2010/6/30

加藤義彦 他・編『作曲家・渡辺岳夫の肖像』  

加藤義彦・鈴木啓之・濱田高志 編『作曲家・渡辺岳夫の肖像』(ブルース・インターアクションズ)読了
 素晴らしいメロディをいくつも生んだ、渡辺岳夫に関する、愛情のこもった見事な研究書が出た。見事な考察と、知られざるエピソードでいっぱいだ。

 とにかく腰を抜かすほど驚いたエピソード例を挙げておく。
 『アルプスの少女ハイジ』は、渡辺岳夫の最も重要な仕事の1つとして、あまりに有名だろう。

 そのハイジがおじいさんと住む、アルムの家のすぐ裏手には、3本の木が立っているが、これを3本にするという、極めて重要な設定を行ったのが渡辺岳夫という、衝撃の事実だ。
 正確には、企画・プロデュース高橋茂人との話し合いで決めたそうだが、その証言である。

 「そういえば、あの木を何本にしたらいいか、岳夫さんと話し合ったことがあったなあー。風が拭き抜けるときに出る音は、木を何本にすればもっとも効果的かって。」(P.112)
 
 この「風が吹き抜けるときに出る音」。確かにそう考えると音楽家の仕事なのかもしれない。だが「ハイジ」にあってそうした美術・レイアウトにかかる決定事項は、100%高畑勲/宮崎駿/井岡雅弘の手によるものとばかり思っていたが、さにあらず。
 
 この驚くべき事実は、『アルプスの少女ハイジ』という名作の知られざる逸話、というよりはむしろ、渡辺岳夫という人が、そこまで知恵を巡らせ、内容に踏み込んで、その音楽を考える作曲家だった、と読みとるべきなのだろうと思う。

 そして、本書は渡辺岳夫ゆかりの親族・関係者への、豊富なインタビューや研究を通して、その仕事の内容の深さを浮き彫りにしてくれる。
 特に歌唱指導の現場での渡辺岳夫を、活き活きと語ってくれる、堀江美都子(『キャンディ・キャンディ』)、前川陽子(『キューティ・ハニー』)、大杉久美子(『アルプスの少女ハイジ』)と連投される、3歌手のインタビューは圧巻という他ない。

 特に「キャンディ・キャンディ」の時は、本人もあまりにもその出来栄えに満足したようで、スキップしながらスタジオに入って来て、「これはね、100万枚売っちゃうからね」と言ったという話。このことは、七重夫人も裏付ける。

 それから「♪ 笑って 笑って 笑ってキャンディ/泣きべそなんてさよなら /キャンディ キャンディ♪」の、「ね」のところ。

 この「ね」について、堀江美都子の回想によると
 「あの「ネッ」に関してはレコーディングの時に(渡辺岳夫)先生から、「ここが大事!」って。「このネッで100万枚売れるから」って言われたんですよ」(P.73)と。なるほど。

 アニメ曲のことばかりに触れてしまったが、もちろんTVドラマ(むしろこれが仕事の中心)、映画音楽についてもたっぷり触れられており、しかもそうした情報はこれまで調べようがなかっただけにに、非常にありがたい資料となっている。

 そして本書は、渡辺岳夫のキャリアを、プログラムピクチャーの衰退期に登場しながら、その音楽を独立鑑賞に堪える質にまで高めた。しかしその活動はTVに追いやられざるを得ず、晩年は二時間ドラマの場で、才能を消費させられたのではないか、と位置づける。
 
 その通りなのかもしれない。しかし、56年という短すぎる生涯の中で、1万曲以上を残したという。その足跡を可能な限りたどったのが本書だ。
 もちろん渡辺メロディは、それだけでは成り立たない。優秀なアレンジャーの仕事あってのことでもあり、そのあたりを長年コンビを組んだ松山ゆう二さんの回想が多くを伝えてくれる。
 個人的には『ペリーヌ物語』OPサビ部分の、ピアノの対旋律から、一気に弦楽器に引き継がれて上へ上へと昇っていくアレンジなど、本当に出色だと思う。
 
 私にとって渡辺岳夫の音楽は、モーツァルトのそれに最も近いものがあると思う。
 ことに長調から短調へとあわいを変えていく旋律の見事な手際。
 ピアノに心得のある方なら、たとえば『あらいぐまラスカル』のED「おいでラスカル」(リリカルなピアノ伴奏の素晴らしさ!)、または『ペリーヌ物語』のED「気まぐれバロン」(2管フルートから弦に受け継ぐ見事なアレンジ!)のメロディを思い浮かべつつ、モーツァルトのハ長調ピアノソナタK.545の2楽章を弾いてみるといい。きっと「ああ…」と思うはずだ。



 そして、本書でも時折触れられることだが、あるポイントで一気にオクターブを上下するメロディの特徴。これはリチャード・ロジャースの呼吸にも似る。
 「ハイジ」のED「まっててごらん」を例にとると、「♪もしも 小さな 足音がきこえたら/まっててごら♪」の、「まっ」から「てて」にかけて一気に上がって、次の「ごら」で急降下し、最後の「ん」でもう一度「てて」と同じ音程まで上がっていく。
 こうした音型を、リチャード・ロジャースのたとえば『サウンド・オブ・ミュージック』の「ドレミの歌」以外のどれでもいいから、思い浮かべるとすぐに合点がいくだろう。
 
 本書のどこかにも書いてあったが、その旋律の魅力には必ず理由がある。実際、渡辺メロディは選りすぐりの旋律家の技法を、おそらく意図せず、手に入れているからなのだ。
 
 最後にもう1つだけ。これも堀江美都子が紹介し、プロデューサー青柳弘邦が裏付けたことだが、『ハロー!サンディベル』のアルバム収録のとき、任せた数人のアレンジャーの一人に渡辺岳夫の目がとまった。そのとき、「君はとても才能があるね。僕がこの中の1曲を君に託すから、曲を作ってみたら」と、曲を任せたその若者が、無名時代の久石譲だったそうである。

 巻末には渡辺岳夫その人のエッセイ及び対談を含む。貴重の上にも貴重な書物である。編者、そして出版社には心からの敬意を。

2010/6/29

山田宏一『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』  

山田宏一『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』(ワイズ出版)読了。

 このような名著について描く術を知らない。
 アンナ・カリーナのインタビューで始まり、ラウル・クタールのインタビューで終わる、この本文462ページの大著は、ゴダール作品でいうと『ウィークエンド』で幕を閉じる。
 山田宏一著であるならば、それをどこで終えるかというのは、きわめて批評的な判断が入るはずだ。

 『トリュフォー、ある映画的人生』(平凡社ライブラリー版)はどうだったか。
 これは『大人は判ってくれない』で終えられる。人生=映画であったのであろうトリュフォーであるからには、作品そのものがあるトリュフォーならそれでいい。
 フランソワ・トリュフォーは終生、フランソワ・トリュフォーだった。

 では、『ウィークエンド』で終える本書はどうかというと、その理由を本書の言葉からあえて探すとなると、この作品以後については、「ジャン=リュック・ゴダール」から「JLG」になったからだと言えそうだ。
 すなわち「個人としての映画作家」ジャン=リュック・ゴダールから「集団的創造の象徴、あるいはむしろ、最も純粋に抽象化された「創造」そのものの核」JLGへの変貌である。
 その最後の作品が『ウィークエンド』であり、ここから1968年の「五月革命」へと突入するのだ。
 そしてこの映画を最後に、「二度とこんなに面白い(などと言っては失礼かもしれないけれども)作品をつくることはないのである」(P.386)とまで示す。
 そのことに異論…を述べそうにも瞬間、なるが、しかし十分に納得できるだけの理由はもちろんある。

 そのことはつまり、本書によるとトリュフォーはゴダール作品を「思想の映画」と「感情の映画」と大別し、トリュフォーはその「感情の映画」こそを愛したそうだが、きっと著者とてそれと同じに違いないからだ。そして、それすなわち「アンナ・カリーナ時代」であると。

 歴史は女で作られるという。ゴダールさえも例外でない。アンナ・カリーナを起用する考えは『勝手にしやがれ』からあったそうだ(ジーン・セバーグの役でなく、「ぬぐ」役であったことがアンナ・カリーナへのインタビューで明かされる)。
 「アンナ・カリーナ時代」はゴダールにとっても最良の時代だったのだろうが、山田宏一さんにとっても、それが最良の時代だったのだろうと愚想する。なんといっても本書のタイトルは「わが」アンナ・カリーナ時代なのだ。
 それが『友よ映画よ―わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』という稀有な青春の書の、「わが」という言葉へと連なることは言うまでもなく、こうして『友よ映画よ』に、本書と『トリュフォー、ある映画的人生』を、三角形の個々の頂点にすることで、映画にとって最も幸福だった時代の ―と言うのに語弊があるならば、「映画」の最初の50年を身につけ、次の50年に踏み出さんとした時代の― 小宇宙が形成される。

 映画とどのように付き合うべきなのか。山田宏一さんのようには決してなれないが、そのあり方を自分なりに模索することはできる。この本は、自分自身の生き方の是非までをも、問うてくるかのようだ。

2010/6/27

『クレイジー・ハート』、『オーケストラ!』  映画

スコット・クーパー『クレイジー・ハート』
 ジェフ・ブリッジスがついにオスカー獲得、というだけで文句なし。よかった。

 うらぶれたかつての大歌手が、今ではドサ回りのミュージシャンで、しかも健康状態は最悪となると、どうにも『レスラー』を思い出してしまうが、実際ストーリーの大枠はその通りである。
 ただ、そこはミッキー・ロークよりもジェフ・ブリッジスの方が、人格者を演じ続けてきた系譜があるので、もう少し映画にも気品と節度がある。

 ただ、物語はやや起伏に欠けるのと、ミュージシャンはどうしてこんなにセックスに困らないのだろうと、妙なところに気持ちが行ってしまうのが、難点といえば難点。
コリン・ファレルは非常にいい演技を見せるが(ひょっとしたら、この人のベストパフォーマンスの1つ)、位置づけがもう一つ曖昧だったりする。
 マギー・ギレンホールはとてもとてもとても魅力的だけど、演技が少し平板。

 そうした欠点もあるにはあるが、人との出会いの中で、人生捨てたもんじゃない、というアメリカ映画の王道が心地いい。
 そしてそれが、『ロッキー』的な、降ってわいた「チャンス」ではなくて、「心がけ」によって運命をよい方向に転がすという点で、この映画は大人のものとなっている。
 「アメリカン・ドリーム」は宝くじに当たるようなものでなく、“変わろう”という意思によって、少しづつ呼び寄せるものなのだし、もともとそうあるべきだったのだ。
 そしてラストの遠景に涙。
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写真:『クレイジー・ハート』より、ジェフ・ブリッジスとロバート・デュヴァル。
こういう苦渋を深く刻みつつも、極めて楽天的な面構えというのは、アメリカ映画の中だけにしか決して見ることのできないものだ。画像リンク元eiga.com


ラドゥ・ミヘイレアニュ『オーケストラ!』
 これを見る目的はただ1つで、『イングロリアス・バスターズ』のメラニー・ロランを見たい、というただ一点である。
 ここでも彼女はユダヤ人の、今度は、ブレジネフ政権によって迫害された歴史を象徴する存在を演じている。

 旧ソ連政権によって身分をはく奪された、旧ボリショイ楽団員たちが、空白の1日のどさくさにまぎれて、パリでのコンサートでの復活と復権を図る、ドタバタじたての物語。語られる内容は真剣だし、重要だとは思うが、さすがに物語が荒唐無稽にすぎる。
 
 それに演奏シーンの本当らしさは、『のだめカンタービレ』の遠く遠く足元にも及ばない。何より見せ場のはずの音楽シーン演出が雑。もっと丁寧にやってくれないと。
 メラニー・ロランの顔だけほれぼれと見る。吸い込まれるような瞳だ。
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写真:『オーケストラ!』より。メラニー・ロラン。どうにか私のものにできないものか…。画像リンク元

2010/6/26

『ザ・ロード』  映画

ジョン・ヒルコート『ザ・ロード』
 とりあえず世界は滅んでいる。父親にとっては“滅んだ世界”だが、息子にとっては世界はあらかじめ滅んでいる。
 この期に及んで未来も過去もない。いっそ時間の観念さえもないので、父は子に自分の何かを託すということをしない。

 同じ終末ものでも、『ザ・ロード』がすごいと思ったのは、父が子に何一つ伝えようとしないことだった。
 思い出の品、たとえばネックレスとか時計…通常なら母親の顔写真を入れたロケットなど。あるいは歌。さらに父の若い頃のこと、母の思い出。そういうものが何一つないのだった。だから、滅亡前に父がどんな職業だったのかもわからない。子が母を思って恋慕することなども、ついぞない。
 いや、たった一つ父から子へ教え込んだものがあって、それが銃を口に含んで頭を撃ち抜く方法なのだった。

 この映画(作品)が示す、最も哀しい真実は、もし生き残りの人間がいたら、それはこっちの身ぐるみを剥ごうとする敵でしかない、ということだった。
 再繁栄のために手と手を取り合う、という考えこそ真っ先に斥けられるものだった。

 地球の気候は、完全に壊れたもののようで、いつでも曇天、年中雨、という天候だが、終末後の地球を旅するとのは、いつも屋根がない、ということを意味し、このことから、文明とは、屋根のあるところに住まうことだと、再認識させてくれる。

 そのせいがあるのかどうか、この映画の画面は、常に三角形の構図をとろうとする。
 父と子がいつでも寄り添い、頭にかぶったフードの形状も手伝って、人物を中心にいつもそこに三角形が現れる。その形状は、ちょうど屋根ある家(あるいはテント)と合致する。
 すなわち、文明とは屋根のある生活なのだということ。文明を失うというのは、屋根のないところで生まれ、そして死んでいくということなのだ。
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写真:『ザ・ロード』より。ほとんどタルコフスキーさえ思わせる画面。
そんな中、寄り添うことで三角形を形作る父と子。この2人が映る、どの画面もすべて三角形の構図になっている。写真リンク元eiga.com


 こうした一切の人間的感情の通用しなくなった、終末後の世界をカメラに収めたのが、最近大活躍という感のある、ハビエル・アギーレサロベ。
 エリセの『マルメロの陽光』で、そのキャリアを開始し、最近は『ニュームーン/トワイライト・サーガ』の仕事で驚かされた撮影監督だ。

 なお、本編のうすら寒い、けれど逆説的な美さえも感じる、廃墟の映像はハリケーン“カタリーナ”で被害を受けたニューオーリンズの荒廃した風景に、インスピレーションの源泉があるそうだ。
 結局のところ、(間接的な)人災による廃墟である、という点において、この映画はさらに深い政治性を獲得しもするだろう。

 父親役は、この人以外にあり得ないほどにはまった、ヴィゴ・モーテンセン。
 この人はなぜか、『オーシャンズ・オブ・ファイアー』がそうであったように、自分と対になるもう1人(匹)と旅をするのが、よく似合う不思議な個性の役者である。

2010/6/25

マイケル・ジャクソン一周忌  マイケル

 2009年6月25日 マイケル・ジャクソン没。

 昨年の今晩にそうしたように、“Off The Wall”,“Thriller”,“Victory”,“Bad”,“Dangerous”を順に聴き、この不世出のアーティストに思いを馳せる。
この人、もう本当にいないのだ。

 しかしこの1年のマイケルの再評価は、驚くべきものがあった。
報道によると、この1年間でマイケル関連の“商品”の売上は10億ドルにものぼるそうだ。
 これだけ金になるから、当然マイケルを喰い物にしようとする、ドキュメンタリー映画『マイケル・ジャクソン キング・オブ・ポップの素顔』などという、汚らわしくも悪質な詐欺まがいの“商品”も出てくる。

 だが、この詐欺はひっかかるほうが悪いというものだろう。
 ケニー・オルテガの、愛情あふれる仕事である『THIS IS IT』の中に、マイケル最後の輝きは完全に記録されているはずだった。
 それ以上の何かを求めようとした、こちらの気持ちがさもしいだけなのだ。

 つい最近、電車の中で隣に座っていた女子高生の携帯が鳴ったのだが、その着信音が“Beat It”だった。ちょっと驚く。その子にとって“Beat It”なんか、生まれる10年以上前の歌であって、じゃあ私自身が生まれる10年前の曲って何だろうというと、それは実に、エルヴィスの“Heartbreak Hotel”なのだ。
 エルヴィスもホットかもしれないが、マイケルはもっとホットだ。けれどエルヴィスはさすがに「古い曲」だが、マイケルは古さのかけらも感じない。

 マイケルはビートルズと同じ歴史の流れにのった。未来永劫、聴き続けられる音楽になるだろうし、戦争体験がそうあらねばならないのと同じように、決して忘れられぬよう、下の世代に伝え続けなければいけない。

2010/6/22

『マネとモダン・パリ展』 三菱一号館美術館  美術

「マネとモダン・パリ展」 三菱一号館美術館(2010年4月6日〜7月25日)
 すばらしい展示だった。80点ものマネをまとめて見れるというだけでもすごいのに、マネが活躍した同時期のパリが勃興していく、まさにそのリアルタイムの建築素描・デッサン・写真が散りばめられていく。これはいわゆる“あこがれの巴里”が、今まさに生まれようとする、その時代のダイナミズムを共に旅する展覧会だ。

 マネがいよいよ画家として活動を開始する1850年代。まさにナポレオン三世が皇帝に即位し、第二帝政が始まる。ほどなく、ジョルジュ・オスマンによってパリの大改造が手掛けられ、今あるパリの風景ができたのだ。そうした築かれつつある都市の建築素描 を、これでもかと見せてくれる。
 今まさに建設されんとする、ポン・ヌフ、ルーブル、それに旧オペラ座などなどの風景。

 一方マネは50年代の修業時代を終え、60年代に入ると『草上の昼食』、『オランピア』といった問題作を次々打ち出し、まさに創作力がみなぎっていく。
 さすがにそれほどの有名作の展示はないが、代わりに同時期の『エミール・ゾラ』の肖像。『死せる闘牛士』といった、名作・問題作をたっぷりと見ることができる。
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マネ『死せる闘牛士』1864年頃。いや、実にまったく死んでいる。画像リンク元はここ

 この『死せる闘牛士』…だが、それにしても、いかにも“死んでいる”といった、この構図はどうだ。地上が曖昧に描かれているせいか、浮遊しているようにも見えるが、しかし確かな質量をもって横たわっている。
 マネはどういうわけだか、しばしば人間の「死体」を描く。来るべきは1860年代が終わって早々、1870年の普仏戦争勃発だ。
 愛国者として国民軍に参加。画筆をおいて銃をとったマネのことを紹介しつつ、当時の貴重な書物(三菱一号館美術館館長・高橋明也氏の貴重な蔵書だそうだ! )も展示され、パリ・コミューン悲惨な末路を知ることができる。
 この頃、パリは革命以来の血の海と化したのだ。それがいわゆる「血の一週間」である。

 1870年代前後はこのように、激動のパリであるが、マネはこの頃、ベルト・モリゾと知己を得、さらにマラルメとの友情を確立する。
 第三帝政以後のパリにおいて、いよいよマネの画業の究極が花開くことになるのだ。

 ことに、私が愛してやまない『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』を含む、モリゾの肖像5点を集めた小部屋の悦びはちょっとない。
 もちろんマラルメとコラボした、アラン・ポーの挿絵シリーズの展示も充実の一言だ。
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写真:私のというより、家族のPC机の上で昔から微笑む、マネ『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』。家族のというより、私の守り神。写真:Incidents(2010:June22nd)

 そして晩年へ。1883年に死去。51年という短い生涯だが、けれどマネのキャリア ―印象派諸氏とはやや先輩格の― は、まさにパリが現在のパリへと生まれつつある時期と、正確に一致する。パリの産声は、マネの青春と共にあったのだ。

 最近はミシェル・フーコーの『マネの絵画』(筑摩書房)の刊行。そして、ジャン=リュック・ゴダール『映画史』での「映画はマネと共に始まる」の言葉がやや独り歩きした感があり、マネの特異な画面構造が、いささかの衒学的趣味でもって語られ過ぎているように思う。
 この展覧会は、そんなマネの純然たる美をつきつけてくれた。
 そして、実はそれほど語られていなかった事実。マネの画業はパリという都市の創造と共にあった、ということを見事に教えてくれる。
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写真:マネ『小型円卓の前、赤いスカートにブーツを履いた足』。1880年頃。マネは最晩年にはこんなにも洒落た水彩画も残している。展覧会用絵ハガキを撮影。撮影:Incidents

 必見の上にも必見の展覧会だと思う。2500円の図録もすばらしい出来栄え。鑑賞後はぜひ近場のカフェに入って、その図録を紐解きながら美味いコーヒーを飲みたい。
 これ以上の至福は他にない。
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写真:三菱一号館美術館の中庭。展示階2階窓から。MOMAがそうであるように、美術館には雰囲気のいい中庭は必須だろう。撮影:Incidents(2010:June26th)

2010/6/20

シネマヴェーラ「足立正生の宇宙」その2  映画

 於 渋谷シネマヴェーラ。特集「足立正生の宇宙」2日目。
 『新宿マッド』(監督・若松孝二 1970年 65分)
 『銀河系』(監督・足立正生 1967年 75分)
 
 資源ゴミを出し、トイレ掃除をして、お風呂を掃除し、壊れている子どもの自転車のカギを修理し(破損が激しく直らなかった)、どぜうとザリガニの水槽を掃除し、水交換をして、戸田恵梨花と生田斗真『ハナミズキ』のチラシを娘にくれてやり、所用をすませて、13時40分からの回に駆け込むが、数えたところ、私を含めて観客は30人だった。たいへん不安。やはりもっと入っていいと思う。

 『新宿マッド』は、いきなり新宿西口の地下構内に入る階段に、血まみれの死体がころがっているシーンからスタート。その死体は歌舞伎町まで続く。
 白黒反転のタイトルバックの後、四畳半の部屋でアングラのようなギリシャ悲劇のような、芝居の練習をしている若い男女。

 ほどなく部屋に3人の男が押し入り、男の方はナイフ一刺しで惨殺される。女は全裸にされ、その全身に(特に乳房は入念に)殺された男から噴き出る血液を塗りたくられ、血まみれになった体を、次々と輪姦されるのである(このシーンはパートカラー)。
 さすがに根性入った、ものすごいオープニングである。

 やがて殺された青年の父親が、九州から状況。この田舎者の親父が、なぜ息子は殺されねばならなかったのか、ということを調べて回る。1970年当時の歌舞伎町を徘徊し、この時代の新宿風俗が次々切り取られていく。
 当たり前だが、その状況下にあって殺人の明確な理由など、見つかるはずもない。
 ありもしない理由を探す、カウンターカルチャーなど無縁の上にも無縁な、田舎親父の不条理と悲惨。

 私は、この当時の新宿をゲリラロケした場面を含む映画を見ると、どこかにまだ幼く、親に手をひかれた私自身が、写っているんじゃないかと、つい探してしまう悪い癖がある。
 まだ小学校にも上がる前だが、この頃の新宿は、私の原風景・原体験になっている。
 子ども心にも、なんだかドロドロしていたあの空気感。『新宿マッド』は私の中に潜在的に眠っている何かを強烈に揺さぶってきた。
 たぶん時代と風俗を切り取る、というのはこういう力を持つことなのだ。

 原体験といえば、『銀河系』。
 全編に、静かにしかし激しく轟く、フリージャズフォーマットの「子守唄」(ねんねんころりよおころりよ/坊やはよい子だ/ねんねしな♪)のメロディ。

 ツイッター上では、宮台真司が「『銀河系』は超名作。足立監督には僕のポケットマネーでいいからデジタルリマスタリングしてDVD化させてほしいと提案しています」とまで書くほど、お気に入りの作品だそうだ。

 車がエンコして止まってしまうが、何人もで故障原因を探しつつ、「あー、プラグのせいだねプラグの」「えー、プラウダ? なんで?」「プラグだよプラグ」「プラウダ?」というような、開巻早々で繰り広げられる、馬鹿馬鹿しすぎる冗談はさておく。

 主人公が自分の分身を幾度も殺すがなぜか殺せない。謎の怪僧がその主人公の原体験にあるものと思しき品物を、次々並べるが、どうにもそこへの耽溺を許さぬこれも不条理。
 結局「自分」など見つけようにも、見つけられようはずがない。
 日本赤軍と共に、パレスチナだのレバノンだのと、およそ常人離れして移動多き人生を送る足立正生というのに、これほど「動けない」人物ばかりを描くことに鑑賞のヒントを感じつつ、75分の短い映画はさらなる荒涼をもって終わるのだった。

2010/6/19

シネマヴェーラ「足立正生の宇宙」その1  映画

 於 渋谷シネマヴェーラ。特集「足立正生の宇宙」初日。
 『堕胎』(監督・足立正生 1966年 75分)
 『ゆけゆけ二度目の処女』(監督・若松孝二 1969年 65分)
 最初の11時からの回、ギリギリに駆け込むと、チケットの整理番号が15番。観客の入りがさびしい。滅多に見れない作品ばかりだし、しかも『堕胎』はニュープリント。もっともっと入ってもいいのではないか、と思った。

 『堕胎』は監督・足立正生の“処女”作にして、丸木戸定男博士シリーズ第一弾。
  産婦人科医・丸木戸定男は、「平均すれば1日3回の堕胎」を行い、ざっと2千人以上の命を奪っていることに、形而上学的な悩みを抱き、快楽としてのセックスと、愛としてのセックスは、厳密に分けて考えるべきだ、との結論にいたる。
 そこで「毎日捨てるほどある」、受精卵を採取して、自ら考案した人工子宮で胎児を育てる装置の開発に成功する。

 ここで着眼しておきたいのは、丸木戸博士の奥さんの存在だ。同じ医院の補助医として働く彼女は、医師として極めて(一般的な意味で)正しい道徳観念の持ち主だが、子どものいないこの夫婦において、この奥さんは夫・丸木戸博士から、とても上手に甘えて、「快楽としてのセックス」を引き出している。よい奥さんなのだ。
 本来的にはそこに可能性があったはずなのに、何を血迷う丸木戸博士、という、しかし面白い映画である。

 ちなみに、映画が始まって早々に丸木戸医師に、妊娠3カ月を言い渡されて、さめざめと泣く20歳の少女は「センゴクノリコ」という役名であった。
 また、丸木戸博士の失敗は、連れ込み宿には「性の悦びしかない」と断言するものの、「一晩で使う“ちり紙”の量は、積み上げると富士山の高さに達するという」という、明らかなデマを信じているところだろうか。

 『ゆけゆけ二度目の処女』はなぜか縁のある作品で、たぶんこれが3度目か4度目。屋上だけが舞台の、若松作品の中でも最も移動の少ないセックス&ヴァイオレンス。
 いや、移動が少ないというよりは、どこへもいけない密室・若松の極み。

 見るたび思うことだが、同じ閉鎖空間でも、これは室内でなく屋上だから、遠くが見える。そのやや向こうに、国立代々木競技場が時々見える。ということは、渋谷にほど近い建物で撮られているはずだ。
 この競技場が見えるたび、妙に胸騒ぎがおさえられない。この威風な建築物が竣工した1964年の、この映画が撮られたのは、そのほんの5年後。ここで「ねえ私を殺して」と、ノーフューチャーな17歳の男女の姿が描かれるのだ。

 ちなみにもう一つ、かねがね思うこととして、開巻早々輪姦されるヒロインを演じる小桜ミミが、当時の重信房子そっくりに見えるように思うのだが、気のせいか。

2010/6/18

「アラザル」4号  

『アラザル4』読了。
 同人の好意でお送りいただく。一般販売はまだ時間がかかるようなので、早く読みたかったところ、心より感謝。この場をお借りして改めてお礼申し上げます。

 さて、今回の4号の形式は、製本された書籍の形でなく、「エクス・ポ」のように、A3の紙にびっしり詰まった活字をA5に折り畳んだもの。
 どんな経緯と意図で、こうした形にしたかは詳らかにされていない。コストの問題もあるのかもしれない。それはわからないが、正直なところ書籍に比べると読み易いとは言い難いこの大判の紙を、畳んだりひっくり返したり、また広げたりと、いささか苦労しながら全テクストを読みつつ感じたことは、この同人誌が、反=ネットということだった。
 いや、「反」じゃないかもしれない。「共」かもしれないし、「対」かもしれない。そこにこだわるつもりはない。
 ともあれ、ここには「印刷されたもの」の底力を見よ、という強い意思を感じる。

 つまり、ここ数年は映画でも、音楽でも、文学にしても、まともな論考を読もうと思ったら、基本それはネットの中にしかない、ということが加速していたように思う。
 活字になっていることが、即品質を保証しないなどと言うと、今頃気がついたのか、と言われそうだが、しかし企画会議や編集者の目などが通っているのに、どうしてこんなに読むべき文章が少ないか、逆に活字化までの試練がかえってテクストから魂を奪うのだろうか、と邪推したりもする。

 そこ、実はこの4号の面白すぎる「女性ファッション雑誌チャート/女性ファッション誌批評」の中で、細野そほさんが『sweet』のバカ売れ状態をレポートしつつ、編集長の渡辺佳代子氏が述べた、「一度付録をやめて、中身で勝負をしたところ、見事に売れなかった」というコメントを紹介している。

 このへんの議論は「エクス・ポ テン/ゼロ」の特集「「雑誌」のポ・テンシャル」でも、いやというほど語られたことにも通じるし、それを受けたものであるのかもしれない。
 でもここで、意地悪い見かたをして「中身で勝負」というが、その中身は「本当にあったのか」、ということを考えてみる。私はこういう議論のとき、どうしても故・安原顕さんのことを思い出す。中身とはあの方が生前にお作りになったものを持ってして、初めて「あった」と言えるのだと思う。

 久しぶりに安原さんのお名前を出し、つい涙が滲みそうになったが、「アラザル4号」にはその「中身」を持とうという意思を強く感じる。
 1〜3号には佐々木敦さんや円城塔さんらのロングインタビューなど、さまざまに「目玉」がしかけられて、そこにセールスポイントがあったわけだけど、4号はそうした「名前」に負わず、純粋に同人の文章だけが集められているだけにひときわだ。

 中でも西田博至さんの「一柳慧のいる透視図」連載第3回が、さすがにひときわ輝く。
 今回は、一柳でなく江藤淳を中心とした論考。第2回の丹下健三(建築)に引き続き、今度は江藤(文筆)を語ることで、いずれも彼らを戦後の「焼け跡」に対してどのような眼差しを向けたのか、ということに焦点を当てる。
 当然そこには、「アメリカ帰り」という事情も加味されるが、いずれ確かなことは、「焼け跡」を「廃墟」の“混沌”に戻さぬための、不断に紡ぎ出す言葉という作業。
 本考は、そうした背景を解き明かしつつ、さらにはそれが「この私」を形づくる行為である以上、その作業は江藤淳という偉人にのみ委ねられるものでなく、私たち個々人にとってもあるべき仕事として投影されるだろう。
 おそらくそれは一柳慧の音楽にも言えることのはずで、そのあたりが次回で解き明かされることになるという含みを持たせつつ、この第3回はしめくくられる。

 こうしてみると、江藤淳の営みが、論者である西田氏の営みにだぶると同時に、いままさに“焼け跡”状態にあると言ってもよかろう、“書物”という混沌の上に、新たな土を盛らんとする、「アラザル4号」の営みとしてもだぶるのだ。

 贔屓の引き倒しのような文章を連ねたが、曲がりなりに、書かんとする=読まんとする者にとって、決して避けて通れぬ「試み」がここにある。そのことだけは間違いない。
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2010/6/15

『アイアンマン2』、『告白』  映画

ジョン・ファブロー『アイアンマン2』
 ロバート・ダウニー・Jrの演技力に尽きる。『マイノリティ・リポート』のトム・クルーズよろしく、仮想ホログラムで何だかよくわからない元素のようなものを、探し出すあたりのパントマイムを、心から堪能した。

 この人がチャップリンを演じた『チャーリー』(1993)は、本当に感じの悪い映画だったが、でもこの作品でロバート・ダウニー・Jrは、すごく演技の幅を広げたのだと思う。
 『チャーリー』で見せた、小器用に丸帽子を扱う手捌きは、『シャーロック・ホームズ』に十分生かされるし、パントマイム演技はこの『アイアンマン2』で縦横に駆使される。
 もしかしたら、苦労した『チャーリー』で、オスカーを逃した失意が、薬物逃避で何年もキャリアを無駄にした原因なのか、と邪推したりもする。

 『アイアンマン2』で一番よかったのは、ミッキー・ロークがレース場をめちゃめちゃにするシーンだった。
 このとき、ケース形のアイアンマン・セットで、ロバート・ダウニー・Jrが変身する姿に、涙流して感激しない男の子はいないはずだ。ここ数日の生活次第では、うっかり射精さえしてしまう者もあるかもしれない。
 私たち世代だと、『宇宙の騎士テッカマン』で、南城二がテッカマンに変身する時の胸のときめきを、完全に再現してくれる。

『宇宙の騎士テッカマン』より変身シーン。私はこの「テックセッター!」という言葉の響きがとにかく好きだった。

 これほどの演技を見せられたら、いくら問題を起こしても、それでもハリウッドがロバート・ダウニー・Jrを手放さなかったのも納得できる。

中島哲也『告白』
 松たか子に尽きる。
 しかし、20分ほど見たところで、あ、ここから先は松たか子は出てこないな、と直感したのでその段階で劇場を出ようと判断したが、いや、最後にもう一度くらい出てこないと、話が終わりようがないと思ったのと、松たか子は私の生きる源なので、脱出を思いとどまったら、その通り、最後にもう一度出てきてくれた。

 この映画を見ている間じゅう、見下されてるような、これがわからない人は古い人ですよ、まさか否定なんてしませんよね、となめられてるような気がして、腹が立ってしかたがなかったのだけど、その理由を理性的に説明できないので、単に普通にやれ、普通に、としか言えないんだが、それさえ「やっぱわかんなかったんだ、バーカ」と、作り手に嘲笑われているようで、ますます腹が立つのだった。



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