2013/2/14

2月は「逃げる」  議会報告

 2月は逃げる!

 『1月は「いぬ」』『2月は「逃げる」』とはよく言ったもので、 今日は早や14日。 何やらばたばたしている間に10日ほどが走って逃げた感じがします。
 10日前の2月4日、5日と広報広聴委員会の視察研修で、亀山市、鳥羽市へ。 翌6日は全国市議会議長会評議員会で東京へ。 7日、8日と私たちの会派『ゆづるはクラブ』の視察研修で又東京へ。 この週は、 マイクロバスに長時間揺られたり、 飛行機であわただしく東京を往復したりと、 阪神タイガースの『魔の長期ロード』を追体験したような1週間でした。

 空間的なあわただしさの中でも、 中味は充実していました。 亀山市、 鳥羽市の研修は、 地域に開かれた議会に取り組む両市の議員たちの努力に学ぶべき事柄が多かったですし、 議長会での経産省審議官の講演は、 新しい内閣の動きを体系的に教えていただいたし、 板橋区大山町商店街の200店舗が結束して頑張っている運営方法には一抹の光明を見た思いがしましたし、 国会での予算委員会の傍聴や西村内閣府副大臣室への訪問、 私自身のオプションで、 水岡参議員との再会等々、 一つ一つの体験学習が重い内容でした。

 残念なことは、 まだその一つ一つの視察・研修をじっくり反芻して整理する間がないこと。 

 帰ってからも 9日(土)は『子ども伝統芸能発表会』、 10日(日)は矢尾田前県議の叙勲祝賀会、 11日(月)は『南あわじ市議長会長会』の研修会で行政報告をさせられ、 12日(火)は淡路広域正副議長会の議員協議会、 13日(水)は、 南あわじ市遺族会で挨拶と研修会、 そして14日(木)の今日は、 副議長、 議会事務局長とともに、 県議長会総会で神戸へ、 夜は文教厚生常任委員会と所管の執行部との懇親会。

 風邪も引かず、 体調もくずさず、 2月の前半よく持ちこたえたな、 と我ながら感心している次第。

 明日から、 ブログもまた更新していこうと思います。 私にとってブログを書く行為は、 唯一自分の生活を振り返り、 反省する作業ですから、 短時間でもパソコンに向かう行動を創り出さねば・・・!と、 改めて姿勢を正したこの深夜です。
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2012/5/25

深夜に目が覚めて  議会報告

 深夜に目が覚めて

 なぜか1時間で目が覚めて
 
 現在午前0時10分。 10時に寝床に入ったんだが、 0時きっかりに目が覚めてしまった。 ここ数年の私は、 瞼(まぶた)が薄くなったからか、 消灯しないと寝付けなくなっている。 今日も確かに消灯したはずだが、 枕元の蛍光灯が明々と点いており、 カミさんが本を読んでいる。 彼女のいつもの習慣で、 体を横にして10〜15分くらい字面を追うと、 すやすやと安眠の世界に入ることが出来る。 なぜか目覚めてしまった私は、 10分ほど灯りを背にして眠る努力を試みていたんだが、 カミさんの寝息が聞こえてきた。 自分のくせというか生理的な習性は自分がよく分かっている。 『今宵は当分眠れないな。』と観念して、 寝室を抜け出し、 ブログに向かった、 という次第。

 2時間足らずで目が覚めてしまったのは、 灯りのせいなのかも知れないし、 昨夜の懇親会でのお酒の量のせいかも知れない。 後者のような気がしている。

 文教厚生委でいい勉強が出来て 

 昨日は長い一日だった。 10時から庁舎建設特別委員会、 続いて議員協議会。 午後1時30分から5月定例の『文教厚生常任委員会』が夕方まで開催され、 夜は、 委員会関連の執行部との懇親会と続いた。

 文教厚生委は、Ka委員長、 Ku副委員長の計らいで、 通常行われる全般にわたる『所管事務調査』の後、 『子どもの学習支援について』『総合子ども園の内容と南あわじ市の就学前教育・保育の将来について』『本市の国保税の23年度決算見込みとH24年度国保税率について』重点調査が行われ、 特に国保税の問題については、 K保険課長から適確な資料に基づいく懇切丁寧な説明を受け、 私自身大いに勉強になった。
 『医療費が低いのに国保税がどうして高いのか?』と南あわじ市民の多くは素朴な疑問を持っている、 とKu議員が切り出した。 『一般被保険者一人当たりの医療費が県下の市町で37位と低いのに、 一般被保険者一人当たりの保険税調整額が1位となっているのは納得がいかない。』というもの。 私自身も、 県下でも南あわじ市の財政力はそんなに脆弱な状態ではないはずだし、 もっと厳しい財政運営を強いられている市町もあるのに、 なぜ本市の国保税が県下一なのか、 との疑問があり、 国保税率の問題について勉強しなければ、と思っていた。
 執行部は何とか工夫して、 国保税を下げられないのか、 下げる努力をすべきだ、 というのが委員会の意思だ。 

 懇親会で度が過ぎて?
  
 この後の執行部との懇親会も、 和気藹々とした雰囲気で、 私も少しお酒の量が節度を越えたようだ。 料理もおいしく、 よく食べ、 私にしては『よく飲んだ』のだろう。
 こんな日は、 私は決まって就寝後3時間以内に目が覚めてしまう。 若い頃は朝まで寝付けないまま出勤したものだ。
 これから久しぶりに、 再度『挑戦』しなければならない。 幸い今日の午前はフリーだから、 眠れなくても当面問題なし。 これから目が疲れるまで蒲団の中で読書。 
 今読んでいる『中国が予測する「北朝鮮崩壊の日」』という新書版(文春新書)がまた面白い。 執筆者は中国人民解放軍の研究機関に所属する現役の軍人で、 論文を発表した後謹慎処分になったんだという。 内容も大胆で、 衝撃的。 こんな論文が堂々と?発表できるようになっているのは、 中国国内も変化してきているのかも知れない。
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2012/4/26

流山市、会津若松市議会を視察して  議会報告

 流山市、会津若松市議会を視察して

  24日、25日の二日間、 議会改革特別委員会のメンバーで、 千葉県流山市議会、 福島県会津若松市議会へ視察研修に出かけました。 
 私たちの南あわじ市議会では3年前から『議会改革特別委員会』を立ち上げ、 市民に開かれた議会を実現していくべく積極的に情報公開を行い、 議会報告会も実施、 また議会としての監視、 調査、 政策立案の機能強化をはかるべく、 一般質問の時間を延長したり、 議員間で自由闊達な討議の機会を設ける等々、 様々な改革に取り組んできています。 そして、 これらの活動を整理し成文化した『議会基本条例』を9月議会に上程すべく最終段階の作業に入ってきています。
 今回の二つの議会は、 これら私たちの動きの先輩格と言える先進的な議会。 全国で1700ある地方議会の中でも議会の活動の仕組みがトップレベルと評価されています。

 誠実な説明と分かり易い基本条例

 一日目の流山市議会では、 基本条例制定に向けて中心的に関わってこられた議員さんが中心となって懇切に説明してくださいました。 特に感心したのは、 事前の私たちの質問事項に対して一つ一つ整理して文章化して説明してくれたので、 実に分かり易く聴くことが出来ました。 先進地の高見から後輩を教えてやろうという奢った姿勢は微塵もなく、 飾ることなく誠実に説明してくださったのが印象的でした。 こういう風の対応するのがいいんだな、 とこういう面でも勉強になりました。

 二日目の会津若松市議会も議長さん自ら、 また議会事務局次長さんが、 計1時間20分も休むことなく懇切に説明してくださいました。 『年間150日も視察がある』というのに、 適当にお茶を濁すといった対応ではなく、 視察団用に詳しい小冊子を作られていて、 それに基づいて縷々説明をされるのですが、 理解力に乏しい私には、 率直に言って少しレベルが高過ぎて未消化に終わった気がします。

 しかし、 どちらも全国的にトップレベルの議会活動をされている議会だけあって、 学ぶべき点が多々あり、 充実した研修が出来ました。 
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2011/9/27

脱原発とエネルギー政策の転換を!  議会報告

 脱原発とエネルギー政策の転換を!  
   〜市議会で意見書を採択

 南あわじ市議会第39回定例会は、 今日が最終日。 多くの議案を議決する中でも画期的だったのは、 『原子力発電からの脱却とエネルギー政策の転換を求める意見書』が超党派で可決されたことです。

 福島原発事故以来、 原子力エネルギーの将来への不安から、 国民の間でも様々な意見や動きがあります。 野田総理は就任後の所信表明演説で『安全性の確保と地元住民の理解を前提に、 休止・点検中の原発を再稼働させる』方針を打ち出しましたが、 国民の側では、 脱原発にむけて1千万人署名を呼び掛けているノーベル賞作家の大江健三郎さんたちが『さようなら原発』と題した講演会が大小織り交ぜて開かれる一方、 労働者・市民・学生による6万人も集まった『脱原発国民大集会』が開かれるなど、 原発への関心が高まっています。 こうした中、 南あわじ市議会は、 中央政府等への、 『脱原発』の立場からの、 すぐれて格調の高い意見書を採択したのです。

 意見書の全文を再掲します。

 原子力発電からの脱却とエネルギー政策の転換を求める意見書

 66年前に核兵器により被曝した広島と長崎の後、 国は二度とこういう惨状が起こらないようにと原子力の平和利用を進めてきました。 しかし、 東日本大震災の津波で福島第一原子力発電所がレベル7というチェルノブイリに次ぐ大きな事故となり、 発生後6カ月以上経過した現在も収束の目処は立っていません。
 福島の避難地域の住民が長期にわたり避難生活を強いられ、 地域以外の住民も通常よりも高い放射能の中で生活し、 放射能の除染の計画もいつ終わるか分からない状態です。 また農作物、 畜産物においても放射能汚染の不安は全国的に広がっています。
 国民の原子力政策に対する不信・不安は頂点に達しており、 人体に有害な放射能を放出する核と人類の共存は困難です。 将来に負の遺産を残さず安心で安全な国民生活を保障することが重要な政策です。
 政府は、 この度の事故に鑑み原子力発電からの脱却と自然エネルギーを推進する事を求め、 次の事項を実施されることを強く要望します。

                   記

1.原子力発電を早期に見直し、 自然エネルギー政策を推進すること
2.既存の原子力発電所を順次運転停止し、 新たな建設や増設を行わないこと
3.放射能汚染物の処理場を早期に計画し、 建設すること
4.放射能の食品汚染の測定を長期にわたり続け、 公表すること
5.独立系発電事業者が売電できるように、 発電と送電の事業分離の推進を進めること

以上、 地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

 案文を作成されたHi議員の労苦に敬意を表します。
 
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2011/9/19

敬老の日に  議会報告

 敬老の日に

 (1)敬老会 南淡会場で

 総務省発表によると、 国全体の65歳以上の高齢者が2980万人(昨年より24万人増)、100歳以上の方が47546人とか。 超高齢社会がますます進展している。
 
 わが南あわじ市では、 70歳以上の方が11150人、 80歳以上も1907名いらっしゃる。 また、 65歳以上の高齢化率では27.6%に達し、 今日の式典には4会場で計1713名が参加されているという。

 この「1713名」の数字で気になるのが、 旧南淡地区の参加者が710名、 残り3地区の合計が1003名。 参加比率にかやぶりはないか?

 市内の最高齢者は、 103歳の方。 100歳以上も6名もいらっしゃる。

 金婚式をむかえられるご夫婦は23組。

(2)介護の時代に

 今日の式典のメインの一つは、 上の『金婚夫婦表彰』。 全国のどの自治体もやっているし、 別に反対するわけでもないのだが、 この式典に参加するたびに、 何かが欠けているような気がしてきた。

 結婚50年。 山あり谷ありの人生、 夫婦そろって5年を迎えられたことはおめでたいことだし、 お祝いをしてあげたい。

 このようなラッキーな、 幸せなご夫妻たちの一方で、 彼らと同年輩の、 何人もの人たちの顔も私の脳裏を横切る。

 先日の新聞にも、 県内のある町長さんが任期半ばで辞職すると報道されていた。 脳梗塞で倒れた奥様を介護するためだという。

 私の知人にも、 もう長いこと連れ合いの介護を懸命にされている方々がいる。 実に尊いお姿だ。

 『敬老の日』 すなわち 『老人を敬う日』ならば、 敬い方にはいろいろあっていいのではないか? 長寿や金婚等ラッキーな方々をお祝いするだけでなく、 老老介護に長年頑張り、 地域のだれもが認めるような方を労ったり、 長年、 地道に社会貢献・地域貢献されてきた方とか(自治会長や老人会長等にすぐに目が行くが、 そうではなく)を労うような『敬老会』をも考えてほしいものだ、 とも思う。

(3)群れない 慣れない 頼らない 生き方

 朝8時台のNHKで、 日本画家の堀文子さんと作家の戸井十月さんの対談が面白かった。

 堀 文子さんは大正7年生まれの93歳。 女学校を卒業して美術専門学校で日本画を学ぶ。 外交官の夫と結婚するも、 43歳の時死別。 それから3年間、 外国へ行って暮らした後、 本格的に日本画を描き始める。

 彼女のモットーは 『群れない 慣れない 頼らない』。 我が国の画壇には様々なグループがあるが、 彼女はそれらのグループには属したことがなく、 独立独歩の生き方を貫いてきたんだという。

 81歳の時、 ヒマラヤ山系に咲く『幻のブルーポピイ』を描きたくて、 現地の山へ行って、 その花の前で写生したという行動派でもある。

 『風景は 思想だ。』
 『ぺんぺん草でいい。 ほんとのぺんぺん草でありたい。』
 『息の絶えるまで 感動していたい。』

 彼女は詩人でもあるようだ。 彼女の語る言葉は私の乾いた心に浸み込んでくる。 何冊かの随想集なのか詩集なのか知らないが著作もある。

 一月ほど前にテレビで観たやなせたかしさんも、 たしか93歳。 改めて『93歳というのは冴えてるんだな。』と堀 文子さんの話ぶりを拝聴しながら感銘を受けた私だ。

 早速南淡図書館へ電話して、 彼女の本を検索していただいた。 一冊あった。 敬老の日の朝、 清々しい対談を聞かせていただき、 93歳の画家から生きる勇気をいただいた気がしています。
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