2019/9/26  0:45

おいら、ルクルス!人間は、物ではないんだよ。  

おいら、ルクルス!

人間は、物ではないんだよ。
だから、誰かと比較して、その人の価値を決めてはいけないんだよ。
誰かと比べて上げたり下げたり、利用価値を考えたり見下したりしてはいけないんだよ。

自分に都合の良い人が素晴らしい人だなんて発想は、捨てたらいいよ。
自分に都合の悪い人こそ、自分にはないものを持ってる可能性が強いんだからね。
自分の都合ばかりで他人の価値を決めるって、実にエゴイスティックなことだよ。

他人を自分の感情のはけ口だと思わない方がいいよ。
他人はゴミ溜めじゃないんだよ。
八つ当たりするなんて、もってのほかだよ。

人間の価値は、外見とは異なるんだよ。
一見金持ちに見えても、借金だらけの人もいるよ。
ボロを着てても、中身が輝いている人だっているんだよ。

この人はこういうものだと決めつけない方がいいよ。
生きている限り、どんどん成長して変わっていく可能性があるんだよ。
また、逆に、どんどん荒んでいく人だっているよ。

人間は、物ではないんだよ。
外側ばっかり見てちゃ、わからないんだよ。
生きている限り、人間って、変化の可能性を秘めているんだよ。
それって、人間の素晴らしさだと、おいら、思うんだよ。


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2019/9/25  0:36

あたし、シュエット!あたし、努力してるの。  

あたし、シュエット!

光陰矢の如しって言うけど、時間の経つのって、実に早いのよね。
子供の成長なんて、その大きな一つの例よ。
今月の2日に、あたし、4匹の子猫を産んだけど、だんだん馬鹿でかくなってきたのよ。

だけど、1週間ほど前から、そのうちの2匹の調子がおかしくなってきたの。
あたしの母乳が出ないから人間がミルクを飲ませているんだけど、ミルクを飲ませるとくしゃみをしたり、鼻から吹き出したりするのよね。
これって、遺伝子に問題があったりするのよね。
どこかの軟骨の形がおかしかったりするのよね。
そして、昨日、1匹が天使になっちゃったの。

せっかく生まれてきたのになんて思う人がいるかもしれない。
でも、それはその子の運命なの、寿命なの。
命の長さを決めることは、あたしにも人間にもできないの。
生物は全て死すべきものだと受容するしかないと、あたし、考えているの。

とはいえ、全てにおいて受け身である必要はないのよね。
与えられた寿命、許されている時間がどこまであるかわからないけど、生きている限り、生きるために全力を尽くせば良いと、あたし、考えているの。
一分一秒でも長く生きようとする本能に従うことが、あたし、生きている責任を取ることだと考えているの。
だから、あたし、全力を尽くして自分の命を全うしようとしている子猫達って、尊いと思うの。
あたしも、子猫の死を看取ろうと一所懸命努力しているの。


あたし、いつも出産すると子猫を放り出すけど、今回は、母猫ごっこはまだ続いているんだから。
あたしだって成長するんだから!
どすこい!


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2019/9/24  0:36

あたし、エルミオーヌ!あたしの願い。  

あたし、エルミオーヌ!通称、ミケ子!

あたし、昨日の朝9時過ぎから11時頃にかけて、5匹産んだわよ!
あたし、超安産だったのよ。
今じゃ、余裕持ってどすこいシュエットの子猫の世話だってしてるんだから。

それにしても、子供ってすごいわよね。
あの細い参道を通って産まれてくるのよ。
命がけで、子宮の外の世界を目指してくるの。
親が勝手に生んだなんて文句を言う人間の子供がいるようだけど、本人が本能に従って生まれてきたのよ!
生まれたことを親のせいにするのはおかしいわ。
生まれてくるのは、その本人の本能的な意思のようなものじゃないかしら?
親が勝手に生んだと文句を言うよりも、親の育て方が間違いだったというなら、話を聞く余地は十分あるんだけどな。

親って、勝手なことを言ったりするわ。
女の子ならいらない、男の子ばかりならつまらないなんて言ったりするしね。
生まれた時はそれだけで喜んでいても、子供が育つにつれて欲が出て、勉強ができないといけないなんて言ったりするしね。
どうして、その子の生だけを喜び続けることができないのかしらね。

あたし、この5匹の中で1匹でも無事に成長してくれたらと、それだけを願ってるんだけどな。

おい、5匹のチビ達、しっかり自分の生を全うするのよ!
あたし、それだけが願い!
それだけが喜びなんだから!


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2019/9/23  0:01

僕、テオフィル!依存してくる人って。  

僕、テオフィル!テオ!

僕、依存してくる人って嫌だな。
何かしてあげると、「ありがとう」ってお礼を言ってくれたりすることもあるけど、次にはそれ以上の要求も平気でしてくるんだよね。
他人に何かをしてもらうことが当たり前で、「ありがとう」と言えば、何でも他人にしてもらえると思ってたりするんだよね。
それで、自分の希望が叶わないと困ったふりをしたり、文句を言ってきたりするんだよね。
不満をぶつけられるのが嫌でその人に何かをしてあげると、余計つけあがってくるんだよね。
本当に疲れるよ。

依存してくる人って、依存は当たり前、依存は悪いことじゃないと思っていることが多いんだよね。
人は互いに助け合うのが当たり前と言い、助けてもらうばかりで自分から人を助けようとはしないんだよね。
ひどい場合は、自分が助けてもらってることさえ気づいていなかったりするんだよね。
こんな人がそばに居ると、僕、時間もお金も労力も皆、その人にむしり取られてしまうような気がするよ。

どんな状況だって、どんな状態だって、自分でできることを出来る限りしようとする人は自立していると、僕、考えているんだ。
だけど、何でも人に頼って、自分が相手に迷惑をかけていることや自分の欠点も知らず、自分で先のことを考えることもしない生き方をしている人を見ると、僕、その人は寄生虫のように生きているんじゃないかと思っちゃうんだけどな。


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2019/9/22  1:32

僕、ブレーズ!それで良いのでしょうか?  

僕、ブレーズ!

「東海の小島の磯の砂浜に
我泣きぬれて
蟹とたはむる」
これって、石川啄木の『一握の砂』という歌集に収められている短歌です。函館の大森浜が彼の念頭にあったとされています。

この歌集が出されてから35年ほど経つと、この砂浜には掘っ立て小屋がたくさん建てられました。戦争が終わった後、満洲や樺太から、たくさんの人が引き上げてきました。住む場所のない人達は、大森浜に掘っ立て小屋を立てて、乞食のような生活をしていたそうです。
目がギラギラした人達が、たくさんいたそうです。
うちのお母さんの母親は、この掘っ立て小屋から通う生徒達を小学校で教えていたそうです。家庭訪問のため、掘っ立て小屋に赴くこともあったそうです。ずっと後になって市営住宅ができるまでは、この人達は掘っ立て小屋で寒さをしのいでいたそうです。
親を失った子供は孤児院に送られて、これもまた飢えのため、目をギラつかせていたそうです。
うちのお母さんの父親も母親も小学校や中学校の教員をしていましたが、教え子の中に孤児院の子供達が何人もいたそうです。
でも、この人達は、住む場所や身なりにこだわってはいませんでした。
日本にたどり着く前に亡くなった同朋をたくさん目にした人達にとっては、住む場所や物など、どうでもよかったのかもしれません。
生きることが最優先でした。
食べてその日の命をつなぐことが最優先でした。
それが当たり前のことでした。
この人たちは、生きることの尊さを知っていたのかもしれません。

食べて生きていくためにはお金が必要です。
でも、お金って、生きていくために必要なものを賄うだけで良いのではないかと、僕、考えたりしています。
良い家に住んで、良い車を持ち、華美な服にこだわったり、宝石を求めたりして、一体どうなるのでしょうか。
外見を飾るものが、その人の価値を決めるのでしょうか。

僕、生きることの尊さを知っている人こそ価値のある生き方をしているのではないかと思うのです。
他人を助けて生きる人こそ、価値のある人生を知っているのではないかと、僕、思うのです。

今は、高価なものが巷に溢れています。
お金持ちを羨む人がたくさんいます。
外見の価値、お金で買えるものの価値を人間の価値と取り違えている人がたくさんいるように、僕、思うのです。

本当にそれで良いのでしょうか?


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2019/9/21  0:00

あたし、シュエット!強いって。  

あたし、シュエット!

強くなるって、他の人を守れるようになるってことよ。
自分ひとりで怒っていたって、強くなんてないの。
他人に暴力を振ったって、それは強いってことじゃないの。

生物の本能には、個体の保存と種の保存という二つの大きなものがあるわ。
どんな動物だって、生まれたばかりの時は、生き延びるために必死よ。
自分の生命を守ることだけにとらわれるの。
幼い頃は、自分の生命を守るだけのために強くあろうとするの。

だけど、大きくなると、自分達の子孫を残すことを考えるようになるの。
性本能って、交尾だけじゃないの。
子供を残さなくたって、自分達の受け継いできた文化を次の世代に伝えることを考えるようになるの。
自分だけじゃなく、自分の仲間を守ろうとするようになるの。
自分の為だけじゃなく、他者のために強くなるの。

本当の強さって、自分のために必要なものではないの。
大切なものを守ろうとすることが強さじゃないかしら。


あたし、子育てしている時は、一応子供を守ろうとしているのよ。
母乳が出ないので、人間に協力要請をしているの。
夜中に子供がミルクを欲しがったら、尻尾で強く人間の顔を引っぱたくことなんて当たり前よ。
いたずらする雄猫の顔に猫パンチだってするわよ。
あたし、本当に強い母猫なんだから!
どすこい!


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2019/9/20  3:54

マルだじょ!皆と仲良くなんてできないじょ。  

ぼくちゃん、マルだじょ!
別名、ワルちゃん!カルテ名、テイヤール!

幼稚園とか保育園の時から、「皆と仲良くしなさい」て言われてきた人って多いんじゃないでしゅか?
そして、どんな人とも楽しくおしゃべりし、一緒に遊び付き合わなきゃいけないと思い込んでしまった人って、多いんじゃないでしゅか?

だけど、そんなこと不可能だじょ。

「他の子をいじめてはいけません」なんて正義のみ旗を掲げてどんな人とも対等に仲良く付き合わなきゃいけないと強いる人もいましゅが、気が合わない者同士って、初めから無理なんじゃないでしゅか?
どんな人とも合わせることができたら、それこそ八方美人なりましゅよ。
適当に距離をとって、それでどうにかうまくいく相手っているじょ。
みんなと同じように付き合うなんて、ストレスが溜まるだけだじょ。

ぼくちゃん、皆と仲良くするなんて無理だと思うじょ。
だけど、相手を否定してはいけないということを提案するじょ。
自分にないものを相手が持っていると相手を否定しがちになるけど、それは相手の個性だじょ。
皆と仲良しの友達になるのは不可能だけど、一緒に同じ場所同じ時代で生きている仲間だじょ。
相手を見下さず、相手の存在を尊重してればいいと、ぼくちゃん、考えているんだじょ。


ぼくちゃん、この家の猫達は、自分の仲間だと思って尊重しているんだじょ。
で、人間って、ぼくちゃん達猫に尽くす召使いなんだじょ!


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