2019/7/28

(無題)  

平山郁夫の世界
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(卒業制作の作品)
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(広島生変図
3人姉妹を卒業制作
平山画伯は、東京美術学校(東京芸術大学美術学部を卒業したが、卒業制作は実の妹たちを実家の庭に立たせてデッサンをした。一番上の妹が黒い猫をを両手で抱き、左右に下の妹が並んで立つという単純な構図だ。三人とも素足で下駄やつっかけをはいている。島(生口島)の娘らしく、健康で飾り気のない姿が描かれている。この卒業制作は二席だった。ちなみに主席となったのは、後に結婚して妻となった松山美知子の『坐像』。
頼りになる人
 卒業制作で次席と主席がった平山と美智子は、教室の教授の前田青屯教授の指名で共に副手となって教室の運営に携わった。結婚した二人だったが、副手は無給。彼女は平山と家庭を支えるべく高校の美術教師をして平山を支えた。平山以上に芯の強い、しっかり者だった。結婚するやほどなく副手をやめ、内助の功に徹する。
原爆投下を目の当たりに見る!
 昭和21年8月6日、彼は修道中学の2年生で、被爆した。午前8時15分頃、B29から白い物が落下傘といっしょに落ちてくるのを友達といっしょに見た。慌てて防空壕に飛び込むと同時に今まで経験したことのない閃光と大音響をきいた・・・・。3枚目の写真は、正にあのピカドンを直接体験した人の生の呻き声が画面いっぱいに伝わってくる。

 その当時の模様を克明に描いている・・・。再現するのも忍びなく、『道遙か』を読んでいただきたい。

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