2011/2/11

『くじけないで』  詩を読もう

 『くじけないで』
   〜99歳のおばあさん詩人

 昨夜の6ch『報道ステーション』で、 柴田とよさんという99歳のおばあさん詩人に古館伊知郎氏がインタビューしていました。 ご主人と死別して19年になるというとよさん。 70歳代までは日本舞踊をしていましたが、 だんだん体が動かなくなって、 部屋にこもりがちの生活・・・。 若い頃から詩を書くことが好きだった息子の健一さんが、 そんなとよさんに詩を書くことを勧めたんだそうです。 とよさんは90歳を過ぎていました。 詩の題材は、 部屋から見える風景と90年以上生きてきたこれまでの人生の思い出。

 99歳になっているのに、 とよさんは耳がよく聞こえるんです。 健一さんと会話しながら詩の心得を会得していったようです。 昨年『くじけないで』というタイトルの詩集を出版され、 150万部のベストセラーになっているんですね。 古館氏ととよさん自らが朗読してくれた詩を紹介します。


 思 い 出

子どもが授かったことを告げたとき
あなたは
「そりゃ 嬉しい
 おれは これから真面目に働くからな」
と そう答えてくれた。

肩を並べて桜並木を帰った あの日
私の 一番幸せだった日


 思 い 出

子どもと手をつないで
あなたの帰りを待った駅

大勢の人の中から
あなたを見つけて
手を振った

三人で戻る小道に
金木犀の甘いかおり
何処かの家から流れる
ラジオの歌

あの駅 あの小道は
今でも元気で
いるかしら


 くじけないで

ねえ 不幸だなんて
溜息をつかないで

陽射しやそよ風は
えこひいきしない

夢は
平等に見られるのよ

私 辛いことがあったけれど
生きてきてよかった

あなたも
くじけずに


 貯  金

私ね 人から
やさしさをもらったら
心に貯金をしておくの

さびしくなった時は
それを引き出して
元気になる

あなたも 今から
積んでおきなさい
年金より
いいわよ


 夜 眠れないときに 起き出して いろいろ考えたり 思い出したりして、 詩を書き始めるんだそうです。
『お母さん 上手になったね』と 息子さんに褒めてもらうのが、 また詩作の励みにもなっているようで・・・。

 99歳の母親と65歳の息子。
『こんな偉い先生に来ていただいて・・・』 と とよさんが恐縮してお礼の言葉を発しようとすると、 即座に息子の健一さんが、
『そんなこと言っちゃダメだよ、 お母さん。 「先生と言われるほどの馬鹿じゃなし」という言葉あるだろ。 古館さんに失礼だよ。』とたしなめます。
『息子は うるさいんですよ。』と とよさん。

 こんな調子で会話が弾んでいくんです。 うらやましいですね。
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2011/1/28

街  与謝野晶子  詩を読もう

《詩を読もう》

  (今朝も6時に目覚めました。 まだ物音一つしない静けさの中で・・・)

   街
           与謝野晶子 

遠い遠い処(ところ)へ来て、
わたしは今へんな街を見て居る。
へんな街だ、 兵隊が居ない、
戦争(いくさ)をしようにも隣の国がない。
大学教授が消防夫を兼ねて居る。
医者が薬価を取らず、
あべこべに、病気に応じて、
保養中の入費にと
国立銀行の小切手を呉れる。
悪事を探訪する新聞記者が居ない。
てんで悪事がないからなんだ。
大臣は居ても官省がない、
大臣は畑へ出て居る、
工場へ勤めて居る、
牧場に働いて居る、
小説を作って居る、 絵を描いて居る。
中には掃除車(ぐるま)の御者をしている者もある。
女は皆余計なおめかしをしない、
瀟洒(しょうしゃ)とした清い美を保って、
おしゃべりをしない、
愚痴と生意気を云わない、
そして男と同じ職を執って居る。
特に裁判官は女の名誉職である。
勿論裁判所は民事も刑事もない、
専ら賞勲の公平を司って、
弁護士には臨時に批評家がなる。
併し長々と無用な弁を振るいはしない、
大抵は黙って居る、
稀(まれ)に口を出しても簡潔である。
それは裁決を受ける功労者の自白が率直だからだ。
同時に裁決する女が聡明だからだ。
また此(この)街には高利貸がない、
寺がない、 教会がない、
探偵がない、
十種以上の雑誌がない、
書生芝居がない、
そのくせ、 内閣会議も、
結婚披露も、 葬式も、
文学会も、 絵の会も、
教育会も、 国会も、
音楽会も、 踊りも、
勿論名優の芝居も、
幾つかある大国立劇場で催して居る。
全くへんな街だ、
わたしの自慢の東京と、
大ちがいの街だ。
遠い遠い処へ来て、
わたしは今へんな街を見て居る。


 夢とイメージトレーニング 
 与謝野晶子。 有名な反戦詩『君死にたまうことなかれ』をはじめ自由闊達な詩もたくさん書きました。 大正4年、 彼女が37歳のときの作品。 
 時あたかも大正デモクラシーの黎明期、 平塚雷鳥らの青鞜社を中心とした婦人解放運動が隆盛し始めた頃でもあります。
 当時彼女がどういう文学的あるいは社会運動の立場をとったか知りませんが、 人間や社会に対する彼女の斬新なセンスが伝わってきます。 現実の政治や社会システムに対する痛烈な風刺でもあり、 彼女の『夢』も読みとることができます。

 私たちは厳しい現実に直面すればするほど、 『夢』を見なくなります。 悪夢は見ますが、 理想の社会を想い描いた夢は見れなくなるようです。 現実に押しつぶされてしまうのでしょうか・・・。

 古来の社会改革家や進歩的な学者、 文学者や芸術家の偉大なところは、 この辺にあるんじゃないでしょうか。 厳しい現実にめげず、 その向こうの理想をしっかり想い描くことができる・・・・。

 現代のスポーツマンはイメージトレーニングをします。 自分の理想のレースやゲーム展開を想い描いて練習するんだそうです。 理想の展開を想い描くこと自体、 楽しいことですよね。 

 私はたまに、 ゴルフ練習でイメージトレーニングをするんですが・・・。
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2011/1/24

挨拶の下手な人に  詩を読もう

《詩を読もう》

 挨拶の下手な人に
              阪 田 寛 夫

昨夜(ゆうべ)辞書をひいておどろいた
挨(あい)は推し合う
拶(さつ)も押し合う
挨拶とは押し合いへし合いのことだった
ドリトル先生の両頭獣「PushmiーPullyu」を
井伏鱒二氏はオシツオサレツと訳されたが
人類も挨拶をする珍獣か
昔この字を習うとき
手偏(てへん)に「ム矢三(やみ)くタ」
むやみに食うから挨拶できない
なんて教わったんだけど
今朝からぼくは押しくらまんじゅう
押されて泣くな、 とがんばっている


 第一印象を大切に!

 会った時の第一印象は大切ですね。 ここで言う『第一』というのは、 『初対面』とは限りません。
 私は仕事がら、 役所の各課や学校、 いろんな事業所に電話することが多いですが、 最初に出た人が気持ちよく応対してくれるとこちらも気持ちいいですし、 たまたま出られたのが知人だったりして 『○○です』 と向こうから名のってくれ、 『お元気ですか?』なんて近況を気遣ってくれたりすると もう嬉しくなってしまいます。

 本題に入る前に、 少し雑談することになるんですが、 この『雑談』が大切なんだ、 と分かるようになるのに 私は社会人になってからかなりの年月を要しました。

 電話の応対一つでも、 相手に与える印象が大きく違ってくるんですね。


 どこかのオフィスに入っていった場合、 みんな一心不乱に仕事をされています。 当たり前の事ですが、 入室した私とたまたま目を合わせた人の応対が問題です。 こちらは『お客さん』で、 何か用があって入っていっているんですね。 お客さんに対しては丁重に応対するのが礼儀です。 自然な態度で軽く会釈してくれるのと、 『何用で来てるんだ』とジロッと一瞥(べつ)して机上に目を落とすのとでは、 お客の気分は大きく変わるんですね。 『温かい』感じがするのと、 何か無視されたと『冷たい』感じがするのと・・・。

 特に『公務員は全体の奉仕者』なんですよね。 虫のすかんやつが入ってきたり、 相手のステイタスを見て、 自分の感情や価値観で応対に差をつけてはいけませんね。

 『挨拶』について考えてみるのも、 自分を広げたり深めたりする契機になるかも知れません。
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2011/1/21

心に太陽を持て  詩を読もう

 《詩を読もう》

 心に太陽を持て

           山本 有三 訳詩

心に太陽を持て、
あらしが ふこうと、
ふぶきが こようと、
天には黒くも、
地には争いが絶えなかろうと、
いつも、 心に太陽を持て。

くちびるに歌を持て、
軽く、 ほがらかに。
自分のつとめ、
自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと、
いつも、 くちびるに歌を持て。

苦しんでいる人、
なやんでいる人には、
こう、 はげましてやろう。
「 勇気を失うな。
  くちびるに歌を持て。
  心に太陽を持て。 」


 現代の若い人たちは、 「山本有三」ってどんな人か多分御存じないでしょう。 私たちの世代ですら、 もう『過去の人』でしたから。 ですが、 その昔、 著名な小説家でありました。 『路傍の石』『真実一路』という小説を、 私達より年上の世代で少し読書に親しんだ人なら、 小学校から高校生の間に一度は読んだと言われます。

 山本有三さんは、 当時の厳しい世の中で苦しみもだえている人、 その苦しさにくだけそうになっている人に、 『負けるな』とこの詩を送ったのです。

 私は、 若い頃、 まず親たちへのメッセージとしてこの詩を学級通信に掲載していました。 そして子どもたちにも読み聞かせました。

 それから30年以上も経っていると思うのですが、 世の中進歩するどころか、 全般的に見て、 生活しにくくなっているように思えてなりません。

 特に若者が厳しいですね。 高校や大学を卒業しても就職すること自体ままなりません。 また、 派遣社員等正規採用されないままの雇用契約を余儀なくされている人たちのなんと多いことでしょう。 昨日のブログにも少し書きましたが、 若い学校の先生たちも苦しんでいます。

 こんな時、 人間はどうしたらいいんでしょうか。 これだけは言えます。 今の苦しさに絶望して精神のバランスをくずしてしまわないよう、 自己防衛しなければなりません。
そのためには、 『人を頼る』のです。 

 私は、 書物を通して先人に助けを求めたり、 周囲の先輩や友人たちに助けられました。 
 詩に親しむこともいいと思います。
  
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2011/1/20

『詩を読もう』コーナーの復活  詩を読もう

《詩を読もう》
 『詩を読もう』コーナー
           復活します


 心に生気を・・・
 
 ブログを始めた時、友人に内容の『ジャンル分け』を入力してもらいました。 このジャンル分けは実態に即してないな、 といつも感じてはいるんですが、 自分で再構成出来ず、 電話をかけて聞くのが邪魔くさく・・・と今日まで来ています。 『ノンジャンル』が圧倒的に多く、 一番少ないのが『趣味』。 趣味の少ない人間が何を思ってこんなコーナーを作ったんだろうと不思議ですが、 自分を鼓舞する意味もあったのでしょうか・・。

 不図『詩を読もう』のコーナーを復活させようか、 と思い立ちました。 しばらく詩集を覘(のぞ)くのを遠ざかっている私でもあります。 詩人の方々には怒られるかもしれませんが、 私にとって、 やはり詩は心のビタミン剤のように思います。 ビタミン欠乏症になると、 どうももう一つ元気が出ないようにも思います。

 私自身若い頃から読んできた詩や短歌や俳句を、 若い人たちにも読んでもらいたいなとの思いからメッセージを送ります。
 
 毎日とは行きませんが、 気の向くまま、 朝のうちに書くようにします。 お昼休みや仕事の合間に読んでください。


 《今日の詩》

 きみ歌えよ
            谷川 俊太郎

きみ歌えよ
哀しいこと つらいこと
ひとりで歌えよ
あの人の名を大声で
歌えば 歌えば 歌えば ああ
うその涙は出てこない

きみ歌えよ
嬉しいこと 好きなこと
ひとりで歌えよ
バカも卑怯もまるだしで
歌えば 歌えば 歌えば ああ
ベートーバンも友だちさ

きみ歌えよ
きみのこと 洗いざらい
ひとりで歌えよ
こわれたギター抱きしめて
歌えば 歌えば 歌えば ああ
誰かがいつか耳すます


 教員時代、『学級通信』をせっせと書いていました。 この谷川さんの詩をいつも頭に置いて親や子どもにメッセージを送りましたし、 今のブログを書く姿勢も基本的に同じです。 この詩を口ずさむと、 なぜか元気が湧いてくるのです。
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