2009/6/30

The Man by Paul & Michael  マイケル

 休みます。
 今、頭の中で鳴っているのはこれ。
 http://www.youtube.com/watch?v=fsrcZvNLiTM&feature=related

 快晴の空の下、フリスビーかなんかやっているような、そんなスポーティで爽快な歌。
 今となっては、誰かとデュエットしている曲がなんだかとても安心するね。独りで演奏しているのを見ると、逆に痛々しい。

 パソコンの前に座るのが、すごくしんどいのだけど、いつまでもこうしているわけにいかないので、明日あたりは無理にでも復活しようと思います。

2009/6/29

マイケル・ジャクソンとE.T.  マイケル

 しつこいようだけど、まだマイケル・ジャクソンに対する喪失感が残っていて、どうにもこうにも…。
 本当ならば、土曜に観た、ウディ・アレン『それでも恋するバルセロナ』とユーロスペースのキェシロフスキ特集の『平穏』のコメントを書きつけるべきなんだけど、なんだか興がのらない。
 決してつまらなかった訳じゃないんだけど(まさか!)、映画を見ながら、どうしても頭がマイケルのことにシフトしていっちゃって、まるで集中できない。

 何か、これを超えるもっとすさまじいものを観なければならない、と、自室の棚をあさると、ついつい『カラー・パープル』のDVDなんか手にとってしまって、うわ、この音楽はクインシー・ジョーンズじゃないか、とか。
 そういえば、その昔、『E.T.』のストーリーを、マイケルが朗読した、「E.T.ストーリーブック」なんてレコードが出たっけ。
 ずいぶん聞きこんで、英語のヒアリングのレッスンにしたけど、いかんせんレコードなので、その後CDでの再発もなく、紛失したままだ。
 これを機に復刻されたりとかしないだろうか。
 まだ、東急ハンズの向かいくらいにあった頃の渋谷タワー・レコードで買ったのだった。

 そういえば、土曜日に渋谷に行くと、タワーレコードの方は、きちんと店頭と店をすぐ入った所に(26日のダイアリーの写真参照)、マイケルコーナーを作ってあったが、HMVの方は特に何もなかったなと。

 そうと意識したことはなかったけれど、タワーレコードの方が駅から離れてるのに、HMVにはほとんど足を運ばず、タワーの方ばかり行くのは、きっとそうした微妙な、店のニュアンスによったんだろうなと、思いがけぬところで納得する。
 そういえば、HMVでは買い物したことがないので、ポイントカードも持ってないや。

 それはともかく、自分の中で何かの整理がつくまでは、ひょっとしたら更新を休むかもしれません。ちょっと、ぽっかり穴があいちゃってます…。
 エヴァンゲリオンを観に行けばいいのかもしれないけど、まださすがに、ほとぼりが冷めるまで、しばらくは劇場に行くのが怖いし。

2009/6/28

差異の象徴としての、ファラ・フォーセット  映画

 2晩たってもなお、マイケルを失った痛みが残り続けているが、こっちも触れぬわけにいくまい。
 マイケルの訃報と同じ日、ファラ・フォーセットの死去も報道された。
 折しもライアン・オニールが結婚を正式に申し込み、ファラがそれを受け入れてくれたという、報道があった直後だっただけに、これもまた驚いた。

 もちろんライアン・オニールとしても、余命はあとわずかと知っての事だったろう。ただ、その声明から逝去までが、こんなにも短かいということを予想していたかどうかは預かり知らぬことといえ。

 彼女は残念ながら映画への転身には、成功し損ねたというべきだろう。個人的には、当時、世界最高のセクシー美女と言われつつ、『スペース・サタン』(1980)で見せたバストが、当時中学生でやる気満々だった私の目にさえ絶句せずにいられぬ、信じがたい貧乳だったことが原因だろうとは考えている。
 有名な『サンバーン』(1979)ポスターの、男の劣情を刺激せずにおかぬ、白いウェットスーツの下にはどんなパラダイスが待っているのだろうかという、私を含め、世界中の男どもの期待を木端微塵に打ち砕いた、あれは作品だったはずだ。
 なお、『スペース・サタン』の監督は、最晩年のスタンリー・ドーネンだ。

 その彼女の胸に関していえば、長い年月の後、ロバート・アルトマン『Dr.Tと女たち』(2000)で再会することができた。が、ここでのバストは当時とはまったく別の意味になる。それをさらすよう指示したアルトマンの残酷さは恐るべしだが、その時点では、バストの貧富の差はもはや問題とはならない。

 しかし、そうしたことは別としても、TVシリーズ『チャーリーズ・エンジェル』を降板し、映画界への転身をはかった連続出演作、『シャレード79』(1978)に続く上記2本。本人の意欲と裏腹に、これが中学生の私の目さえごまかせぬお粗末さだったことは、いかにも無念だった。
 そして、ここで私のファラ・フォーセットに関する記憶は、完全に終了する。
 私の個人的な思い入れは、『チャーリーズ・エンジェル』は、ファラの妹という設定で、新たに加わったエンジェル、シェリル・ラッドに100%向かっている。
 もっとも、今も昔も一番好きなエンジェルはジャクリーン・スミスだ。

 けれど、ファラ・フォーセットは、まだ映画を見始めたばかりの、中学生の私にとって、アメリカ人男性が本気で熱狂する「偶像」というものの、かくある姿だった。彼女を通して、日本国内と海外のイメージギャップというものの存在をイメージできるようになった。
 おそらく、ファラ・フォーセットを通して、柄谷行人が言うところの「差異の感覚」というものをつかむことができたのだと思う。
 というのは、ファラ・フォーセットは日本国内では、必ずしも騒がれていたわけではない。明らかに「日本人」好みのタイプでないため、アメリカで言われるほどの熱狂が、日本にあったかというと、これは「ない」と言わざるを得ない。
 かくして、「日本」と「日本以外の国」というものの、差異に対する居心地の悪さというものが、私の中に育まれていった。

 以上は個人的な思い込みにすぎないが、あるひとときのアメリカの空気を伝えてやまぬ、サブカルチャーの表象であった2人が相次いで亡くなった。
 本当に、ひとつの時代が終了したのだという思いがする。しかも世代的に、その真っ只中の「同時代を生きる気分」を知っている2人だけに、ひときわその喪失感が強い。
 改めて、ファラ・フォーセットさんのご冥福をお祈りします。長い闘病生活、本当にお疲れさまでした。

2009/6/27

共演者としてのマイケル・ジャクソン  マイケル

 やはりこの人の遺産は途方もなくて、後から後からいろんな瞑想が浮かんでは消えていく。ほとんど頭が、マイケルのことでいっぱいだ。
 ジャクソン5時代はもちろん、ソロがすごいことは言うまでもないのだが、他の誰かのサポートとしてボーカルを添えたとき、これがまたいい。

 たとえば、ポール・マッカートニーと共演したこれ。“Say Say Say”。
 ポールとはもちろん、“Thriller”収録の“The Girl Is Mine”があるが、この曲は、ポール・マッカートニーの“Pipes Of Peace”収録曲。

 ポールの創作能力が絶頂だったのが、ビートルズ時代だったかというと、とんでもない。
 私の意見では、この人のピークは“Tug of War”(1982)と“Pipes Of Peace”(1983)の頃だ。
 ジョン・レノンが亡くなって、(そのようなものが仮にあったとして)抑圧のようなものが、すっかりなくなったのか、泉のように湧くメロディの豊かさ、ボーカルの力に至るまでまさに頂点。才気みなぎると同時に、ポールの中のイギリス色が全面に出た頃だ。

 曲の面白さも相まって、これはぜひ堪能してほしい。
 http://www.youtube.com/watch?v=5gWvBXS2t4A
 MTV全盛の時に作られたこの曲のヴィデオは、数あるミュージックヴィデオの中でも、最高傑作のひとつだと思う。
 インチキドリンクを売ってドサ周りをする、ポールとマイケルとリンダという設定。
 物語の愉快さもさることながら、コメディアンとしてもポールはイケたんじゃないかという可能性を感じさせる。
 また、リンダ・マッカートニーが何しろ美しい。そのリンダも、もうこの世の人ではない。
 しかし、何はさておき、マイケルのこの体のキレはどうだ!
 
 それからもう1曲だけ。キャロル・ベイヤー・セイガーと共演した“Just Friends”。
 http://www.youtube.com/watch?v=gTxQ0F0Qcro
 
 キャロル・ベイヤー・セイガーの“Sometimes Late At Night”(1981)収録曲。
 “Thriller”発表前年の曲だから、ボーカリストとしてのマイケルの頂点。
 ちょっとハスキーな、キャロルのメイン・ボーカルを、そよ風のような、としか言いようのないマイケルの天使の声が優しく、しっとりと支えている。
 作曲はバート・バカラック。比類なき名曲。

 マイケルの声が、どれだけ歌を豊かにしてきたか、およそはかりしれない。
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写真:2009年6月27日タワー・レコード渋谷店 特設コーナー 撮影:Incidents

2009/6/26

マイケル・ジャクソン 心からご冥福を…  マイケル

 ダニー・ケイが、映画からTVに舞台を移した60年代。ダニー・ケイ・ショーのある回で、子ども達を舞台に集めて「大きくなったら何になりたい?」と、ひとりひとりに質問したそうだ。
 宇宙飛行士、大統領、などと答える中、ダニー・ケイが、ひとりの黒人の子どもにマイクを向けところ、思いがけぬ答えが返ってきたという。
 「白人になりたい」
 返す言葉の見つからないダニー・ケイ。
 私自身は、この映像を見たことがなく、どこかで聞いたか読んだかしただけなので、正確ではないが、何とも胸の痛むエピソードだ。

 きっと、マイケル・ジャクソンも、そう思っていた子どもだったのだろう。
 そして、大きくなったから、本当に白人になろうとした。

 音楽活動を実質的に終えて以後のマイケルの、形成手術を重ねて、痛々しくも病的で幽鬼のような、白い容姿を報道などで見るたび、私はこのダニー・ケイの挿話を思い出す。
 
 今ではウィル・スミスに代表されるように、黒人であることのコンプレックスなどかけらも感じさせぬ人物が、トップスターダムに君臨する。エディ・マーフィにもその片鱗はあったが、彼の面白さの根本はやはり、隙さえあれば白人を出し抜いてやろうという、コソドロ的な軽みのはずだ。
 マイケルが、ウィル・スミスと時代を共にできなかったのが、本当に気の毒に思える。

 11歳ですでに、ショービジネスの頂点にあったマイケルは、本人の知る所、知らぬ所で、常人では想像もつかぬ搾取と差別と、表面的な栄光の中で、生きてきたろうし、自分の意思など持ちようのない生涯を送ってきたのだろう。
 しかし、ひとたび声を出せば天使になり、ひとたびステップを踏めば、そこにはダイナマイトが炸裂する。

 今、手もとにある“Off The Wall”、“Thriller”、“Bad”、“Dangerous”までの、4枚のアルバムを久々に順に聴いていて、これほど個性的な歌唱力を持った歌手は、確かに空前絶後だと改めて実感する。(“P.Y.T(Pretty Young Thing)”の何たるグルーブ感!)

 マイケルのことを思うと、ついムイシュキン侯爵(白痴)を連想してしまうことがあるが、彼が小鳥のような声で歌う、“Heal The World”を聴くとき、この人はひょっとしたら、本気で自分の歌で、世界に平和をもたらすことができると考えていたのかもしれないと思う。この人の歌には、たとえばジョン・レノンのシニカルさがかけらもない。
 もしあるとすれば、「マイケル」という商品で、本人をはるか凌駕する金銭を搾取しているに違いない、影の「誰か」の存在だろう。マイケルの人生には、そうした「裏」の部分があまりにも濃厚に漂いすぎている。

 だからきっと、ダイアナ・ロスやエリザベス・テイラーのような、年上の女性が拠り所となる。または、もの言わぬペットのチンパンジーや、精神年齢において同等の幼児たち。

 人様の、しかもショービズ界で最大の成功を収めた人物の気持ちを、勝手に斟酌することなどできはしないが、想像するに、不幸な50年の人生だったろうと思う。
 早すぎる死と報道されているようだが、本人にとっては、あまりにも長い人生だったのではないだろうか。そして、ようやくゆっくり休めて、ほっとできたのだと思う。

 けれど、本人の思いをよそに、私たちにはあまりにも見事な音楽と映像の記録が残されている。すべての作品は、何の保留もなく最高のものだ。
 
 追悼のこれ1曲としては、“Thriller”収録のラストナンバー、“The Lady In My Life”を選びたい。これほど、切々と温かく包みこむようなラブ・バラードは他に知らない。
 現世ではおそらく、ついに巡り合えなかっただろう、“我が生涯のレイディ”に、天国で会えているといいんだが。

 心から、本当に心からご冥福を。
 最後に、スティーブン・キング『クリスティーン』から、とっても印象的な最後の数語。これを少しだけもじって捧げたい。

 “Rest in peace, Michael. I love you, man.”

http://www.youtube.com/watch?v=cm-cTvviMRQ
  ↑
  追悼…“The Lady In My Life”


http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=208921
  ↑
  これは本当に涙が止まらない。“Heal The World"



2009/6/25

蓮實重彦「私の収穫」4編 (朝日新聞夕刊)  

 日本語が美しいなどとは、私の場合、めったに感じぬことである。
 しかし、ちょうど今日の朝日新聞夕刊で、「完」の一語の入った、「私の収穫」欄、全4回の蓮實重彦には深い感銘を受けた。
 これは、「評論家」蓮實重彦がたぶん、本気で美文を書こうと意図して取り組んだ、ほとんど最初の短文4編であると思うし、このレベルの人がそうしようと思えば、これほどのが書けてしまうという究極のものだと思った。
 
 この4編は、いずれも幼少期の、それも敗戦前後の時期の筆者が、他の誰かからそっと耳打ちされたたった一つの言葉が、どのような印象を幼心に残したかというものだ。
 1が「日本は敗けますよ」
 2が「赤布で指がひび割れてしまうような厳しい寒さが、あなたにとっては一番良い季節ですよ」
 3が「今日から秋だな」
 4が「また寄らせて貰います」

 さて、この4編を書く上でのヒントがどこにあったかは、およその推理はたつだろう。
 それは、吉田喜重監督による、たとえようもない名文、
 「お預かりできません、見知らぬお人のものは」
 のはずだ。
 敗戦間際、少年時代の吉田監督が、落下する照明弾に追われ、一軒の家にたたずむ見知らぬ女性に、自転車を預かってもらえまいかと頼んだときの、返事が上の言葉である。
 この言葉が少年・吉田喜重に残した印象を綴ったこの名文は、くだらぬ要約を斥けるので控える。

 今回の蓮實御大の4編は、まさにこの吉田監督の文に誘発されたものとみて、ほぼ間違いないのではないだろうか。
得難い体験が、得難い書き手に訪れるとき、得難い名文が生まれる。
 なお、くだらぬ遊戯をしてみると、蓮實重彦4編は各600字強。吉田喜重の一文は786字。(改行字の余白はカウントせず)まずまず同じ字数というのも、どこか胸打たれる。

 吉田監督の文章は『吉田喜重 変貌の倫理』(蓮實重彦・編 青土社)所収。

2009/6/24

四方田犬彦『歳月の鉛』  

四方田犬彦『歳月の鉛』(工作舎) 読了
 『ハイスクール1969』続編。今度は大学生編。東京大学に入って、登場する知名人もぐっと増えてくるので、やはりどうしても、(たぶん)著者の意図をはるかに超えて、ゴシップ的興味は強まる。

 「授業中に「わたしがいずれ文部大臣になれば」という言葉を繰り返すのがおかしくて、何人かの学生が真似をした。」という蓮實重彦(P38)。
 蓮實ゼミの発表では、「人はヌーヴェルヴァーグにヒチコックの影響ばかりを云々しますが、本当に大きな意味をもっているのはルノアールではないでしょうかと付け加えた。」という松浦寿樹(P239)などなどなどなど。

 必ずしも、著者の温かい眼差しばかりが注がれているわけではないが、しかしそうしたことはともかくとしても、羨望すべきは学友と教員たちの信じがたいレベルの高さだ。
 いったいどうして、これだけ問題意識と高い学識を持った人物ばかりが、ひとつの空間に集まっているのか不思議でならない。
 やはりそれが東京大学というものなんだろうか。

 でも、私の大学でも、私自身法学部法律学科だったので、必ずしも専門的な芸術関連のゼミを専攻したわけではないけれど、たとえば一般教養の音楽は、バッハ研究の権威、樋口隆一教授から学んだ。
 門下の学生に実際にピアノを弾かせつつ、数コマかけて行った、「ワルトシュタイン」ソナタのアナリーゼなんかは、実に手に汗握るものだったし、おりしも来日中の、ヴォルフガング・サヴァリッシュを教室に呼んできて、ハイドンについての講義をやらせたりなど、かなり刺激的なものだった。
 
 しかしだからといって、この本に書かれてるように、学生と教授が切磋琢磨するような、そんなことはなかった(だから私に『歳月の鉛』みたいな本は書きたくとも書けない)。
 それは私自身の、交友を広げる能力の欠如であり、やはり生活の設計の拙さにつきるのだろう。もちろん、自分と四方田さんの知力と能力が天文学的にかけ離れていることを棚に上げてもなおのこと。
 いささか劣等感を禁じ得ぬ読書で、やや落ち込む。

2009/6/23

キェシロフスキ・プリズム その1  映画

 これも週末、土曜日の続き。恐ろしく忙しい土曜日だったな。
 
 クシシュトフ・キェシロフスキ特別上映 キェシロフスキ・プリズムより 於:ユーロスペース

『地下道』 (1973/29分)
 日本初公開。地下道内商店街のショーウィンドウの中だけで展開する、野心に満ちた夫婦間のドラマ。キェシロフスキ事実上の第一作。
 妻の愛を取り戻そうと、夫は奮闘する。しかし夫はどうしても理性を捨てきれない。彼はどうしても責任というものを捨てられないが、そんな夫をこそ妻は嫌ったのだ。ある意味、酷だ。
 狭い空間の中で、手持ちカメラは窮屈に対象をとらえて揺れ動く。しかし、見つめるべき時は、対象をしっかり見つめて微動だにしない。このバランスと集中力が見事。
 空間の狭さが、固く閉ざされた彼と彼女の心を表象しつつ、何か遮蔽物を通して、見る/見られるという、きわめてキェシロフスキ的なテーマがすでにはっきりと表れている。

『初恋』 (1974/52分)
 日本初公開。ドキュメンタリー。まだ18歳の少女が、まだ20歳の恋人との間で、結婚前に妊娠し、出産するまでの記録。
 婚前の妊娠に、しかも産むという決断に、世間の眼はあまりに厳しい。
 常に受付を拒絶される2人という構図の中に、その後のキェシロフスキの重要なテーマがやはりある。バッハのフルート・ソナタにのせて、それでも少しずつ周囲の理解を勝ち取りつつ、見事に出産までを描く。
 実際のお産をフィルムに撮るにあたり、対象への敬意を忘れぬキェシロフスキらしく、近づきすぎず、離れすぎず。すなわち、そっと覗くようにそれを見つめる。いかにもいかにもキェシロフスキのフィルムだ。

『スタッフ』 (1975/67分)
 日本初公開。廃校に伴い1年で学業を終え、オペラ座の衣裳係に就職する少年を通して見た、芸術の舞台裏。彼が働き始める初日。職場である舞台裏に溌剌と入っていこうとすると、こっちは出演者専用の入り口だ、と拒絶される。

 キェシロフスキはいつでも、立ち入りを拒絶されることから、話ははじまる。『初恋』の冒頭も、その年で子どもを産むというのは楽じゃないぞ、と、医師からさんざん脅される少女の姿から始まり、住居からも立ち退きをせまられるのが、冒頭だ。
 その冒頭では、忙しく立ち働く舞台スタッフが、大きな書き割りの看板を持って歩いていたりなど、『青の愛』や『赤の愛』のイメージがすでにある。そして鏡も。

 私はこの文の最初に、「少年を通して見た」と書いたが、より正確には、舞台裏を見つめている少年の姿を見つめた作品、と書くべきだった。
 少年は積極的な態度を認められ、党執行部に迎えられるが、ひとたび、立ち入りが受け入れられたとき、別の不自由が待っている。
 衣裳係のチーフらしき人物と、出演者との感情的トラブルをめぐって、不本意ながらに報告書を書かされる少年。

 彼を見つめるカメラが、やはり彼を覗くようにしてある。
 最初期の短い作品は、どれも後のキェシロフスキ的なタッチが、より明瞭かつ鮮明に提示されている。実に明晰だ。

2009/6/22

『愛を読む人』、『お買い物中毒な私!』  映画

 週末の続き。
スティーブン・ダルドリー『愛を読む人』
 偶然なのだと思うが、この映画のヒロインは、『チャップリンの独裁者』でポーレット・ゴダードが演じたヒロインと同じ名前を持つ。ハンナという名だ。
 ナチスによるホロコーストを中心に、ユダヤ人とドイツ人という、それぞれのヒロインは、語られる声によって生きる力を呼び覚まされるという共通点を持つが、それだけであって、まあそれ以上でもそれ以下でもない。

 くだらぬことを書いたが、しかし、『愛を読む人』の事実上の主人公である、人間失格以下の、性格破綻した薄情者の少年を好きになることは難しい。
 主人公の性格を好きになれないことは、映画の評価と関係ないが、前作『めぐりあう時間たち』があまりにも素晴らしかった、スティーブン・ダルドリーに対する期待が大きすぎたせいだろうか。この映画にはおおいに不満だった。

 というのも、交錯する時間と時間の連関が、うまく作れていないからだ。前作で、あれほど巧みに描き分けた時間軸が、ここではほとんど感情の持続に役だっていない。
 この過去があるから、この未来があり、この未来があるからには、この過去があったという、宿命的な時間把握がほとんどなく、あまりに分断されすぎているためだ。この少年への共感が燻蒸されずに終わるのは、そのせいなのだろうと思う(正直、行き当たりばったりの印象さえ受ける)。

 ただ、前半50分ほどの、ケイト・ウィンスレットとの愛欲の連続に、さすがに飽きてきたところ、ばたりと場面が変わってブルーノ・ガンツが登場。まるで別の映画のように画面が引き締まった。この人の出演シーンは実にいい。すごい役者だ。

P・J・ホーガン『お買い物中毒な私!』
 劇場に入ってしまってから、自分がなぜこの映画を観に来たのかわからなくなったが、オープニングタイトルで思い出した。そうだ、ジェリー・ブラッカイマー製作だからだ。
 ブラッカイマーは、アクション超大作のプロデューサーというイメージがあるが、ごくたまに、小規模な女性主人公のドラマを作る。そして、それが案外悪くない。

 その歴史は『フラッシュ・ダンス』(ジェニファー・ビールス 1983)に遡るが、『デンジャラス・マインド』(ミシェル・ファイファー 1995)や、『コヨーテ・アグリー』(パイパー・ペラーポ 2000)、『ヴェロニカ・ゲリン』(ケイト・ブランシェット 2003)といったあたり。

 このうち、ジェニファー・ビールスとパイパー・ペラーポは、きっと何かのパーティで、ブラッカイマーがうっかり手をつけてしまい、楽しい一夜を過ごした勢いで、ついつい契約書にサインしてしまって、一本主演映画を作ってしまったとか、そういう流れに違いない(根拠なし)。(ただし、『コヨーテ・アグリー』は本当に悪くない)
 で、今回の『お買い物中毒な私!』のヒロイン、アイラ・フィッシャーもきっとそのクチなのだ(根拠なし)。
 どんな厚手の服を着ても、隠しきれぬほどの、すさまじい巨乳がこの女優の最大の強みのようだが、ブラッカイマーもそれについ目を眩ませたのだろう。男はどれだけ金と地位があっても、巨乳には勝てん(根拠なし)。

 ひたすら騒いでるだけの、いや、騒いでることはいいんだが、あまりにセンスのないこの映画はさすがに空しい。うっかりした。

2009/6/21

村上春樹『1Q84』  

村上春樹『1Q84』(新潮社)読了

 今や世界一。国境はおろか、かなりの数の言語、ほとんどすべての人種、イデオロギー、宗教を貫いて読者を獲得する作家だというのに、そうした自意識から100%自由であることに驚く。確固たる信念(スタイル)の持ち主とは、これほどまでに、自分の「ヴォイス」を貫けるものなのか。

 「デタッチメント」と「コミットメント」。
『アンダーグラウンド』から使われ始めた、この村上的キーワードは、前者が世界との接触面積を可能な限り小さくすることで、生の満足を得ようとする方向性と、それとは逆に、しかるべき事柄を前にして、この世界に生きることの責任を全うすべく、世界との接触面に鍵をかけぬことで、生をより納得する方向性が後者だとひとまずまとめておく。

 前者の代表は『ノルウェイの森』であり、後者の代表を『神の子どもたちはみな踊る』だと、これもひとまず過程しておく。
 そして、それぞれの方向性は「私たち」の圧倒的な共感を得、これこそ「私たち」のライフスタイルの理想として、ある種のモデルになり得ていた。
 どっちがベターというのでなく、1人の人間には両方のベクトルがあって、「デタッチメント」(以下D)でいられたらこれにこしたことはないが、「コミットメント」(以下C)せずに生きることの後ろめたさ…、とまでは言わないにせよ、その生には、どこか欠落感を伴わないでもないという、胸の奥のどこかで感じるかすかな痛み。

 そうした、1人の人間の中に生じるだろう、魂の引き裂かれが、村上春樹が発展させてきた執筆歴だったとして、これまでは個々の作品ごとに、「D」の作品または「C」の作品、と分類できたものが、1編の長編の中に「D」と「C」の両方が共存したらどうなるか。
 最高傑作になるのだ。

 『1Q84』の主人公は2人。青豆と天悟。
 Dの生き方で自足していた青年、天悟は「空気さなぎ」なる奇妙な小説のリライトを引き受けることで、めくるめくCの生き方へと放り出される。
 そして、同年齢の女性、青豆は、必ずしも本意でないながらも、Cの生を全うしているが、それを貫いた結果、全てを切り離され、絶望的にDの人生を余儀なくされようとしている。
 
 DからCへ向かう天悟と、CからDへ向かう青豆。避けることのできぬ運命によって、それぞれ逆の地点へと向かうが、この2つの交錯するその一点に、「幸せ」というものは、あるべきはずなのだ。たぶん。

 今、私の手もとにある、『ノルウェイの森』の金色に輝く帯には、「100%の恋愛小説」と書かれている。
 『1Q84』もまさにそうだ。二番煎じを承知でコピーをつけるならば、この本は「100%の純愛小説」だ。
 「愛」? 村上春樹にあってこの本には、はっきりと、明確に、躊躇なくきっぱりと、「愛」という一語が書かれている。登場人物が「愛」を口にする。
 天悟と青豆。DからCへ。CからDへ。この2つのベクトルが衝突するまさにその時、私は本を読んでいて、久々、嗚咽しながら涙をこぼしてしまう。

 『ノルウェイの森』で流させられた涙の量は、『1Q84』で初めて越えられた。



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