2008/8/14

朝比奈《リング》  音楽

アントニオさん、朝比奈《リング》へのコメントありがとうございます。

ドイツから帰国した若かりし日の朝比奈隆先生との出会いや小澤征爾さんとの『ヴォツェック』は思い出深い演奏でした。ハーゲン役はその後オペラの舞台で演じることはなかったのですが、悪役や現実とかけ離れた役を演じるというのは実は面白い。こんな風にしたら、あんな風にしたらと思いますね。10月15日の紀尾井ホール「声楽家のあとりえ」バス&バリトンの世界では、『Otello』からヤーゴの悪魔への信条『クレード』と夢語りEra la notte, Cassio dormia も歌う予定です。ドラマの鍵を握りオテロを潔白な妻デズデモーナへの不信へと駆り立て破滅させるヤーゴという男、バリトンにとっては魅力的なやってみたい役の一つです。

朝比奈は《リング》、今から考えても、素晴らしい芸術的成果であり偉大な記録だと思います。朝比奈先生が毎回のリハーサル後に歌や演奏をチェックし、次のリハーサルの冒頭にはそれぞれの問題点が書かれた小さな紙を「キミはこれ、キミはこれ」と配ったり、歌手の楽譜に貼り付けていた光景を思い出します。実は『ジークフリート』から『神々の黄昏』にかけて体調が思わしくなく、皆が「このまま完成を見ずに終わってしまうんじゃないか」とさえ心配したほどでした。ところが歌手たちや新日本フィルの楽員の皆が「それならわれわれが、おやじさんを助けようじゃないか。おやじさんのやりたい音楽を実現しようじゃないか」と団結して、最後の上演までこぎ着けた。それは先生の人徳であり、私たちの気持ちを的確に表現するなら「敬愛」という言葉しか思い浮かびません。私はまだキャリアが浅い頃でしたけれど、求心力のある指揮者の存在感とはこういうものかと、深く感銘を受けました。
朝比奈先生の音楽の本質を語るとき、リハーサル中にしきりに「音をしっかりと出しなさい」とおっしゃっていたことは、その後の演奏の中でも大切なヒントになりました。たとえばsotto voce(ささやくように)という指定であっても「ゆったりとたっぷりと歌いなさい。せこせこしなさるな。音楽が小さくなってしまう」とおっしゃいましたし、ビアノ(弱音)であっても豊かなソノリティを失ってはいけない。先生の雄渾で男気のある音楽は、そういった音の作りあげ方に秘密があると思います。この《リング》には最初から最後まで先生の芸術が詰っているといえるでしょうね。
 実は終わった後も3年に一度くらい、朝比奈先生から「あのときの同窓会をしようじゃないか」と招集がかかり、何度か集まったことがありました。でもそれは単なる同窓かではなく、先生はあのメンバーでもう一度《リング》をやりたかったのかもしれません。そのために「こいつはまだ元気で歌えるかな」とチェックされていたんじゃないかな、と懐かしく思い出しています。
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