2016/11/16

水曜エッセー「オペラ羅針盤」第5回  文化・芸術

2016年10月16日から5回にわたって水曜エッセー「オペラ羅針盤」を、「しんぶん赤旗 文化・学問欄」に掲載して頂きました。

数年前から時々、作曲家についての原稿を依頼され書いたのがご縁で、「オペラについて、何か面白いエッセイを書いてください!」と、今回の連載のお話を学術・文化部の大井民生さんから頂きました。短い随想ってなかなか難しいものですね。あれも書きたい、これも書きたいと、つい長くなって削るのに苦労しましたが、とても楽しい経験でした。
さて、今月は、いよいよリヒャルト・シュトラウスのオペラ『ナクソス島のアリアドネ』(11月23日・24日・26日・27日 於 日生劇場)の上演が迫ってきました。
エッセイにも記しましたが、ヴィジュアル的にも声楽的にも身体能力的にも非常に優れた若いオペラ歌手が揃っています。その中に加わることの出来る喜びをかみしめながら、公演へ向けて、日々の稽古に励んでいます。

皆様、ぜひ劇場へお越しいただければ幸いです。私はシングル・キャストなので全日出演しております。

【関連WEBページ】
オペラの散歩道〜二期会blog
11月公演『ナクソス島のアリアドネ』〜執事長役・多田羅迪夫インタビュー
才能豊かな新しい世代の歌手たちとともに
http://www.nikikai21.net/blog/

http://www.nikikai.net/lineup/ariadne2016/index.html 公演詳細
東京二期会オペラ劇場 NISSAY OPERA 2016 提携
リヒャルト・シュトラウス作曲『ナクソス島のアリアドネ』
プロローグと1幕のオペラ 日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
台本:フーゴー・フォン・ホフマンスタール
指揮:シモーネ・ヤング  演出:カロリーネ・グルーバー 管弦楽: 東京交響楽団
2016年11月23日(水・祝) 17:00  24日(木) 14:00  26日(土) 14:00  27日(日) 14:00
会場: 日生劇場
プロローグ40分  休憩20分 オペラ85分  2時間25分
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オペラ羅針盤 多田羅迪夫(たらら・みちお 声楽家・東京藝術大学名誉教授)

オペラ歌手は太っている方が良いのか?

ドイツの歌劇場の専属歌手時代を経て、30歳前半で帰国した私は、日本国内での仕事にも恵まれ、幸いなことに途切れることなく 現在も演奏を続けています。歌手は自分の身体自体が楽器ですから、身体全体が健康である事が一番大切です。特に心肺機能と、声帯の健康を維持する事が重要だと分かっていても、それがおいそれとはいかない事も身にしみて感じています
私は学生時代には痩せていて胸幅も薄かったのですが、ドイツ滞在中にプールに通って身体を鍛えた結果、胸囲が15pも増え、従来に比べて歌う事が随分楽になりました。つまりこの経験は、歌手にとって肺機能が優れた方が有利である可能性を示唆しています。
また、役作りで過度なダイエットをした際には、一時的に声までも痩せたと体感したことから、「太っている方が声帯も厚みを増して、結果的に充実した声が出しやすい」と感じる経験もしました。しかし、世界的にもスレンダーな体型を保ちつつ、素晴らしいオペラ歌手である方たちが多い事も事実ですし、舞台姿が美しいに越したことはないのですから、声のためとはいえ、むやみに肥満を推奨してはならないのです。
身近な例をあげると、私の出演する二期会オペラ公演「ナクソス島のアリアドネ」(11月23日・24日・26日・27日 於 日生劇場)には、ヴィジュアル的にも声楽的にも身体能力的にも非常に優れた若いオペラ歌手が揃っていて、日本のオペラ界の人材が育ってきていることを実感します。
来年7月に東京二期会は、グラインドボーン音楽祭との提携公演で、R,シュトラウス「ばらの騎士」を上演し、私は公演監督を務めます。「オペラ」という芸術は、その発祥がイタリアであり、ヨーロッパを中心に発展していったとしても、今や世界共通の総合芸術として認知され、アジア各国に国立歌劇場が次々と建設されるまでになっています。日本の「二期会」というオペラ・カンパニーが、世界のオペラハウスと共同制作や連携公演を日常的に行っているのです。私の拙文を通して、一人でも多くの方々が「オペラ」に興味を持って、劇場にお越し下さることを祈って筆を置きます。

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2016/11/16

水曜エッセー「オペラ羅針盤」第4回  文化・芸術

オペラ羅針盤 多田羅迪夫(たらら・みちお 声楽家・東京藝術大学名誉教授)

オーケストラ・ピットの話

ヨーロッパには各地にロココ様式の室内装飾で飾られたオペラ劇場が多く残されています。客席内部は馬蹄形になっていて、多くは中央の平土間席があり、周りに壁に沿って2、3階の観客席を備え、その2階正面にはロイヤル・ボックス(王侯席)が造られていて、オペラ芸術のパトロンが王侯貴族自身であった歴史を知ることが出来ます。
オペラの舞台と客席との間には一段と低くなった窪みがあり、そこにオーケストラ団員が譜面台の前にそれぞれの楽器をかかえて座っている空間があります。これが「オーケストラ・ピット」又は「オーケストラ・ボックス」と呼ばれる場所。多くは壁も床も真っ黒に塗られていてとても暗いので、ドイツの劇場で「オーケストラの墓穴」と呼ぶくらいです。ところがオペラが始まると、そこからは美しいオーケストラによる音楽が奏でられ、その伴奏によりオペラ歌手たちが歌うのです。
なぜオーケストラ・ピットは、客席平面でなく、建築構造的にもわざわざ面倒な一段と低い深い場所に造られたのか?理由は、二つ考えられます。
一つには、オーケストラ奏者が客席平面上の舞台前面で演奏すれば、舞台上の出来事を鑑賞するのに視覚的に邪魔。二つにはオーケストラの規模が大きくなればなるほど、歌手の声をかき消す可能性が出てきます。オペラ発祥の初期であるルネッサンス期にはほんの数名に過ぎなかった奏者の数も、弦楽器が増え、木管楽器(オーボエ、フルート等)が加わり、金管楽器(トランペットやトロンボーン、ホルン等)が加わる様になれば当然、音量もかなりのもの。その音量と歌手の声とのバランスを取るためにもオーケストラ・ピットは深く地下に潜ることになったと考えられます。
その頃に、前回お話したカストラート歌手たちが、専門化した高い技能をもって、その機能を拡大していったオーケストラとの競演を可能にしたのです。カストラート歌手以外の男性歌手たちは、カストラート歌手たちの陰に隠れてはいたものの、当初は脇役としてその歌唱技術を高めていき、やがて女性歌手と男性歌手がそれぞれの個性を発揮しながら共演する現代オペラの基礎が出来上がったのです。

2002年東京二期会『フィガロの結婚』伯爵役の筆者 撮影:鍔山英次
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2016/11/16

水曜エッセー「オペラ羅針盤」第3回  文化・芸術

オペラ羅針盤多田羅迪夫(たらら・みちお 声楽家・東京藝術大学名誉教授)
                       
魅力的なオペラの「ズボン役」

日本の伝統芸能「歌舞伎」には、男が女を演じる女形があり、「宝塚歌劇団」では、倒錯的魅力の男装の麗人たちが、共に人気を得ていますが、宝塚の「男装の麗人」のルーツが実は「オペラ」にあることをご存じですか?
オペラには、女声歌手が若い男性に扮して歌い演じる「ズボン役」があり、その起源は、中世ヨーロッパの「カストラート」の時代にまで遡ります。ヨーロッパの教会ではかつて女性が聖歌隊で歌うことを許されなかった時代の名残として、今でも聖歌隊のソプラノとアルトは少年が担当する伝統が続いていますが、その少年たちの未熟さをカヴァーするために、「カストラート」が存在していました。少年時代に手術によって去勢された男性歌手で、大人になっても声変わりせず、驚異的な歌唱技術と音域を保ち、妖しい魅力を放ちながら男性役と女性役の双方を演じてカリスマ的人気と勢力を誇っていたのです。19世紀以降、カストラートは非人道的として廃れてゆくのとは逆に、世俗の劇場(芝居とオペラ)では禁制が解かれた女性たちが進出。それまでのカストラートに代わって女性歌手が若い男性を演じ、倒錯的魅力を放つ「ズボン役」が登場するようになりました。モーツァルト「フィガロの結婚」で伯爵夫人に恋する若い小姓ケルビーノがその代表的な例です。
私が11月に出演する、リヒャルト・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」にも魅力的なズボン役である「作曲家」が登場します。台本は、詩人で劇作家のホーフマンスタール。
このオペラは、ウィーンの金持ちの邸宅の祝宴で、新作オペラを上演するはずが、イタリアの道化師たちの出し物と同時に上演せざるを得ないはめに陥るという設定です。
シュトラウスは、芸術の理想を掲げる感受性豊かな若き「作曲家」役に、かのモーツァルトのイメージを重ねていたのでしょう。
私の役は執事長で、金満家のパトロンのきまぐれな無理難題を、芸術家たちに大仰に伝える語り役。ウィーン国立歌劇場の看板歌手として活躍したエーリッヒ・クンツや、2012年バーデン・バーデン祝祭劇場では、往年の名歌手ルネ・コロが演じていました。


追伸
リヒャルト・シュトラウスが、自分の夫婦間の浮気疑惑に基づくいざこざをオペラにした「インテルメッツォ」に主演した際には、その歌詞の多さに驚かされましたが、今回は日々愉しみながら台詞と格闘しているのです。

2004年『インテルメッツォ』(日本初演)ロベルト・シュトルヒ役 撮影:竹原伸治

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2016/11/16

水曜エッセー「オペラ羅針盤」第2回  文化・芸術

オペラ羅針盤 多田羅迪夫(たらら・みちお 声楽家・東京藝術大学名誉教授)

オペラの訳詞上演と、字幕スーパーによる原語上演

近年、劇場に字幕が普及し、知らない原語のオペラも気軽に楽しむことができるようになりましたが、私がドイツの歌劇場で歌っていた70年代は、オペラは多くの観客の母国語である、ドイツ語の訳詞上演で上演されることが当たり前でした。
私の滞欧した時代は、字幕スーパーの技術が現れる前でしたから、国際化の進んだ大都市では原語上演、地域に密着した地方都市は母国語のドイツ語による訳詞上演と、上演方式が混在していて、演目によっては訳詞上演も成果をあげていたのです。
しかし、専属歌手として在籍した劇場で、ある時プッチーニの代表作のひとつ「ラ・ボエーム」を上演することが発表されました。「ラ・ボエーム」は、貧しい芸術家達とお針子ミミとの青春群像を描いた叙情溢れるメロドラマ。私たち歌手にとってドイツ語で上演するのには大いに抵抗がありました。「蝶々夫人」をはじめ、甘く流麗な旋律で、後期ロマン派のイタリア・オペラを代表するプッチーニの作品を、ごつごつした言葉のドイツ語で歌えば、音楽との密接な効果が伝わりにくいことが歴然だからです。
私たち歌手は、劇場支配人に掛け合い、イタリア語で歌わせて欲しいと団体交渉し、支配人は、各幕の前にドイツ語による寸劇を挿入する事で妥協してくれました。
その事が後になってドルトムント歌劇場「ラ・ボエーム」にゲスト出演した世界的プリマ、ミレッラ・フレーニさんと共演できるきっかけになったのですから、あの時、原語のイタリア語で歌うように掛け合って良かったなぁと思います。彼女の名唱を間近で聴けただけでなく、公演後ご一緒に食事をしたり、様々な話をすることが出来た幸せな体験となりました。
 帰国後も小澤征爾指揮「ヴォツェック」は、訳詞上演で標題役を歌い、同じ小澤指揮のヘネシー・オペラ「さまよえるオランダ人」では、ジョゼ・ヴァン・ダムとのダブル・キャストでの原語上演と、訳詞上演と原語上演の過渡期を経験しました。先般亡くなった蜷川幸雄さんの演出で、終幕の昇天の場面でオランダ人とゼンタが手に手を取ってピアノ線で吊り上げられたことなども懐かしい思い出です。


写真¬ 1992年3月『さまよえるオランダ人』 東京文化会館
指揮:小澤征爾 演出:蜷川幸雄
 オランダ人:多田羅迪夫 撮影:林喜代種

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2016/11/16

水曜エッセー「オペラ羅針盤」第1回  文化・芸術

2016年10月16日から5回にわたって水曜エッセー「オペラ羅針盤」を、しんぶん赤旗
文化・学問欄に掲載して頂きました。
数年前から時々、作曲家についての原稿を依頼され書いたのがご縁で、「オペラについて、何か面白いエッセイを書いてください!」と、今回の連載のお話を学術・文化部の大井民生さんから頂きました。短い随想ってなかなか難しいものですね。あれも書きたい、これも書きたいと、つい長くなって削るのに苦労しましたが、とても楽しい経験でした。


オペラ羅針盤 

多田羅迪夫(たたら みちお)東京藝術大学名誉教授・声楽家 
たたら・みちお(声楽家・バスバリトン)香川県出身。東京藝術大学大学院修了後渡伊。M.フレーニなど著名歌手と国際舞台で多数共演しドイツの歌劇場専属歌手時代を経て帰国。オペラ、
オラトリオのエキスパートとして内外で活躍中。東京藝術大学名誉教授。二期会会員 


一筋縄ではゆかない役

「オペラ歌手!」というと皆さんは誰を思い浮かべますか?伝説の歌姫マリア・ カラス、キング・オブ・ハイCとして活躍したルチアーノ・パバロッティ。世界的スター歌手プラシド・ドミンゴは、声種をテノールからバリトンに移し、75歳を過ぎた今も現役でオペラを歌い続けています。
私の声種はバスバリトン。『カルメン』の闘牛士エスカミーリョやドン・ジョヴァンニのような色男役もありますが、オペラの中では、主に血気に逸る若者を諫める賢者、恋敵、悪役など一筋縄ではゆかない陰翳深い役を担当します。
私がドイツの歌劇場の専属歌手を経て帰国し、83年に二期会オペラで最初に歌ったのは、ワーグナー『ジークフリート』アルベリッヒでした。 地底に住むニーベルンゲン族の主で権力の指環を手に入れる激しい役です。弟ミーメ役にベルリン・ドイツオペラでも活躍したホルスト・ヒースターマンも招聘された密度の濃いプロダクションが話題となり、翌年には故朝比奈隆指揮『ラインの黄金』アルベリヒや『神々の黄昏』でも悪役のハーゲンに出演。小澤征爾指揮『ヴォツェック』では、精神異常をきたし殺人を犯すヴォツェック役、故若杉弘さんの指揮では、ヴォツェックに人体実験をする医師役を歌いました。その間、ポーランドで『袈裟と盛遠』の盛遠、フィンランドで『お蝶夫人』の領事シャープレスなども歌いましたが、当初は強烈な性格俳優の印象が強かったかもしれません。
マイク無しの生声で歌うオペラには、強大な音量のオーケストラを突き抜ける鍛錬した声が必要です。92年小澤征爾指揮『エディプス王』で共演したソプラノのジェシー・ノーマンの声は、それまでに経験したことのない超弩級の声でした。あの立派な体躯から発せられる豊かな声を聞くと、天賦の才とはいえ、人間の声の限界を忘れさせてしまうものです。しかし、大多数のオペラ歌手の声は、長い忍耐の時間をかけて広い音域とムラのない共鳴を訓練によって獲得するのです。
これから私のオペラの経験をもとに、オペラについての様々なお話しをすることにしましょう。


1996年東京二期会『ワルキューレ』ヴォータン
撮影:鍔山英次

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