2011/10/19

南あwじ市に大学が!  教育

南あわじ市に大学が!
 〜吉備国際大学と基本協定書の調印式

 『淡路島に大学を!』 高校生の頃でしたか、 国道28号沿いに大きな看板が立てられていた記憶がありますが、 『大学誘致』は島民の長年の願いでした。 一学部とはいえ、 それが実現する第一歩を歩み出したのです。

 『加計(かけ)学園』と『順正学園』グループ

 元々広島県一帯を拠点とした『加計学園』『順正学園』という二つの同族の学校法人があります。 加計勉氏が創立した『広島英数学館』という大学予備校が前進ですが、 現在では岡山理科大学、 倉敷芸術科学大学、 千葉科学大学、 吉備国際大学、 九州保健福祉大学の5つの大学をはじめとして、 短期大学、 専門学校、 高校、 中学校、 小学校、 幼稚園、 保育園、 そして予備校まで、 29の教育・福祉施設を幅広く経営する学校法人です。

 志知高校の跡地利用から

 三原高校と志知高校が統合され淡路三原高校となって以来、 志知高校の跡地活用が市や県の課題となっていましたが、 南あわじ市活性化委員会の提案をはじめとして多くの方々の尽力により、 学校法人 順正学園『吉備国際大学』の学部進出の運びとなりました。  加計美也子理事長や松本学長のご英断の賜物と言えます。

 一昨日の17日、 ホテルアナガで『吉備国際大学学部設置 基本協定書調印式』が挙行され、 中田市長と加計理事長が協定書に調印しました。

 新しい挑戦に応えていかねば 

 誘致される学部は農学部。 一学年の定員は60名で、 4年生大学ですから、 行く行くは240名の学生が在籍することになります。

 大学の農学研究は分野が地味なためか、 近畿圏ですぐ頭に浮かんでくるのは、 京都大学農学部、 神戸大学農学部、 京都府立大学農学部くらいで、 国公立大学に設けられています。 私学では東京農業大学が有名ですが、 なかなか私立大学で農学部を設置するのは経営的に難しかった歴史があるようです。

 吉備国際大学も、『社会学部』『保険医療福祉学部』『国際環境経営学部』『心理学部』『文化財学部』という5つの学部を擁しているものの、 あえて文理の区分けをすれば、 すべて文科系の学部で、 理科系の学部は新しい分野への挑戦であり、 しかも全国的に見ても珍しい挑戦と言えます。 それだけに、 受け入れる南あわじ市民としても、 まず何よりも吉備国際大学の英断と熱意に応えていく責務があるでしょう。 

『地域創生農学部』を 

 地元南あわじ市と大学側双方の熱がぶつかり合い、 火花が散る中で動き出した『農学部』誘致ですが、 果たして成算はあるのか・・・?という心配もあります。

 上に述べた国公立大学の既存の『農学部』とは、 名称からして違います。 『地域創生農学部』。 『地域密着型』の農学部を創りたいと熱弁をふるった松本学長。 古来『御食国(みけつくに)』と言われ大和朝廷に農産物・水産物を供給してきた食料の宝庫であり、 現在も食料自給率170%、 県下一の農業地帯である三原平野に誕生する『農学部』は、 旧来の象牙の塔の中におさまっている農学部とは、 大きく異なる動きを展開していきそうな感触を私は持っています。

 この14日に、 私たち議員は吉備国際大学へ視察に行ってきましたが、 地元高梁市と様々な形で連携し、 地域の活性化や学生への配慮や優遇措置に少なからぬ経営努力をされている大学だな、 との印象を強く持ちました。 単なる『農学部』ではなく、 地域の活性化を視野に置いて、 地域と共存する大学創りを目指している姿勢や よし! そういう意味での『地域創生農学部』と解釈しています。

オンリー ワンの学部創りを!

 松本学長もおっしゃっていました。『オンリー ワンの農学部を創りたい』と。 私の子どももそうでしたが、 今の学生は、 バス・トイレ付の個室マンション・アパートに住みたがる傾向がありますが、 農家の離れに下宿して、 農業のプロから日常的に農業の何たるかを肌で学んだり、 地域の人や若者たちと交流し、スポーツや文化活動もいっしょにしたり・・・、 これまでの学生生活とは一味も二味も違った学生生活が送れるよう、 地域を挙げて工夫を凝らしていってやる必要もあるのではないでしょうか?

 前途は平たんではないでしょうが、 私たち市民にとっても夢が膨らむ『地域創生農学部』の誘致ですし、 学生たちを温かく迎えたいものです。
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2011/9/11

阿万風流踊り 万歳!  教育

 阿万風流踊り 万歳!

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 (亀岡八幡神宮境内で奉納される 風流踊り)

 国の重要無形民俗文化財に指定

 阿万の上町の地で、 遠く室町時代の昔から育まれ、 営々と継承されてきた『阿万の風流大踊り小踊り』が、 今年3月9日、 国の重要無形民俗文化財に指定されました。 淡路島内では、 昭和51年の『淡路人形浄瑠璃』に続く快挙です。

 今日は朝の9時から、 八幡宮本殿での恒例の秋祭り神事、 餅まきに加えて、 お琴、 大正琴、 恵比寿舞、 和太鼓や古武道の「居合」「試斬」等盛り沢山のアトラクションがあった後、 風流大踊り小踊りの奉納が行われました。

 例年、 この奉納は本殿で行われるのですが、 今年は一昔前の古式通り八幡宮境内で行われました。

 立派な記念誌が完成

 昨日、 上町町内会の各家庭に、風流踊り保存会によって編集された記念誌が配布されました。 一般の市民にもよく分かるように配慮された冊子で、 本文は、 中央での民族芸能研究の第一人者山路興造先生の著書、 地元の元中学校長森川定雄先生の著書から抜粋・編集したものだそうです。 最初の祝辞と『大踊小踊の由来・起源について』までを一気に読んだのですが、 山路先生もおっしゃっていたように、 『指定されるべく指定された文化財』で、 『遅きに失した感』があるくらい文化的価値があり、 継承の体制の歴史も充実したものであるのが掛け値なしに理解できます。

 毎年、 ある時期に、 地道に練習されていますし、 お師匠さんから子どもたちまで、 講中のスタッフも世代が滞ることなく現在まで延々と続いてきている、 現代社会ではもはや類まれなケースと言っても過言ではない組織でもあります。

 興味ある歴史話が続々と・・・

 この記念誌本文には、 興味ある風流踊りの起源や歴史が、 私たちの頭にもすんなり入ってくるような平易な解説が施されています。

 大踊りは室町中期から桃山期(1550〜1600年頃)、 小踊りは徳川中期から後期(1700年頃)に踊られ始めたそうで、 五穀豊穣、 雨乞いを願いました。 

 誰が始めたか?については、 全国の他の例から推しても、 その土地の農民が創作してというより、 その当時全国で活躍していた人形つかいや呪師(まじないし)、 猿楽法師や田楽法師、 山僧などがその土地に定着し、土着民に教え広めたそうです。

 阿万の場合、 上町の河内(こうち)の旧家に長らくお世話になっていた落人が、 土地を去る時、お礼がえしに人々を集めて「私の特技を教えておこう」と風流踊りを披露したのが始まりだと言い伝えられているそうです。

 がちっとした講中組織

 この風流踊りは興業もやっていた時期があったそうで、 明治時代の記録では、『前踊子』(12名)『太鼓』(4名)『諷方師匠』(12名)『大踊師匠』(12名)『前踊師匠』(7名)『ヒイヤ』(3名)『玉突』(3名)『幕引』(3名)『口上』(1名)『踊委員』(7名)『宿元』(1名)『警固』(6名)が記されています。

 ただ集まって、 唄ったり踊ったりというのではなく、 がちっとした役割分担のもとに運営されていたんですね。

 上町の『だんじり唄』のレベルの高さも定評のあるところですが、 その練習・指導体制をお聞きすれば、 この風流踊りからの伝統があるのかな、 とも思われます。

 楽しみな来年からの風流踊り

 記念誌には『風流踊の歌詞 及び 所作の概要』にページをさいて、 具体的に説明してくれています。 これまで何度も観てきた私たちですが、 歌詞からしてよく分かりませんでした。 これからの奉納・上演の際には この歌詞を見ながら観ることができるので、 楽しみです。

 今日は、 上町住民として、 また阿万の住民として大きな誇りを感じた一日でした。

 今日の日に向けて、 夜な夜な練習され、 また記念誌を編集された方々、 当日のイベントに向けて縁の下で活躍された関係者の方々、 講中の女性陣の皆様、 本当にお疲れ様でした。 ありがとうございました。
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2011/8/24

詩の朗読と暗唱  教育

詩の朗読と暗唱
 〜阿万地区芸能発表会で

 第23回を数える阿万地区芸能発表会。 例年、 保育所や小学校の子どもたちも出演して私たちを楽しませてくれます。

 保育所の年長組はここ数年、 壇尻唄を披露してくれるのですが、 年々声量や節回しがレベルアップしているのが分かります。 指導される方々のご苦労が偲ばれます。

 小学校はこれまで合唱を聞かせてくれて来ましたが、 今年は確か『詩の暗唱と朗読』という新しい出し物でした。 3年生が、 有名な短歌や俳句、 詩の数々を暗唱していて、 大きな声で朗読してくれるのです。 『よく覚えたなあ』と感心しました。 昨日、 前校長の前川美津子先生に偶然お会いし、 その話になりました。 2年生の時の担任が朝田先生で、 元気者の多い学年の子どもたちに集中力を育てることもねらいの一つに取り掛かり、 現担任の由木先生が受け継いで指導されているんだ、とか。

 暗記はいい!

 小さいうちから詩に親しませるのはいいことだ、 と私も教員時代、 人並みに子どもたちによく詩を語り聞かせたり、 鑑賞させたりしてきたのですが、 暗唱させるまではしませんでした。

 今振り返ると、 私たちの世代の教職時代は、 国語教育で力を入れてきた分野は、 読解力であったり、 表現力(話す力と作文力)であったり、 思考力であったりしましたが、 『暗記』するという作業は軽視されてきた嫌いがあったのではないか、 と思います。 なぜなんでしょうかね・・・? 

 自分の中学や高校時分の勉強のスタイルを思い起こすと、 結構『暗記』という作業が多かったんですね。 英語なんか、 暗記の科目でした。 

 高校になると、 百人一首をみんな競って暗記していましたし、 私は啄木と牧水の歌をたくさん暗唱しました。

 私は、 密かに『暗記力』に関してはクラスでトップレベルではないか、 と密かに自負していたのですが、 その下地はというと、 小学生時分にあったように思います。

 私が『ものを覚える』ことに一生懸命になった最初は、 5年生になって入隊したボーイスカウトで、 手旗信号とモールス信号を覚えることでした。 特にモールス信号は電話局の交換手だった母親といっしょに笛を吹いてよく練習しました。 その頃の私の将来の夢の一つは『商船大学へ行って、外国航路の船長になる』ことでしたから、 練習も半端でなかったのです。 今でも手旗とモールスは出来ます。

 その頃、 もう一つよく脳みそにこびりついたのが、 プロ野球選手や大相撲の関取の名前や出身地、 背番号や体重・身長等・・・です。 これは覚える『努力』をするというよりも、 何度も眺めるうちに自然に脳みそのしわに刻み込まれていったのでしょう。

 私にとって、 ものを覚える力は5、6年生の頃に基礎が出来、 中学時代に訓練したと言えます。 期末考査の音楽や図工は『とにかく覚えてしまえ』と丸暗記したものですし、歴史も暗記力を駆使しましたし、 英語は教科書の文章を暗記して試験に臨みました。

 こんな生育歴の私ですが、 小学校の教員としては子どもたちに『暗記』を奨励した記憶はないのです。 『暗記は邪道』という見方があったのでしょうか・・・。

 しかし、 小さい頃や思春期に頭にかちこんだ事は長持ちするんですよね。
 小学校低学年の時分から時間を有効に使って暗記力を養ったり、 詩や短歌、俳句を覚えることは、 脳の力を育てるとともに、 文化の財産を脳みそに蓄積したり、 心を豊かにしたりすることになるんだろうな、 と、 3年生の発表を聴きながら思ったことでした。

 いい発表を聴かせていただき、 ありがとう!

 

 
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2011/7/29

『原子力ワールド』という副読本  教育

 中学生のためのエネルギー副読本    チャレンジ! 原子力ワールド』

 菊地洋一さんの書物から

 机上に、見出しのタイトルのついた冊子のコピーがあります。 A4サイズ、 全50ページ、フルカラーの立派なもの。 昨年の2月、 文部科学省と経済産業省資源エネルギー庁が作成し、『全国の小・中学校及び教育委員会に配布いたしました。』とあります。 同時に作られた小学生向けの冊子は『小学生のためのエネルギー副読本 わくわく原子力ランド』。

 最近『原発をつくった私が、原発に反対する理由(菊地洋一 角川書店 2011.7月10日初版)』という本を読んでいて、 この冊子のことを知りました。 早速 学校や市教委に問い合わせましたが、 南あわじ市にはどうも届いていないようで、 淡路教育事務所及び県教委本庁も『分からない』とのこと。 この種の副読本や学習資料は県教委や地教委を通さず直接学校現場に送られるケースも多く、 今回もそうだったのかもしれませんが、 それにしても『全国の小・中学校及び教育委員会に配布・・・』という文言とは実態が合っていません。

 手元にあるコピーは、 インターネットからダウンロードしたものです。

 かなり問題のある内容! 

 分かりやすく、 内容も豊か、 原発の何たるかの基礎知識をマスターするのにはいい教材で、 私自身も大いに勉強させてもらいました。 しかし、 原発の必要性や安全性を強調するねらいが色濃く出ていて、 かなり無理があるなとも感じました。

 菊池洋一さんは、 最終章『未来の子供たちを殺さないために』で、 6ページを割いて『原子力ワールド』の内容の問題点を具体的に指摘されています。 それをいちいち再録出来ませんが、 要するに『「原発は安全 」のPRが延々と続き、 意図的に原発の危険性や実際に起こった事故の事実を隠してしまっている』とし、 それは『重大で、 悪質なウソと言わざるを得ません』と断じています。

 スリーマイル島事故は「放射性物質の放出量はわずかで、 健康には問題のない低いレベルでした」「原因は機器の故障や運転する人の判断ミス」との記述に対し、 菊地さんは
『破局寸前の事故だった。・・・周囲の動植物の多くの異変・・・新生児死亡率の上昇・・風下の地域でのがん患者の増加等々 「健康には問題のない低いレベルでな到底ない」と反論。

 また、 チェルノブイリ事故は「31人の死者」が発生し、原因は「運転員が規則を守らなかったこと」という記述にも驚いています。 31人というのは爆発と大量被曝による事故直後の死亡者数。 WHOの報告でも、 チェルノブイリの被害は被災3か国740万人、 がん死は9000件。 調査によっては5万人から9万人、 長期的には100万人近いとする説もある、 と言い、

 さらに東海村JCOの事故に対する余りの過小評価にも憤っています。

 もう一つの意図的な記述は『低放射線被曝の可能性や危険について触れられていないのはもちろん、 いっさい『内部被曝』についての危険性は語られていない』ことを厳しく指摘しています。

 この『低放射線被曝』は、 現在大きな問題になっていますね。 『人体に影響のない程度の放射能、 被曝線量』という国や安全保安院の説明に対し、 小出裕章さんは『それは完全なウソで、 どんなにわずかな被曝でも、 放射線がDNAを含めた分子結合を切断・破壊するという現象は起こる』として、『「直線、 しきい値なし」モデル』について説明しています。

 回収も検討・・・?

 この副読本、 菊地さんによれば、 さすがにまずいだろうということで、 回収も検討されているとか・・・。

 最初のページでまず目に飛び込んでくるのは、 2009年に内閣府が実施したという『原子力に関する特別世論調査』の帯グラフ。

Q1.今後、 日本の原子力発電について、 どのように考えますか?

 積極的に推進していく        9.7%
 慎重に推進していく        49.8%
 現状を維持する          18.8%
 わからない              5.4%
 将来的に廃止していく       14.6%

Q2.日本の原子力発電について、どのように感じていますか?

 安心である               6.1%
 どちらかといえば安心である    35.7%
 わからない               4.3%
 どちらかといえば不安である    43.4%
 不安である              10.5%

 この二つの帯グラフは、 『8割の国民は原発に肯定的だが、 半数以上の人が不安感を抱いている』ことを示しています。 『圧倒的な大人たちがその必要性を認めている原発だが、 正しい知識がないから、 「原発は怖い」という人の意見に惑わされて不安になるんだ。 しっかりと正しい知識を身につけ、 我が国の将来のエネルギー問題に自分の考えを持ちましょう。』という意図が読み取れますが、 3.11以降、 流石にこの帯グラフを最初に提示することにためらいが出てきたでしょうし、 さらに、 それから延々と繰り広げられる『原発は安全だ』という内容にも後ろめたくなったのかもしれません。

 
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2011/3/24

大らかに たくましく 香り高く・・・  教育

 大らかに たくましく 香り高く!
   〜 我が母校 阿万小の
         卒業式に参列して


 私の母校、 南あわじ市立阿万小学校の卒業式に参列しました。 今年の卒業式は例年にない、 格別の思いがありました。 何日経っても『悪夢』だと思いたい、 夢であってほしいと思わずにはおれない東日本大震災。 親兄弟を亡くし、 友達を亡くし、 地域の大勢の人たちを亡くし、 温かい思い出が詰まった我が家を無くし、 ふるさと全体が崩壊してしまった大勢の子ども達・・・。 同じ日本の空の下で、 突如こんな厳しい状況に投げ込まれた子ども達の姿に接して、 我が母校の後輩たちも複雑な思いで卒業式に臨んだことでしょう。

 堂々と 凛々(りり)しく

 卒業式場は独特な空間なんですね。 教育の純粋さ、 理想、 厳粛さの空気が式場全体に漂っています。 学校の『儀式的行事』の集大成の場。 特に『卒業証書授与』は担任を始め関係する先生方が、 細心の配慮で指導します。 真心のこもった指導をします。 卒業生一人ひとりの姿に、 先生方の思いをひしひしと感じます。 特に今年は、 前川美津子校長にとっても最後の卒業式。 高潔に校長職を務められた彼女に対するエールでもあったでしょうか、 今年も 35名の卒業生一人ひとりが、 落ち着いて、 気負いが無く、 実に堂々と凛々しく卒業証書を受け取る姿にまず感服しました。

 『くすのき学問』の 式辞

 先々代の横川三恵子校長、 そして前川校長は共に元中学校の国語教師。 このお二人とも卒業式の式辞は天下一品だと 私はいつも感心して聞かせてもらってきました。 内容もさることながら、 語りかける話術が素晴らしいです。 声量は大きからず、 小さからず、 一語一語自然に心に浸み込んでくるように語りかけます。 

 阿万小の教育目標は『おおらかに たくましく かおりたかく』。 校庭に103年にわたってたたずむ二本のくすのきの大木に因んで掲げられている目標なのでしょうが、 今日の式辞はその『くすのき』から 『くすのき学問』の話をされました。 また彼女が子どもたちに要求した課題の一つは、『目を見て人の話が聞けるように』だったとも話されました。 実は私自身も教職生活で子どもたちに要求してきた基本的な課題の一つは、 これだったのです。 人権尊重の第一番目の姿勢ですよね。

 いつの頃からか、 阿万小の子どもたちの歌に『くすのき』という歌が加わっています。 とてもいい歌です。 この歌といい、 校長先生の式辞といい、 阿万小は『くすのき』なんですね。 

 響き渡る『別れのことば』と歌声

 今年のよびかけと歌にも感動しました。 年々表現活動の質が高くなっているんですね。 お腹の底から伸びあがるように声を出す子どもたちを観ると、 いつも胸がふるえてきます。 音楽担当の酒部先生を中心に、 先生方の日頃の地道なご指導の賜物でしょう。 

 式の前に、 校長先生から『「はげみの歌」を子どもたちといっしょに歌ってやってください。』との呼びかけに、 私たち『来賓』も起立して、 先生方といっしょに声を張り上げて歌いました。 戦後の阿万小で育った者はみんな歌える歌ですから。

 『さようなら』の歌は、 私も教師時代、 子どもたちといっしょに歌った卒業式の名曲。 びんびん響きわたる歌声を聞きながら、 6年生で担任した子どもたちを思い浮かべていました。 舞台に向かって右側にある壁画『げんきな体 ゆたかな心』は、 現市小教頭の安田先生といっしょに担任した時の子どもあっちの作品です。 あの年の卒業式も酒部先生のご指導でこの『さようなら』を歌ったのでした。

 素晴らしい卒業式をありがとう! 感動と元気をありがとう!
 阿万小の先生方に心より感謝いたします。
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