2008/9/30

シルヴィア・クリステル 対 SMAP  映画

 シルヴィア・クリステルの顔を見るのなんて、いつ以来だろう。フィービー・ケイツがやたらかわいい『プライベート・スクール』(1983)が最後か、『エマニュエル』(1984)が最後だったか。
 どちらにしても超感激。またしても昨日放送の「SMAP×SMAP」のことである。
全然関係ないが、番組でも紹介のあった、稲垣吾郎の映画初主演作はクリステルの『プライベート・レッスン』(1981)のリメイク。クリステル版の撮影は後のヤン・デ・ボンだ。
 
 私の中には、あのお美しいイメージのまま残っているが、さすがに寄る年波を隠しようのない御姿。けれど、身のこなしが実にエレガントで感動する。まさに淑女の風情である。
 何となくフランス人っぽいけど、実はオランダ人ということは知っていたが、英語を話すのでちょっと驚く。確かこの方は数ヶ国語を操るんだっけか。

 シルヴィア・クリステルといえば『エマニエル夫人』(1974)というのが、世界中の共通認識だろうが、私にとっては何といっても『夜明けのマルジュ』(1976)だ。時期的には『続エマニエル夫人』(1975)の次。大好きな映画の1つである。
 妻の死の衝撃から、娼婦の肉体にのめりこむ男の悲劇を描いて、内容はともかく、性描写が何ともかんとも刺激的で忘れがたい。今思い出しても、想像だけでまだイける。
 男はジョー・ダレッサンドロ。娼婦がもちろんシルヴィア・クリステル。
 この映画でのいくつかのセックスシーンで、ダレッサンドロがクリステルの足の指をなめまくるシーンがあり、子ども(なんでだ?)の私はここに何よりの衝撃を受ける。
 率直な所、めちゃくちゃ羨ましかったのだ。私の性感覚がどこか歪んだのは、この映画のせいかもしれない。未成年者にポルノグラフィを見せてはならぬ、何よりの理由である。

 そんなことはともかく、パリの娼屈のすっきりしないじめついた情景描写など、『夜明けのマルジュ』は、エマニエル・シリーズ以上に価値ある作品である。
 この孤独を癒すには、とりあえずセックスに溺れるしかない! という男のどうしようもなさを、ダレッサンドロがなぜか名演技を見せるし、何しろシルビア・クリステルの美しさがただごとじゃない。顔の、もそうだが、それ以上に身体の。
 男の愛撫に100%身体を委ねきる、シルヴィア・クリステルのよく伸びた、しなやかな裸身!(涙)

 その昔、エマニエル三部作の三本立てを2回通して、つまりは6本分を飽きず観ていた、愚かで哀しい高校時代が懐かしい。そんなバカなことをやって、何が楽しかったんだろうか。『続エマニエル夫人』までは好きだったが、『さらばエマニエル夫人』はどうにもつまらなくって、けれど、そこで劇場を出ちゃうと、『エマニエル夫人(成人版)』をリピートできないから我慢して観たりとか。今はなき高田馬場パール座のこと。
 この劇場は、毎夏エマニエル三本立てをかけるのが恒例だったのだ。

 『チャタレイ夫人の恋人』(1982)も、同名小説の映画化を何本も見たが、女優の美人度においてはクリステル版がダントツだろう。パスカル・フェランの『レディ・チャタレー』は確かにすばらしかったが、半身不随となった夫クリフォードの、絶望的で悲壮極まりない嫉妬の炎は、クリステルくらい絶世のセクシー美女でないと、やはり表現しきるのは難しかろう。ジュスト・ジャカンの演出が、それをしそびれているのは、また別の問題だ。

 芳賀書店のスターアルバム「シルヴィア・クリステル」を紛失してしまったのが悔やまれる。単に製本がぶっこわれて、ついにバラバラになってしまったんだが。
 おそらく、私の人生で最も繰り返し眺め、かつ活用した書物である。

 そんなクリステル様との、たぶん20年ぶりくらいの再会は何とも感激だった。
 なお、番組内で現在の仕事を語っており、今では舞台俳優の他、アニメ作品の監督もやっているんだとか。番組で少し映像が流れたが、いつかどこかで観てみたいものである。

 ところで、折しも10月のシネマヴェーラでは、『夜明けのマルジュ』がかかる。必見。

2008/9/29

ポール・ニューマン  映画

 昨日は『トウキョウソナタ』に我を忘れていたけれど、ポール・ニューマンがとうとう亡くなったのだった。
 しばらく前から、闘病中との報道に接していたし、80以上の高齢ということもあって、そろそろマズイかなと思っていたが、やはりこの9月26日に逝去された。83歳だった。
 まさか、私が一昨日のダイアリーで『タワーリング・インフェルノ』のことなど書いたからだろうか・・・。

 俳優としては後述するとして、ポール・ニューマンの何よりすばらしいところは、“Newman’s Own”という食品会社の創業者だったということだ。
 ニューマン家のレシピをもとに、サラダ・ドレッシングからスタートし、これが大成功したことによって、様々に商品を増やしていった。
 私なんかは、アメリカに行くたびに、“Newman’s Own”のスパゲティソースを買って帰ったものだ。スーパーマーケットに行けば、いくらでも売っている。ポール・ニューマンの似顔絵をあしらったもので、とっても目立つ。正直なところ、味はもう1つなんだが。

 このNewman’s Ownは、ポール・ニューマン自身がどこかで、「俳優業よりもよほど成功した。映画に出るよりはるかにもうかっている」と語った記憶があるが、空前の大成功を収めたブランドとなった。1982年の創業時から、オーガニック原料を使っていることが売り物で、いわゆる自然食のはしりだったようにも思う。
 そして、何よりすごいことは、この“Newman’s Own”の成功によって、ポール・ニューマン自身および、会社は1セントも利益を受け取っていない。なぜなら、収益の全額は全世界数千にわたる慈善団体に寄付されているからだ。
 その総額は、82年の創業以来、ざっと2億5千万ドルにも達する。素晴らしい成果ではないだろうか。

 そのNewman’s Own。創業者を失って、企業そのものはどうなるんだろうか。ふと気になったので、公式HPをあたってみた。すると、サイトはポール・ニューマンの追悼記事のみとなっており、コンテンツのすべてはクローズされている。
 一読、ポール・ニューマンへの敬意に満ちた、すばらしいトップページになっていると思った。ぜひ、アクセスしてもらいたい。たぶん期間限定だろうから、あるいは、このページをデータ保存しておいてもよいかと思う。
http://www.newmansown.com/

 50年代に映画デビューしたポール・ニューマンは、スタジオシステム崩壊後のハリウッドの荒波を真っ向からかぶる形で登場した。
 ほぼ同期のマーロン・ブランド、ジェームズ・ディーンと並び評されることが多いが、彼らと同様にアクターズ・スタジオから出た俳優としては、ブランド、ディーンのような神経症的な暗さがない。そこに魅力がある。

 私自身が、ポール・ニューマンの映画をリアルタイムで観ているのは、『世界崩壊の序曲』(1980)以後だ。
 映画初心者としては、ポール・ニューマンというと超大御所というイメージがあったので、「あれっ? こんなB級映画に出ちゃっていいの?」という印象の映画だったが(当時はどちらかというと、ジャクリーン・ビセット目当てだった)、翌年の『スクープ/悪意の不在』から、『アパッチ砦 ブロンクス』そして、『評決』と続くあたりで、あれは何かの間違いなんだとわかった。そしてついに、オスカー獲得の『ハスラー2』に至り、さらには、テネシー・ウィリアムスを見事に映像化した監督作品『ガラスの動物園』へ。

 その間に『スティング』、『明日に向って撃て!』を名画座に追いかけ、『熱いトタン屋根の猫』、『ハッド』、『ハスラー』、『引き裂かれたカーテン』などの、5〜60年代の傑作、秀作群を可能な範囲でクリアしていった。
 痛恨にも傑作の誉れ高い『左きゝの拳銃』や、初主演作『傷だらけの栄光』は、いまだに観るチャンスに恵まれてない。

 私自身は、ポール・ニューマンは、誰か彼レベルの大物と、「共演」の形で出演したときにもっともよいものができるように思っている。
 ロバート・レッドフォードとのコンビは言うまでもないのだが、『ハスラー』のジャッキー・グリースン、『暴力脱獄』のジョージ・ケネディ、『タワーリング・インフェルノ』のスティーブ・マックイーン、そして極めつけが、『ハスラー2』のトム・クルーズ・・・。

 単独主演作はもちろんのこと、実力の拮抗する共演者と組んで、いい成果をあげることのできる俳優を、私は最高だと考えている。
 アクターズ・スタジオ出身の俳優だけに限定してもいい。それができる俳優が、ポール・ニューマン以外に誰かいるだろうか。誰もが、個人的なパフォーマンスの勢いで押して、共演者とのコラボレーションには案外無頓着なのではないか?

 好きにならずにいられぬルックス、ハリウッドにあって50年もの長きにわたり、ジョアン・ウッドワードと添い遂げる愛情の深さ(ジョアン・ウッドワード主演の『マイ・ライフ』という忘れ難い映画もあった)、先述の“Newman’s Own”での無私無欲の社会活動。
 実際に会ったこともないのに、そんなことを断言できようはずもないが、この人ばかりは本当の意味でよい人だったんじゃないかと思う。
 そしてそれを信じさせてくれた、ハリウッドスターとしては唯一の人のように感じる。ご冥福を。

2008/9/28

『トウキョウソナタ』  映画

 黒沢清『トウキョウソナタ』
 映画史上最高傑作・・・。という言い方にリアリティがなければ、日本映画史上最重要作と言い直そうか。なんだか決定的な1本を観てしまったような気がする。
 ただしここに保留をつけておきたい。その重要さは、911以後の世界であり、バブル崩壊以後の虚構の景気回復下で細々と、けれどそこそこの幸せは享受できてしまう、盤石なしの日本現代社会だからこそ意味がある。
 
 このような映画が、作られなければいけなかった現代を、私は深く怨む。こんな映画が生まれてしまう現代日本が心底憎い。
 あまりにも巨大な傑作を観てしまったとき、蓮實御大に映画を学んだ(つもりの)者としては、その映画を観るために世界の飢餓はあったのだ、とか、その映画が生まれたならば、この戦争も無駄ではなかったとか、たとえばそうしたレトリックを使ってしまいかねない部分がある。
 
 けれど、父が父らしく、母が母らしく、子が子らしく、家族が家族らしく、人が人らしく、国が国らしくさえあってくれれば、本来、『トウキョウソナタ』のような映画は、登場する必要がなかったはずなのだ。
 今の日本の混迷は、こんな映画が生まれてしまうほどに病みきっている。そこを振り返らなければ、私たちは人として生きられないし、そもそも観たい映画を観られなくなってしまう。本当にマズイ、このままでは。

 せめて10年後、『トウキョウソナタ』なんて映画があったね。いい映画だけど、今から思うと、ほとんどギャグだねと、笑って振り返られるような家庭を、国を、社会を作らなければいけないのではないか。
 急いで付け加えると、『トウキョウソナタ』という「映画」そのものは、時代がどう変わっても永遠不滅の傑作だ。けれど、この映画に身の凍るようなリアリティを感じ続ける限り、私たちの住んでいる社会は絶望的だと思うべきだ。

 途中何度も涙をこぼしたが、映画の中で響きわたるドビュッシー「月の光」を聴きながら涙が止まらなくなり、劇場が明るくなっても嗚咽が止まらず、劇場を出てもそれでも泣けてしまい、あまりにも恥ずかしいので、朋輩・天津啓士郎さんにでたらめな携帯メールを送りつけてお付き合いいただき、周囲の目をごまかす。

 不思議な偶然から、今日はうちの奥さんの誕生日。帰宅後、例年よりも少しだけ心をこめ(たつもりで)、家族4人で彼女のバースデーをお祝いする。

2008/9/27

バンク・オブ・アメリカと映画について  映画

 ここ数日来の金融危機。市場経済を極限まで進めた“あの”共和党政権下で、AIGに対しFRBが資金融資、つまり公的資金を投入することで、なんとか破綻を防いだが、それに先立ってリーマン・ブラザースの破綻が報じられたのが、9月15日ごろ。
 それとほぼ平行して、メリル・リンチ破綻を救済するような形で、バンク・オブ・アメリカが出資を決定。どこの社員も今ごろ身も心もボロボロだろう。わかるわかる。

 というわけで、急に新聞の経済面をにぎわせたバンク・オブ・アメリカ。
 もう退職して10年以上たつし、さすがに時効だと思うのでベラベラしゃべるが、実は私は大学を出てから8年間、このバンク・オブ・アメリカの社員だった。

 動機はごく単純で、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をよく観ている人は知っていると思うが、最後の最後、マイケル・J・フォックスが「未来」から還って来たとき、「確かに戻ってきたんだろうな!?」という表情で、彼が真っ先に見上げるのが、このバンク・オブ・アメリカの看板―ロゴマーク―である。
 話の中で、マイケル・J・フォックスが1955年に飛んだとき、このバンカメ・マークはまだ針金で作ったような、かなりしょぼい作りのもの。有名なスケボー・アクションのシーンで、その店舗の前を横切るときに確認することができる。
 その同じ店舗が30年後の1985年にはすっかり新しくなって、ロゴも変わっているというわけだ。

 これを観た私は、卒業後の進路として、バンク・オブ・アメリカへの就職を決断する。
 というのは30%くらいウソで、まああれこれ個人的な事情があるわけだが、それはともかく、「映画」とバンカメリカは切っても切れぬ関係である。

 たとえば、新入社員が最初の研修で真っ先に聞かされるのが、この会社の本社ビル(サンフランシスコ)は、一度ぼうぼう燃えたことがあって、それは『タワーリング・インフェルノ』で盛大に燃えたあのビルである、ということだ。(実際に燃やしたのはセット。入口部などのロケに使われている)
 それから、『ダーティ・ハリー』のオープニング。イーストウッドが、スコーピオからの脅迫状を受け取るあの屋上は、その本社ビルでロケされている。おお。

 また歴史的には、ウォルト・ディズニー最初の長編アニメ、『白雪姫』の製作資金繰りに難儀していたウォルトに、まだラフなデモフィルムを見ただけで、成功を直感した当時のマネージャーが、異例の出資を決断。完成に一役かったということ。

 それから、やはり『風と共に去りぬ』の膨れ上がる予算に、すべての銀行が首を横にふる中、資金集めに難儀するセルズニックを救済したのもバンク・オブ・アメリカ。
 『白雪姫』以来の縁で、50年代にウォルトが世界最大のテーマパークを作るんだと言い出したとき、メインバンクとしてフル支援したのもそう。弊社がなければ、ディズニー・ランドの誕生はあり得なかった。ひいては、ウォルト・ディズニーの成功も。
 ざっと、こんなことを、研修で自慢たっぷりに聞かされる新入社員の心中いかに。(今はどうか知らない。念のため)

 これらも今となっては懐かしい思い出だが、昨夜の『朝まで生テレビ』の「激論!天下分け目!?日本の政治」は、こういうご時勢でもあり、久々に面白かった。
 特に最後の方で、こうしたアメリカ金融界の再編成のことを議論しているとき、自民党・世耕弘成が、三菱UFJによるモルガンスタンレーへの出資について、これはモルガンのノウハウを獲得する絶好の機会だ。貸し渋りが横行する国内市場で、中小企業への利息算出やらの有効な技術を手に入れられるんだから、みたいなことを言うので、目が点になる。

 さすがにそんなたわ事は、他のパネリストに木っ端微塵に打ち砕かれていたが、モルガン・スタンレーによる「中小企業」へのバンキングノウハウ???
 世耕氏が自民党の知見を代表する訳では無論ないが、この金融をめぐるスケール感(スケール感というよりは、単に業種というべきだが)のあまりの不在に、とりあえず自民党による経済政策は絶対に、何がなんでも徹底的にダメだと確信できる一幕だった。

 しかし、この金融危機はかなりヤバイ。それにしてもブッシュの任期切れ間近のことでよかった。仮に支持率が高い頃だったら、適当に大義名分をでっちあげ、イラク以外のところでも大規模な戦闘を準備し、かつ実行していただろう。もちろん、まだその不安がなくなったわけではないが。

2008/9/26

見えない権力  ノンセクション

 HPのことでは、本当にめげてしまい、がっくりきているのだけど、それはそれとして、大塚英志+東浩紀『リアルのゆくえ』(講談社現代新書)でも読もうと、マクドナルドに入り、コーヒーを注文したところ、120円と言われて、「えっ! こないだまで100円だったよね!」と、ああ、マクドナルドさえもコーヒー100円を維持できないご時勢か、ドトールのコーヒーも半年くらい前に、180円から200円に値上がったのにと、ますますがっくりきて『リアルのゆくえ』を読み始めたところ、しばしば東氏が「見えない権力」の例として挙げる、マクドナルドでは店内が混んでくると音量を上げるらしい、するとうるさいから客は出て行く、そのように混雑度をコントロールしている(P.21)と、そのあたりを読むか読まないかのところで、店内にビートルズの「カム・トゥゲザー」がかかる。

 「うむ! いい曲だ!」と、しばし読書をやめて聴き入ってしまったところ、続けて「サムシング」がかかる。まさかと思ったら次に「マックスウエルズ・シルバー・ハンマー」だ。
 なんと、ビートルズ『アビイ・ロード』全曲か!

 なるほど、これは新しい手段だ! だいたい夜中近くのマクドナルドは、ファミレスもそうだが、私みたいに読書を始めたり、書き物をしたりの、コーヒー1杯で何時間も居座る客がほとんどだ。
 けれど、店内は必ずしも混んではいない。むしろガラガラだ。そんな中で音量を上げたら、客によっては「下げてくれ」とクレームをつけるだろう。
 そういう客をさっさと追い返すには(追い返す理由があるのだ。なぜならマクドナルドのコーヒーは店舗により異なるが、おかわりが自由だから。)、素晴らしすぎる音楽をかけて、読書や勉強の邪魔をすることだ。すごいアイディアだ!

 まんまと私はそれにはまる。『アビイ・ロード』を全曲かけられてはたまらない。読書をあきらめ、すごすごと家に帰って来てしまう。(で、自分で新しくコーヒー入れて飲んでいるのだから大笑いだ!)
 私は音があると、何にも読めない、何にも書けない人間だ。(その点、スターバックスなんかは、実に実に人畜無害な音楽がかかっているので、何にも気にならないのだけど)ましてや、『アビイ・ロード』が流れている中で、作業などできるものか。
 すごい。マクドナルドの見えない権力、恐るべし。

2008/9/25

AOLの「マイプレイス」  ノンセクション

 こ・・・困った。
 私はこのダイアリーの他、ホームページを2つ持っていて、1つはこんな書きっ放しの無責任な日々の記録でなく、自分なりに決定版として書いたものをアップした正式HP。
 http://members.aol.com/Nanba85008/ 
 それから、自分なりに心血注いだつもりの『ロン・ハワード論』の全文。
 http://members.aol.com/Studyronhoward/

 これらは、AOLの「マイプレイス」というサービスを使って運営していたのだけど、そのサービスがこの10月31日で終了するという案内が来た。
 しかも「何卒ご理解賜りたくお願い申し上げます」とか、かなり一方的な通告。もちろん、あれこれ検討した上での顧客発信だろうから、やむを得ないが、まるで代替案なし。ただ10月31日以後は使えなくなるから、データは各自で保存しておけと。
 
 ちょっとあんまりだなと思う。私はきちんとAOLにお金を払って、これらのサービスを使っていたんだし、いくらなんでも突然で一方的すぎはしないか。
 AOLの「マイプレイス」でHPを作っていた人間はごくわずかという判断なのだと思うけど、実際に使っていた者にとっては、いくらなんでも影響度が大きすぎる。
 
 それなりに、育ててきたHPでもあり、また別の会社を探して、新しいURLを取得し、またゼロから構築することの莫大な手間と時間を、保障しろとは言わないが、少しは考えてほしいものだと思う。

 我ながら驚くが、かなりのテキスト量でもあり、これらを再アップロードするとなると、どれだけ日数がかかるんだろう・・・。
 なんだかかなりめげる。どうしたものやら・・・。

2008/9/24

『幸せの1ページ』とトーキング・ヘッズ  映画

 そんなわけで、きのうとりあげた『幸せの1ページ』。
 きのう書いた後すぐ、眠りにつきながら、いや言葉が足りなかった、実はものすごくすばらしい映画だった、と自分の中でますます熟成してきた。ので、書きそびれたことをもう1つ。

 主人公のニム(アビゲイル・ブレスリン)のお父さん(ジェラルド・バトラー)が、研究目的で遠洋に出かける別れ際(その晩に嵐に遭って遭難する)、一人で家を守ることになるニムに、「パーティなんかやるんじゃねーぞ」と釘をさす。
 パーティをやるなと言われて、やらない子どもはアメリカ映画の主人公じゃない。もちろん、ニムはお友だちの動物たちを集めて大パーティをやる。
 そのときニムがかける音楽が、トーキング・ヘッズの“Stay Up Late”。実にナイス。

 この曲はトーキング・ヘッズが1985年に発表したアルバム“Little Creatures”の収録曲。このアルバムタイトルも、微妙に映画の内容にマッチしている。“Stay Up Late”の曲名も、夜更かしして騒ぐニムのBGMとしてバッチリだしね。

 80年代に入ったトーキング・ヘッズの音楽は、アフリカン・リズムがベースの、ワールドミュージック色がますます濃厚になってくる。
 ニムのお父さんは、海洋学者として実績ある知識人でありながら、脱アメリカして無人島暮らしをする人物なわけで、そんな人物にとって、トーキング・ヘッズというのはジャストフィットだろう。ニムのお父さんは、間違いなくトーキング・ヘッズのファンだろうというのが、ごく自然に感じ取れる。ニムはパパのCDを勝手に出してきたのだ。芸が細かい。

 そういえば、トーキング・ヘッズが“Little Creatures”を発表した翌年の86年には、ポール・サイモンが南アフリカの音楽を吸収して、大きく方向転換した大傑作アルバム、“Graceland”を発表している。
 これは名盤の評価も高かったが、一方で当時は、アフリカ音楽を搾取したという批判もあったと記憶する。
 
 ちなみにトーキング・ヘッズつながりでいえば、リーダーのデヴィッド・バーンがブライアン・イーノと組んで作った、超ウルトラ傑作アルバム“My Life in The Bush of Ghosts”が1981年に発表されている。
 これも、世界各国のさまざまな音源をサンプリングしたアルバムで、タワレコのフリーペーパー「Intoxicate」の最新号Vol.75で、畠中実さんがこのアルバムについて少しだけ触れており、発表当時はやはり他国の音楽を簒奪したものという非難があったことを伝えている(私自身はこのアルバムについて当時どんな論評があったか記憶にない)。
 けれどもファンクも十分に流布した現在では、そんな議論が浮上することもなくなった。そこも背景として押えておかないと、なかなかこうした映画の、こういう場面にトーキング・ヘッズは流せない。

 ちょうどトーキング・ヘッズやポール・サイモンらを通じて、ワールドミュージック熱が高まっていた80年代半ば。ニムのお父さんなんか年代的に、もろその頃いちばん熱心に音楽を聴いていた年齢じゃないかと想像できる。トーキング・ヘッズなんて、後の汎世界的科学者の音楽趣味として実に自然だ。(ジェラルド・バトラーは1969年生まれらしいので、1985年時で16歳。どんぴしゃだ。)

 こんな連想は無意味な妄想かもしれないが、映画世界がやたらにふくらむので、とても大切なことだと思う。そしてそうした連想の幅を持たせるというのも、映画監督としては必須のセンスだと信じるわけで、マーク・レヴィンとジェニファー・フラケットの夫婦監督。今後は要チェックなのだ。
 夫婦名義ではこれが監督デビュー作。マーク・レヴィンの単独監督作としては、2005年に『小さな恋のものがたり』という作品があるようだ。脚本がジェニファー・フラケット。日本未公開作だが、DVDはリリースされている模様。これは確認せねばなるまい。

 ちなみに夫妻の脚本家としての最新作は、ブレンダン・フレイザーの3D『センター・オブ・ジ・アース』(監督はエリック・ブレヴィグ〜初監督作みたい)。突然、私にとって重大注目作として急浮上。
 ノーマークなところ、突然こんな逸材が出てくるから、アメリカ映画はものすごい。

2008/9/23

『イントゥ・ザ・ワイルド』,『TOKYO!』,『幸せの1ページ』  映画

ショーン・ペン『イントゥ・ザ・ワイルド』
 アメリカ大陸を描くカメラマンとして、監督ショーン・ペンが選んだのはフランス人のエリック・ゴーティエだった。デプレシャン、アサヤス、シェローを手がけたカメラアイだ。カラックス『ポーラX』も手がけている。
 このセンスにまずは喝采だろう。だからとは言わないが、いたずらに「雄大な大自然」など撮らないところがまたいい。なぜなら、この映画は「風景」を発見しようとする映画ではなく、人との「関係性」そして「内面」を探求する映画なのだから。

 太陽は人の心を陽気にするが、アラスカの寂寥は人を打ちひしがせる。けれど、その寂寥をこそ主人公は選ぶ。太陽光の中で主人公は人に出会い、心を通い合わせ、水と一体化し、ときには人と人をつなぎさえする。しかしそうした、人との豊かな出会いも、寂寥の中へと自らを追いやる1つの過程(あるいはイニシエーション)にすぎなかった。
 そして、主人公は最後に「英知」を得るわけだが、それは太陽光の下での経験があったからこそだ。だから主人公が最後の刹那に見つめるのは、厚く冷たい空気に遮られた太陽光なのかもしれない。

 アラスカの荒野で、主人公は巨大なヘラジカと出会う。そのいかにも「出会ってしまった」という、エミール・ハーシュの一瞬の表情が、見事に素晴らしいのだが、それを撃ち、解体し、長期的食料用に薫醸しようとして果たせず、おそらくこのとき彼の命運は決まる。
 シカは都会の彼が扱うには巨大すぎる。見当違いかもしれないが、ヘラジカをついに食用に使いこなせなかったことに、彼の大自然に対する敗北のメタファーを見る。
 
 個人的に重たく響いたのは、主人公の妹が出て行った兄のことを語る独白で、「私にも便りをくれなかったのは、やはり傷ついた」というようなくだりだ。
 両親に対する反感なら、家を捨て、家族を捨てた理由として納得できるが、しかし自分には? という妹の疑問。
 主人公は旅の途中で、ヒッピー一家の娘と出会い、ほのかな恋心を通わせる。この少女(クリステン・スチュワート ―超かわいい―)と、妹(ジェナ・マローン)が心なしか似ているところに、演出の繊細さを見る。
 少女は彼とのセックスを求めるが、主人公は「待ってくれよ、君は何歳だい?」とか、冗談めかしてそれをやんわり押し留める。そこに微妙な彼の心理が透けてみえる。
 
 大胆さの中にも、神経の行き届いた繊細さの宿る、見事なショーン・ペン作品だと思う。

レオス・カラックス『TOKYO!』
 『汚れた血』では、デヴィッド・ボウイの「モダン・ラブ」にのせ、思い出すも劇涙ものの大疾走をやった、若く美しきドニ・ラヴァンは、『TOKYO!』では醜い地下の怪人として、通行人に無礼の限りを尽くしつつ、真昼間の銀座大通りを激走する。しかも、何と伊福部「ゴジラ」の畸形な変拍子のテーマにのって。なんだ! このイメージは。

 そして、地下下水道に眠っていた、旧日本軍が遺した(!)大量の手榴弾を手に、渋谷西口の歩道橋を渡りながら、あたりかまわずぶん投げる。
 かつて『ポン・ヌフの恋人』では、破裂する花火がポン・ヌフ橋を美しく彩ったが、渋谷の陸橋では手榴弾が次々と破裂し、死体の山を作り上げる。
 恐るべしドニ・ラヴァンとカラックス! わかっているのか。今、破壊しているその歩道橋を渡らなくては、かつて君たちのデビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』を上映した、旧ユーロスペース(現・渋谷シアターN)には行けないんだぞ?
 すべてを破壊しつくすカラックス。健在なり。

 1つだけ。一瞬とはいえ、香川照之をまったく無人の渋谷交差点で走らせたポン・ジュノには感心した。よく撮ったなとびっくり。無人のタイムズスクエア周辺で、トム・クルーズを走らせるキャメロン・クロウ『バニラ・スカイ』のスケールには及ばないとはいえ。

マーク・レヴィン/ジェニファー・フラケット『幸せの1ページ』
 実は、事前情報まったくなしに、ジョディ・フォスターが出ているという理由だけで観たので、児童小説が原作の、無人島に住む父娘のファンタジーとはまったく知らなかった。
とても感動した。これなら子どもたちみんなに、ぜひ見てもらいたいと思った。

 海洋学者の父と2人で、無人島に暮らす少女ニム。友だちはトカゲやアシカ、ペリカンなどの動物たち。ある日、研究のため遠洋した父は、その晩の嵐のため行方不明になる。そんな中ニムは、メール通信をしていた冒険小説作家ローバーに助けを求める。けれどローバーの実の姿は、ただの外出恐怖症の女性だった。冒険小説作家ということから、ニムは彼女のことを強くたくましい男性と思い込んでいるのに。しかし無人島で1人になったニムを救うべく、ローバーは恐怖症を克服して無人島に向かう。というお話。

 人を救うことで、自分も救われるという王道。難を言えば、ニムとローバー(ジョディ・フォスター)が心を通わせるあたりの演出が、ちょっと性急に過ぎる感があって、やや残念だけど、ここぞという奇跡の瞬間のいくつかを心ゆくまで見ることができる。

 監督の2人は夫婦だそうだ。いくつかのシーンで、間違いなく宮崎駿の影響があり、相当勉強しているとみた。あまり期待してなかった所、思いがけず巡り会えたうれしい傑作。

2008/9/22

ジャン=ピエール・リシャール『マラルメの想像的宇宙』  

ジャン=ピエール・リシャール『マラルメの想像的宇宙』(田中成和・訳 水声社)読了
 この1ヶ月、ぶっ通しで読み続けだった。2段組約700ページ以上。重たくて持ち歩くのがとてもつらく、面白半分に重さを量ってみたら1.05kgだった。

 本来ならこうした本は、1年くらいかけてじっくりと精読すべき論文なのだと思う。しかしそんな時間の余裕はないので、とにかく吸収して、その方法論だけを消化する。

 いわゆるヌーヴェル・クリティックの大著。その特徴は、訳者のあとがきに詳しいが、一番重要だと思ったのはここ。

 「ヌーヴェル・クリティックは作品から構造を抽出しようとするが、その手がかりとなるのはテーマである。テーマを取りだす判断基準は統計学的頻度でなく、主観であるべきだとリシャールは考える。」(P.723)

 「統計学的頻度でなく、主観であるべき」の部分。
 というのは、「いかなる批評行為も作品に対する純粋な共感から出発しているからであり、その共感があるからこそ、読者の独創性が作家の独創性と重なり合うのだ。」
 このあたりはまったく同感で、それこそ「共感」できるし、目指したいことではあるが、けれどそうしたことは、ずっと蓮實御大の著作を通して学び続けてきたことである。
 
 このべらぼうな大著を論評するには別の場が必要だし、そもそも技量が足りないからやらないが、たとえばリシャールのこんな美しい論評。
 「と泉のこのほとんど相互的な関係、泉としての足の柔らかな先端に要約される肉体に秘められている、はてしない液状の豊饒さ、おそらくマラルメが、愛のもつ無尽蔵の富のすべてを、このきわめて単純な四行詩のなかでほど巧妙に暗示したことは一度もない・・・。」(P.138 太字は私の勝手な細工。この後の引用も同)
 リシャールが、「マラルメのエロティシズムのもっとも純粋な部分が」凝縮されていると語るその四行とは、

 メリーよ、あい似かよった一年が その時の流れのなかで
 同じ夏にいま火をつける
 だが あなたは あなたの祝福された足が
 水を飲みにゆく泉を若返らせる
のだ。

 確かに美しい。これは本書の第三章「愛の夢想」から。
 こうして、「夜の経験」、「変身の形象と段階」から、やがて第九章「光」という、見事に刺激的な章まで、マラルメの詩はもちろん、書簡のすみずみまで参照しつつ、リシャールのやや過剰ともいえる共感、過剰ともいえる言葉が、各種テーマを浮き彫りにしていく。
 到底、真似などできるものではないが、徹底的な対象(マラルメ)への接近を果たした、その共感の強さにおおいに触発される。

2008/9/21

吉田秋生『海街diary1 蝉時雨のやむ頃』  

 ようやく来月10日に、2巻の発売が予告されたのを機に、買いっ放しで1年以上が経ったけれど、吉田秋生『海街diary1 蝉時雨のやむ頃』(小学館)を、遅ればせで楽しむ。静かに感動。
 これだけのレベルの、大人の味わいをもって物語を紡いでくれるマンガ家は、今本当に少なくなってきている。というか、たぶん皆無だ。

 鎌倉に住む3姉妹。幼い頃に家を出て行った父親の訃報が、突然舞い込む。葬儀に参加。父親の最後の妻と初対面する。そして、その父親が家を出るきっかけとなる女性との間にできた子ども、まだ中学生の少女との出会い。それを機に同居。血の絆が少しずつ1つところに集まってくる。

 吉田秋生の作品はみなそうだが、場の空気を読むことの重要性が、正しい主人公の正しい行いによって描かれる。昨今は「場の空気を読む」という言い方をすると、その場の状況を敏感に察して、余計なことは言わずに口をつぐむ、もしくはその場の意見に同調することを指すことがもっぱらだが、そうではない。吉田秋生にあっては、その場の空気を読むことで、最善のアクションを起こし、最善の発言を行うのだ。
 『海街diary』の物語では、多くの場合その役割を、今では看護師として働き、子どもの頃から2人の妹の役を担ってきた、(担わざるを得なかった)長女の幸が請け負っている。

 ひとつひとつの最善にして最良のアクションや発言に対し、英知に満ちた吉田秋生の筆が、最良の反応を描写するとき、そこに生きている人々が真実の動きを始め、読者である私たちは、人としての最も正しいあり方を教わることができる。
 人の心を正しくとらえて、正しくそこに触れてあげること。触れられた人が、それに対してそれ以外にない反応を示すとき、物語上はしばしば「予定調和」となる。しかし、それは帰納法の考え方であって、人生というのはあくまで原因があって結果のある、演繹法で観察されるべきだ。
 この作品に描かれた、1つ1つの営みをきちんと読むとき、私たちは間違いなく1つ上の次元の人間になれるように思う。もっと言えば、この中の営みに影響を受けなければいけない。十分に成熟した大人の作者が描いた、そうしたことの全てを鑑賞する喜び。
 
 代表作『BANANA FISH』の完結から早や14年。吉田秋生は今なお、他の追随を許さぬ最高の作家ではないだろうか。



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