2005/9/28

第三の男  公演情報


オーソンウェルズ(ハリー・ライム)主演の『第三の男』のDVDを観ました。舞台は第二次大戦後の暗黒街wien。たぶん前にも観たのですが、ちゃんと観たのは初めて。ライムの生き方(そうしないと生きられなかったというか闇にはまってしまった)は、『望郷』の主人公のジャン・ギャバンの演じるペペル・モコに似てるかな。
藝大の近くには「ペペルモコ」というレストランがあるのですが、それはこの映画の登場人物の名前にちなんでいるのだとか。http://www.pepelemoko.com/

アリダ・ブァリ演じる恋人(ソ連から訃報滞在してる女優)が芝居をしてるのがヨーゼフシュタット劇場で、とても華やかなんだけど、ギュンター・クレーマー氏が招待してくれたあの劇場なんだと。客席やロビーの装飾も変わっていないので、沢山の物語を紡いだ劇場だったんだなぁと感慨深い想いでした。この劇場は映画の中でも喜劇を上演していました。クリックすると元のサイズで表示します
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2005/9/26

秋の夜に  公演情報

2005年7月公演で、ツェムリンスキーの『フィレンツェの悲劇』のシモーネ役で出演した時の写真が、音楽の友や二期会の機関誌の表紙にカラーで載っています。その演出と舞台美術については二期会のホームページにも載っているので、http://www.nikikai-opera.or.jp/ (→公演記録、二期会通信など)ここでは詳しく書きませんが、公演を終えて、考えることは、オペラにおけるリアリティーというもの、創造性(=想像性の力)についてです。
オペラは音と詞、リズムやテンポが決まっていて、時を超えてその時代や作曲家の息吹を現在の指揮者、オーケストラ、演出家やスタッフ、共演者たちと再構築する共同作業です。音楽を通じて時代や演奏者や客席の皆様や現在と共感する大きなエネルギーが生まれるところが魅力だと思っています。
添付の写真が最後の場面で、私(シモーネ)は、恋愛遊戯の三角関係の末に、妻の浮気相手のグイードを絞殺してしまう。これ、写真だとおもいっきり叫んでいますけどね(笑)
。実際、2303席の東京文化会館で後方の席や情報の席の方には、そういう表情や表現はどこまで伝わるんだろう。どうしたらもっと伝わるんだろう
いまどき、両手を広げて棒立ちで歌うオペラ歌手なんていうのは、ほとんどいませんが、
リアリティーの名の下に作品を過剰に説明しすぎたり、想像力を妨げたり矮小化することのないように、演奏者(指揮 オーケストラ 歌手)と演出、聴衆が三位一体となって響きあうためには、オペラ演出、そしてオペラ歌手に何が求められるのかということを、いろいろ考えたりしています。

劇場には、多くの皆様に気負わずに日常的に足を運んで頂きたいけれど、そこで本当の意味で非日常のエネルギーの交感がなされる空間が生まれるには、どうしたらよいのだろうか…。そんなことを考えながら、秋の夜長に谷崎潤一郎の『陰影礼賛』やジョルジュ・バタイユの『神秘/芸術/科学』をぱらぱらと読み返してみたくなります。
今の時代、ともすればコンピューターで検索すれば何でもすぐ調べられるような錯覚に陥ってしまいがちで、何か物事をじっくり考えたり感じたり自分や世界と向かい合うには、時代の変化や速度が激しくなっていると感じます。
「ホモ・ルーデンス」の定義すら変わってゆくのでしょう。

私に関していえば、若い頃古本屋で探しだして熱中して読んだ本の記憶や、イタリアやドイツの楽譜店や美術館で過ごし感じた時間や発見というものは、今でも自分の感覚の中に深く残っているように思います。
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2005/9/25

ニョッキ  公演情報

声楽家は概して食いしん坊である。身体が楽器だからとか、歌うことはピアノや管楽器を演奏するのに比べても、同じ時間で何倍もカロリーを消費するなどという実験をテレビ番組で検証したりするなんてこともあったが、歌手に痩せている人が少ないのは、やはり食べることが好きな人が多いからだろう。私も食べているときは本当に嬉しそうな顔をしていると周囲の人たちによく言われる。大きなパンを切り分けたりするときに、無意識に「ふんふん」と鼻歌を歌っていたり、瀬戸内で育ったせいか魚料理を食べると「うわぁ〜なんて上手に綺麗に平らげるんだろう」と何度かびっくりされたことがあった。
東京にいると、今は世界中の料理が食べられる。高くて美味しい店というのは当たり前。それよりも旬の素材の持ち味を最大に引き出していかにリーズナブルな価格で食べさせるかがシェフの腕のみせどころなのだと思う。料理はシンプルなものほど難しい。そしてシンプルな料理がとても美味しいと、その作り手への信頼は大きくなる。だから料理は奥が深い。歌手にとっての演奏もまた同様なのかもしれない。
シンプルで美味しさの差の出るものに、讃岐うどんとニョッキがあると思う。私はどちらも大好きだ。特にこの季節、じゃがいものニョッキやかぼちゃのニョッキはなんだか幸せを運んでくるような気分にさせてくれる。最初に考えた人は偉かったなぁとつくづく思う。
Guten Appetit! 皆さんも美味しいものを沢山食べてください。

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2005/9/22

日本におけるドイツ2005/2006  公演情報

http://www.doitsu-nen.jp/index_JA.html
月の綺麗な晩が続いたと思ったら、また蒸し暑くなってきました。僕が今、稽古をしているワーグナー「さまよえるオランダ人」も日本におけるドイツ年への参加公演ですが、今年は他にもいろいろな行事が目白押しです。
http://www.doitsu-nen.jp/index_JA.html
10月はミュンヘンのビール祭は有名ですが、ドイツ年にちなんで、東京の日比谷でも今週はオクトーバー・フェストをやっているようです。
http://www.oktoberfest.jp/
でも、ビールってやっぱり乾燥したヨーロッパの気候の中で飲むと美味いんだよね。
画像のビールは、一昨年の10月にたまたまハノーファー滞在中に賑わっていた地元のレストランで飲んで思わず「美味い!」とおかわりしたビール。日本のように沢山の選択肢はなくて、「この地元はこのビールなんだよ」って一種類しか置いていない潔さもなんだか
すがすがしい気分でした。
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2005/9/19

森鴎外訳オペラ「オルフエウス」  公演情報


9月18日に幕を開けたグルックのオペラ「オルフエウス」(東京藝術大学奏楽堂)18日の初日は想像していた以上に大勢の皆様にご来場頂き、開演直前まで席が足りずにおおわらわとなり嬉しい悲鳴を上げています多くの皆様のご尽力と沢山の協賛を頂き、上演の運びとなりましたことに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

本日は18時半の開演ですが、またしても座席の心配をしています。
このグルックのオペラはソリストは3名(寺谷千枝子さん、佐々木典子さん、山口清子さん)だけですが、オーケストラ(指揮:高関健さん、東京藝術大学「オルフエウス記念オーケストラ」、合唱、舞踏群、そしてステージング、美術、照明、字幕など、本当に大勢の方々が上演に関わっています。
主演の寺谷千枝子さんは、本当に出ずっぱりで、しかも鴎外訳の難解な歌詞を歌いきってくださいました。
「舞姫」を彷彿とさせるようなこの鴎外訳と口語訳をロビーでお配りしたところ、大変好評でした。鴎外の対訳にドラマトゥルクの瀧井敬子さん(演奏藝術センター)による口語訳をつけたものですが、本当に大変な労力をかけた貴重な資料です。

この作品には亡くなった最愛の妻エウリディーチェを黄泉の国に追ってゆくオルフェウスと愛の神アモールが登場し、オルフェウスは女声のパートでかかれています。かつてはこの役を長野羊奈子さんや伊原直子さんが歌っておいでです。オペラではズボン役といって、女声(メゾ・ソプラノやアルト)が男声に扮することも多いのですが、視覚的にも声的にも男声歌手が歌うのとはまた違った魅力があります。

「フィガロの結婚」のケルビーノ、「ばらの騎士」のオクタヴィアンなども代表的なズボン役です。一度、ぜひご覧になってみてください。
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2005/9/16

2002年7月8月『ニュルンベルクのマイスタージンガー』  公演情報

ハンス・ザックス
二期会・ベルギー王立モネ劇場提携公演クリックすると元のサイズで表示します
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2005/9/15

プッチーニ『マダム・バタフライ』(お蝶夫人)  公演情報


1990年、フィンランドのサヴォンリンナ・オペラ祭に客演した際に、私は領事シャープレスを演じました。
この版の楽譜は、一般に上演されることの多いパリ版とは違い、ミラノ初演版に基づいたもので、音楽的にも慣行版といろいろ違いがあって興味深い体験でした。
指揮は大野和士さん。演出は故人となってしまった三谷礼二さんの映画のように美しい舞台。今でも音楽とともに沢山の思い出がよみがえってきます。
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2005/9/15

舞台写真  公演情報

オペラの舞台写真の中から♪
1992年 ヘネシー・オペラ・シリーズ『さまよえるオランダ人』に出演した時の舞台写真です。

3月11日 『さまよえるオランダ人』 神奈川県民ホール

指揮:小澤征爾 新日本フィルハーモニー交響楽団  演出:蜷川幸雄

合唱:晋友合唱団 東京オペラシンガーズ



出 演:ホセ・ファン・ダム(Br) エリザベス・コネル(S)

    ハンス・ゾーティン(Bs) 若本明志(T) 郡愛子(Ms)斎藤四郎(T)



3月17日 『さまよえるオランダ人』 東京文化会館

指揮:小澤征爾 新日本フィルハーモニー交響楽団  演出:蜷川幸雄

合唱:晋友合唱団 東京オペラシンガーズ



出 演:ホセ・ファン・ダム(Br) エリザベス・コネル(S)

    ハンス・ゾーティン(Bs) 若本明志(T) 郡愛子(Ms)斎藤四郎(T)





3月19日 『さまよえるオランダ人』 東京文化会館

指揮:小澤征爾 新日本フィルハーモニー交響楽団  演出:蜷川幸雄

合唱:晋友合唱団 東京オペラシンガーズ



出 演:多田羅迪夫(Br) 渡辺美佐子(S)戸山俊樹(Bs) 

若本明志(T)郡愛子(Ms)斎藤四郎(T)



コンサート

*3月12日 NEC本社ビル (新日本フィル)

多田羅迪夫(Br)戸山俊樹(Bs)渡辺美佐子(S)

斎藤四郎(T)

    ワーグナー『さまよえるオランダ人』序曲及びアリア抜粋

    モーツァルト:ディヴェルティメント K136 

    ベルリオーズ:ローマの謝肉祭 序曲

    

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2005/9/15

東京藝術大学 森鴎外訳「オルフェウス」  公演情報

http://www.geidai.ac.jp/

森鴎外訳オペラ、初めての本格的上演!
森鴎外(1862〜1922)はドイツ留学時代の明治18年く1885)6月21日、グルック作曲のオペラ〈オルフェオとエウリディーチェ〉をライプツィヒの劇場で観て感激しました。そのときドイツで買った台本の余白に漢文体で記されたメモからは、舞台で観たことをあますところなく記憶におさめ祖国にもって帰ろうという、若き鴎外の「文明開化」への情熱が伝わってきます。その30年後の大正3年(1914)、彼は「国民歌劇会」〈音楽顧問:本居長世、後援メンバー:与謝野鉄幹・晶子ほか)から頼まれて、このオペラ全3幕を「オルフェウス」というタイトルにして翻訳しました。この団体はグルック(1714〜1787)の生誕200年を祝って、その誕生日である7月2日に上演しようとしたのです。しかし、第一次世界大戦が勃発するなど不幸な事情が重なって、森鴎外の訳詞は舞台にかけられることなく、活字としてのみ今日に伝えられました。90年あまりを経て、それが初めて本格的に上演されます。

森鴎外訳『オルフエウス』は、流麗でみやびな日本語で書かれています。とはいえ、文語体です。そこで今回の上演に際しては、わかりやすく新字体の漢字と新かなづかいを用いて鴎外の訳詞を字幕に出します。

ちなみに、グルック作曲のオペラ〈オルフェオとエウリディーチェ〉は、明治36年(1903)、東京音楽学校(東京藝術大学音楽学部の前身)の学生と外国人教師、それに東京帝国大学の学生も加わって、本邦初潰されました。これは「日本人による初のオペラ上演」として、今日、高く評価されています。したがって、グルックのこのオペラは、日本近代音楽史においてもきわめて重要な作品といえましょう。
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2005/9/13

海は私の原風景  公演情報

海は私の原風景
「自分が海の民か山の民かと聞かれたら、僕はきっと海の者。親しみ深いのは海ですね。香川県生まれで瀬戸内海の御供所(ごぶしょ)海岸で、小さい頃から高校生まで真っ黒になってどぼーんと海に飛び込んで素潜りしてました。
今は瀬戸大橋の陸橋が架かって泳げないけれど。潮の香りを嗅いで育ったから、海は僕にとっての癒しの場。潮の香りで安心できる。音楽も海をテーマにしたものを聴くのが好きですね。」

「こんど出演するオペラの登場人物・さまよえるオランダ人に共感するのは、そのナイーブさ。彼の心には世間体とか体裁とか駆け引きがない。ストレートに自分を愛してくれる女性を求めてやまない。ゼンタに対しても、あんなに財宝をざくざく持っていて、父親のダーラントはほいほい話に乗ってぜひ婿にと気に入られても、彼は人の心はお金では買えないことをわかっているから、金に物を言わせてという態度は微塵もなく、ちゃんとゼンタに確認するんです。二人きりになったデュエットのとき「お父さんが約束してくれたように私と一緒になることに、あなたは本当に心から賛同してくれるのですか。悩みに満ちた私にあなたの真心を与えてくださるのでしょうか」と。その場面にくるといつも何かワーグナーの清冽な音楽の神髄にふれて、琴線が震えるような気持ちになります。」

寡黙な哲人ファン・ダム
以前にさまよえるオランダ人に出演したとき、ホセ・ファン・ダムさんとダブル・キャストでした。
「ホセ・ファン・ダムさんの演奏はオペラで共演する前から歌曲でよく聴いていました。実際にお会いしたら、寡黙な哲人という風で、無口だけれど温かいオーラがあって。いま60代半ばのはずですが、最近もモネの「影のない女」で男盛りのバラクを生き生きと歌ってスゴイなぁと。音楽性も含めて、その演奏家としてのありようは、私にとってある目標であり規範となっています。」
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