2010/1/31

『オーシャンズ』  映画

 ジャック・ペラン/ジャック・クルーゾ『オーシャンズ』
 子どもたちを連れて見物。この映画の、保護者同伴なら中学生以下の子どもは、500円均一という興業は本当にありがたい。子どもを映画館に連れていく垣根を下げてくれる。

 次々出てくる海の動物たちの、いわゆる「驚異の映像」は確かにすごい。
 何万匹もいるイワシの大群に、イルカの群れが襲いかかる。さらに空からは何匹もの水鳥がミサイルのように襲撃し、次々と捕食される。これはすごいと思って見ていると、とどめをさすかのように、今度は超巨大クジラがやって来て、一飲みにされる。
 イワシの群れにとっては災難だが、この二重、三重にたたみかける、スペクタクルの呼吸は、ジェームズ・キャメロンさえ連想させる。

 ということを語ってもしかたがないので、鑑賞後、マクドナルドで子どもたちとランチを食べながら、確かに今日の映画はすごかったけど、動物たちを撮るためにカメラがあって、その後ろに人間がいるんだということを忘れないでね、という話をする。

 たとえば、映画が始まって、海イグアナが海の底を泳いでいて、それがどんどん海面に向けて上がっていったよね。でも、海の底から顔を出す瞬間は海の外から撮ってた。ということは、あのイグアナが顔を出すのを、カメラはこっちから待っていた、ってことで、そんなことできるだろうか。
 となると、海面に向けて泳いで行ったイグアナと、次の瞬間に海から顔を出したイグアナは、別のイグアナかもしれない。といった、解説をしておく。

 映画の終わりの方で、博物館にあるたくさんの剥製を前に、フランス人の老人が子どもに、「これらの動物たちは、みな絶滅した種だ。これも、これも、これも」と語りかけるのだが、この場面について、下の子ども(小3)がこんな感想を述べる。
 親バカっぽいが、たいへん感心したので書いておくと、
 「これも絶滅した、これも絶滅したって言いながら、人間がそれしゃべってるから、人間も絶滅するってことじゃないのって思った」
 
 このコメントは見事である。映画は決して、そう思わせるようなモンタージュはしていなかったので、たぶんそう感じられるのは映画監督の想定外だと思う。
 でも、小学3年生のこのコメントは、大人でもなかなか発想できない、立派な「批評」になっている。
 「この映画の感想文を書かされたとして、お前がもしそう書いたら、パパは1億点と花二重丸あげる! 立派である!」と言ってやる。
 とても愉快に思ったので、マクドナルドに隣接するゲームセンターで、満足するまでUFOキャッチャーをやらせる。負けるな娘(中1)。

2010/1/30

『ラブリー・ボーン』、『ユキとニナ』  映画

ピーター・ジャクソン『ラブリー・ボーン』
 素晴らしいと思った。
 いかにも、カミュやヘッセを愛読する母親(レイチェル・ワイズ)と、ボトルの中の模型帆船作りを趣味とする父親(マーク・ウォールバーグ)の間に生まれた娘らしい14歳。
 文学好きの母親の子として、想像力が自由に外部に開かれ、瓶の中の完璧な世界を構築する父親の子として、内に確固たる信念を秘める。
 そんな聡明な少女を演じる、シアーシャ・ローナンは前作『つぐない』に続き、すごい演技を見せるが、それ以上に大変な美貌の持ち主だということは、ぜひ言っておきたい。

 瞬間、こちらに向ける眼差しは、もう大スターのそれである。こんな目を持った女優を得ると、監督は彼女をどうしたって「見つめる人」として設定せずにはいられないだろう。
 『つぐない』のジョー・ライトがそうであったように(『つぐない』はまさに彼女が“見た”ことで、彼女の周囲の人生そのものを根こそぎ変えてしまう物語だ)、ピーター・ジャクソンも彼女を「見つめる人」と設定する。
 14歳という、やり残しだらけの少女時代ど真ん中で、不意に命を絶たれた彼女が、遺した生の世界を見つめ、死後の世界を見つめる。そんな彼女の生前の趣味が、見ることそのもので成り立つ、写真撮影であることは当然だろう。

 映画は彼女が見てきたものが、次々と提示される。ピーター・ジャクソンが故郷のニュージーランドを離れ、初めてロケしたというアメリカ合衆国ペンシルバニア州のショッピングモールの空気感(生活感)がとてもいい。
 いかにも週末には、家族・友だち連れで、そぞろ歩くだろう空間なのだ。このいかにも「郊外」、といった生活空間の発見が、製作総指揮スピルバーグの判断によるものかどうか。

 一番かわいかった頃のテイタム・オニールを思わせぬでもない、シアーシャ・ローナンもいいが、実は白状すると彼女の妹を演じた、ローズ・マクアイバーに痛く萌える。
 一番かわいかった頃の(というのはいつだ?)マリエル・ヘミングウェイを思わせぬでもない、彼女の演技に感動させられる。
 彼女をめぐるパートの、サスペンスフルな演出には、実に手に汗握らされたし、彼女もまた「見つめる人」として演出されたことに、ピーター・ジャクソンの確かな感性を見る。
 死んでしまえば、もう体が成長することはない。そんな妹のファーストキスを、「向こうの世界」から見つめるシアーシャ・ローナンが、「妹に先を越された」と複雑な心情を吐露するところはひどく泣かされた。
 
 最近、私に対して非常に怪しからん態度のうちの娘と、この映画のヒロインは同じ歳。あまり自分に引きつけて考えたくはないが、複雑な気分にさせられもした作品である。
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写真:『ラブリー・ボーン』よりシアーシャ・ローナン。それにしても可愛い。いや、いい眼である。画像リンク元

諏訪敦彦/イポリット・ジラルド『ユキとニナ』
 早くも今年のベスト10の1が決定する。少女たちにとっては苛烈な体験だろうが、映画を見るものにとっては、至福の93分。
 両親の離婚。これはまあよくあること。それに伴う住居の変化。これもよくあることだが、仏人の父と日本人の母との間のハーフであるユキは、住む国までも変わるハメになる。

 この映画で、ユキとニナの2人の少女たちは、親との関係をめぐって、共謀し、ケンカをし、そしてまた共謀する。ケンカして絶交状態だったはずなのに、何事もなかったかのように仲直りする、あっけらかんとしたプロセス(というほどのものでもない)には、思わず拍手しそうになる。
 こうした一瞬の空気の変化は、少女を描くことでは随一で、つい先ごろ亡くなりもしたフランス映画界の巨匠の手腕に、まったくひけをとるものではない。
 そして、このがらりと世界が変わるさまは、森の向こうにふいに開ける、「あの」一瞬の驚きで頂点を極める。

 子どもたちが黙々と、自分をとりまく現実を受け止めようと、ポジティブな錯誤を繰り返すのに対し、大人の側は泣いて笑って、抱擁までしてとにかく騒々しくも見苦しい。
 子どもが気持ちを届けようと、言葉にならぬメッセージを盛んに発しているのに、逆に大人の側にそれを受け止めるキャパがない。彼らは自分のことでいっぱいなのだ。

 けれど子どもは、どれだけ自分の周りにある空気が変わっても、変わらぬ反応を示す。それは使う言葉が変わっても変わらない。
 この映画は、着々変わっていく環境と、びくとも変わらぬ子どもの感受性、その一方で見事にうつろう子どもの気分、という絶妙の三重奏に面白さがあるように思った。
 ひたすら見ることによって、描かれた感情と環境との、移り行きの細やかさを感知させられる、これこそ「映画鑑賞」というものだ。 クリックすると元のサイズで表示します
写真:『ユキとニナ』より。この食卓の後ろの書棚に詰められた本が、離婚準備が進むにつれて着々となくなっていく…。画像リンク元

2010/1/29

「ジャック・ロジェのヴァカンス」 その2  映画

 『メーヌ・オセアン』(1985 仏 135分)
 胸を張ってすばらしい。さしたる根拠はないが、冒頭の駅の佇まいと、ライトジャズの音楽が、どこかジャック・タチを思わせつつ、ここから何が始まるのかと画面を眺めていると、列車のチケットを購う長身の女性。
 いや、正確にはこの段階では女性かどうかは、まだ判然しない。すると突然、この人は走り出す! カメラはそれを追う! 何で走っているのか、どこまで走るのか、とにかくワンショットで、カメラはその走りを追いかけていく。

 たまたま居合わせて、偶然カメラに写り込んだ人の何人かは、何事かという表情を浮かべている。やがて、駅のホームまで来たかと思うと、止まっていた列車に飛び乗る彼女。
 さらに驚いたことには、彼女が飛び乗るやいなや、列車は発進する。これにはひっくり返る。こんな撮影を実現するのに、いったいどれだけ精密な距離計算がされたのだろうか。

 この冒頭だけで、この作品にどれほど途方もない「演出」が施されているかは、実証された。しかしそれにしても、そこからの約2時間は驚きの連続である。
 決して終わらぬ、ブラジル女性と2人の駅員との無駄な顧客対応シーンに、突然割って入る女性弁護士。かと思うと、いきなり法廷劇を化し、さらにあれよあれよとロジエ的ヴァカンスになだれ込み、そこから先は主役/脇役という、俗な概念は完全に取り払われる。
 中心人物は、実になめらかに次々と交代する。生きている人々、全員同価値なのだ。

 それにしても、同僚にそそのかされて一緒に休暇に来た港町で、自分にとっては思いもよらぬ連中が、次々と入ってくるのを目でぽかんと追いかけ、「あんぐり」という他ない口を開けてその様を見ている、堅物の駅員の滑稽なさまは、抱腹絶倒だ。
 このあたりの構成、タイミングも大変な神経が払われていると思う。
 そして、取るに足らない人物と思っていたこの人こそが、ラストのサスペンスを一身に担うとは、いったい誰が想像しようか。

 フランス語と英語とポルトガル語が混在し、私の耳にはよくわからないが、どうもフランス語はフランス語でも、複数の訛りも話されているようだ。
 そして、音楽になどなってやしない至福のジャムセッション。何となく合わせてるだけの、でたらめなリズムに、楽器に、和音に、適当に身体をゆするだけのダンス。
 でたらめである。ホークス的ジャムセッションと違い、ここでは「音楽」などまるで立ち上がらない。『アデュー・フィリピーヌ』同様に、恐るべき気長な時間の蕩尽のみがここにある。
 
 「人生は短い」とは言うが、「人生は長い」とはなかなか言ってもらえない。特に昨今は。でもロジエを見ていると、人生は長い。1日は長い。と思わずにいられない。
 ヌーヴェル・ヴァーグというと、どうしても真剣切ってスクリーンと対峙せねば、という気にさせられるが、だらりと映画館の座席に腰をおろして、時間の流れに身を任せられる、これは確実に贅沢な映画である。
 今どき私たちは、こんな時間の使い方をできはしない。

 けれど、『アデュー・フィリピーヌ』主人公の「兵役」に相当するものが、『メーヌ・オセアン』にも登場する。それは、会社の始業時刻だ。
 ロジエは、いつまでも続くかのような無限時間を味わわせつつ、不意に「義務」という期限をつきつける。なぜなら、いつかは「映画」も終わらねばならないからだ。
 きっと同じように、人生も終わるのだ。堪能の上にも堪能。

『ブルー・ジーンズ』 (1958 仏 23分)
 冒頭、ポップミュージックに乗って走る2台のスクーター。ときどき、実に巧みにさりげなく、車上の若者の身ぶりが、音楽のリズムに軽くシンクロする。
 やはり驚くほど計算してるのだ。ロジエという人は。
 トリュフォーは、『アデュー・フィリピーヌ』を指して、「ヌーヴェルバーグの最も成功した作品」と評したそうだが、これを見てその意が腑に落ちる。

 鑑別所を脱走してやがて海に向かったり、自動車を盗んで警官を射殺したり、受験をめぐっていとこを射殺したり、といった青春は、胸に響くかもしれないが、しかしそう滅多にあるものではない。
 けれど、ロジエが描くそれは、どこにでもある、ごくありふれた青春であって、であるが故に「最も成功した」とはなるほど真理。
 決して射精に至らぬ、生殺しな時間がいつまでも続く、すでにロジエの時間は始まっている。

『バルドー/ゴダール』 (1963 仏 10分)
 移動カメラのために敷かれたレールの上を、バルドーの真っ白い素足が踏みつける。この世で最も顔を踏んづけてもらいたいその生足が歩くレールに乗せたキャメラに、フリッツ・ラングが神のような手つきで移動指示を与える。そんな『軽蔑』の撮影風景でのイメージの連鎖に、なぜだかひどく胸が熱くなる。
 同一風景の中に、ゴダールがいて、バルドーがいて、ラングがいて、ピコリがいて、パランスがいて、という嘘のような時間。

『パパラッツィ』(1963 仏 20分)
 そんなバルドーを、何とかカメラに収めようと、パパラッツィたちは『軽蔑』撮影現場のあちこちに忍び込み、いつ来るとも知れぬシャッター・チャンスのために、無為の時間を果てることなく蕩尽する。
 ここでも、バルドーの撮影終了という期限があって、期限切れを示すために、今回も人は船で遠ざかっていく。

2010/1/28

福本清三さんin『ラスト サムライ』  映画

 本日付、朝日新聞夕刊掲載「人生の贈りもの」 斬られ役俳優 福本清三さんのお話。
 福本清三さんは、『ラストサムライ』で、トム・クルーズのボディガード役の侍を演じておられる。

「トム・クルーズさんはさすがに8カ月も日本刀で訓練しただけあって腰が据わって、さまになっているんですよ。「日本舞踏からお茶、着付けまで習った」言ってました。
 合戦シーンの撮影が終わってロケが終了した時です。トムさんが「素晴らしい映画になった。あなたたちがいたおかげだ」って全員の前で話したんです。監督もエキストラも涙流してました。」

いい話だ。

2010/1/26

デヴィッド・フォスター『ヒットマン デヴィッド・フォスター自伝』  

デヴィッド・フォスター/パブロ・F・フェンジェブス『ヒットマン デヴィッド・フォスター自伝』(四方久美・訳 ブルース・インターアクションズ)読了

 私は80年代を通じて、デヴィッド・フォスター全楽曲のコレクションに、精魂傾けていた。今だにCD化されていない曲もあるし、もうずいぶん散逸してしまったが。
 そのデヴィッド・フォスターの自伝が出版されたと知り、慌てて一気通読してしまう。

オリビア・ニュートン=ジョンの声(と顔)が美しすぎる、いかにもフォスターらしい名曲、“The Best Of Me”

 フォスターといえば、70年代後半からアメリカン・ミュージック・シーンのある部分を完全に独占した、作曲家・プロデューサーで、80年代に耳慣れた曲のかなりの部分は、この人が作ったといっていいはずだ。
 そして彼が見つけ出した、いちばん有名な歌手はセリーヌ・ディオンである。

 映画の人にとっては、『アーバン・カウボーイ』で、ボズ・スキャッグスの歌った“Love, Look What You’ve Done To Me(燃えつきて)”に始まり、知らぬ者のない『セント・エルモス・ファイヤー』の音楽で頂点を極め、続いて『摩天楼はバラ色に』で最高のスコアを書き(最高に幸福な時代だ)、『ベスト・キッド2』でピーター・セテラが“Glory of Love”を歌い上げ、『君がいた夏』の音楽が美しいドラマを色どった。
 それから、個人的には関心が薄いが、売上的にはこの人の頂点である『ボディガード』でのホイットニー・ヒューストン曲の数々、といえばピンときてもらえるだろう。

 400ページ近いこの自伝は、70年代から90年代にかけての、音楽史そのものを追体験させてもらえるが、読んでいて驚いたのは、この人の一般的とは言い難い感覚だ。

 というのは、ナタリー・コール『アンフォゲッタブル』と、それに続く『ボディガード』サントラで、彼の商業的頂点を極めるのが、それぞれ1991年と1992年。
 実はその直前まで、フォスター自身はひどいスランプであると位置づけていて、何をやっても売れない時期であると、ひどく落ち込んでいたのだそうだ。

 しかし私の中では、その頃も絶え間なく良曲を量産していて、全然そんな思いはなかった。けれど、本人の意識ではこの時期は何をやってもうまくいっていなかった。だから、本書の第一章は恐ろしいことに「カム・バック」と題して、『アンフォゲッタブル』と『ボディガード』を手掛けた時期のことから始められているほどだ。

 それもそのはずとわかるのは、本書をかなり読み進めてからだ。何しろ彼はこんなことを言う。
「わたしに言わせれば、売り上げが二百万枚なんて(略)失敗作だった。セリーヌ・ディオンのアルバムは、出すたびに二千五百万枚を売り上げていたし、『ボディガード』のサントラ盤は、四千万枚を超すセールスを記録した。それくらいの枚数を売り上げてこそ、はじめてヒットと呼べるのだ」(P.272〜273)
 このように、この人の水準は一ケタ違う。なるほど、それなら80年代終わりから90年代初めにかけてを、スランプととらえるのも納得だ。

 つまりは、本書はこのように、すべてがケタはずれの感覚でいっぱいだ。
 デヴィッド・フォスターの音楽人生は4歳のとき。母親がたまたまピアノの拭き掃除をしている時にたてた音の、キーを言い当てたことに始まる。絶対音感の発見だった。
 そこからは音楽の才能が炸裂し、まさにとんとん拍子。地元の結婚式の演奏などで、13歳の頃にはすでに父親の収入を超えていたという。
 フォスターのすごいところは、すでに自分で近所の家を回って仕事をとってきて、その演奏の腕で金をとって来ていることだ。成功する人物とはこういうものだ。
 そこから先は、めくるめく成功の連続。もちろんそれなりに下積みはあったようだが、あまりにも成功の絶対量が多すぎて、そんな時代など書く余地がない様子だ。

 デヴィッド・フォスターに口出しできる人間などいないので、この本の面白さのひとつは、これまで共演したミュージシャンへの、率直な言葉にあふれていることだ。
 まだ10代で(それもすごいが)、チャック・ベリーのバックを務めているが、その冷酷さに「あの野郎」呼ばわりだし、ミーティング過剰なシカゴに対して苛立ちを示し、あまりにもテイクを重ねすぎる、マイケル・ジャクソンのやり方にも、異議を呈する。

 そもそも、まだ売り出し中の段階でも、彼の妥協を許さぬ態度は並じゃない。
 『シカゴ16』で、初めてシカゴのプロデュースに就いたとき(この時、有名曲“Hard To Say I’m Sorry(素直になれなくて)”が誕生する)、まずは彼に今度のアルバム曲として13曲を聴かせたシカゴメンバーに対し、「新しい曲をもう13曲作り直さなきゃならない」と言い放つ。
 同じことを、最近のスティービー・ワンダーにさえ言ってのける(その後、スティービーは2度と連絡をとってこなくなったそうだが)。
 その妥協のなさはクインシー・ジョーンズから学んだものだというが、クインシーに対しては彼も尊敬の念を隠さない。

 私自身の好みとしては、皮肉なことに最大ヒットとなった『ボディガード』サントラから、これは違うと思い始めた。
 これ以後、90年代後半から2000年代にかけて、セリーヌ・ディオンをスターの座につけたことは別として、アンドレア・ボチェッリとの作業が増え、ジョシュ・グローバン、マイケル・ブーブレといった、美声の男の子たちとの仕事が集中する。これも違う。
 アンドレ・アガシの巧みな言葉を借りると、「わたしたちの生活のサウンドトラック」というべき、80年代の音楽界を彩った状況からは、ズレたと言わざるを得ない。

 デヴィッド・フォスターが、ポール・マッカートニーに対して感じた「自分の素晴らしさをもう一度思い出して欲しい」(P.182)という気持ちそのものを、私もフォスターに対して感じずにはいられない(フォスターはポールのアルバム“Flowers In The Dirt”にも参加している。確かにかなりよろしくないアルバムだ)。

 もちろん、永遠にすばらしいメロディを産み出し続けることなどできはしない。すでに何十曲もの名曲を編み出してきたのだから、これ以上望むこともない。
 それにバーブラ・ストライサンドと、セリーヌ・ディオンのデュエットを実現できてしまうような人物など、他に誰もいないのだ。


そのバーブラとセリーヌとのデュエット曲。何というか、ものすごい曲でものすごい歌唱。“Tell Me”
 デヴィッド・フォスターの曲は、彼自身がもっともよく形容している。
「わたしは、人々が子どもを作りたくなるような音楽を書く人間だ。」(P.272)
 その通りなのだ。
 本書は、そんなデヴィッド・フォスターの音楽が生まれゆく過程を、じっくり読ませてくれる、待望の書物だ。