2012/11/20

市井の小さな大教師  教育

市井の小さな大教師

 昨日の夕方、 本当に久しぶりに『茂林寺パーク』へ。 Tさんと2時間ばかりいっしょに練習した。 彼は私の娘の義父。 

 十年来、 Tさんとごいっしょすることが多いが、 彼は、 小学校教師をしていた私以上に教師らしい人だな、 と思うことがある。

 Tさんは、 私と同い年の66歳。 私より小柄だが、 体力年齢は私より10歳くらい若い感じがする。 スポーツマンで、 テニス、 卓球、 ゴルフの現役で、 若い時はソフトボールもやっていたそうだ。 テニスは毎週、 クラブで楽しんでいるし、 現在緑地区の卓球教室の講師もしている。

 私が彼とスポーツ関係で顔を合わせるのは『茂林寺パーク』でのゴルフ練習だけだが、 だだっ広い練習場の草刈りをはじめ、 管理を一人で、 ボランティアでやってくれている。 無類の世話好きな人なのだ。 恩着せがましいところは全くなく、 人が喜んでくれるのが心底楽しくて、 世話をしてくれている。

 彼はゴルフのラウンドにはめったに出ないが、 行くと必ず80前半のスコアで回ってくる。 63歳まで会社に勤めたが、 最近は嘱託で週3日程度、 病院で仕事をしている。
 その仕事の合間に、 テニスをし、 卓球教室で指導し、 寸暇を惜しんで、 『茂林寺パーク』で半時間でもボールを打つ。

 もう一か月になろうか、 私のシャンク病を指導してもらったが、 昨日も、 左に流れる傾向のある球筋の矯正指導をしてもらった。

 私の周囲のゴルフ愛好家の中にも『教えマニア』がいるが、 Tさんの指導は的確だ。 しかも、 上から目線でなく、 いっしょに打ちながら私の欠点をやんわりと指摘してくれる。 今日も、 2つの点がマスターできた。 長年身についた悪い癖を矯正するのは容易ではないが、 練習するうち、 直ってくるのが嬉しい。

 指導される側が、 過度に緊張したり、 プレッシャーがかかると、 いい結果が出ないものだが、 Tさんはその辺を十分心得た指導が出来るようだ。

 多分、 卓球教室の人たちも(高齢者がほとんどらしい)、 楽しみながら少しずつ上達していっているんだろうと思う。

 来月末には二つの大きなコンペがある。 それに照準を当てて体力づくりと練習を再開した私だが、 その最初に日にTさんに指導してもらって、 大いにモチベーションがアップした。 感謝しています。
 
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2012/10/30

『春』 坂本 遼 の詩   教育

 《10月30日 発信その2》
(シリーズ 詩を読もう)

 もう二昔前になるだろうか、 小学校5年生の国語教科書に、 名詩の鑑賞の教材として『春』と題する詩が掲載されていた(光村図書)。  『おかんは峠田のてっぺんでくわにもたれ・・・』で始まるこの詩を読むたびに、 私は安保先生のお母さんを連想したものだった。

   
      坂本  遼

 おかんはたった一人
 峠田のてっぺんで鍬にもたれ
 大きな空に
 小ちゃいからだを
 ぴょっくり浮かして
 空いっぱいになく雲雀の声を
 ぢっと聞いてゐるやろで

 里の方で牛がないたら
 ぢっと余韻に耳をかたむけてゐるやろで

 大きい 美しい
 春がまわってくるたんびに
 おかんの年がよるのが
 目に見えるようで かなしい
 おかんがみたい 


  坂本 遼は兵庫県丹波地方の出身。 この時代(大正時代)の農民は本当に貧しかった。 父親が他界していた坂本家はとくに大変だったろう。 貧しさゆえに神戸に働きに出た頃、 ふるさとのお母さんを思って書いたのが上の『春』の詩。
 実はこの詩の前段に、 彼が詩人として初めて注目された詩がある。 

お鶴の死と俺(おら)

 『おとっつぁんが死んでから
  十二年たった
  鶴が十二になったんやもん』
  と言うて慰められておったお鶴が
  死んでしもうた

  はじめて氷が張った夜やった
  わかれの水をとりに背戸へ出て
  桶に張った薄い氷をざっくとわって
  水を汲んだ

  お鶴は、 おかんとおらの心の中には
  生きとるけんど
  夜おそうまでおかんの肩をひねる
  ちっちゃな手は消えてしもうた
  おら八十のおかんを養うため
  働きにいく

  お鶴がながい間飼うた牛は
  おらの旅費に売ってしもうた
  おかんとおらはひかれていく牛見て
  涙 出た

  仏になっとるお鶴よ
  許してくれよ
  おら神戸へいて働くど

 
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2012/10/12

文化の秋、 学びの秋に  教育

 文化の秋、 学びの秋に

 ワードの勉強続いてます
 
 今日もパソコン教室に行ってきた。 夏から数えて31回目。 最初の10回はエクセルを学ぼうとスタートしたんだが、 表計算の初歩のテキストは、 この年の私にとっては即効的な実用に向いてないなと判断、 11回目からはワードの基礎勉強に切りかえた。 これまで、 断片的な知識で簡単な文書、 校長時代は『学校だより』、 教育長時代は『教育長室通信』、 最近はブログを発信してきたが、 どれも最初にノウハウを教えてもらった範囲内でワンパターンの形式の域を出なかった。

 少なくとも『様々な「表」を自在に作れ、 それを文書の中に適宜挿入出来れば』という目的意識が、 教室に通う動機だった。 その最低の目標は、 現在まででほぼ達成出来たと自負している。 マンツーマンで懇切丁寧に指導してくださる先生のお蔭だが、 子どもの学習と同じで、 面白くなってくると、 自発的に復習をし、 予習にも意欲が出てきた昨今である。

 分かり易いテキスト

 今日から『レッスン3』に入った。 ワードアートと少し複雑な表の作成に挑戦していく。 他と比較の仕様がないが、 『寺子屋教室』のいいところは、 テキストが分かり易いこと。 これまで1、2回、 ワードの市販テキストで勉強し始めたことがあったのだが、 説明が粒分かりせず、 頓挫していた。 そんな私が、 自分で復習していると、 すらすら作業が出来ていくし、 最近は予習で自分なりにテキストを進めていっても、 何とか前へ進めるのだ。 こういうのを『好著』というんだろう。

 好著はもう一冊ある。 『寺子屋 南あわじ塾』独自で作成した『表作成の極意』というテキストは、 実に分かり易く、 私のような初心者でもすーっと頭に入っていく。 このテキストの反復練習で、 私はかなり自信がついたように思う。

 基礎が大切!

 こういう教室に通うのは自動車教習所以来のことだが、 何かを学び上達していくには、
やはり基礎が大切なんだなと、 改めて認識している。 テキストの予習をして授業を受けるとわかることだが、 自分なりに何とか課題が達成出来たと思っていても、 細かい所で不備があったり、 我流のやり方では遠回りしていることが多い。 スマートに効率よく作業していくには、 正確な基礎をしっかり身につける必要があるということだ。

 私のゴルフもそうなんだと思う。 もう15年になる。 これまで様々なゴルフ解説書を読んでは研究することには人後に落ちない私だが、 悲しいかな、 全くの我流。 自分のフォームがどうなっているのか、 自分では分からないのだ。 『下手を固める』という言葉があるように、 間違ったフォームで何千回打っても、 進歩はおぼつかないのだろう。 その証拠に、 1月間クラブを触らずにラウンドしてもスコアがそんなに変わらない。 

 一歩一歩私のパソコン技術がどこまで上達していくか、 当分挑戦してこうと思う。
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2012/10/9

爽やかノーベル・医学生理学賞  教育

 爽やかノーベル・医学生理学賞!   
  〜 山中伸弥 京大教授

 今朝の神戸新聞第一面には、 山中教授のノーベル賞受賞が大々的に報じられています。 オリンピックやパラリンピックでも、 私たちは心を振るわせられる数々のの感動と元気をもらいましたが、 今回も、 私たち日本人にとって嬉しいニュースでした。

 革命的な業績
 
 『iPS細胞の開発、 再生医療に道開く』と大きな見出しが目に飛び込んできましたが、 私には難しいことはよく分かりません。 しかし、 1面からずっと読んでいくと、 世界の医学会に革命的に貢献するだろう偉大な業績だということだけは、 何となく分かります。

 苦労人の山中教授

 偉大な業績はともかくも、 私は、 彼の研究者としてのこれまでの歩みや人柄に惹きつけられました。 もう二昔以上になるでしょうか、 山崎豊子さんの『白い巨塔』で医学界の厳しさを垣間見ることが出来ましたが、 ひとかどの研究者になるには・・・山中教授の歩みを見れば少しは憶測出来ます。 神大医学部を卒業後、 整形外科医の研修医になりますが、 手術が不器用で「じゃまなか」と揶揄され挫折、 大阪市大大学院の薬理学基礎研究生に。 その後、 アメリカの研究所に留学、 帰国して市大の助手、 奈良の大学の助教授にと、 研究の場を転々とします。 この間、 ネズミで細胞の研究ばかりやっていたので「やまちゅう」と陰口をたたかれたり・・・。 やっと8年前に京大医学部教授に迎えられて、 これまでの研究の積み重ねが一度に爆発したんですね。

 現在まだ50歳だそうですから、 京大教授になった時は弱冠42歳。 競争のひと際激しい医学研究者の世界で、 京大出身でない彼が教授の椅子に迎えられたこと自体、 彼の研究業績がすでに高く評価され、 非凡な才能が見いだされていたのでしょう。

『人の役に立つ研究がしたい』

 この信念を持ち続け、 くじけずに頑張り続けた山中教授。 ここ何人かの年配のノーベル賞受賞者に、 私は親近感をあまり感じなかったですが、  彼は中学・高校時代は柔道、 大学時代はラグビー選手、 現在もフルマラソンに挑戦する、 これまでの人生、 常に スポーツを愛してきた御仁。 なぜか親近感が湧くんですね。 その時代時代の仲間と今も深い交流を続けていると聞くと、 天才肌の学者であっても社会人としても常識人なんだな、 これもなぜか安心感を覚えます。 

 経済界では新興の中国や韓国に押され気味の最近の我が国、 久しぶりに世界に向かって胸を張れる快挙ですよね。

 山中教授、 おめでとうございます。 ありがとう!




















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2012/10/8

教育講演会に参加して  教育

教育講演会に参加して

 「第61次三原支部教育研究集会」も、 時代の流れの中で『教育講演会』と名称が変わり、 教育長や代表校長さんが来賓として招かれ、 あいさつをされた。 PTAの参加者も多かったようで、 「聴衆」の多いのには驚いた。
 第一部講演会の終了時、 大塚書記長さんが事務連絡で、『講演のご感想をお書きください』とおっしゃってたので、 早速ブログに向かっている。

1.『人が生きるとは 

 岡田教育長が、 あいさつの中で、『人が生きるとは』という詩を朗読された。 永六輔作詞、 中村八大作曲の歌だそうで、 私は初めて聞く詩だった。 『人が生きるということは、 ひと(他の人)から借りを作るということだ。』に始まるこの詩、 いい詩だった。 

2. ちょっと拍子抜け

(1)聞き取りにくく

 当然のことだが、 若い先生方が多い会場。 その若者先生たちが、 1時間半の講演に、 最後まで真摯に耳を傾けている姿勢には尊敬の念すら覚えた。 なぜなら、 私は最初の10分で「あずって』しまったのだ。 講師先生の言葉がもう一つ粒分かりしなかったから。 私たち『退教協』のメンバーは、 現職に遠慮して最後尾に席をとっていたのだが、 声量を落とし目に、 かつ熱を帯びてくると早口になる先生の話に、 私は付いていきかねた。 堀川支部長、 教育長、 松本代表校長のあいさつはよく分かったから、 やはり講師先生の話術が私には合わなかったと言わざるを得ない。

2.『教育技術』と『教育評論』

 私は教員時代、 上記2冊の月刊雑誌を購読していた。 前者は明治図書から出ていた、 教育実践向きの本、 後者は日教組の機関誌で、 どちらかというと教育学、 教育原理論、 教育課程論のレベルで論陣を張っていた。

 若き日、 私たち日教組の『活動家』の間では、 教育実践のノウハウを示唆してくれるものより、 社会病理学的な観点で教育問題に切り込む評論の方を評価する傾向があり、 講演を聞くたび、 『今日の講演は「教育技術」的だったな』などと感想を述べ合ったものだった。

 この文脈から言えば、 今日の講演は『教育技術的』だったと思う。 『ふれあい、 しあわせ、 人権』というタイトルを見て、 私は、 『タイムリーな話が聴けるな』と密かに期待していた。 今、 国民の間で大きな関心事となっている、 『子どものいじめや自殺』の問題にどのように言及されるのか、 聞きたかったのだ。 『人権』の最もタイムリーな課題ではないのか? 支部長、 教育長、 代表校長それぞれに触れているのに、 それを受けて、 何か見解を述べてほしかった。

3. 保護者にも配慮して

 話の後半は道徳の授業論に重点が置かれた。 保護者の方たちには少し難しかったのではないか? 退教協の私ですら退屈したから、 推して知るべし、 だ。 また、 現職の先生方も、 養護教諭、 事務職、 栄養職員の先生方もいる。 たくさんの資料の提示も悪いことではないが、 『これ』という資料に焦点を当て、話してもらった方が、 印象に残ったと思う。

 少し辛口の感想になってすみません。
 
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