2019/10/22

(無題)  

即位礼正殿の儀
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 天皇陛下が即位を内外に宣言される『即位礼正殿の儀』が、宮殿の正殿『松の間』で午後1時から行われた。夏から続いている異常気象で、今日も予想になかった本降りの雨が皇居の空を覆った。一栄さんは、両陛下の一生に一度のお祝いの日に、家の周りの田んぼやあぜ道を歩いて、秋の草花をカメラに収めてきた。写真は、10枚の中の3枚だ。
 私はこれまで、皇室の動きにあまり気には留めなかったが、70歳を過ぎた頃から 特に雅子皇后に関心を持つようになった。皇室生活のプレッシャーで体調を崩し、多くの国民に心配をかけてきた。私も教師をしてきたから 彼女の辛さ、苦しさが或る程度理解出来る。今日の日に参列できて 本当によかった。
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2019/10/21

(無題)  

日本4強逃す
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 2019年の10月は、多くの日本人がラグビーW杯日本大会で燃えた。それまでラグビーというスポーツに関心がなかった老若男女の日本人の熱烈な声援に力を得て一戦一戦健闘し、ロシア、アイルランド、スコットランドを破り、見事ベスト8に進出した。ロシアとは30−10、アイルランドと19−12、サモアと38−10、スコットランドと28−21というスコアだった。4つの外国の強豪チームを連続撃破する快挙は、ほとんどの日本人は希望はすれども想定していなかっただろう。私もサモアに負けるんだろうと予想していた。
 それにしても 想定外の大活躍をして私たち日本人を沸き立たせ、元気付けてくれた日本選手団だった。
 これからも力を入れて応援できる種目が一つ増えたのが、私にとって最大の収穫だ。明日、早速ラグビーの入門書を買い求めてルールの勉強から始めようと思う。
 毎年送ってくださるサンドラーさんからのケーキが昨日届いた。例年より一月近く早いクリスマスプレゼントだ。祖国のラグビーチームの活躍にエールを送ってくれたのかも・・・!
 日本選手団の健闘には、敗れても清々しさの余韻が残った。
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2019/10/19

(無題)  

ボストン総領事のお父さん
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ight:bold">(キャッツ先生(右二人目)と3姉妹)
 正装でハイスクールの門をくぐる
 マサコが11年生(日本の高校2年生)の秋にベルモント・ハイスクールの門をお父様に連れられてくぐった。
 階段を降りて下に行くと、父親と女の子がいた。お父様は威厳があり、とても上品だった。完璧な服装で英語も流暢。マサコはとても素敵なスカートとブラウス姿。マサコがキャッツ女史に最初に言った言葉は『私は英語が上手ではありません』えくぼが印象的で、とても可愛い笑顔を見せてくれた。
 マサコはとても行儀がよく、誰に対しても礼儀正しかった。恥ずかしがり屋で遠慮がちにも見えるのだが、実際は社交的で自信に満ちたしっかりしたものを感じさせた。お父様のことをとりわけ尊敬していて、将来は外交官を目標にしていたようだ。
お陰で89歳の今まで・・・
 オワダさん一家が米国を去る時に、記念品をいただいた。長生きを意味する木で作られた、どんぐり型の器。お陰で89歳の今まで元気に生きられた。この器はずっと手元に置いて大事にしているというキャッツ女史。
 1993年の皇太子とのご成婚の儀の前日、オワダ夫妻から招待され、キャッツ夫妻はご自宅を訪問し、三姉妹と再会を果たした。
 プリンセス・アイ子が生まれた時は、セーターを編んで贈った。喫茶店で編んでいたセーターだ。3姉妹とは 今も交流が続いている友誼に厚いキャッツ女史である。
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2019/10/17

(無題)  

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キャッツ先生と雅子皇后
月刊文藝春秋の11月号で、『祝・即位の礼 新天皇・雅子皇后 65人の証言』の特集ページをめくっていると、『L・キャッツ』というカタカナの名前が目に飛び込んできた。一瞬『あのキャッツ先生に違いない』と確信して彼女の文章を読みだした。彼女はまだお元気だったのだ。まず写真から説明しよう。一人で写っているのが、キャッツ先生。4人で写っている右から二人目が彼女、その両サイドの娘さんが、雅子皇后の姉妹。双子の妹がいたようだ。
 ボストンで3年間、私たち夫婦は、シンディ先生というユダヤ人に毎週英会話のレッスンを受けていた。彼女はベルモント・ハイスクールの英語教師。雅子さんは地元のベルモント・ハイに高校2年生で編入し、キャッツ女史のクラスに入った。
 雅子さんのお父様はボストン総領事に着任されていた。雅子さんは、ベルモント・ハイを卒業後、ハーバード大にストレートで進学、素晴らしい成績だったそうだ。
 卒業後、日本に帰った雅子さんは、東大に学士入学され、その後、外務省に入省してキャリア官僚としてスタート。
 ある時、シンディ先生は私たち夫婦に『キャッツ先生にお会いしますか?』と言ってくださった。私たちは とある喫茶店でキャッツ先生にお会いした。彼女は生まれてくる子どものためにセーターを編んでいるところだった。(つづく)
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2019/10/5

(無題)  

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曼殊沙華まんじゅしゃげ)
 マンジュシャゲ = サンスクリット語
今年も彼岸花は田んぼの稲の実りを祝うべく、懸命に花を咲かせている。写真に収めながら、『彼岸花』の由来をデジタル大辞典で調べた。仏教で伝説上の天の花。サンスクリット語の音写。純白で、見る者の悪業を払うといわれ、天人が雨のように降らすという。このような説明だが、私は未だかって白い彼岸花を見たことが無い。辞書でも『日本では鮮紅色の花を咲かす』と解説されている。
シロバナヒガンバナ
 白色の彼岸花は、大きな白い花を咲かせ、やはり有毒植物である。「やはり」というのは、子どものころから、赤い彼岸花を採って匂いを嗅ぐと、実に嫌な臭いがしたものだ。この匂いが有害なのだろう。白色の彼岸花を見たことがある人がいれば、教えていただきたいものです。
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