2009/6/14

P.コンヴィチュニー ワークショップ  コンヴィチュニー氏

慧眼のコンヴィチュニー氏 
    オペラワークショップを終えて 

2009年6月2日から7日まで、P.コンヴィチュニー氏によるオペラワークショップが行われました。
このワークショップは私自身にとっても大変わくわくするものでしたが、参加した歌手たち、そして若い演出家やコレペティ、そして評論家の方たちからも想像以上に嬉しい反響を頂き、本当に嬉しく思っています。
‘「オペラ」を埃をかぶった博物館の陳列台から現在の聴衆へ取り戻したい’
そんな想いに応えて、P.コンヴィチュニー氏は2006年にモーツァルトの『皇帝ティトの慈悲』(ハンブルク州立歌劇場との共同制作)、2008年『エフゲニー・オネーギン』(ライプツィヒ歌劇場で初演・スロヴァキアのプラチスラヴァ歌劇場での装置協力)を東京二期会で演出し、どちらも素晴しく活き活きとした公演が実現しました。
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モーツァルト《皇帝ティトの慈悲》東京二期会

そして日本のスタッフ、キャストのオペラへの取り組み姿勢、レヴェルの高さと熱意を知って、日本で一緒に作品を創り上げることを非常に意味あること考えてくれています。才能溢れる氏のオペラは、ヨーロッパ各国で上演されていますが、決して助手任せにすることがなく、自ら長期間の稽古の中でともに創り上げるタイプの演出家な為、あちこちの歌劇場でコンヴィチュニー争奪戦があるとも言われていますが、現在、ライプツィヒ歌劇場の首席演出家など、多忙なスケジュールの中、今後も近い将来、P.コンヴィチュニー演出による二期会オペラ公演を予定しています。
そんな二度の来日演出で培われた信頼関係の延長戦上として、今回のワークショップは、若手アーティストやオペラ演出家、スタッフの育成を目的とし、東京藝術大学とドイツ文化センター、昭和音楽大学の連携の「オペラ劇場プロジェクト」として実現しました。
今回もP.コンヴィチュニー氏は朝から夜までほとんど休む間もなくワークショップ三昧の日々でしたが、それこそが自分のライフワークだと確信し、また心から楽しみ、時をわかちあう態度とエネルギーには本当に感銘を受けました。
空港から都内のホテルまで、2人で様々な話をしながらも次回のオペラへと期待が膨らみました。オペラという総合芸術が世界から消えてしまわない為に、自身のライフワークとして出来ることは何かということを常に考えているのでしょう。
今回はカルチャースクール的な公開講座や講演のような予定調和的、解説的なものではない、ずっと実践的な内容で、けれど決してひとりよがりではない。ともに創り上げる過程が参加者に実感できるものだったと思います。
連日オペラの演目から演出上特徴的な場面を取り上げ、その作品に埋もれた真実を探り出すというもので、演目はこれまでコンヴィチュニー氏が演出した中から、ワーグナー《タンホイザー》モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》プッチーニ《蝶々夫人》モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》ヴェルディ《アイーダ》ウェーバー《魔弾の射手》。そのほか、後半には海外で上演されたコンヴィチュニー演出の映像なども投影しながら、その意味について掘り下げました。

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受講したのは、 東京藝術大学および昭和音楽大学の学生・大学院生、藤原歌劇団団員、東京二期会会員で、聴講対象者はオペラ歌手・演出家をめざす若手アーティストやジャーナリスト、評論家の方々も数多く参加され、ワークショップの後まで活発な質疑応答がかわされるなど、連日、会場は熱気に包まれていました。今回は公演や稽古と重なって参加したいと思いながらも出来なかった方たちも多かったようですが、最終日にはドイツ文化センター所長のウーヴェ・シュメルターさんや昭和音楽大学教授の広渡勲さん等と今回に終わらず、またぜひ次回を実現させたいと意気投合しました。日本にも立派なオペラ劇場が出来ましたが、演出家志望の若い人たちや若い歌手たちにとって、技術や歌唱法以外の修練の場はまだ少なく、世界の多くの歌劇場で活躍するコンヴィチュニー演出の過程を体験できたことは、参加された皆さんにとって、大きな刺激となったようです。また若いスタッフたちにとっては、こうした試みが聴講料無料で体験できたことに対する感謝のメールなども頂き、ここからまた未来のオペラ界を担う新しい芽が成長してゆくかと思うと楽しみです。
様々な読み替えや異化効果を使うことで、過激なオペラ演出家とも言われることがあるペーター・コンヴィチュニー氏ですが、指揮者フランツ・コンヴィチュニー(Franz Konwitschny)氏の息子として生まれ、お母様は歌手でしたから、幼少の頃から音楽の中で生活していたこともあり、その演出は本当の音楽と密接に関わっています。だからP.コンヴィチュニーの耳は常に音楽の一音一音を聴いているし、演出しながら自らピアノに向かって弾きながら説明することもしばしばです。
『皇帝ティトの慈悲』ではクラリネット奏者(1幕 Basettklarinette、2幕Bassetthorn)を「死」の象徴として死神のような姿で舞台上に登場させ、演奏をも効果的に視覚化させていましたが、今回も『魔弾の射手』で、歌い手だけでなくヴィオラ奏者にも振り付けする姿に目からウロコでしたという参加者も少なくありませんでした。
オペラというものが古いイメージのまま両手を広げて、あるいは立ち止まって声を聴かせるだけのものではないことを、演出というものが交通整理ではないことを、そしてそのことによって音楽とドラマが足して2で割るのではなく、相乗効果を持って活かされ、またプロパガンダに利用されることを警戒するというデリケートな作業を、ウィットに富んだ表現でウィンクしながら、けれど確かな信念を持って身を持って証明する稀有な演出家といっていいかもしれません。

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東京藝術大学音楽学部第6ホールにて「魔弾の射手」の場面を演出中
向って左から二期会会員の橋爪ゆかさん、吉原圭子さん、P.コンヴィチュニー氏、
通訳の蔵原順子さん


「観客が退屈するとしたら、それは演出家の責任だ」といいながら、考えを押し付けるのでなく、愉しみながら世界の意味を問うているのでしょう。
聴衆を劇場に取り戻そうとすることを第一に考え、歌手は立って楽譜を歌うだけでなく、その内容を考えて歌うことを思い出させ、美声を披露し恍惚に浸るだけでは不十分で、音楽というものの魅力の根底にはコミュニケーションがあってしかるべきだという考え方があっての異化効果なのです。
何か思いつきや目立たせるためだけのキワモノではなく、意味ある異化といえるでしょう。
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団来日公演、1961年収録のフランツ・コンヴィチュニー氏の「第九」のCDが最近発売されたことを話したところ、「日本のことは子どもの頃、父からも素晴らしい国だと聞いていて、今こうして自分も日本で仕事が出来ることが嬉しい!こうして自分が気持ちよく日本で仕事をし、こんな風に関われるようになったのは何かに導かれたような不思議な気持ちだ。日本にいると私は幸せだった少年時代を思い出す」とも話してくれました。
父フランツのアルコール依存症、両親の別離など、決して幸せな家庭生活だけではなかったことや、その演出についても賛否両論の論議で実現しなかったプロダクションもあった中、P.コンヴィチュニー氏の演出には、常に温かい視点が宿っているのも彼のチャーミングな人間性の現われだと感じます。
神を失った時代にあって、新たな与えられる偶像を与えられるのを待つのではなく、自分たちで失われ壊れゆく世界を取り戻す力を与えられるツールとしてオペラがあり、物語のストーリーをわかりやすく説明したり繋ぎ合わせて安心するのでなく、その作品の中に埋もれている真実、それは一つではないかもしれないし、単純でもないけれどそれを自分でみつける自由があることを思い出させてくれるのです。
啓蒙でもエンターテイメントでもなく、毎回その作品と真っ向から対峙することにエネルギーを注ぎ不条理な権力や無意識の残酷さというものをも暴きだしながら、その根底に流れる思想は「愛」であり、出演者が自分の繰り人形のように動くのでなく、時間をかけた共同作業の中で、自ら内発される力に突き動かされるように、変化する様をこれほど嬉しそうに眺められる演出家も少ないのではないかと思います。権力やお金があっても決して豊かではない場合もあることや、人が知らずに無神経に人を傷つけてしまうことがあるということ、優遇されている人達がその既得権を無意識に守らんがために群れを無し、なんとなく信じていた世界が本当は何かの犠牲の上に成り立つ、虚構に満ちているかもしれないこと、そんな鋭い、けれども人間に対する温かい視線が宿っている。そして
その根底に流れるものは‘人々には愛を掴むチャンスがある’そして、’現代人はそのために自ら何が出来るのか’ということを問うているような気がします。
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最終日、ワークショップ後もなかなか会場を去りがたい参加者たちが大勢残り、
ついには記念撮影となりました。
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