら?
自分の経験って、うまくいったことも失敗したものも、未来に向かうベースになるんだよ。
過去の悪い側面ばかり眺めるのはやめて、過去を未来のために使うことを考えたら?

いつだって新しく始めることはできるんだよ。
新しく始めようと決心すればいいだけなんだよ。
新しく始めることができるかどうかは、自分次第なんだけどね。


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2019/7/20  1:48

僕、エサウ!「飽きた」って。  

僕、エサウ!

日本人って、我慢を美徳としている人が多いよね。
確かに我慢しなければその良さがわからないこともあるし、飽きっぽいなら何事も続かないかもしれないよね。
だけど、何かに長く向き合ってきて飽きた時には、「飽きた」と言っていいんだよ。

「飽きた」と言えるくらい何かに向き合ってきたなら、そこには何らかの積み重ねがあるよ。
その積み重ねは、一つの経験だよ。
「飽きた」と言ってそこから離れたとしても、経験はゼロになるわけじゃないよ。
それは、次に新しい物事に向かい合う時のベースになるんだよ。

飽きてしまったことをまだ続けようとしても、無駄な我慢を続けるだけだよ。
飽きたら離れて、新しい物事に向かい合ったらどうかな。

これって、人間関係についても同様なんだけどな。


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2019/7/19  0:00

ぼく、フランソワ!疲れた時は。  

ぼく、フランソワ!通称、ぶーちゃん!

疲れた時は、ゆっくり休んだらいいんだよ。
休むって、寝るだけじゃないんだ。
好きな音楽を聴いたり、好きな本を読んだり、散歩をしたり、おいしいものを食べたりすることだって、休息の一つじゃないのかな。
どこかに出かけたり、友達とおしゃべりすることだって、休むことにつながったりするんだよ。

疲れてる時って、それまでの緊張が限界になった時なんだよ。
それまで関わっていた状況から離れないと、休むことはできないよ。
休む時には、現実逃避だなんて自分を責めないでね。
休んで体力や気力が戻ったら、もう一度現実に向き合えばいいだけなんだ。

体も頭も心も休ませるといいんだよ。
体も頭も心も緊張をほぐしてあげるといいんだよ。

自分の疲れに気づいていない時ってあるんだよ。
新しい発想ができなくなったり、ミスが増えたりしたら、それは疲れてる時だよ。
同じことを続けるよりも、ちょっと離れて休んだ方が、効率がいいんだよ。

疲れたら、休もうよ。
無理し続けるよりも、ちょっとだけでも緊張を解そうよ。


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2019/7/18  0:00

妾、シャホールでございます。記念日って。  

妾、シャホールでございます。

今月の15日は、去年帰天したうちのお母さんの母親の誕生日でございました。
昨日17日は、うちのお父さんとお母さんの結婚記念日でございました。
でも、特に何かをしたってことはありませんでした。
来週の土曜日27日は、うちのお母さんの母親の納骨の日でございます。
29日は、うちのお母さんの母親の一周忌でございます。
28日の日曜日に教会でミサを上げてもらいますが、それだけのことでございます。

妾、思うのですが、記念日とは大切なものかもしれませんが、生きていく中の一つの道程ではありませんでしょうか。
過ぎ去った物事の、単なる道標に過ぎないのではないでしょうか。
人生という厚く重い本に挟んだ栞のようなものではないでしょうか。

記念日を大切にするのは、過去を振り返って自分のあり方を省みるためには必要かもしれません。
過去を風化させないためには必要かもしれません。
でも、記念日にとらわれすぎると、今と未来を見つめることを忘れてしまうのではないかと、妾、危惧しているのでございます。


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2019/7/17  0:00

あたし、アンジェリュス!抑圧した感情があるのではないかしら。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!

去年、うちのお母さんは大切な人を二人見送ったの。
うちのお母さんの母親は去年の7月29日に、うちのお母さんが父親のように慕っていた指導教授はその数日後の8月3日に亡くなったの。
うちのお母さんは、精神的な自立を促されたような気持ちになっているの。
どこかでこの二人に依存していたのでしょうね。

誰かを見送る時には、いろんな気持ちが生じるでしょうね。
うちのお母さんは、指導教授の帰天を耳にした時、いろんなことを思い出し、いろんな感情が溢れてきたと言うの。
でも、自分の母親の死に対しては、満足した気持ちが一番強いと言っているの。
ずっと仲が悪かった母親との絆を取り戻し、ようやくこれで全てが終わった満足感があると言っているの。
母親の臨終の時も、火葬場に行った時も、その後も、涙が出ることはなかったの。

だけど、表面に出ている気持ちだけじゃないのよね。
人間って複雑な生き物よ、どこかに気づかない気持ちがあるかもしれないの。
どこかに回避しているものがあるかもしれないの。

うちのお母さんは、母親を失った喪失感が心の底に隠されているのではないかと、探り始めているの。

誰だって、自分の中に抑圧している感情があるの。
その感情に気づき、その感情を認め、その感情を乗り越えることが人間の成長につながるんじゃないかと、あたし、考えているのよね。


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