2019/8/31

(無題)  

我が家の朝食の定番
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(下の写真がヨーグルトメーカー)
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 このメーカーでカスピカイヨーグルトを作ります。作り方は一栄さん任せ。ヨーグルト菌は、通販で定期的に届けられるらしい。
 出来たヨーグルトに『セサミンアーモンドきな粉』とはちみつを入れて食べる。
はちみつと黄な粉を混ぜて
 我が家で食べ始めて もう10年以上になると思うが、あの酸味は私は苦手で、始めのうちは、出来るだけ少量にしてもらっていた。しかし、少量とは言え、厭なものを食べるのは精神衛生上もよくない。いつの頃からか、はちみつを垂らして混ぜるようにしたら、食べ易さが格段良くなった。それからきな粉もいつの頃から入っている。この効能はよく知らないが、きな粉そのものは体に良いから、積極的に食べるようにしている。

 10年以上も続けると、朝食のルーティンの一つになっている。
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2019/8/30

(無題)  

ブランチ〜ロックスもどき
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 今朝も秋雨がしとしと降っている。午前の日程は、11時に家を出てジムで1時間のトレーニング。それまで朝、昼兼用のブランチ。今日は久しぶりに、ロックスもどきのベーグル。同じベーグルでも日本のベーグルは少し柔らかい。これを縦に半分、水平に半分に切って、中にクリームチーズ、スモークサーモン、レタス、玉ねぎ等の野菜を乗せて出来上がり。
 今朝は、三木の初ちゃんが送ってくれた大粒のぶどう、ご近所でいただいた玉ねぎをデザートに付けてくれた。

 先月のテレビでジョン万次郎のドキュメントを観たが、彼もアメリカで生活した10年余りの年月、米の飯に有り付くことなく、パンを主食とした食生活を送ったことだろう。私の場合は韓国人がクインシーマーケットという大きなスーパーの一角で日本食品店を出してくれていたから、不自由はしなかったが、パンを主食にした食生活に挑戦した。マクド、ピザ、ロックス等のファストフードを楽しむようになった私だった。
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2019/8/29

(無題)  

森上ミュージアムで
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(ミュージアムのパンフレットから)
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(森上助次のお墓)
フロリダ半島の中ほどにデルレイという街があって、その街外れに広大な森林博物館がある。20年前にはまだアメリカの観光ガイドブックにはでていなかった。名前は『森上ミュージアム』。当時のボストン総領事館の北島総領事を表敬訪問した折、『森上校長、森上ミュージアムをご存じですか?』と訊いてきたのが事の始まりだった。全米の総領事の研修会のオプションツアーで広い日本庭園を歩いてきたんだとう。
  『森上ミュージアム』は、現地のアメリカ人たちが、森上助次氏が亡くなった後、何年も経ってから、彼を偲んでぼつぼつ造り始めたという。立派な事務室の建物には坂本さんという日本人が常勤されていた。
 助次氏は明治時代に独りで、京都の綾部市から綿花を栽培したくて移住してきたそうだ。綿花農園で働きながら、自分の土地を広げていった。明治時代はまだ人種差別が厳しく、結婚するどころではなかった。
 しかし、日本人特有の勤勉さで、独りで土地や財産を増やしていった。そして、80歳代になった時、自分の財産を全て、地元のカウンティ(郡)に寄贈した。広大な田畑や財産を贈られた地元の人たちは、助次の人がらから 彼の意志に報いるべく、日本庭園を造っていき、土地の名所にしていった。
 私たちがディズニーランド、ミュージアムへ行ったのは12月の冬休みだったからか、客でいっぱいだった。
 あれから20年近くなる。もう一度伺いたいと願いながら果たせないままだ。
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2019/8/28

(無題)  

一栄さんのナンプレ
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すごいレパートリイの広さ
 同じ夫婦でも、生活の仕方は異なっている。趣味や好みも違う。例えばスポーツ。私は、若い頃から野球と陸上の2種目。一方、一栄さんのレパートリーは広い。中学、高校時代はバレーボールをやっていたから、テレビ中継は見逃さない。男子、女子関係なく熱心に観戦する。次に柔道。弟が中、高、日体大と柔道の虫のように打ち込んだから、彼女も今も柔道の愛好家だ。これも男女関係なく熱心に観戦するし、サッカー、水泳、大相撲も興味が尽きない。いつの間にか、本当にスポーツを愛するのは彼女に軍配が上がっているようだ。野球と陸上にかけては、広さも深さも自信があるが、楽しんで観戦する姿勢は見上げたものである。
ナンプレの大家!
 前の家の時代から、彼女の固定した趣味に『ナンプレ』がある。私は挑戦したことはない。下の写真のように 正方形の枠の空いた個所に決まったルールにしたがって数字を入れていって9つの枠を完成するゲームということだ。彼女はこのゲームを飽きもせず、この20年以上 時間を見つけては挑戦している。『難問ナンプレ』とか『超上級ナンプレ』とか様々なランクがあるらしい。これまでクリアした冊数は膨大なものになるだろうが、彼女の性格は、終わったものを保存するのを好まない。処分するのだ。これは私との決定的な違い。これまで読んできた文庫本の小説類も読み終わったら、きれいさっぱり処分する。私は、自分の読書人生の歴史として残しておきたいのだ。
 一栄さんのナンプレはこれからどうなっていくのか・・・。多分彼女はこんなことは考えないのだろう。
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2019/8/27

(無題)  

沼島小時代の一男氏
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(阿万小時代の親父、妹のさえ子と)
 迷子になった話
今朝、北阿万小へ表敬訪問した時、島野先生にお会いし、立ち話に花が咲いた。彼の父上と私の父は同い年で、どちらも初任校は沼島小。島の民家に下宿しながら、土地の方に賄いをしていただいて生活した。大阪から母親の故郷淡路へ赴任してきた父は、ほどなく我が家に婿養子で入った。もちろん息子の私は父の逸話を知っていたが、島野先生もお父さんからお聞きして鮮明に覚えていた。
 若い教師たちは(男子しか行かなかった)土曜日になると、沼島汽船に乗って対岸の灘へ行き、そこから自転車に乗って我が家に帰っていく。
 一男氏も喜び勇んで阿万の我が家に島野先生といっしょに向かった。阿万の本庄の街に入って彼とわかれると、本庄通りから左に折れる道が4本あって、どれもよく似た道だ。灘方面から北へ向かってくるのは初めてだった一男氏は、結局分からなくなって、道路端のお家へ入って『森上の家はどこですか?』と訊いて、教えてもらったんだそうだ。
 この話は、ほどなく阿万中に知れ渡った。『森上さんのご養子さんは、自分の家が分からなくなって迷子になったらしい。』
 私の方向音痴は父親似らしい。島野先生と互いの父親の沼島生活を懐かしんで、話に花を咲かせたことでした。
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