2011/1/31

ジョン・バリーが、ジョン・バリーが、ジョン・バリーが…!  映画

 信じられない…。ジョン・バリーが亡くなったなんて。
 享年77歳。そんなに若かったのか、と驚いてしまう。もう彼のメロディを聴くことができないのか。

 ジョン・バリーは何と言っても、弦楽合奏の達人だった。たぶん映画音楽界最高の。
 それもサウンドの厚みで聴かせるのでなく、均質なほとんどヴァイオリン・ソロにも聴こえてくるような、優しく繊細なアレンジだった。
 それは多くの場合ユニゾン、あるいはオクターブが基本アレンジということもあるけれど、メインテーマにかぶさって、やがて優しく優しく高音のヴァイオリン合奏が入って来る瞬間の、恍惚感はジョン・バリーだけのものだ。

 そして、そうした弦楽合奏の響きが、ジョン・バリーの流れるような、メロディに本当にふさわしいものだったのだ。世界一好きな作曲家の1人だった。

まぎれなきジョン・バリーの最高傑作『ある日どこかで』(1980)!

 「ジョン・バリーには乗り物がよく似合う」という名言を残したのは、『映画的!』の畑中佳樹さんだった。
 「それも、轟音とどろかせて驀進する蒸気機関車のようなごっつい乗り物ではなくて、もっと軽やかに、気持ちのよい抵抗感で滑るように、流れるように動いてゆく、どこか遊覧的な乗り物がいい」

 私はこれほど的確にジョン・バリーの音楽の魅力を言い表した言葉を他に知らない。

 あのすばらしい『ダブ』での、ヨットの滑走に流れる流麗極まりないメロディ。それに『ある日どこかで』の馬車。そして、『ハイ・ロード』のヒマラヤ山脈を越える複葉機!
 私はこの3本をジョン・バリーのベスト3としたい。いずれも、弦楽器の響きがこのうえなく美しい、素晴らしいメロディだ。

 畑中さんは「バリーが伴奏する乗り物にのっているのが、いつも必ず恋する男女だということである」とも書いている。

『ダブ』(1974)のメインタイトル。輝く水面をヨットが滑って行く…目に浮かぶようだ。

 ああ、あの『愛と哀しみの果て』のアフリカの広大な大地を見降ろしつつ、飛行機を飛ばすロバート・レッドフォードとメリル・ストリープを思い出そう。
 そのときの広大さは、『ダンス・ウィズ・ウルブス』でケヴィン・コスナーが、「こんな風景は生まれて初めてだ」と繰り返し繰り返し繰り返し口にする、アメリカ大陸の大平原を伴奏した、壮麗な弦楽合奏につながるだろう。
 ということは、乗り物に乗っていなくてもいい。『フォロー・ミー』。歩いていてもかまわないのだ。
 こうして書いていて涙が止まらないのだが、忘れてはいけない『ラスト・レター』で、不治の病のダイアン・レインが人生最後の笑みを浮かべた時に流れた、ジョン・バリーの天上の調べ!

ダイアン・レインのはかなくも美しい人生を飾った『ラスト・レター』(1980)の名旋律! ダイアン・レイン、そしてデボラ・ラフィン!

 ジョン・バリーの弦楽器の妙は、イギリス音楽の伝統もあるかもしれないと思ったことがある。
 たとえばヴォーン・ウィリアムス。あるいはエルガー。彼らの弦楽アンサンブルのアレンジは、間違いなくジョン・バリーのそれに受け継がれていないか。
 イギリスの作曲家の弦楽アレンジは、ワーグナーやR・シュトラウスが極め尽くす、重厚なそれとはまったく一線を画す。清く明るく澄んでいる。人の心の美しい部分をこそ照らしてくれる。

 ジョルジュ・ドルリューが亡くなって、ついにジョン・バリーが亡くなった。映画音楽界はこの2人に匹敵する後続の作曲家をいまだ持っていない。
 無念だ、無念だ、無念だ、本当に。心からジョン・バリーのご冥福をお祈りします。

2011/1/29

アモス・ギタイ監督特集  映画

アモス・ギタイ監督特集 於アテネ・フランセ

『戦争のイメージ1.2.3』(1974 10M20S)
「ヨム・キプール戦争中、アモス・ギタイはヘリコプター救援部隊に所属していた。この3つのフィルムは、ヘリから空撮されたものやヘリコプターの隊員等を含み、扮装のまっただ中で撮影された」(チラシ解説より)

『アハーレ(その後・・・)』(1974 3M20S)
「ヨム・キプール戦争への従軍後、アモス・ギタイはヘリコプター墜落事故から奇跡的に生還し、初めてこの短編フィクション映画を撮影する」(チラシ解説より)

 ビデオ上映のせいにはできないが、迂闊な私はこの2作品の切れ目がわからず、一連の一作品として見てしまったことを白状しておく。
 画面が粗くてよくわからなかったが、執拗に映し出される兵用の黒い皮コート(?)。銃弾で穴でもあいているのだろうか、または血がついているのか。
 このように「もの」に何かを託すような試みには、若干の“青さ”を感じさせられるものの、ここには間違いようのない「現場」の空気がある。
 この映像は取材目的でなく、従軍中の人物がその場の記録として撮ったものなのだ。

 おそらく同じ部隊の兵士だろうか、カメラに向かってはにかむように笑いながら、カメラを回す仕種をする男性が映っている。彼と撮影者(ギタイ)との距離は限りなくゼロである。

 四方田犬彦は、アモス・ギタイについて、「ヨム・キプール戦争(第四次中東戦争)に参加して、非常に深い心理的トラウマを受けた世代で、やはり文化大革命をトラウマとして映画を撮り出した中国の陳凱歌などと同世代」(『パレスチナ・ナウ』(作品社))と定義している。
 これはまさに、そのトラウマを形成した短編2本である。

『カリスマ』(1976 18M)
「ベルトルト・ブレヒトの詩“労働者が歴史を読む”に触発されて製作された作品。(チラシ解説より)

『建築』(1978 13M)
「1960年代から70年代にかけて、イスラエルの郊外では多くのスラム街が軍事的に一層された。(中略)この作品は、均一化し、平均的家族向けにデザインされる現代共同住宅建築への批評である」(チラシ解説より)

 この2本については、字幕なし。ヘブライ語でもあり、ほとんど内容はつかめなかったものの、これらはそのまま続く1980年の長編デビュー作とされる『家』に題材的につながっているように思う。

『家』(1980 51M)
「東エルサレムにある一軒の家の改築現場。現在の所有者で改築の発注者はユダヤ人の大学教授。1948年以前の持ち主はパレスチナ人の医師。建築業者はユダヤ人。ヘブロン郊外から切り出した石で作業するのはパレスチナ人の石工たち」(チラシ解説より)

 という、きわめて入り組んだ、センシティブな題材で興味深い。面白くならぬはずがない。ユダヤ人建築作業員にカメラを向け、“労働”について執拗に問うギタイ。
 その作業員も、当初はにこやかに建前を述べていたが、次第に本音がむき出しになるスリル。

 大理石を切り出す石切り場。作業員たちが重々しいハンマーを、繰り返し繰り返しふるっている。おそらくは身体そのものに、相当な負担を強いるだろうこの労働。
 ラストでは、彼らの営みが空撮でとらえらる。2人の作業員のうち、1人はサラートを始め、1人は黙々と作業を続けているのが強く胸に残る。

『フィールド・ダイアリー』(1982 83M)
「ヨルダン川西岸、ガザ地区、イスラエル軍侵攻直後のレバノン南部を往復し、アラブ、イスラエル間で激化する暴力の実態とその背景を、複眼的な視点で捉えたドキュメンタリー」(チラシ解説より)

 「撮影するな」と何度も何度も、行く先々で、カメラを手でふさがれる。いい加減にしないと、カメラを壊すぞとまで言われるが、いつもギリギリのところで、それは押しとどめられる。(しかし見ているこちらは、逆になぜ壊されないのか、不思議でならない)

 終盤でカメラを向けた兵士には、「何撮ってんだ、おら!」と、ほとんどヤクザかチンピラかといった風情でおどしかけられるが、ひるむことなく冷静にカメラを向け続ける。
 再び四方田犬彦の言葉を引くと、「ギタイはイスラエル政府や社会がとにかく嫌がることばかりやってい」るとのことだが、“ダイアリー”と銘打つこの作品は、方々で神経を逆なでしてまわっている。
 その一方で、実におおらかな面持ちで取材に応じる者もいる。

 こうした、現地ドキュメンタリーの魅力は、横移動の魅力でもある。
 先の一触即発な兵士を横移動で追って、彼らがフレームからはずれていったところで、画面の奥にストリートが走り、そこでたくさんの子ども達が遊んでいる。そんな不意の一瞬に胸をつかれる。

 別の場面では、子ども達の遊ぶストリートを撮っていく中、ほとんどの子どもは無視、あるいは映ってはいけないと、身を隠そうとする子どもさえいるのに、たった一人、満面の笑顔でどこまでもどこまでも、カメラを追ってくる少年がいる。
 そんなところに、生命感がむきだしになる。


2011/1/26

『天空の城ラピュタ』と味の素  映画

 探し物をしていて、古いファイルからとんでもないものを見つけてしまった。
 『天空の城ラピュタ』公開当時のもののはずだが、スタンプラリーって…。
 これが、私としたことが、いったいいつどこでやったものやら、まったく思い出せない…。
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写真:変色してるのが痛々しい…。撮影:Incidents

 『天空の城ラピュタ』は「味の素」とタイアップしていて、同名のドリンクが発売されたはずで、それとの連動企画にはまちがいあるまいが…。

 でもこれを見ると「スタンプを集めて、ラピュタオリジナルグッズをもらおう!」とか書いてあって、私はこれをA〜Fまでコンプリートしているから、きっともらったんだろうな。
 で、そのグッズが何かを思い出せないうえに、そもそも記憶がない…。歳だろうか?
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写真:いやぁ…6ポイントもどこをどうラリーしたんだったか…。撮影:Incidents

 で、『天空の城ラピュタ』とタイアップした、「味の素」の当時のCMがYoutubeにはあるんだ、これが。すごいものだ。
 ちなみにこのCM、声は島本須美と松田洋治のはず。歌は何と高橋洋子。


 

2011/1/24

安原顯さんの没後8年だ。  

 そういえば、この20日は安原顯さんの命日だっけ…。と、突然思い出す。
 何年か前のこの場で、きっと遠からず安原さんの業績も、安原さん自身も忘れられる日が来るだろうと書いたのだけど、実際その自分が既にして忘れかけていることを、深く恥じる。没後、もう8年だ。

 井家上隆幸、永江朗との共著で、『超激辛鼎談・「出版」に未来はあるか』(編書房)という本を出したこともある安原さんだったが、考えてみると安原さんはとうとう昨今の電子出版を知らずに亡くなったのだ。
 もし存命ならば、この動向に対してどんなコメントを出しただろうか。やはり「ふざけんな!」と言っただろうか。それとも嬉々としてその未来を語ったろうか。

 いや、おそらく安原さんのことだから、電子書籍そのものは面白がったろうが、電子書籍化されるコンテンツに対しては、おおいに毒づいたに違いない。

 今朝の朝日新聞に「学術書の電子化 実験中」という記事があった。
 日本語の学術書の電子化に向けた動きが、各地の大学で始まっているという内容である。慶応大学が先んじている他、東大、京大、九州大、千葉大がプロジェクトを組む。

 記事では、慶応大メディアセンターの田村所長の「一般書の電子書籍は話題になっているが、学術書の検討が日本ではなされていなかった」とのコメントを紹介しているが、何も所長ほどの人からの言葉でなくても、そんなことはとうに自明だった。

 また、岩波書店、筑摩書房、青土社、みすず書房、平凡社、白水社、作品社、月曜社、インスクリプトなどなどの、人文系に強い出版社からは、まだまだ電子化の動きは見えてこない(必然的に大学による、このプロジェクトに乗るのかもしれない)。

 こうしたバランスの悪い現状。今、これに「ふざけんな!」と大きな声を出せる人はいない。安原さんの不在は、本当に本当に大きく、没後8年、今こそその存在を求められるべきなのだ。

2011/1/22

『ウッドストックがやってくる!』  映画

 アン・リー『ウッドストックがやってくる!』
 歴史に名を残す、1969年の野外ロックイベント、ウッドストック。その誘致に思いがけず成功してしまった若者の物語。
 題材そのものは最高に面白い。が、正直なところ、アン・リーという人の限界が見えてしまったような気がする。
 あれだけの群衆を用意しながら、それをまったく撮れないというのは、どうしたことだろう。

 ウッドストック会場へと向かう、長い長い大渋滞の人また人の行列を、道路そのものは埋めておきながら、『ウィークエンド』のゴダールとまでは言うまいが、その無償の連なりをカメラに収めようとしないというのはなぜだ。もう少し何とかならなかったろうか。

 この題材にあって、ウッドストック関連のロックミュージックが皆無なのは、きっと使わなかったのでなく、使えなかったのだろう。たぶん予算の関係だと思うから、致命的だとは思うけど、理解はできる。
 でも、それはこの決定的に躍動感に乏しい画面の言い訳にはならないように思う。

 最後の最後、それもエンド・クレジットで、とってつけたようにジェファーソン・エアプレインが聴こえてきても、あまりに遅い。
 ここにきて、思いがけず、アン・リーの前作『ラスト、コーション』に何が足りなかったのかということも、見えてしまったようにも感じた。
 もっと悪く言うと、やっぱり『ハルク』の監督なんだなあと。

 何かが湧きだすような、目に見えぬ歴史の胎動とか、否応なしに押し流される人々の姿が。ベルトルッチへのあふれるオマージュが見てとれた、『ラスト、コーション』だったが、今のところそうした(肝心な)ところは引き継ぎそびれているようだ。

2011/1/20

『思想地図beta Vol.1』(合同会社コンテクチュアズ)  

 『思想地図 beta Vol.1』(合同会社コンテクチュアズ)
 完全読了。
 それらしいことを書こうと、あれこれメモをとりながら読んだけれど、本書1冊には到底拮抗しえないので感想まで。結論から言って、とても面白く、興味いっぱいに読み終えた。
 NHK出版時代の『思想地図』よりも、明確に「東浩紀 編集長」の意思がはっきりみえていることも、その理由のひとつかもしれない。

 自ら会社を興して、ビジネス的にはリスクを全面的に背負ってのことだけに、それができたのかもしれないし、そこに自分の出身地である『批評空間』への追慕と止揚の意識を感じたからかもしれない。
 『批評空間』も最終期は、その編者たちが自ら興した会社で出し続けてきた雑誌だった。

 今回の「beta」には、『批評空間』はもとより(というより避けていたように思う)、旧『思想地図』にもなかった方向性、思想・批評・哲学を自然科学に橋架ける、という動きがあって、そこがよかった。
 巻末に本誌議論のダイジェストの、英訳があるのも、海外に向けて存在を主張しようという動きもとてもいいと思った。

 1つ特に忘れ難く印象に残った論文をあげておくと、千葉雅也『インフラクリティーク序説』だった。
 意味のズレのなし崩しの連続性を、ドゥルーズ『意味の論理学』をとっかかりとして、平明かつ精緻に論じ尽くして、思想書を読む快楽万歳。

 というわけで、感想にもなっていないが、菊池成孔+佐々木敦+渋谷慶一郎の鼎談「テクノロジーと消費のダンス」の中で、菊池成孔氏の次の言葉が忘れられない。

「音楽はスローモーションで聴くことはできません。だけどアナリーゼによってそれはできる。」(P.255)

 な…なるほど!


2011/1/18

「カンディンスキーと青騎士」展  美術

「カンディンスキーと青騎士」展
  於 三菱一号館美術館。(11月23日〜2月6日)

 この展覧会のことを書くにあたって、できすぎた話のようだが、実は間違って私に映画を作るような才能があれば、かねがね撮ってみたい物語があって、それが「青騎士」をめぐる人々なのだ。
 青騎士とは、ヴァシリー・カンディンスキーが結成した、芸術集団である。

 私の妄想上の映画は、1911年5月のウィーンにおける、グスタフ・マーラーの死と共に始められる。
 画面には未完の交響曲第10番「アダージョ」が壮大に鳴り響く。後期ロマン派のこれが終焉である。これがプロローグ。

 さて、物語は15年前にさかのぼり舞台はミュンヘンに移る。モスクワからやって来たひとりの若者。それが新たな絵画への野心に燃えるヴァシリー・カンディンスキーで、彼が教える絵画のクラスにいた、ガブリエーレ・ミュンターとほどなく恋に落ちるだろう。

 しかし既に妻のいる身だったヴァシリーは、その恋を成就させることができぬまま、2人はヨーロッパを転々と放浪することになる。そして彼らは、その過程で見事な色彩とフォルムを持つ、初期作品を数多く製作する。
 やがて2人は、アルプスふもとの小村ムルナウに理想の地を見出し、そこでようやく長期滞在を実現することで、作品はいっそう色彩に華やかさと壮麗さを増すことになる。
 その過程で、彼らに共鳴する仲間を増やし、着々と理想への歩固めを行っていく。おそらくは最も幸せな時代。ベートーヴェンの「田園」で言うと、2楽章に相当するようなイメージだ。


 さて、ヴァシリーには決定的な転機がやって来る。ここで場面はマーラーが没した1911年に接続する。
 同年1月2日、ミュンヘンで開かれたコンサートに、ヴァシリーとガブリエーレと、その仲間たちが出向いていく。アーノルト・シェーンベルクによる演奏会である。
 これにヴァシリーは決定的な衝撃を受け、ここに自らが目指す芸術の理想の具現化を見る。曲目は「弦楽四重奏曲第2番 作品10」と「3つのピアノ曲作品11」。

 ヴァシリーはこのコンサートから受けたショックを視覚化すべく、絵画史上最重要作の1つ、『印象V〈コンサート〉』を一気呵成に書き上げる。
 ステージとヴァシリーの恍惚たる顔とのクロスカッティング。同時に画面は『印象V』の黄色に染まっていくのだ。
 そして、そのときあふれた情熱が、ガブリエーレ以下、理想を一にする仲間たちを含む「青騎士」結成に至るのだった。
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写真:カンディンスキー『印象V〈コンサート〉』1911 画像リンク元

 このように、シェーンベルクの絶対的なまでに理性的な音楽が、カンディンスキーの理想を喚起したまさにそのとき、馥郁たる音楽の書き手であるグスタフ・マーラーがこの世を去るという、冒頭のシーンにつながったところで、第一部完である。

 私の妄想の映画における第二部は、第一次大戦の勃発で、早々に潰えた青騎士の理想。そして仲間たちの戦死。失意。ガブリエーレとの別れと再会、そして再度の別れ。
 やがて起こった第二次大戦中に没するヴァシリー以下、青騎士集団の作品を戦後まで守り通した、ガブリエーレのその後の苦難を活写し、晩年にその作品群の一切をレンバッハ美術館に寄贈。80歳の誕生日のことであり、やがて1962年に、そのガブリエーラもこの世を去る。
 そのエンディングには、シェーンベルクの『浄夜』を、弦楽合奏版で力いっぱい流してやろうと思う。

 ちなみにガブリエーレを演じるのは、ナオミ・ワッツに決定である。ヴァシリーはジョージ・クルーニーで。脚本・監督はこの私。
 これでユダヤ民族の話にまで踏み込むつもりだけど、まあ、アカデミー賞は確実に独占しちゃうかな。

 という、馬鹿馬鹿しくも、絶対に実現するはずのない企画を、半ば冗談でこっそり持っているが、この展覧会はその私の個人的妄想の映画の第一部にあたる作品群を、ごそっと紹介してくれる、個人的には感謝以上のものがある、素晴らしい企画展なのだった。

 それにしても本稿をお読みの方の、相当数に経験があるのではないだろうか。すばらしい作品を見聞きしたときに、腹の底から湧き上がるような、「こうしてはいられないんだ」という、むせかえるような圧倒的な感情。
 残念ながら私を含む、ほとんどの人間には才能を欠いているので、その激情の持って行き場がなく、いつしかクールダウンしてしまうのだが、ごくごく一握りの天才はそれを作品化できてしまう。
 この展覧会はその、「こうしてはいられないんだ」というような、カンディンスキーとガブリエーレ・ミュンター、そして青騎士へと至る仲間たちの、沸点ギリギリの情熱にあふれかえっている。

 見たことのない形象、経験したことのない色彩、何か違うことを、別の何かを、という鮮烈な感情に圧倒される。
 彼らの作品からやがて、キュビスムやフォーヴィスム、あるいは未来派へと派生していくのだろうが(第2回青騎士展には、ジョルジョ・ブラックやピカソも出品していたのだそうだ)、そうした絵画の形式性とは無縁に、五感がとらえたものを色と形に転換させる、印象主義を超えた印象主義がここにある。

 そんな作品群の中、ヴァシリーがガブリエーレを描いた肖像画、これはマネの「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」と並んで、個人的に最も愛する肖像画なのだが、カンディンスキーとしてあり得ないほど、徹底的に写実主義に徹して描かれた『ガブリエーレ・ミュンターの肖像』にばったりと出会うと、深い深い衝撃に見舞われる。

 これほど美しい恋人へのラブレターがあるだろうか。
 印象を極めて抽象化した絵画に還元することが、カンディンスキーの絵画の方向性であるならば、写真よりも写真に近く写実化した、このガブリエーレの姿こそが、彼の心象風景における彼女の姿であったのだ。
 それって最高にロマンチックなことではないか?
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写真:カンディンスキー『ガブリエーレ・ミュンターの肖像』1905 画像リンク元

 これは1905年の作品。1896年にミュンヘンにやって来て、1911年に青騎士を結成する、カンディンスキーの、おおむね中間の頃である。
 展覧会図録によると、後にカンディンスキーが彼女に宛てた手紙の中で、この肖像画に言及して「出来の悪い絵」と語ったという。
 その手紙がいつのものかが示されていないのだが(そこは重要なことだと思う)、もしそうだとしたら、後年のヴァシリーとガブリエーレの別れの予兆がそこにあるのではなかろうか、とまたしても妄想を膨らませてしまう。

 決して出品作品が多くはなく(60点)、本展覧会では扱われていない、青騎士解散後のカンディンスキーの作品の方が、ある意味さらに刺激的だったりもするのだが、カンディンスキーとミュンターそして、フランツ・マルクやアウグスト・マッケら青騎士集団の作品の粋を鑑賞できる、見事な展覧会である。

 また、理想の地ムルナウを見出すに至るまでの、ヴァシリーとガブリエーレの写真も多数展示されていて興味が尽きない。
 それらを詳細な解説と、理想的な印刷でとりまとめた展覧会図録も、これが2300円ならほとんどタダも同然。
 あらゆる点で、素晴らしく刺激的な展覧会である。
              ↓ちなみこのCDは高橋悠治と若き日の坂本龍一の連弾が聴けるすぐれもの
 

2011/1/16

『ソーシャル・ネットワーク』  映画

 デヴィッド・フィンチャー『ソーシャル・ネットワーク』

 最先端のデジタル技術を持つ天才が、最先端にして世界最大のコミュニティサイト“Facebook”を立ち上げ、20代にしてビリオネアーになった人物を描いた物語だが、底辺となるテーマは意外とアナログである。
 すなわち「友だち」ということだ。

 冒頭早々、主人公マークは本気かどうか、この時点ではわからぬながら、エリカという美少女を(たぶん)口説こうとしている。
 しかし、生来の口下手というより(口下手なんかであるはずがない。世界一弁が立つ人物だ)、「普通の」意味でのコミュニケーションができないので、彼は彼女を決定的に怒らせてしまう。「友人としてだけお付き合いしましょう」

 ここで早速「友だち」というキーワードが登場する。「友だち」とは何なのか。
 後に彼女と偶然再会したとき、会話を求めるも「(一緒にいる)“友だち”に失礼だから」とやんわり拒絶されることになる。
 その後、映画には「友だち」という言葉が随所に出てくることになる。
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写真:『ソーシャル・ネットワーク』。エリカ演じるルーニー・マーラがかわいい。
気があるならもっとうまくやろうよ、みたいな。画像は映画.comより


 さて、そうしたことの他、この映画はスポーツマン野郎に対する、オタクからの復讐という面もある。
 映画の中で一番マヌケに描かれるのは、金持ちスポーツマンのウィンクルボス兄弟だ(CGによりアーミー・ハマーが1人2役で演じる!)。彼らに対する描き方は情け容赦がない。
(ついにマークたちに訴訟を決意するときの「オタクへの反撃だ!」の叫びが忘れ難い)

 その一方、オタク側として、マークと共に“Facebook”創業者として名を連ねるエドゥアルドが重要な役を担うが、この人物はむしろわかりやすい。
 “友だち”と興した会社を大きくし、融資を引き出そうと、靴底減らして営業活動する。
その意味で手法と発想としては、極めて古臭いが、しかし人間味があるし、まずまずフェアである。
 そのうえで、彼のモチベーションは、金と女と名誉であって、とりあえず彼をオタクAと呼ぼう。

 そして話を複雑にするのが、ナップスター創業者で、主人公マークに痛く感銘を与えるショーンという人物だ。こいつを映画は悪役として見せる。
 たぶん世界で最も女に不自由していない男、ジャスティン・ティンバーレイクが巧みに演じるこの人物の動機は、金と女以外の何ものでもなく、スポーツ野郎どもへの復讐的野心を隠さないが、その手法はズバリ横取りだ。
 だから「友だち」への忠義心など露もなく、こいつをオタクBと呼ぶ。

 そこで結局、いちばん不可解なのが主人公マークなのだ。動機が見えない。金でも女でも名誉・・・に対しても、いらなくはなさそうだが(むしろ誰よりも欲してるのだろうが)、それへの執着心を表に見せない。すなわちオタクCだ。
 
 ハッとさせられる場面があって、Facebookが軌道に乗りつつあるとき、マークとエドゥアルドが2人の美女に逆ナンパされるくだり。
 2組は直ちに公衆トイレで性行為に及ぶが、エドゥアルドのセックスはズバリ描かれる一方、隣の隣の個室には確かにマークも入った気配があり、エドゥアルドは女の子の舌を楽しみつつ、「あいつもやってるな(ニヤリ)!」という表情を浮かべるのだが、しかしあのとき隣の個室でセックスしていたのは、本当にマークだったんだろうか?
 
 画面にはパンツを下ろしている男女の足元が移っているだけなので、それははっきりとわからない。あれはもしかしたらマークではなく、別人の可能性もある。
 つまるところ、オタクA〜Cの中で、この映画がはっきりとセックスを見せなかったのは、オタクCのマークだけなのだ。
(それにしても(おそらく)初めて生の巨乳を目の前にして、動揺のため息を隠せぬ   エドゥアルドを演じる、アンドリュー・ガーフィールドの演技には共感の涙を禁じ得ない!)
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写真:『ソーシャル・ネットワーク』より。逆ナンパしてきた2人の女のうち、1人は早々と姿を消す。
ということは、たぶんマークはセックスしなかったんじゃないか、という証拠のように思う。画像は映画.comより


 あまり深く考えずにわかることだが、“Facebook”というのは、「お友だち」を増やすツールである。そのツールを5億人規模にまで広めた人物、すなわちオタクCの、本当のところの動機と欲望はどこにあるのか。
 それを発見するためのカギが、あまりにも印象的なラストに表現される。

 また、それ以上にデヴィッド・フィンチャーという監督。この興味の尽きぬ、映画作家の直近3作、『ゾディアック』、『ベンジャミン・バトン』、そして『ソーシャル・ネットワーク』と、オーソドックスで古典的な語りの作品において、最新CG技術の粋をこらして作っているということ。
 本作も、その気になればCGなしで作ることも可能だと思うのに、わざわざ目を疑うCGを使って、スポーツマン兄弟の双子を、一人二役で演じさせるという、奇妙な野心はいったい何なのか。

 最新テクノロジーを知る天才が作り上げた、500億ドルの資産価値を持つといわれる“Facebook”の目的が、つまるところ、「友だち」作りにすぎないことと、フィンチャーの映画作りが、どこか相通じるようにも思われ、『ソーシャル・ネットワーク』は、実に多くを考えさせられる、極めて刺激的な映画体験なのだった。
 

2011/1/14

『僕が結婚を決めたワケ』  映画

 ロン・ハワード『僕が結婚を決めたワケ』
 予告編からして、『ラブINニューヨーク』の頃に戻ったかのような空気感を漂わせていたが、そうか、ロン・ハワードこんなものを見せてくれるか! と、幸福感と感銘に胸がいっぱいになる。

 男女4人の物語。1組は仲睦まじい夫婦(ウィノナ・ライダー&ケヴィン・ジェームズ)、もう1組は結婚に踏み切れずにいる恋人同士(ジェニファー・コネリー&ヴィンス・ヴォーン)。その4人は温かい友情を育んでいるが、そんな彼らももう40歳。
 と、ある日、ヴィンス・ヴォーンが親友の妻である、ウィノナ・ライダーの不倫現場を目撃してしまう。彼は親友として、そのことを彼に伝えるべきか、だまっているべきなのか。
 そのジレンマ(原題は“The Dilenmma”)から、次第に彼の行動が常軌を逸していく。

 冒頭は高級そうなレストランでの、4人の陽気な雑談から始まる。その様子はまるでウディ・アレン作品の導入のようで、おや? と思わされる。
 ここから始まるややこしく、偏執的な恋愛コメディは、なるほどウディ・アレンが作りそうなドラマだという気もしないではない。

 けれどロン・ハワードが目指したものが、それとは少し違うことが、はっきりと分かるのは、映画中盤ごろだ。
 それが映るのは、ほんの一瞬ではあるが、キッチンにそっと置かれていた3枚のDVD。
 『スプラッシュ』? 『バニシングIN TURBO』? いやこれが何と、ジョン・ヒューズの青春三部作ともいうべき初期作品、『すてきな片思い』(1984)、『ときめきサイエンス』(1985)、そして『ブレックファスト・クラブ』(1985)なのだ。

 2009年に没したジョン・ヒューズに対する、これは愛悼の意なのだろうか。そうかもしれない、けれどたぶんロン・ハワードの射程は、そこよりさらに先を見つめているように思う。
 それは、ティーンエイジャーの頃に、80年代青春映画を浴びるように見て大人になった、現在40がらみの中年たちを主人公として、「ブレックファスト・クラブ」な恋愛ゲームをやらせる、という課題である。

 そうしてみると、『ルーカスの初恋メモリー』(1986)のウィノナ・ライダー(涙!)、『ジェニファーの恋愛同盟』(1986)のジェニファー・コネリーを主演に迎える意味が出てくる。どちらも忘れ難くも美しい青春映画だ。
 それぞれの役には、ジェニファー・ガーナー、ユマ・サーマン、ケイト・ベッキンセールも候補だったと聞くが、80年代映画に無関係の彼女たちに、(この映画では)ロン・ハワードが役を与えるはずがない。
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写真:『ルーカスの初恋メモリー』より。かつてウィノナは本当にかわいかった…。画像

 80年代的青春映画が姿を消して久しい。今の若者に向けてそれらを再生産しても、仕方がないからだと思うが、逆に言うと80年代世代が今の若手俳優によって作られた、青春映画を見たってもっと仕方がない。
 けれどその世代は、切実にそれらの映画の「ときめき」をもう一度味わいたいのだ。そして、自分がそれらの映画の登場人物として、恋と人生に悩んでみたいのだ。

 けれど、そんなことができるわけがない。それをやっても見苦しく、滑稽なだけだろう。だったらそれはコメディになる。
 『僕が結婚を決めたワケ』は、迷える80年代世代に対して、80年代青春映画のときめきをもう一度提供してくれる。ここまではロン・ハワードの愛情だ。
けれど、それと同時にその不可能さも(残酷にも)突き付けてくる。

 ロン・ハワードは実はジョン・ヒューズ的な青春映画を、80年代に撮っていない。だからこそ一歩離れた視点から、それを検証できて、しかも自己模放にならない。
 この映画にはさらに、『ダーティ・ダンシング』(1987)や『セント・エルモス・ファイアー』(1985)への目配せも、散りばめられている。自らは青春映画を撮らなかった、ロン・ハワードだからこそそれができる。
 かくして80年代にティーンだった世代の“今”を、そっと提示する。

 その“今”とは何なのか。主演のヴィンス・ヴォーンとケヴィン・ジェームズ。そしてウィノナ・ライダーとジェニファー・コネリーが、それぞれそっくりに見えるということだ。
 すなわち、『ブレックファスト・クラブ』の頃は、そこそこ個性的だった彼ら登場人物1人1人の容姿とキャラクターが、今やすっかり均質化してしまっているということ。
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写真:『僕が結婚を決めたワケ』より。身長差はともかく2人が同じに思えてならない。画像リンク元
 
 せいぜい、のっぽのヴィンスにチビのケヴィン。巨乳のジェニファーに貧乳のウィノナという違いがある程度で、ことにヴィンスとケヴィンがいかに外見上そっくりか、ということを、ロン・ハワードは2人をしつこくツーショットで撮ることで、執拗にカメラに収めようとする。

 その無個性ぶりは、クイーン・ラティファからの電話を受けたヴィンス・ヴォーンが、誰からかわからずに、彼女から「声だけでわかるかと思ったわよ!」と言われるという、さりげなくも重要なセリフで示される。
 クイーン・ラティファのあの特徴ある声を、聞いてわからないとは?
 
 80年代世代は、その後20年を経て、なんだか均質化してしまった。そんな現実をロン・ハワードはまざまざと映し出し、しかもそれを昇華には導かない。むしろ差異のなさを助長する。これは極めて残酷な視線と言っていい。

 まとまりを欠く記述は、今はこれくらいにしておこう。ロン・ハワードの新作は笑いと共に、80年代世代に対して、それは今のアメリカにということでもあるが、同情と愛情をこめつつも極めて厳しい視線を向けている。


2011/1/12

『しあわせの雨傘』  映画

 フランソワ・オゾン『しあわせの雨傘』
 オゾン監督のカトリーヌ・ドヌーブ礼賛極まる作品で、ここまでやれば爽快で快感。彼女も、文字通りすべてを見せる大サービスぶりで、ここまであられもなく、すべてを出し切った作品って、いつ以来だろうか? もしかしたら『哀しみのトリスターナ』(1970)以来か?
 
 フランソワ・オゾンはきっと、当代随一の熟女好きとして映画史に名を刻むのだろう。
『まぼろし』(2001)でシャーロット・ランプリングを撮る視線は、彼女に対する性的欲望にあふれ、『ぼくを葬る』(2005)でのジャンヌ・モローも記憶に新しく、『8人の女たち』(2002)でのダニエル・ダリュー以下、熟女たちに対する監督本人のため息さえ聞こえてきそうな、演出振りは驚嘆しきりだった。
 もちろんのことだが、そういう監督、私は大好きである。

 そこで今度は、カトリーヌ・ドヌーブ。
 彼女が、傘の会社の経営に乗り出すというだけでも、『シェルブールの雨傘』(1963)への目配せが、あまりに露わでつい笑ってしまう。(邦題の『しあわせの雨傘』もそれを意識してだろうが原題は“Potiche”。「飾り物」とか「置物」とか、そういう意味らしい)
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画像:『しあわせの雨傘』より。カトリーヌ・ドヌーブ。いや、実に色っぽく寝そべらせるものである!

 が、それ以上に、ジェラール・ドパルデューに置き去りにされたドヌーブが、大型トラックをヒッチハイクし、そこに乗り込むときに高いステップに難儀し(「これどうやって乗るの?」という彼女のつぶやきは、脚本になかったのではなかろうか?)、お御足が、太もものさらに上の方まで、あらわになるシーン。
 私はここに歓喜のあまり卒倒しそうになったが、そもそも撮ってるオゾン監督が、カメラの後ろで悶絶したのではなかろうか。
 あんなショットが撮れてしまったら、もう映画監督なんかやめてもいい。

 そんなことはともかくとしても、これほど裏表のない、ストレートな人情コメディをフランス映画で見せられるって、いったい何十年ぶりだろう?
 社会主義やフェミニズムという、重いテーマも出てくる、1970年代を舞台にした物語だが、そんなことは背景にすぎず、一切のニヒリズムのない女性賛歌。楽しさに徹している。

 また、たとえば『太陽がいっぱい』や『エデンの東』のような、いわゆる“映画音楽の名曲”というのは、映画界から完全に失われて久しいが、この映画ではこれも久々に、「しあわせの雨傘」のテーマとも言うべき、一度聴いたら忘れられない、素敵なメロディが全編をいろどって、これがまたとてもいい(音楽はフィリップ・ロンビ)。
 こういう映画こそ大ヒットするべきで、実際3連休の中日、東京での上映館シャンテシネは全回満席でうれしくなる。

 最後に大急ぎで付け加えておくと、ドヌーブの娘役として、ジュディット・ゴドレーシュの御姿を久々に見れてとても感激する。
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画像:『しあわせの雨傘』より。ジュディット・ゴドレーシュ(右)。相変わらずお美しい。
画像2枚のリンク元



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