新潟市から80キロほどしか離れていない柏崎刈羽原発。
2007年7月の中越沖地震で深刻な被害に見舞われ、その後、東京電力や国・県の機関による調査や安全性の検証が重ねられてきました。そして今、東京電力は再開に向けた軌道試験へと大きく踏み出そうとしており、国の機関もこれを追認しています。
原発の近くに暮らす者にとって、そしておそらくさらに広い地域の人々にとって、今、きわめて重要な状況が眼前に迫っています。
そうした中、新潟県が原発に批判的な視点を持つ学者も入れて設置した技術委員会小委員会での議論は、集約局面においても決着がつかず、両論併記で中間的な報告がまとめられています。特に慎重な立場の専門家メンバーからは、極めて重大な警告が提起されています。
こうした議論を徹底的に尽くし、さまざまな疑問点や問題があますことなく解明されるべきだと考えます。
そして、仮に県の技術委員会での議論が分かれ、そのどちらも決定的な証拠や充分な検証がないとすれば、自治体の施策としては、予防原則、すなわち安全側に立って進められるべきです。
さて今日(3/4)、県が主催し、技術委員会での議論の論点整理を県民に説明する会が開催されました。
まず、不十分な形ではあれ、僕らが要求してきたことでもあった、「新潟市ほか何箇所での県民説明会開催」を実現した県当局には敬意を表したいと思います。事務方も論点や会場でのやり取りを充分勉強した上での仕事でした。
今日の技術委員小委員会の学者の発言で印象的だったのは、「われわれも今回の地震ではじめてわかったことがたくさんあった。これは地震学の観点でも、原子力安全確保の観点でも、非常に多くの知見が得られた」という意味の言葉でした。
念のために付け加えておくと、この先生は客観的・冷静に発言されていたと思います。これを取り上げて非難するつもりはありません。
ただ、この「はじめてわかった」ことというのは、今回の地震のメカニズムそのものの類の話らしいわけですが、ということは、今回の地震は、「はじめてわかった」ようなシステムで発生し、それがたまたま大事故に至らなかった許容範囲の中に留まっただけの話だということ。あらためて、そうなんだ、と思いました。
では、またもやその時点で「はじめてわかった」ようなことが起き、それがその許容範囲を超えたら?
想定をどんどん拡大すればキリが無い、という反論もあるかもしれません。しかし実際に「はじめてわかった」ような事態が起きた場所であり、しかもそれが環境や社会や人々の健康に重大な影響を及ぼすような場所なのだから、万にひとつの不安も排除するよう徹底的な検証が重ねられるべきです。
そもそも、「耐震偽装」「食品偽装」事件などでは、設計基準や食品基準に満たないことが発覚した建物や食品は、取り壊されたり回収されたりしています。それらが現実に崩落事故や食中毒事件を起こしていなくても、公的な「基準」というものはそういうものなのです。取り壊しや回収に当たって、今回の原発のようにあちこちいじくり回して「いつまで住めるか」「いつまで食べて大丈夫か」などと細かい「検証」や「調査」はおこなわれません。
建物の崩壊や食中毒も大変な事態ですが、ことは原発であり、事故が起きれば深刻さは比ではありません。なぜ原発だけは、こんな大甘の扱いなのでしょう?
そして、県の技術委員会での議論が終結していない段階で、国の審査機関や当事者である東京電力が再開に向けた起動試験へと大きく踏み出そうとしていることは、住民の安全と安心、生命財産に責任を持つ立場から技術委員会を設置し議論を進めている新潟県の立場を軽視したものです。地方自治の観点から見ても看過できません。
仲間達がさなざまな取り組みを進めています。
今回、近藤正道・参院議員事務所と「原発からいのちとふるさとを守る県民の会」共同で「柏崎刈羽原発再開してはいけない20のQ&A」が作成されました。実は僕は編集でかなり関わりました。原子力資料情報室はじめ関係方面の多くの協力もいただきました。
好評です。
御覧ください。
(バージョンの更新に伴うリンク不具合修整しました)
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「柏崎刈羽原発 再開してはいけない20のQ&A」最新版

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