2005/12/24

年の瀬に髪を切る  公演情報

『さまよえるオランダ人』が終わって、最近やっと髪を切った。思えば、もう15年ほども同じ美容室に通っている。オランダ人が長髪の設定だったので久しぶりに伸ばしていて、早く切りたかったのだが、学生たちが、あまり短くしない方が絶対に似合うというので、トップの部分をあまり切らないスタイルになっている。うーん。どうなんだろうか。私自身はどうもあまりおしゃれに頓着する方ではなく、「先生、やっぱりヨン様に似ている」などと言われて(それは全然ちがうだろう・・・と)当惑するばかりである。
その美容室に通っているのには理由があって、ドイツから帰国して、それこそ年末年始もなく演奏会続きで、すごく忙しかったある日、本番の前に髪を切りに行ったら、「お客さん、ほらここ!円形脱毛症になってますねぇ」と教えられて、後頭部の髪をかき分けて鏡で見せてもらったら、確かにそれらしき禿がある。自分は楽観的な性格だと思っていたが「ほう〜。俺にもそんなデリケートなところがあったのか」と、なんとも不思議な気がした。
いつかひとりでに円形脱毛は治ったが「じゃあこんどまたみつけたら教えてください」と、それからそこに通うようになった。幸い、二度と100円玉禿はみつかっていない。
髪を切るといつも心が軽やかになって、ロッシーニ『セビリャの理髪師』でフィガロが歌う「私は街のなんでも屋」を口ずさみたくなる。フィガロの職業は床屋だ。今でも美容室では、顔なじみの客と美容師が世間話をしたり、週刊誌を読んだりくつろいだ雰囲気があるけれど、当時の床屋は本当に街の便利屋として居なくてはならない存在だった。ラブレターの代筆をし、贈り物を届けたり、夜はギター片手に恋のBGMを奏でたり、人生相談に大工仕事、鋏で髪を切り髭を剃るだけでなく、歯医者やの代わりや簡単な手術までやってのけた。もちろん街のニュースやゴシップはなんでも知っていている。そしてこの物語ではフィガロは伯爵とロジーナの恋を手助けして大活躍だ。
で、同じボーマルシェ原作によるモーツァルト『フィガロの結婚』へと話は続く。これもまた本当に活き活きと良くできたオペラだ。
2006年はモーツァルト生誕250年。モーツァルトのオペラで、私はいろいろな役に主演したが『フィガロ』は、特に沢山思い出がある。バリトンにとっては歌い甲斐、演じ甲斐のある面白いオペラ。私も若い頃はフィガロを歌ってきて、3年前にはアルマヴィーヴァ伯爵を歌った。宮本亜門さんの演出の時にはコミカルな部分と人間らしい内面を掘り下げた部分がうまく描かれていて楽しかった。その時はスキンヘッドの伯爵で、頭のかたちがすごく良いと皆に褒められた。それも自分では見えませんからね(笑)。
今年も余すところ僅かとなりました。27日までに仕上げて大学に提出しなければならない書類がまだ残っている。がんばらないと。
 クリスマスが近づいてきた。そんな時期にとっておきの本を2冊。私は「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」の宗教曲でイエスを歌うことが多かったので、本屋に行くと関連の本を手に取る癖がある。特に「イエスのミステリー」は、演奏の際にどうイエスをとらえたらよいか悩んでいた時期に、沢山の答えを用意してくれた衝撃の一冊だ。聖職者としての神秘的で一次元的なだけのイエスではなく、歴史上のイエスという存在や意味を隠されていた「死海文書」を紐解くことで浮き彫りにしてゆく。この本を読むことでキリスト者ではない私がイエス・キリストを歌うことに対する後ろめたさのようなものが自然と払拭され、何か心の底に演奏への確信の核を得られたような気がしている。その後、この本の内容の信憑性については確かに鵜呑みに出来ない問題点なども指摘されてきているし、
あまりにも素直な読者には危険かもしれないが、ベスト・セラーとなった「ダ・ヴィンチ・コード」に近い思惟のツボを刺激するという意味では、軽んじられない一冊だと思う。
本を読んで何かを発見するとわくわくする。文字や楽譜の中にはきっとまだまだ沢山の素晴らしい鉱脈が埋まっているのだな。
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2005/12/12

名古屋のオランダ人と絶品だった櫃まぶし  公演情報

7日に名古屋の『さまよえるオランダ人』を終え、昨日、今日は伊勢崎と館林で「第九」を歌ってきました。元気にしています。
今日は寒かったですね。

コメントをくださった広小路道さん、確かに6日の晩に栄の「歌舞伎・家」という店で豚しゃぶを食べていたのは私です。豚肉に含まれるビタミンB2が疲労回復に良いというのと、6日に東京から名古屋に14時過ぎに着いてすぐ劇場入りして、舞台稽古とGeneral-Probe〔ゲネラル・プローべ〕(=オーケストラ付の総稽古)でしたので、何しろ猛烈に!お腹が空いていたのです(笑)。
いろいろとご心配をおかけしましたが、名古屋公演を無事終えることが出来て、いくらかほっとしています。

7月の『フィレンツェの悲劇』の際に役づくりもあって7キロ減量したのですが、今、3キロ以上戻りました。かなり忙しかったのもあるのでしょうが秋に仕事で北京に行った頃から、時々喘息のような症状が出てしまっていました。専任の先生にも診て頂いていたのですが、風邪でもないのに何かいつも胸苦しいというのがあって、泳ぐと少し楽になるのでなるべく時間をみつけて泳いだり、自分なりのベストは尽くそうと努めたつもりですが、歌っていても〈フレーズの長いのが持ち味の歌手〉と言われてきたのが、一息で歌えるはずのフレーズがなんだか苦しかったりして、ちょっと参りました。
食事もなるべく肉は食べずにアルコールも飲まずにいたのですが、こんなに節制していてもなんだか体調が優れないのだから「もう節制するのはやめた!自分の身体が楽器なんだから、自分で何とかしよう」と、この一ヶ月位、構わず食べたいものを食べていたら、不思議なことにいつの間にか喘息の症状が治まっているんですよね。お蔭で名古屋ではゲネプロ、本番と休みがなかったにも関わらず、3幕までだいぶ楽に歌えました。
オランダ人は亡霊で人間じゃないから、なるべく暗ーくして表情も顔も見えないようにという指示があって、じゃぁというんで、東京では髭も髪も伸ばしていたんだけれど、実は名古屋公演の際には、髭も剃っちゃったんですよね。お蔭で気分もさっぱりしました。

『櫃(ひつ)まぶし』
実は名古屋でもうひとつおいしいものを食べました。
錦三丁目の「以ば昇」さんの‘櫃まぶし’。名物なんですね。僕は浅草で食べたことがあるけれど、「以ば昇」さんのは絶品でした。
地元のカメラマンの方に教えて頂いたのですが、明治から続き老舗だそうで、木目を活かした壁なども昔ながらの風情があって。
おひつの中に細かく刻んだ関西焼きの香ばしい鰻がご飯の上に細かく刻んで、秘伝のタレをまぶしているのですが、香ばしい、いい匂いを漂わせている。
肝吸いも上品な味で、かぶとキュウリのお漬物、そして煎茶を急須で持ってきてくれる。食べ方を伺うと、一杯目は普通に食べ、二杯目は漬物や薬味を混ぜて、その薬味の葱が糸のように細く刻まれていて瑞々しい。そして最後の仕上げが鰻茶漬け。葱とわさびをちょっと乗せて、そこにおもむろに煎茶をかけると、ふわーっと漂うなんともいえない香り。本当においしかったな。
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