2010/11/30

『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』  映画

 デヴィッド・イェーツ『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』 
 ハリー・ポッターとその仲間たちの逃避行。このシリーズが子ども向けとは、かねがねどうしても合点がいかぬ私なのだが(いくら何でも物語が難しすぎるし、何より並みのホラーよりよほど怖い)、今回の凄惨さも並大抵ではない。正直15歳以下は無理だ。
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写真:『ハリー・ポッターと死の秘宝PART1』より。エマ・ワトソン。この血まみれの両手! 画像は映画.comより

 色彩を限りなく抜いた、スピルバーグ『マイノリティ・レポート』のヤヌス・カニンスキーさえ思わせるルックで、冒頭いきなりハリーたち3人組は、家族との永遠の別れをせねばならない(おまけに味方の多くは皆殺しだ。シンボルのような白フクロウでさえ)。
 ことにハーマイオニー(エマ・ワトソン)の悲痛感はただごとでなく、育ての家族(人間)の家から、自らの痕跡と記憶をすべて消去することになる。

 子ども時代を終え、完全に青年と言えるほどに成長した彼らではあるが、通常の成長ものならば、保護者からの「独立」という節目が描かれてしかるべきなのに、その「独立」が、自分に関する記憶を家族から完全に消すことであるという、この痛ましさ。
 このシーンで、エマ・ワトソンが、自分の生家にある写真のすべてから、自分の姿だけを魔法で消していく演技(「忘れよ!」)と、流れるようなカメラの動きがいい。

 ハーマイオニーの魔法というのは、常に魔法杖を上から振り下ろす、直情的かつ攻撃的なものなのだが、このときばかりは彼女も、魔法杖を横にそっと拭うように、柔らかく愛情をもってふるっていく。 こういう繊細な演出を見せてくれる映画はいい。

 以後、映画はどこまでもハリー以下3人に、試練を与え続ける。見ていて居心地悪いほどに。
 また、悲壮感ただよう3人が逃げ込んだ、深夜のロンドンのダイナーにおける、銃撃戦ならぬ魔法杖によるガンファイトの鮮やかさには、かなり息をのむ。マイケル・マンなんか足元にも及ばない。見事なアクションである。しかもユーモアさえ紛れ込ませている。

 やがて、仲間割れさえ起こし、ロン(ルパート・グリント)が離脱するが、そのときハリーとハーマイオニーが、つかの間の優しさを求めあって、ラジオから流れるニック・ケイブの歌(“O Children”)に身をまかせてダンスする場面には、(これまでずっと軽蔑まじりに観てきたこのシリーズだが)涙さえあふれた。
 『死の秘宝PART1』はいい。


2010/11/29

『クリスマス・ストーリー』  映画

 アルノー・デプレシャン『クリスマス・ストーリー』 
 必ずしも円満とは言いかねる家族が、その構成員の一人の難病(白血病)をきっかけに一同に会し、その関係性に変化が起こる。
 このモチーフはたとえば、ダイアン・キートン、メリル・ストリープ、レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロというウルトラ豪華キャストが出演した『マイ・ルーム』(1996 ジェリー・ザックス)を思い出す。とても印象的な作品だった。

 ここでデプレシャンが示した物語は、家族構成がもっと複雑なので、さらに見ごたえがある。素行の悪さから、縁を切られている次男坊(マチュー・アマルリック)や、従兄の妻(キアラ・マストロヤンニ)に密かな恋心を抱き続ける男(ローラン・カベリュート)など。

 この家族の起こりがそもそも凄絶だ。夫婦(カトリーヌ・ドヌーブ&ジャン=ポール・ルシヨン)の最初の子が白血病にかかる。骨髄移植が必要だが、長女を含む家族内に適格者がいない。
 そこで3人目の子どもを作るが、その子の骨髄も適合せず、長男はわずか6歳で命を落とす。移植のためにこそもうけた3人目の子どもは、生まれながらにして役に立たなかったというわけだ。
 そして、長じたその子を演じるのが、アマルリック。さらに今回、白血病に罹患するのが、そんなゆがんだ星の下に子を産み落とした母、ドヌーブというわけである。

 映画は「人は何の役に立つか」というテーマを必然的に持つ。こうした形而上学的な内容を描くため、デプレシャン演出は、リアリズムとファンタジーを、絶妙にブレンドする。

 リアリズムの部分は、ドヌーブの胸腺に貫かれる採血針であり、生々しく髄液を採取されるアマルリックの姿や、その骨髄液の顕微鏡映像であり、肉感そのもののような、マストロヤンニの下着姿の触感をあげておく(もちろん、まともに昏倒するアマルリックも)。

 ファンタジーの部分は(それが、この作品が「映画」であることを常に思い出させられる核心なのだが)周囲をマスキングした円形画面だとか、字幕で紹介される登場人物。
 さらに個人的には、どこか実体感がなく、「アンジェラ・バセットみたいなお尻」と2度も讃えられるのに、その「お尻」のショットを一度も見せない、アマルリックの恋人フォニア(エマニエル・ドゥボス)の存在。そして何より、蓮實御大によって、山中貞雄に例えられもした幻想的な雪。

 こうしたリアルとファンタジーの境目にぽっかり開く風景の中に、人は生きるに値する何かを見出し、そしてそのときほんの少しだけ微笑むことができる。
 その笑顔を逐一挙げるのは控えるが、その意味で私は、この映画の終わりに見ることができる、長女エリザベート(アンヌ・コンシニ)の微笑みを忘れられない。彼女がこの映画の中で、誰よりも美人だということを抜きにしても。
 デプレシャンがこの長く(150分)、いささか混沌気味ともいえる物語を構成したのは、生活という喧騒の中に不意に顔を見せる、そんな風景への感受性を啓くことを、そっと示したかったからでないかと、愚考した。
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写真:『クリスマス・ストーリー』より。アンヌ・コンシニ。美しい。画像オフィシャル・サイトより

 もちろん、そんな風景はただ待っていても開きはしない。それはたとえば、父がふと気まぐれ(であるかのよう)に示す「我々にとって未知なのは、私たち自身だ。我々は自分自身を探し求めることはないが、それは我々が自分自身を見出すことなど決してないからだ」という、『道徳の系譜』からのニーチェの箴言がトリガーになることもあるだろう。
 
 魔法は日常の中のどこにあるかわからない。これはそんな映画だ。

2010/11/27

“Filmcomment”Nov/Dec号のシャブロル記事  映画

 “Filmcomment”誌の最新Nov/Dec号がようやく届いた。
 この9月に亡くなった、クロード・シャブロル関連の記事がいくつかある。

 まずは、参考として面白く読んだのが、“Filmcomment”誌が選ぶ、シャブロル作品ベスト20。これは遊戯として楽しい。順位は下記の如く。(邦題は大久保清朗さんのものを参照。年度はFilmcomment誌の記載をそのまま参照)
 1位『肉屋』(1970)
 2位『不貞の女』(1968)
 3位『気のいい女たち』(1960)
 4位『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(1995)
 5位『美しきセルジュ』(1958)
 6位『主婦マリーがしたこと』(1988)
 7位『野獣死すべし』(1969)
 8位『いとこ同志』(1959)
 9位『一寸先は闇』(1971)
 10位『女鹿』(1967)
 11位『破局』(1970)
 12位『ヴィオレット・ノジエール』(1978)
 13位『引き裂かれた女』(2007)
 14位『ベティ』(1991)
 15位『ナーダ』(1973)
 16位『二重の鍵』(1960)
 17位『権力の陶酔』(2006)
 18位『青髭』(1963)
 19位『意地悪刑事』(1984)
 20位『ココアをありがとう』(2000)

 この20作のうち、2割しか見ていない私なので、その妥当性について感想を述べる能力はまったくないが、直感的にこのランキングはなかなかでは?という気がする。

 シャブロルへの追悼文を寄せているのは、82歳になる合衆国の大御所批評家、アンドリュー・サリスだ。名文だと思う。
 ちなみに、“Filmcomment”誌はシャブロルの劇場用長編を54本とカウントしている。

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 サリスは、彼が初めてパリに赴いた1961年の記憶から語り始める。この頃すでに、シャブロルは、トリュフォー、ゴダール、レネに比すれば、批評家からも観客からも、その脚光に陰りが見え始めていたと。
 そして、アンリ・ラングロワとサリスが、食事をしていたときのこと。サリスもその例に違わず『大人は判ってくれない』、『勝手にしやがれ』、『二十四時間の情事』について、自分は熱心に語ったが、それをじっと聞いていたラングロワは、静かに、けれど厳かに述べたのだという。
「シャブロルなんだ」と。

 その後もサリスは、確かにシャブロルに比べると、ロメールやゴダール、トリュフォーについて、よほど多くを書いてきたけれど、そのときのラングロワの断定が胸に残り続けたという。

 サリスは、「ゴダールほど偶像視されることも、トリュフォーほど偏愛されることもないシャブロルは、時流に乗りそびれていると自己認識し、60年半ばまでには、雇われ仕事専門の作家たることを余儀なくされた」と63年に記したそうだが、この言葉が、当時のシャブロルの一般イメージをごく端的に表しているように思われる。

 シャブロルの映画は、“生”についての議論は希薄である一方、過剰に“死”について語ろうとする、と述べるサリスは、しかし“死”ほどこの世界に広く普遍的に遍在するものもまたなかろうと書き、シャブロルの映画にふさわしい言葉として、「感覚性(feelings)」と掲げつつ、いくつかの作品を列挙する。

 究極、シャブロルの半世紀にわたるキャリアは、喜劇的なグロテスクさと、感情の極みというものの優雅な混合物であり、それはまさにラングとヒッチコックが有する価値と同様のものなのだ、と締めくくる。

 記事のもう1本は、“Filmcomment”のレギュラー批評家リチャード・コムズによるもの。
 アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの未完の作品『地獄』を、30年後にシャブロルが『愛の地獄』として完成させたことについて。

 クルーゾーの『地獄』は、1964年に当時のコロンビア最高予算が組まれたビッグ・プロジェクトだったという。だが、膨らみ続ける撮影・音響上の実験的手法や、様々な現場の混乱、そしてついにはクルーゾー自身の心臓発作により、製作中止となる。
 そうした一連の事項は、『地獄』を再構成するドキュメント作品の、DVDリリース商品にある、もう1種別のドキュメンタリー、“They Saw the Inferno…”という穏やかならぬタイトルの作品で知ることができるという。
(もっともこの件に関して、日本ではMaplecat-eveさんの見事なレポートがある)

 しかし、これらドキュメントには重要な見落としがあって、それはこの『地獄』をクロード・シャブロルが、クルーゾーのオリジナル脚本に基づいて、『愛の地獄』として完成させていることに、まったく触れられていない、というのが、この記事の主張である。

 シャブロルは、『地獄』のシナリオをクルーゾーの未亡人から譲り受けたという。それをべースに、思慮と敬意に満ちた独自のシナリオを完成させる。
 曰く、クルーゾーとシャブロルは、そのテーマを共有している。すなわち、狂気の執着心ということだと。
 ただし、コムズによると、シャブロルはクルーゾーに忠実足らんとして、自らを裏切ったのだと指摘している。

 『愛の地獄』未見の私は、その意味するところを、正確にはわからない。だが、クルーゾーからシャブロルへと橋が架けられる映画史的な事実は、とても魅力的な事態に思える。
 ラングロワの擁護発言を含め、3本の記事を通して、“Filmcomment”最新号からは、シャブロルに関する識見をずいぶん与えてもらった。


2010/11/25

アンヌ・ヴィアゼムスキー『少女』  

 アンヌ・ヴィアゼムスキー『少女』(國分俊宏・訳 白水社)読了。
 この本が、もし“あの”映画女優の手によるものでなかったとしたら、“小説”としては、ごく平凡なものだと思った。シンプルな、という言い方も可能だとは思うが、読み物としてはいささか余韻に乏しすぎる。

 けれど、ブレッソン監督『バルタザールどこへ行く』でデビューし、後に『中国女』や『テオレマ』といった問題作に次々と出演し、ゴダールと結婚・離婚までした女優の手になる、そのまさに『バルタザールどこへ行く』の出演にまつわる、すべて実名による回想録と言う形での小説ならば、これは映画の人にしてみたら大変な価値がある。

 タイトルは『少女』。名作『バルタザールどこへ行く』のヒロイン候補として、「あのひと」と会い、出演が決定し、その撮影における諸々の記述の中で、この「小説」の最も興味深い構成としては、本書の主人公アンヌが、「少女」としての存在から、「女」と「女優」の両方になるということだ。

 「少女」は撮られることによって「女優」になる。同時に「少女」は「女優」になるために「女」になる。
 このどちらが先とも言えない、微妙な時間と時間が溶け合う様が、この「小説」におけるエクリチュールの白眉だ。

 撮影の現場では、彼女をあくまで「少女」として扱う人物が登場する。
 『バルタザールどこへ行く』のカメラマン、ギラン・クロケだ。アンヌと同じ年頃の娘があるという彼は、彼女を自分の子どものように大切に扱い、監督の過剰な感情教育から、アンヌをひたすら保護しようとする。
 彼の存在はしかし弱い。「少女」から「女」また「女優」への変化を遂げる中で、クロケの保護は、彼女にいかなる影響も与えられていないように見える。

 ほとんど人格破綻者とも思える、異常な接し方でアンヌへの執着を示す、ロベール・ブレッソン監督よりも、ギラン・クロケの方が一層、片思いの度合いが激しいはずだ。
 いや、“はずだ”ではなく、間違いなくそうだ。
 なぜならこの「小説」において、ギラン・クロケの最後の登場シーンは、逆にブレッソン監督をこそかばうアンヌが、彼に怒声を浴びせるところだからだ。
 彼女が「女優」へと変わった瞬間である。
 
 なお、この「小説」はすべて実名で書かれてはいるが、たった1人だけ名前が伏せられ、「彼」とだけ記されている人物がいる。
 その人物は、若手撮影スタッフの1人なのだが、彼こそがアンヌ・ヴィアゼムスキーの処女を奪う男性だ。
 この人物のみを、仮名でさえなく、「彼」とだけ記すことが、本書が「小説」でなく、限りなく「実録」であると思わされるポイントかと思うが、処女を失うというこの一事によって、彼女は「女」となる。

 しかし、と私はここでこれまで書いた事柄を、ひっくり返しておきたい。
 撮影監督ギラン・クロケをふみにじり、監督の側につくことで「少女」から「女優」になったのか。どうもそんな安易なものでないような気もする。
 そして、「処女」を失ったことを嬉々として母親に報告することで、母の不興を買い、決定的に母娘の関係が壊れてしまうのだが、これは「少女」から「女」への脱皮への失敗であるとも言えようと思う。

 撮影も終わりにさしかかったところで、ロベール・ブレッソンは言う。
 「もう少し経てば君もわかる……。もう少し経てばね。」
 おそらくアンヌは、「女優」にも「女」にもなりきっていない。その段階で、いまだ「少女」のままであることを、決定的に描いた瞬間だと思う。
 彼女がブレッソンのことを信じていないことを、読みとられぬよう、「うつむいて目を伏せ」るという演技さえしてみせる彼女だが、そんな演技が巨匠に通用したかどうか。

 決してドラマチックな書き方がされていないことに、冒頭で若干の不平を述べてはみたが、このように読んでいくことで、我然奥行きを増すこともまた確かだ。

 なお、本書には後の夫となる大監督が登場する。ジャン=リュック・ゴダールその人だが、ビリー・ワイルダー(三谷幸喜?)よろしく、「それはまた別の話だ」と、多くは述べられない。その別の話が、いつか書かれることを期待したい。

2010/11/23

シネマトグラフからエクリチュールへ―小説家アンヌ・ヴィアゼムスキー  映画

 遅ればせではあるが、11月18日、東京大学本郷キャンパス 法文2号館2階1番大教室で、アンヌ・ヴィアゼムスキーを囲む討論会が行われた。

 パネラーは、アンヌ・ヴィアゼムスキー以下、文芸・映画批評家のジャン=クロード・ボネ、小説家の堀江敏幸。司会は仏文学者・野崎歓。
 題目は「シネマトグラフからエクリチュールへ―小説家アンヌ・ヴィアゼムスキー」

 全然関係ないがこの時、山田宏一さんと大久保清朗さんの座席の見張り番をしている私って!? とその光栄に身が震えたのだが、いざ本物のアンヌ・ヴィアゼムスキーさんが登場した時は、そんな思いも消し飛び、背中に冷たくも温かい何かが一筋流れた。

 『バルタザールどこへ行く』の『中国女』の『ウィークエンド』の『テオレマ』の『秘密の子供』の、あのアンヌ・ヴィアゼムスキー。本物。
 某コミックなら、「―――ッッッッッ!!!」と表現するのだろう。まさにそんな感じ。
 記憶の中にある、映画の中のヴィアゼムスキーの顔と比べると、もちろんお年を召されているが、あの独特の目はまったく変わっていない。

 さて、着席早々、アンヌさんは同時通訳用のイヤホンがうまく耳につけられず、それを野崎歓さんが手ずからつけようとする。
 ここでも「―――ッッッッッ!」という衝撃が我が身を貫く。
 耳を出すため、少し首を傾けて髪をかき上げ、その耳に野崎さんがイヤホンを装着しようとする。なかなかうまくはめられない。
 私は確信しているが、あれはウソだ。野崎さんは間違いなく、わざとうまくはめられない演技をして、アンヌさんのお耳に直接触れるという、特権的時間を引き延ばしておられる! 男ならそうせぬはずがない。嫉妬にまみれたのは、私だけではあるまい。

 やがて、討議が始まるが、内容はもっぱら“小説”『少女』(白水社)を巡ってである。
この本を書くきっかけについてアンヌさんが語る。
 それは1999年。東京国際映画祭で、ロベール・ブレッソン監督のレトロスペクティブが催され、それは世界初のブレッソン全作品上映だった。
 そのときが、アンヌさんの初来日だったのだが、それがいかに大盛況であったかを、ブレッソン夫人に伝えたのだという。
 そして、その2か月後、ブレッソンその人が逝去する。このとき、彼について書けると感じたのだそうだ。
 だから、小説『少女』は日本にこそゆかりある作品なのだと説明される。

 これを皮切りに、話題はさまざまに進むが、話の中心は『少女』だ。
 この本が「小説」であるということがポイントだという。本書は、著者が映画デビューを果たした『バルタザールどこへ行く』の、撮影経験を綴ったもので、すべては実名で書かれている。実名で書かれている以上、読者がこれを「小説」であると考えるのは難しい。
 けれどこの本は「小説」だ、という。どういう意味か。

 ブレッソンはかつて、「私はあなたを作りだす。それはあなたがそうであるように作りだすのだ」と語ったそうだ。
 私的には直ちに理解しかねる言葉ではあるが、ボネさんはこれを「物語」と「小説」は違うものだという意を含む、と語る。この辺が一番難しい所で、私自身はこの一連の議論をどうとらえるべきか逡巡していると、アンヌさんは「私は自分の無意識を語る」と言う。
 「意識」を語ろうとすると、書けなくなってしまう。だからある程度、バカでナイーブであるべきだと思うのだと。

 「無意識」=「小説」、「意識」=「実録」と、単純にとらえるのもどうかと思うが、期せずして湧き上がった、自分の中の無意識の部分を「小説」ととらえ、いわゆる現実的な部分はその背景であるとするならば、そのエクリチュールの総体を「小説」とするのは、なるほど可能かと感じた。
 私自身は『少女』を未読なので、そうした観点での読書は必須だと思った。
 野崎さんはそうした一連の議論を受け、「それが書かれた読みものである以上、小説としての脚色や演出は必然ということかと思う」と、明解な結論でまとめる。

 最後に印象的だったこと。堀江さんがアンヌさんの小説を、パトリック・モディアノを思わせると語った。というのも、堀江敏幸さんはモディアノの『八月の日曜日』(水声社)の翻訳している。
 その言葉を受け、アンヌさんは「うれしい驚きで感激している」と述べる。
 なぜなら、モディアノは自分がもっとも好きな作家であり、彼に書いたものを読んでもらっているし、本を書くきっかけとなったのも、モディアノを読んだからだと言う。
 その言葉に、ありありと動揺している堀江敏幸さんなのだった。

 討議の最後に、『バルタザールどこへ行く』から、穀物商を演じるピエール・クロソウフキーを、ヴィアゼムスキーが誘惑する、全編中もっとも衝撃的なシーンが参考上映される。
 現在のアンヌさんの背後の壁に、10代のアンヌさんが大写しになっている。そんな現場に立ち会う喜びをかみしめつつ、印象的だったのは、アンヌさんが決して自分が映っているそのスクリーンに目をやらなかったことだった。

 それにしても、今、自分の目の前にアンヌ・ヴィアゼムスキーがいる。こんな体験ができる日が来るなんて思いもよらなかった。
最新小説“Mon enfant de Berlin”英語版来春リリース!


2010/11/17

アンヌ・ヴィアゼムスキー、または『学問のあるロバの話』  映画

 アンヌ・ヴィアゼムスキーが来日している。
 これを機に、セギュール夫人『学問のあるロバの話』(鈴木力衛・訳 岩波少年文庫)を紹介したい。
 もちろん、ヴィアゼムスキーと何の関係もないのだが、彼女の代表作の1つ『バルタザールどこへ行く』から、ロバつながりで示すまでだ。無論、ブレッソンとも無関係である。

 本書については、訳者・鈴木力衛による「あとがき」を参照する。作者セギュール夫人は、1799年のロシア生まれ。後、フランス貴族と結婚してパリに移り住む。
 やがて子どものための物語を執筆するようになり、本書『学問のあるロバの話』は、1860年に執筆された。その作風はフローベールらの、自然主義文学の影響が見られる。
 そんな彼女の物語は、今でも広く愛読されているという(岩波少年文庫の初版は1954年)。

 となると、ブレッソンがこの物語を知っていたとしても、まずは不思議はない。ブレッソンがフィルムに収めた、どこか思索的なロバ、バルタザールが「学問のあるロバ」でありそうだという、甚だ心もとないいい加減な理由であるが。
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写真:『学問のあるロバの話』。私が所有する本書は、もう何年も前に近所の図書館のリサイクルコーナーにひっそり放出されていたもの。発見した時は小躍りして喜んだものだ。現在、入手はたいへん困難と思う。復刊希望。撮影:Incident

 『学問のあるロバの話』は、こんな書き出しで始まる。
 「わたしの小さなご主人さま、あなたは、わたしのやさしいご主人さまでした。しかし、あなたのお話をうかがっておりますと、あなたは、ロバというものに対して、なにか、けいべつの念をもっていらっしゃるようですが、それが、このうえなく残念なので、わたしは、こんなものがたりを書きました。」

 これは、きわめて明晰な知能を持つが、ロバ故に言葉を話せないロバ、カディションによる1人称によって、彼が巡り合うさまざまな人間模様(おもに子どもの)と、その関わり合いが語られる物語だ。
 カディションは、さまざまに飼い主を転々とする。それは彼にとっていい人だったり、悪い人だったりするが、彼はそれ相応の報いを人間に与えていく。
 まるで意識を持ったバルタザールである。

 本書がいちばんよく描きだしていることがらは、人間というものの心の移ろい易さだと、ひとまず言えると思う。そしてその心の移ろいに、ロバの運命も委ねられていく。
 『バルタザールどこへ行く』は、さらにそのテーマが深められており、移ろう人間の心(ヴィアゼムスキー演じる少女マリーの墜落)と、びくとも変わらぬ人間の心(マリーをめぐる男ども。不良ジェラールと、幼馴なじみジャック。あるいはマリーの父、そして穀物商)とのきしみが、そのままロバの運命を決定づける。
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写真:『バルタザールどこへ行く』より。子どもの頃のマリーとジャック。マリーの人生で最初の、そしておそらくは最後の純粋なキス。
私はときどきこのキスシーンを思い浮かべて、涙ぐむことがある。人の心の移ろいというもの。


 ロバというのは、従順なイメージがあるが、その一方で押しても引いてもびくともしないこともある、強情な動物でもある。
 その強情さを“学問のある”ととらえて、人間観察したのが『学問のあるロバの話』であろうし、ロバの従順さと強情さが、少女の心の従順さと強情さにシンクロする、深遠な寓話が、『バルタザールどこへ行く』であろうかと、まとめてみる。

 ヴィアゼムスキーが来日するような秋の夜長。ブレッソンを味わい、岩波少年文庫のフランスの古い物語を紐解くのも、またいとをかしである。
 残念ながら、岩波少年文庫に収められた本書は、現在、非常に入手困難なようだが、最寄りの図書館などで、ぜひ探索されたし。

2010/11/16

『442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍』  映画

 すずきじゅんいち『442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍』 ドキュメンタリー作品。高齢者でほぼ満員の新宿K's Cinemaにて。

 第二次大戦中、アメリカ軍には442連隊という、日系人のみで構成された特殊部隊があった。
 1941年12月8日。日本軍により、パール・ハーバーが攻撃される。これを機に、アメリカ本国に住む日系米人および在米日本人は、強制収容所に入れられるが、一方ハワイに駐留する米軍のうち、半数は日系人だった。

 無論全員除隊処分にすることも困難で、合衆国政府は彼らの処遇に苦慮する。そこでこのハワイ駐留の日系軍人のみを本土に移送し、100大隊を結成。加えてアメリカ本土の収容所に抑留されていた日系人から選抜した兵士で、442連隊が結成される。
 映画は、かつてこの442連隊に所属した古兵たちのインタビューと、当時の記録フィルムを織り交ぜつつ、この舞台の活動をレポートする。

 この部隊は最強だった、と映画は語る。イタリアにおける対ドイツ戦で勝利。ヨーロッパ戦線で数々の勝利を収め、フランスではドイツ占領下のブリエラ開放を成功。さらにドイツ軍に包囲されていた、テキサス大隊を救出。
 この救出作戦が、442連隊の勇名を一躍轟かせるが、しかし救出したテキサス大隊の兵数以上の犠牲者を出してもいる。

 この点について、映画は多くを語らない。問題視された、とだけは述べているが。
 まったくの私見だが、まさに442部隊はたぶん本当に「エクスペンダブルズ」だったのだと思う。米軍にとっては、いわゆる“米人”部隊のテキサス大隊救出が重要であり、日系人の犠牲者が数において上回った点は、二の次だったのかもしれない。
 むしろここで特記されることは、2万の米軍部隊が数ヶ月かけてできなかった、テキサス大隊の救出を、日系人で構成された442舞台は2千数百人で、それも1日もかけずに成功させたという点である。

 さらに442部隊の大仕事は続き、ドイツへ進軍した彼らは、ダッハウ収容所を解放。この頃には、米陸軍でも最強とうたわれた442部隊は、ドイツ最後の生命線、「ゴシックライン」へと進軍命令を受け、ここでも重要な働きをする。
 これらの働きで、合衆国からはしかるべき栄誉は与えられている彼らである。

 日本における知名度は低いが、彼らは“日本のために”戦ったのでなく、連合国側の部隊なのだから、それも当然だろう。
 ただし、映画の人であれば、彼らの武勲についてロバート・ピロッシュ『二世部隊』(1951)で描かれたことを知る人も多いだろう。本作を見た者は参照作品として必見と思う。

 私がこの映画に大きな好意を感じたのは、そのバランス感のよさだった。
 日本と合衆国のどちらにも属さぬ日系人として、必死に米軍に尽くす事が、彼らにとってアイデンティティを保つ唯一の方法だった、みたいな幼稚な紋切り型を決して語らない。

 あくまで映画が強調するのは、かつてこのような部隊に参加した日系人たちがいた、という事実と、彼らの現在の姿だ。
 まず強い印象を受けるのは、全員が90歳近い、またはそれ以上の高齢なのに、実に血色豊かで元気なことだ。しかもその弁舌は、きわめて美しく明晰な発音の英語である。
 インタビュー映像は、いずれもあふれる陽光の下、つやつやとした画面で、時に夫妻でゴルフをたしなみもする。極めて豊かな老後の姿だ(ブルーレイ上映という形式による、超高解像度の画面がその印象を一層強める)。

 戦後に心的外傷(PTSD)を患った者も少なくないと語られる。しかし、映画が観客に残す印象は、自信にあふれた表情で、老後を楽しむ元442部隊の兵たちの姿である。
 これもまた日系人の歴史の1つの姿だ。

 だからこそ、パンフやその他記事に寄せられている、有識人たちの「日本人の誇り」とか「日本人こそ必見」とかそうした言葉に、ひどい違和を感じる。まして「442連隊にこそ大和魂は存在する」なんて言葉は論外だろう。
 繰り返すけれど、そういう紋切り型をこそ、この映画は徹底して退けているのだ。
 すでに“○○人”としての名誉などとは、すでに無縁の境地に彼らはいる。それに、そんなケチなもののために、彼らの当時の苦労があったというのに。
 何より、誇らしげに合衆国家を歌う彼らは「アメリカ合衆国国民」なのだ。


2010/11/14

『エクリプス/トワイライト・サーガ』、『マチェーテ』  映画

 デヴィッド・スレイド『エクリプス/トワイライト・サーガ』 
 2作目の『ニュームーン』は掛け値なしに大傑作だった。この調子でいけば、かなりのレベルのシリーズが期待できると思ったが、無念。また元に戻ってしまった。

 『ニュームーン』は3人のメインキャラクターの心の動きを、映像が一体となって表現した、才気みなぎる作品だったが、『エクリプス』はその点、平板である。
 三角関係が極まって、物語も停滞し易いエピソードだから、仕方なくはあるのだが。

 一方の男に「あなただけよ」と言ってるそばから、もう一方の男にはっきり引導を渡せなくて、蛇の生殺しよろしくダラダラと会い続けるヒロイン。
 『エクリプス』はかくして、『冬のソナタ』化が加速する。
 人間であるヒロイン(以下、ユジンさん)は、吸血鬼(以下、ミニョンさん)と狼男(以下、サンヒョク)の両方に愛されてしまうという、突飛な状況だが、『エクリプス』の面白さは、ミニョンさんとサンヒョクの、互いに一歩も引かぬ睨み合いだろう。
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写真:『冬のソナタ』、もとい『エクリプス/トワイライト・サーガ』より。いやはや難儀な3人の高校生である。画像リンク元:映画.com

 この際、新種吸血鬼の一族がユジンさんを襲う、という今回の背景は、2人の男たちの闘志を掻き立てる道具立てにすぎない(なまじこのエピソードがつまらない)。
 で、ユジンさんを巡って、2人の怪物がギリギリと炎を燃やす。狼らしく、今にも噛みつきそうなテイラー・ロートナーと、吸血鬼らしく、目だけがめらめらと燃えているロバート・パティンソンの演技は、決して悪くない。

 すごいなと思うのが、ますます『冬のソナタ』っぽくなる、クライマックスの雪山での睨み合いで、このときソフトフォーカスがあたるのは、何と男の方。
 クラシックなハリウッド映画では、ソフトフォーカスは女優に対して、というのが、セオリー中のセオリーである。
 
 けれど、今やティーンの女性観客が中心となる映画界にあっては、ソフトフォーカスは、美少年にこそあてられる。決してヒロインでなく。
 『エクリプス』で男女優の撮り方は、ついに逆転した。女性(観客)上位時代の突入である。

 ロバート・ロドリゲス『マチェーテ』 
 事前に情報をインプットしていなかったので、見ていて驚いた。
 国境捜査官としてジェシカ・アルバ。メキシコ不法市民を影で支える伝説の女兵士としてミシェル・ロドリゲス!
 ミシェル・ロドリゲスといってすぐにピンとこなければ、『アバター』の頼もしく魅力的で、バストがいい感じの女性兵士、トルーディだといえばおわかりか。

 ジェームズ・キャメロンが発掘した2人のヒロインを、『マチェーテ』は実にうまく使う。どちらも強い信念があり、そして正しい。
 そして両方とも実にいい面構えで、どちらも美人なのに戦士だ。キャメロンが創造した以上に。互いに敵対する立場にある関係から、腹を探り合いつつ2人が対峙する序盤のシーンに胸が震える。
 正直なところ、同じ睨み合いでも『エクリプス』には、このドキドキする緊張感が走ることばなかったのだ。
 それにしても、敵対する2人の睨み合いとは、いかに映画的な題材であることか!

 さらに、最後の決戦に向かうジェシカ・アルバが、車のルーフに仁王立ちになり、男どもを恫喝するシーンには、涙さえあふれた。そしてミシェル・ロドリゲス。

 不死身のヒーロー、マチェーテの映画と見せかけて、実は2女優の情熱ほとばしる、熱い傑作である。
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写真:『マチェーテ』より。一発で男どもを味方につけるジェシカ・アルバ。彼女の演技史上最大の見せ場+美貌。これに涙しなけりゃ男じゃない。画像リンク

2010/11/12

ディノ・デ・ラウレンティス  映画

 ディノ・デ・ラウレンティスの訃報を聞く。最近、毎日の更新はやめている当ブログだが、訃報を2回連続して記すのは本意じゃない。残念なことだ。
 けれど、これを機に書かぬわけにいかない。

 『映画的!』(フィルムアート社)の中で、沢田康彦さん(本上まなみと結婚した極悪人である)が、こんな名文を記している。

 「ディノ・デ・ラウレンティス―古くはフェリーニの『道』『カビリアの夜』、近年はたとえば『キング・コング』のリメイク(ジョン・ギラーミン)、『コナン・ザ・グレート』(ジョン・ミリアス)、『フラッシュ・ゴードン』(マイケル・ホッジス)、『砂の惑星』(デヴィッド・リンチ)など、どこがとは急には言えぬが妙に共通性のある映画群を作った製作者、あるいは賭博師―という酔狂な男の出現により、奇跡が起こったのである。」

 さて、この沢田康彦さんの文章における「奇跡」とは何のことか。それは、「マイケル・チミノの復活」である。ラウレンティスは、『天国の門』(1981)の壊滅的な失敗により、映画界を抹殺されかけたチミノに新作を撮らせた。
 もちろん、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(1985)である。

 『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』の素晴らしさは、本稿の趣旨ではないので省く。いつかいやというほど書いてみたい。ここでは、現在復権かまびすしいミッキー・ロークが、最高の演技を見せた作品だとのみ言っておこう。(脚本はオリバー・ストーン!−チミノと共同)
 ついでながら、チミノの次作『逃亡者』(1990)も撮らせている。
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写真:『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』より。ジョン・ローンを追い詰めるミッキー・ローク。もう最高だ。画像リンク元 

 いずれにせよ「酔狂」、ラウレンティスにこれほどふさわしい言葉はあるまいと思われる。個人的には、あのシルヴァーナ・マンガーノと一時期結婚したというだけでも、いやあ酔狂な人だなあと失敬なことを思うが、それはもちろん大きなお世話である。

 「キミの取り柄はセックスだろう!」と説得したかどうかは私の空想だが、マドンナ初めての本格的セクシー映画、『BODY/ボディ』(1992)を作り、その性の相手役にウィレム・デフォーをあてがって、この時のマドンナとの狂乱セックスが、彼をして後の『アンチ・クライスト』の出演まで開眼させたというと、さすがに妄想もすぎようか。
 
 だが、『羊たちの沈黙』以後の、『ハンニバル』(2001)にはじまる3本のレクター博士もの(『レッド・ドラゴン』(2002)、『ハンニバル・ライジング』(2007))を企画するのも、これまたおよそ酔狂でなければできなかろう。それが最晩年の作品である。

 その一方で、上記、沢田康彦さんの指摘する通り、2本のフェリーニ作品の他、恐ろしいことに、ゴダールの『気狂いピエロ』(1965)をプロデュースしたとまで聞くと、いったいどういう人物なんだと思う。しかも、ジョルジュ・ドゥ・ボールガールとの共同製作で。

 で、こうして概観するなら、その通り本当に「どこがとは急には言えぬが、妙に共通性のある映画群」を作っている。
 ゴダール代表作からキング・コングまでを駆け抜ける。たぶん人生をものすごく楽しんで生きたのだろうと思う。いや、楽しくなかったはずがない。
 91歳だそうだ。こういう人の存在が、きっと映画史を面白くしたはずなのだ。ご冥福を。 

2010/11/8

ジル・クレイバーグ  映画

 11月5日。ジル・クレイバーグが亡くなったと聞いてため息をつく。享年66歳。
 報道によると、もう21年も白血病を患っていたのだという。お気の毒だ。

 もちろん、普段はクレイバーグのことが頭をよぎることは、滅多にないけれど、彼女の出演した2本の作品は、特に心に残る大好きな映画であり、思い入れの深い女優だ。
 ポール・マザースキー『結婚しない女』(1978)と、ベルナルド・ベルトルッチ『ルナ』(1979)だ。

 教科書的な紋切り型を言うならば、70年代終わりのこの時期、いわゆる「女性映画の時代」と呼ばれ、自立的な女性を主人公にした作品が花開いた。
 77年と78年のアカデミー主演女優賞ノミニーを挙げると、その時代の空気が伝わってくることと思う(太字は受賞)

 77年:ダイアン・キートン『アニー・ホール』、アン・バンクロフト、シャーリー・マクレーンともに『愛と喝采の日々』、マーシャ・メイスン『グッバイ・ガール』、ジェーン・フォンダ『ジュリア』
 78年:ジェーン・フォンダ『帰郷』、ジル・クレイバーグ『結婚しない女』、ジェラルディン・ペイジ『インテリア』、イングリッド・バーグマン『秋のソナタ』、エレン・バーンスティン『セイム・タイム、ネクスト・イヤ―』

 この時代に脚光を浴びた女優の中で、個人的にはダイアン・キートンをまったくの別格とすると、ジル・クレイバーグはとても好きだった。
 それは『結婚しない女』の彼女がとても自然体に見えたからだった。もっとも当時、中学生の私が何をわかったものかは、たかが知れたものだろうが。
 ただ1つ言えたことは、なんてきれいな足をした人なんだろうということか。
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写真:『結婚しない女』より。下着姿で踊る。ジル・クレイバーグは足のきれいな人だった。

 ともあれ、アン・バンクロフトやヴァネッサ・レッドグレーブのような、あまり近寄りたい気持ちになりにくい女性たちが跋扈する中、クレイバーグだけはいかにも、いい意味での“女性”として私の目に映った。それも、決して保守的な意味のそれでなく。そして何より、誰よりも品がよくてきれいだった。
 当時はやりの言葉で「翔んでる女性」(今は死語)というわけだが、彼女はそのために映画の中で、とても無理をしているように見えた。
 
 それは天然のダイアン・キートンにも、確信に満ちたジェーン・フォンダにも、適当なところでキュートさを売り物にできるマーシャ・メイスンとも違う、彼女だけの個性だ。
 きっと、当時の空気にあって無理してる女性は、たくさんいたのだと思う。そして、クレイバーグは、その「無理」の部分を代表していたように振り返って思う。
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写真:『結婚しない女』より。ラスト、決然とNYの街に乗り出すクレイバーグのこの姿は、「自立する女」を代表するイコンのはずだ。以上2点画像リンク元

 そして、その無理がすぎて、何かがはちきれると、息子の魂を救うため、彼を性的に癒すしか術をみつけられぬ、ベルトルッチの『ルナ』となる。
 この恐ろしい映画は、女性の自立の代償として何が起こるかを、描き尽くすが、そのヒロインとしてジル・クレイバーグをチョイスする、ベルナルド・ベルトルッチの炯眼は、今さらにしてすごい。

 当時、『ルナ』は完全に無視されたと記憶するし、今に至るまで、ベルトルッチの名と共に『ルナ』が口にされることはまずない。私の推測にすぎないが、『ラストタンゴ・イン・パリ』の二番煎じとしてのキワモノと思われたのではなかろうか。
 せめてクレイバーグの死去を機に、スポットが当たるべき作品だと思う。
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写真:『ルナ』より。月下のジル・クレイバーグ。ベルトルッチのあまり語られない傑作。撮影はもちろんヴィットリオ・ストラーロ。画像リンク元

 そして、そんなクレイバーグの“女性”らしさは、もう1本の代表作でもある、アラン・J・パクラ『結婚ゲーム』(1979)の出演というスキにつながり、2度目のオスカー・ノミニーをもたらすが(受賞はサリー・フィールド『ノーマ・レイ』)、ここでのクレイバーグは陰影を欠く分、残念ながら『結婚しない女』と『ルナ』の魅力には乏しい。

(ただし、脚本ジェームズ・L・ブルックス、撮影スヴェン・ニクヴェスト、音楽マーヴィン・ハムリッシュという、綺羅星のような人材をそろえたこの映画自体は、やや時代色が強いが、とても魅力的な傑作である)

 そして、私がスクリーンで彼女を見たのは、ここで終わる。今回、調べてみたらTVの世界に活躍の場を移していたようだ。

 『結婚しない女』と『ルナ』の2本。そして『結婚ゲーム』も合わせて、彼女は私の何かを形成しつつあった中学生時代に、はっきりと足跡を残している。
 心からご冥福を。




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