2016/7/6

町ぐるみ健診へ  社会問題

町ぐるみ健診へ

 カミさんと連れ立って町ぐるみ健診を受けました。 今年の会場は ララウォーク。

 受信者の身になって!

 市の福祉部健康課のご努力で 年々健診の内容が充実してきているのが分かります。 若いスタッフの案内係の皆さんも要領よく テキパキと応対してくれ、 気持ちよかったですし、 それぞれのコーナーの係員の方々も 健診の仕方や一言一言の言葉づかいも 市民の目線に立って、 数年前に比べると とても親切だったように感じました。 私もそうなんですが、 少し耳が遠くなってきている老人たちが年々多くなってきています。 認知症予備軍の人もいるかも知れません。 彼らに気持ちよく受診してもらうのも スタッフの大切な務めでしょうが、 私の観たところ、 何のトラブルもなく スムーズに流れていました。

 最初の受付の場所で、 待合の椅子に番号が貼られていて、 来た順番に座っていきます。 5人一列で、 一人ひとり呼ばれていって、 最前列の5人が終わると 6番から10番に座っていた人が 最前列に進みます。 一人空くごとに席を移動していた時に比べると 受信者は楽ですね。 ちょっとした工夫ですが、 ここら辺にも健康課の皆さんの配慮が感じられました。

 ピロリ菌検査

 今回から新たに胃のピロリ菌検査が追加されました。 胃がんのリスクが高くなるピロリ菌。 胃の粘膜の健康状態をチェックしてくれます。 2000円の検査料を奮発しました。

認知症のアンケートと相談コーナー

 今年も認知症対策のメニューがありました。 事前にアンケート調査があって、 それが健康課のパソコンに入力されているそうです。 会場の入り口の所に『お気軽に ご相談ください』と案内されていたので、 カミさんが相談を申し出ました。 90歳の義母が認知症になっていて、 最近の物忘れ等から、 将来 母のようになっていくのでは?との心配から相談したのです。 若い係員の方でしたが、 とても入念に相談に乗ってくれたと感謝していました。 アンケートのデータも見ながら、 場合によっては専門の医師等も紹介してくれるそうです。

 3キロも!

 昨年より体重が3キロも増えていました。 腹囲も『昨年より少し増えています』とのこと。 やはり3カ月間の『運動せず』と 無制限の食事と間食の結果です。 昨日のグランドゴルフの会場で 赤穂会長さんがカミさんに『ご主人 最近肥えてきてるんでないけ?』と言ったそうです。 傍目にも分かる位ですから 気を引き締めて減量の努力を始めなくては!と決意を新たにした次第です。
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2016/3/27

勘ちゃんの尊厳死  社会問題

勘ちゃんの尊厳死

 勘ちゃんは、 今 居間で永遠の眠りについている。 即席の棺桶の中で、 ろうそくを灯し、線香を立ててくれたカミさんに添い寝してもらいながら 一夜を過ごした。

 それにしても 『安楽死』をさせてもらうべく 勝手口を出た時の彼のもがき様は異常だった。 ぐたっとした体のどこにこんな力が残っているのかと驚いた。 『やっぱり勘ちゃん 分かってるんだわ。』と カミさんは涙ぐんだ。

 開腹手術で肝臓がんの末期と宣告された時、 その頃の勘ちゃんの日増しの衰えを思った私らは 先生に『安楽死』のことを伺った。 『まだ可哀想だわ』という先生の言葉に従い 我が家へ帰った。

 以来20日間、 勘ちゃんは 懸命に生きた。 元気な時のように 洗面台や台所の流しに飛び上がろうとしては 失敗した。 散歩をよくしたし、 カミさんが工夫して買ってきたフード、 うんこが十分出ない体で 無理して食べようとした。 親に余計な心配をかけない『思いやり』から・・・。 

 昨日の『もがき』は、 『最期は 自宅で 自然に死なせてくれ』という抵抗だったのかも知れない。 そして その意思を 彼は 病院へ向かう車の中で貫いた。

 今 社会では 自然死、 尊厳死、 安楽死等いろんな死に方が話 題になっている。 勘ちゃんは 尊厳死を望んだように思えてならない。 猫らしく、 自然に自力で死んでいくんだと。

『死んだ我が子に教えられ』という言葉があったかどうか・・・。 我が家は今、 かけがえのない息子を失った悲しみにくれるとともに、 勘九郎君に心より感謝している。
 『勘ちゃん ありがとう』『勘ちゃん ありがとう』と繰り返し語りかけるカミさんである。
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2012/10/17

貧困な精神  社会問題

 貧困な精神

 サッカーの日本代表チームがフランスチームと当地で対戦し、 1−0で日本チームが勝った。 これまで一度も負けたことのなかった日本チームに敗れたことで、 フランス人はショックを受け、 深くプライドを傷つけられたようだ。

 その腹いせなのか、 フランスの国営テレビの番組で、 人気コメンテーターが、 日本チームのゴールキーパーで、 ヨーロッパ(フランス?)のプロチームでも活躍しているゴールキーパーの川島選手を揶揄する発言をし、 聴衆の笑いを誘った。

 川島選手は福島県の出身。 大震災後、 多忙な中にも何度も現地を訪問しては、 子どもたちを励まし続けている、 人間的にも心根のやさしいスポーツマンだ。 そんな彼に対してコメンテーターは、 4つの腕を持った合成写真を作成し、 福島原発被害と関係づけるようなコメントを連発したのだ。 面白おかしく話す彼に拍手喝采する聴衆の姿もテレビは映し出していた。

 何と程度の低い番組だ、 と思うと同時に無性に腹が立ってきた。 そして『貧困な精神』という言葉が脳裏を横切る。 私が若い頃ちょくちょく購読した、 朝日新聞記者・本多勝一氏の評論集のタイトルである。

 一方、 3人の教え子の顔も頭に浮かんできていた。 長い教師生活の中で、 腹の底からの人間的な怒りをこめてぶん殴った3人の子どもたちだ。 もちろん『学校教育法 第11条』で、 体罰は禁止されているのは百も承知の上だが、 人間として許せなかったのだ。

 人間の行為で何が悪いかといって、 本人にはどうしようもない環境からくる深い悲しみに対して、 無神経にもあざ笑ったり、 いじめたりすることだ、 と私は思っている。

 俗にいう『弱い物いじめ』となって現れるこれらの行為を、 私は問題行動の第一に置いて、 子どもたちに関わってきたつもりだ。 むしろハンディを背負いながら生きている仲間を支えていくのが人間的な自然な行為だ、 という思いを子どもたちは学んでくれたろうか。

 放映したのがフランス国営放送というのも驚きだ。 放送局の精神のレベルが如実に浮彫にされた。 翌日、 放送局は公式に謝罪のコメントを発表したそうだが、 当のコメンテーターの謝罪はない。 『冗談で』という文言もあったようだ。 これも精神のレベルが推し量られる。

 若い頃愛読したフランス文学とは、 ほど遠い世界だ。 フランス人は、 この国営放送局の番組によって、 全世界に恥をかかされたことを知らなければならない。 
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2012/5/28

国民は腹をくくるべき時!  社会問題

 国民ははらをくくるべき時!

 依然として震災がれきの受け入れが進まない。 去る3月、 政府は全国都道府県と政令指定都市に対し『震災がれき受け入れ』を要請したが、 現在に至っても、 受け入れを開始しているのは青森、 秋田、 山形、 東京、 静岡、 試験焼却を始めているのが群馬、 埼玉、 福岡の各都県だけという。 この中に兵庫県が入っていないのは、 さびしい限り。 17年前、 あれだけ全国の人々から励まされ、 物心両面にわたって支援してもらった兵庫県民のはずだが。

 なぜ進まないのか?

 多くの国民の間に、 震災がれきの放射能汚染に対する不安感があることは確かだ。 細野環境大臣も『政府の情報の出し方が十分でなかった』と反省し、『今後正確な情報を一つ一つ提供していき、 理解していただけるよう努力する。』と言っていたが、 先日25日の神戸新聞社説を読んで、 私は唖然とした。 良識的で温厚な社説が多い神戸新聞が『原子力委の背信』と題して厳しく同委員会を批判しているのだ。 長年国策として進められてきた『核燃料サイクル政策』が反原発学者の間ではすでに出口のない失敗策だと評価されているのに、 その延命をはかるべく、 『使用済み核燃料の処理方法』に関する報告書をまとめる前に、 原子力委員会は、 原発を推進する「原子力ムラ」の関係者だけを集めた勉強会を開催し、 報告書を関係者に都合のいい形に修正していたというのだ。 社説は『政策や安全をつかさどる国の機関のやることに信頼が置けない。』と結んでいる。

 あの3.11以降、 国民に対する政府の情報提供は事実に即したものではなかったことが、 今ではいろんな人が論評している。 私は震災当時、 京大原子炉実験所助教 小出裕章氏やジャーナリスト 広瀬 隆氏等 いわゆる反原発の立場をとってきた人たちの発言に多く接してきたが、 政府発表の内容と余りにも落差の大きいのに驚くばかりだった。 要するに、 『国民をパニックに陥らせてはならない』との配慮からだったとされるが、 何をかいわんや、 政府はもちろん、 東電も原発推進学者たちも、 事態がどうなっていくのか分からなかったのだ。 初めての事態で、 『大きな事故が起こるはずがない』と信じ、 事故対応マニュアルもほとんど作っていなかった彼ら「原子力ムラ」の人たちだったから、 これから事態がどのように推移していくのか、 さっぱり見当がつかなかったということなのだ。 民主党政権を批判する材料として『政府の発表は後手後手だ』と自民党からのファックスをよく読んだが、 目くそ鼻くそを笑いうの類でしかない。

 要するに、 国民は、 政府や政治家を信じられない状況に追い込まれているのである。

 信じられない事態が

 22日付けの神戸新聞社会面の片隅に 『震災がれきの搬入一時阻止 北九州市で反対派市民』という記事が掲載されていた。 石巻市のがれきの『試験焼却』を予定している北九州市にトラックが到着、 反対派の市民が抗議行動を展開したのだ。
 反対する理由は私も分からない訳ではない。 健康被害は本当にないのか? いったん何らかの風評を立てられたら・・・、 焼却灰の最終処分はどうするのか? 国の安全基準は ほんとうに信じられるのか? 等 私も同じような事を思い、 心配する。

 その翌日だったと思うが、 カミさんが夕方のTVの報道番組でのニュースを話してくれた。 その北九州市方面に修学旅行を計画していたある小学校が、 保護者の反対で急きょコースを変更した、 というもの。 『私がその学校の校長だったら・・・?』と考えた。 一部の声高な保護者の言いなりになっただろうか? 気の弱い私のことだ、 そこの校長と同じような判断をしたかも知れないな・・・とも思う。 しかし一方で、 その校長、 学校の判断は大いに疑問であることも 私は確信する。 子どもたちに対して、 子どもたちの将来に対して適切な判断だったか? 私の答えは 『ノー』だ。

 『絆』から『亀裂』に・・・

 昨日の朝の4チャンネル「サンデーモーニング」での浅田教授のコメント。『あの大震災当時、 「連帯」とか「被災地と一つになって」という言葉が国民の間に広まったが、 今その言葉がむなしく聞こえる。』 『「絆」が「亀裂」になりつつある』と言うコメンテーターもいた。

 北九州市の反対派のニュースを、 石巻市のある中年の女性は、 『私たちは がれきのある場所に住んでいるんです。 もうちょっと理解をして受け入れてもらえると、 私たちも前に進めるんですが・・・。』と哀しい眼差しで見つめる。

 誰だって自分がかわいい。 親は自分よりもわが子を守ろうとする。 自分は、 自分の家族は何としても安全でいたい。 至極自然な人間の心情である。 これらは、 いわば本能とも言えるが、 一方 人間は二足歩行をし、 火や道具を使い、 社会生活を営む中で、理性を発達させてきた。 汝の隣人を愛せよ。 クリスチャンでもない私でも、 子どもの頃からこの言葉は耳に馴染んできた。 自分が生きたいと思えば、 他の人の命や権利も大切にせよ! と私は教えられた。

 今、 我が国には、 3.11大震災で大きく人生の歯車を狂わされた人々が大勢いる。 そう、 一部ではない、 大勢! 早くから国民的課題と位置づけられた『大勢』だ。

 17年前の阪神・淡路大震災の時もそうだった。 国中の人たちはもちろん、 遠く離れた外国の子どもたちも励まし、 支援してくれた。

 あの大震災が国民的課題なら、 被害の程度や性質、 空間的・時間的な広がりからすれば、 国民的課題どころか『地球的課題』といっても過言ではない。

 では、 今回私たちは、 あの阪神・淡路大震災時のような行動がとれているか?

 答が『ノー』であるなら、 前回と今回の違いはどこから来ているのか?
 前回の『温かい国民的な支援』は、 何だったのか? 単なる憐憫だったのか? 自分は安全な別世界にいて、 慰みをかける行為だったのか? 

 私はそうとは決して思わないが、 それにしても今回の逡巡は何だ! 受け入れを決定した5都県と他の道府県の違いは? 東京や静岡に出来ることが、 兵庫ではなぜ出来ないのか? 

 国民が痛みを分かち合うべき! 

 国民的課題というなら、 放射能汚染の恐怖と戦いながら生活している人たちと私たちの連帯の可能性はあるのか? 健康被害と風評被害にどう立ち向かい、 克服していくか? 健康被害におびえ、 風評被害の真っただ中で生活を余儀なくされている人たちに私たちが支援できることはあるのか?

 私は 「ある」と思う。 力量の違いはあれ、 健康被害の恐れと風評被害に対して、 私たちはそれぞれに それを共有したらいいのだ。 
 極論を言えば、 すべての地方自治体ががれきを受け入れたら、 少なくともがれきに関する風評被害はなくなるだろう。
 健康被害への心配だが、 国は責任を持って、 各自治体の受け入れ態勢づくりや将来に対してハード面での支援を行わなければならない。 可能な限り安全な焼却施設作りや、 「灰」やがれきの処理の仕方を指導し、 現代科学の最高水準の技術による処理を各地方自治体にお願いするのだ。

 今回の放射能は、 福島第一原発から発生したものであり、 所有者を特定するなら明らかに東京電力だ。 筋を正せば、 がれきは東京電力と、 国策として原発を推進してきた国にもどすべきではないのか。 そんなことは出来る訳ないから、 国民が分かち合うのである。

 『受け入れる所は勝ってに受け入れたらいい。 でも、 自分らは御免だ。』
 こんな自己中の態度がまかり通る日本社会であってほしくない。 日本人は自己犠牲の美学を大切にしてきた国民だったはずである。
 東北地方の地域消防団や自衛隊の人たち、自治体職員等の献身的な活動に、 私たちは熱い涙を流した。 
 今も毎年戦没者慰霊祭に参列するが、 銃後の父や母、 きょうだいたち、 ふるさとの人々のため、 国を思い散っていった若者たちを改めて思う。 彼らなら、 何と言い、 どう行動するだろうか、と。
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2012/4/13

発射 失敗     社会問題

 発射 失敗

 世界を騒がせてきた北朝鮮のミサイル発射実験が失敗した。 「失敗すればいいのに」と期待していた人も少なくないだろうが、 私もその一人。 溜飲が下がる思いだ。

 権力にしがみついている自分たちの延命のためだけに、 大多数の国民の窮乏を顧みず、 国際関係においても傍若無人に振る舞い続ける金日成の末裔とその人脈。 際限なく増え続ける脱北者たち。 海の向こうから北風に乗って国民の号泣する声が聞こえてくるようだ。

 『百聞は一見に如かず』というが、 この『百聞』も情報が少なかったり、 意図的に操作されたりすると、 私たちは容易に誤った認識を持ってしまう。

 現在の北朝鮮の体制の内実は、 建国以来基本的には大きく変わっていないと思われるが、 こんな国をある時期まで 『理想郷』だとして崇めていた人が少なからずいたのだ。
 学者や知識人にも少なからずいた。 かつて北朝鮮に亡命した『日本赤軍』の若者たち。 私と同世代か少し年上の年配の人たちだが、 彼らの革命理論は未熟・幼稚なものであったにせよ、 現在よりましな民主国家を創っていきたいという『憂国の志士』たちでもあった。
 そんな彼らでも、 北朝鮮の現実や中国の『文化大革命』の凄惨な実態を正確につかめていなかった。 情報不足はこわいし、 巧妙な情報操作も国民をあらぬ方向に導いてしまう。 私には、 今の大阪がどこかでこの国と似ているような気がしてならない。

 
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