2019/7/19

(無題)  

ともさんの思い出
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今朝の『発言』欄に『93歳になっても祖母を慕う』と題する93歳の畑栄子さんの文章に感銘を受けた。栄子さんは日々デイサービスに通って、元気に過ごしている。自分のお母さんが仕事で忙しかったせいか、昼間は祖母と行動を共にしていた栄子さんだ。祖母は素晴らしい人で、自分の年齢が増えるごとに祖母が母のように思えてきたと述懐しています。無駄なことはしゃべらず、『エーコさん、エーコさん』と台所へ呼び寄せては、台所の仕事の簡単なことから『エーコさんに伝授していってくれたんだという。祖母なのにどうしてこんなに恋しいのでしょうか・・・。
 坊ちゃんの『清』
 私の祖母は『とも』さんと言いました。母は一人娘だったから、二人の姉の次にやっと男の子が生まれてきたというので、私をそれはそれは可愛がってくれました。『猫かわいがり』『おばあちゃん子』、明らかに姉弟で私だけがいい目をしていると、親父は『ばば育ちのようなことをしてくれるな。』とともさんに食って掛かっていました。『長男の甚六』という言葉もあります。漱石の『坊ちゃん』に『清(きよ)』という賄いばあさんがいて、何でも坊ちゃんの味方をしていました。ともさんと同じだなと、読みながらともさんを懐かしく思い出したことでした。
 ともさんは私の学生時代、乳母車をついて、岸上堂へ行って下宿のばあさんに『おいよさん饅頭』を土産に持てせてくれました。4年間その下宿でお世話になったのですが、下宿のばあさんは、私が帰省するとき、『あのおいよさん頼んだよ』と千円持たせてくれたものでした。
 神戸の93歳のおばあさんに一日ほのぼのとした思いをさせていただきました。

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