2011/5/30

村上龍『歌うクジラ』  

 村上龍『歌うクジラ』(講談社)
 主人公は、その行動目標を遂行する過程において、「想像せよ」という、彼だけにしかわからぬ信号を、何度か受け取る。
 「想像せよ」
 想像する力は主人公を導いてくれるが、しかし主人公は想像と実行とは違う、と認識する。想像するのは、実行するためではなく、信号を言葉に翻訳するためであると。
 どこか曖昧である。歯切れが悪い。しかし村上龍にあって、曖昧さは不倶戴天の敵ではなかったか。

 さて、おそらくこの地球上において、もっとも多くの人間たちに、「想像せよ」というメッセージを送ることに成功した人物が、たった1人だけいる。
 それはジョン・レノンという人で、40歳で狂人に射殺されている。
 この人は、「想像せよ」と語りかけ、「やってみれば簡単だ(“It’s easy if you try.”)」と言う。
 ひとりではないかもしれないが、夢想家であることは間違いない、この人のこの歌も、実はその意味で曖昧きわまりないものだった。
 想像するとはまた、ある種の曖昧さを受け入れることでもあるのかもしれない。

 村上龍のあるラインの作品は、基本的にはエクソダス(脱出)だ。
 曖昧な現世界を忌避するあまり、ある理想の地と思える世界を設定し、その理想たる所以を提示しつつ、その地への脱出を試みる。
 『希望の国のエクソダス』はそのタイトル通りであり、『半島を出よ』から『五分後の世界』、『ヒュウガ・ウィルス』など、いずれも世界観は明確であり、曖昧さがなかった。
 その極致は『愛と幻想のファシズム』で、主人公の目指す世界の明確さは、日本社会への強固なメッセージだった。

 けれど、『歌うクジラ』の主人公は、確かにある目的を果たすためにこそ、凄惨な旅をするわけだが、その行きつく先が、何か生きるうえでの明確なモラルが存在する地である、という原理は失われている。
 『半島を出よ』より早くも6年。久々の新作長編の持つ、この曖昧さがそのまま村上龍の現代認識であるならば、世界はいま、理想の地を示すことさえできぬほどの混迷ぶりなのだろうと、不安に思わずにいられない。

 「生きていたい」などという、ごくあたりまえの、陳腐な言葉が、村上龍の主人公が見出した、最終的な心境であるとしたら、今を生きる者として、これほどの忸怩はない。
 村上龍ほどの夢想家であっても、エクソダスのための理想の地を明示することが、いかにも困難になっているということなのか。いささか重たい気持ちになって読了。


2011/5/28

『マイ・バック・ページ』―僕の時代のフォークロア  

 川本三郎『マイ・バック・ページ』を引っ張り出してきて、ほぼ20年ぶりに、しみじみ読む。かつてそうであったように、1日で一気に読み終えてしまう。もちろん、平凡社の新装版でなく、河出書房新社の旧版だ。
 今日は、映画『マイ・バック・ページ』の封切初日である。

 「SWITCH」誌に、『マイ・バック・ページ』が連載されたのは、1986年2月から、87年12月。最新号が出るたび、胸を震わせて読んだ。これはちょうど、私の大学2年から3年にあたる。
 その段階で、私はその後の進路を決めあぐねていた。もちろん決定するには、まだ若干の猶予はある。しかし、刻々と迫る期限切れは否応なく、意識させられていた。
 連載の段階で、『マイ・バック・ページ』に心が動いたのは、大人の世界に出てはみたものの、大人になんてなれない、というあてどなさが、無暗にリアルに迫ったからだと思う。
 そして、大人になれていないのに、責任そのものは、大人としてとらされる。情けないことだが、まっぴらだ、と思った。

 この頃の川本さんは、いつだって「同時代を生きる気分」を示してくれた。この「気分」という言葉に示されるように、自意識は強く持っているが、確信がないので、「気分」で動いていくしかない(初著作の書名は『同時代を生きる「気分」』である)。
 そんな歯がゆい若造を、川本さんは「ナフタリン少年」と、いささかの自己憐憫のニュアンスでくるんで呼び、それは書評集の書名ともなる(『走れナフタリン少年』)。

 しかし、そうした「気分」をこそ敵視する『コインロッカー・ベイビーズ』の作者は、同書評集での自著の「ほめられ方が気に入らない」と、再三、不平を口にすることだろう。

 『マイ・バック・ページ』の主人公、すなわち川本三郎も、宮澤賢治とCCR、そして『真夜中のカーボーイ』という「気分」によって、人を信じ、階段を踏み外す。

 この本は連載終了後、刊行されるまでたっぷり1年たっている。奥付によると、1988年12月10日。この本を買った際のレシートが本の間に挟まっていたが、同年12月10日付。
 当時の自分がいかに待ちかねて、本書を購入したかよくわかる。

 この時期、私は卒業後の進路も決まり、否応なしに社会に出ていかねばならないことが、とにかく憂鬱だった。
 私はさまざまな事情から、大学院への進学をしなかった。文章を書くことで生計を立てることなど、絶対にできないことも見えてきていた。就職先こそ外資系の銀行だったが(バンク・オブ・アメリカ東京支店なのだから、ほとんどギャグだ)、どうも日本脱出も難しそうだと感じてもいた。(幸運にも)最終的に結婚できたが、当時付き合っていた女性と、これからも別れずにいられるかという自信も、まるでなかった。
 自分が何をやっているのか、ともかく人生にまったく確信が持てなかったのだ。

 こうした「気分」を川本さんは、別の書物(『シングル・デイズ』)で、「卒業後はすべて余生」と、見事に言い当てている。
 そんな「気分」の中、『マイ・バック・ページ』は刊行されたのだった。
 これは、私の卒業後の進路が固まり、社会人へのカウントダウンが始まるのを、わざわざ1年待って刊行してきたのだとしか、自分には思えなかった。自意識過剰な話である。

 『マイ・バック・ページ』の、確信など何もないくせに、確信ありと自分をだますことで突っ走る姿が、改めて深く心に突き刺さった。
 人生経験に裏打ちされた信念ではないくせに、それを貫き通すことで、あたかも信念と確信があるかのようにふるまってみせる。自己満足? いや、自己満足でさえない、これは無意識の自己暗示だ。
 それを客観的に見せられることで、当時の私はギリギリのところで、何か決定的な間違いを犯すのを回避できたのではないかと思う。

 『マイ・バック・ページ』で逮捕された川本三郎27歳。それを刊行した川本三郎44歳。
 それを読んだ頃の私と、その映画版を見つつある今の私と、年齢的におおむねかぶる。これも本書との何かの縁だろうか。

 ついでに書いておくと、『マイ・バック・ページ』刊行されたほぼ1年後、1989年10月に、村上春樹は同じく「SWITCH」誌に、『我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史』を掲載する(現在『TVピープル』所収)。
 社会に出て半年。落ち着くどころか、迷いは深まるばかりの私にとって、これほど慰められた作品はなく、いまだこれが村上作品ベスト。従って、今なお読み返せずにいる。

 それにしても、『マイ・バック・ページ』と、同時期の村上作品の映画化(『ノルウェイの森』)、両作ともに松山ケンイチという俳優が関わっているのは、不思議な思いだ。

 そんな今日は、娘の15歳の誕生日である。

2011/5/25

林瑞絵『フランス映画どこへ行く』  

 林瑞絵『フランス映画どこへ行く ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』(花伝社)
 当初、本書の品質に確信がなく、読書をためらっていたけれど、冒頭に書かれた80年代から現在にかけての、日本のというよりは、東京のフランス映画事情について、とても正しい見解が書かれていたので、これは信頼できる、と購入。
(「パトリス・ルコントでさえ、渋谷のBunkamuraル・シネマの前では、お洒落なエスプリ(って何だ?)を体現する恋愛映画の巨匠に祭り上げられました」とか絶妙)
 こういう著者なら、フランス発信のフランス映画のあり方についても、正しくレポートしてくれるに違いない。

 いろいろと教わることの多い本で感謝している。アメリカ映画なら、全米興行収入も毎週発表されるし、おおむねの空気感はまずまずわかる。
 けれど(私自身がフランス語をまったく解さないこともあり)、フランス映画界で何が起こっているか、ということはほとんどわからない。

 現在、日本に来るフランス映画の大半はアート系の作品で、そのために一般観客(という言い方がそもそも上から目線で恐縮だが)のレベルで、どんな映画が公開されているかのイメージはつかみにくい。

 本書をひもとくと、テレビ界と手を組み、公開後のTV放送での視聴率獲得を見こし、いわゆるお笑いタレント中心の映画製作が現状である点。
 その背景を、政府による助成金制度の矛盾点から、シネコン隆盛の功罪までスポットを当て、さらには作家主義的作品の、自家中毒的な現状も指摘しつつ、ジャーナリスティックに説明していく。さらに、批評の現在にまで踏み込んだ著者の目配りには感心する。

 ただし、頭ごなしに決めつけた画一的な見解(たとえば、現在のフランス映画はお笑い系のゴミばかり。その背景には自己中心的な作品だけを作って憚らぬ、芸術家肌の監督にも責任があるなど)と、時にその答え合わせを迫るかのような、フランス映画人へのインタビューは、いささか問題だと思うし、鼻白まないではない。

 けれど、それは仮説と検証という、レポートとしてはギリギリ受容できる範囲で、逆にそうしたスタンスが、デプレシャンら、被取材者たちの本音の発言を、たぶん意図した以上に引き出すのにつながったと思う。実際、インタビュー記事は非常に充実している。

 ことに昨今のフランス映画界を、痛烈に糾弾したパスカル・フェランによる、2007年のセザール賞授賞式演説から、それに賛同する形で、クロード・ミレールが中心となった「13人のクラブ」による制度改定運動。および、サルコジ大統領の文化政策を批判する、セドリック・クラビッシュによる、ルモンド誌掲載の公開書簡という活動報告は、ジャーナルとして際立っている。附録資料として、それら全文も掲載して抜け目なく、すばらしい。
 そして、それを補強するための、インタビューだけでなく、現在のフランス映画界の状況を客観的に眺めた上での、運動の妥当性もきちんと検証されている。

 日本国内にいるだけでは分かり得ない、これこそ現地に滞在してでないと決して書けぬフランス映画界現状報告として、必読と思う。

2011/5/21

『ブラック・スワン』  映画

 ダーレン・アロノフスキー『ブラック・スワン』
 今敏『パーフェクトブルー』との画的類似が指摘される本作だが、もちろんその通りだと思うし、おおいに感服したけれど、むしろ私は澤井信一郎『Wの悲劇』を連想した。

 『Wの悲劇』のヒロインを演じる薬師丸ひろ子は、主演女優の地位を得るため、身体を与えもすれば、有力な大女優が関わった不倫相手の突然死に居合わせた愛人として、身代わりにさえもなる。すべては“役”のためである。

 『ブラック・スワン』のヒロイン、ナタリー・ポートマンも同様に、プリマの大役を射とめるためなら、すべてを投げ出す決意である。
 そこに理由はなく、ひたすら「役がほしい」というそれ以上の動機もへったくれもない。

 そうした余裕のなさ、あまりに狭隘で偏執狂的なヒロインの世界観を示すため、アロノフスキーの演出は、主人公の背景からどんどんものをなくしていく。
 スクリーンに映っているのは、ともかく主人公だけという態度で、ぐいぐいカメラを近づけ、切り詰めて切り詰めて、そこに存在するのはヒロインの姿だけ。
 従って、目に入るのもヒロインの姿だけ、という具合に画面を作っていく。

 この映画の中には、黒沢清監督が言うところの「不意に露呈する外側」の、「外側」というものの片鱗もない。
 あるのは、現実も妄想もわからなくなって、疑心暗鬼のとりことなる主人公の姿だけであって、彼女が演じねばならぬはずの、永遠の世界へと飛翔するスワンどころでなく、籠どころか檻に閉じ込められたかのようなスワンなのだ。
 実際、ヒロインが存在している空間の、自室といい、ベッドの四方といい、楽屋控室といい、レッスン室といい、舞台袖といい、何という狭苦しさだろうか。
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写真:『ブラック・スワン』より。ナタリー・ポートマン。このように、とにかく彼女の存在スペースは狭い。ガラスを割ってまでして狭さの中に追いやりさえする。画像元allcinema.co

 私自身は、こうした内面へ内面へと集中力の権化のように、精神を追い詰めていこうとする演技や演出術が、あってもいいとは思うが、あまり好きではない。
 それはおそらく、たとえば最近では『アンチクライスト』で感じさせられる、シャルロット・ゲンズブールの、熱演かもしれないが、いかにも浅薄な印象を受ける演技と同じ質のものと思う。要するに知性を感じないのだ。

 ヒロインが演じる「白鳥の湖」は、オデットとオディール、白と黒、正邪さかさまである2羽の白鳥を、一人二役で演じ分けるところに、プリマの超絶技巧がある。
 作者と主演女優は、そこをもっと重く受け止めるべきなのに、実際に作られた映画には、そうした2面性がかき消えていて、ただただ一方向への感情しか演じようとしていないし、演出してもいないように思える。そこに、心からの共感を覚えることは難しい。

 たとえば『キッズ・オールライト』の2人の主演女優である、アネット・ベニングとジュリアン・ムーアが表現した、見事に引き裂かれた女としての二面性を参照してもいいと思う。
 あるいは、冒頭で類似を連想した『Wの悲劇』では、薬師丸ひろ子に一面性だけを演じさせた演出が、いかに作品そのものに二面性を与えようと試みたか。

 映画における滋味とは何か、ということを考えさせられる一本か、と曖昧に結んでおく。

2011/5/18

『八日目の蝉』  映画

 成島出『八日目の蝉』
 いろいろと胸しめつけられる場面が多い映画だけど、それはやっぱり、幼少時代の子どもに、保護者として絶対に味あわせたくない体験と、必ずや味あわせてあげたい体験とが、すごくいいバランスで配分された構成に、多くを負っていると思う。

 愛人との子供を堕ろした結果、子どもの産めぬ体になった女(永作博美)が、その愛人と本妻(森口瑤子)の間の生まれたばかりの娘を、“自分に向けた笑顔”を動機に誘拐。逮捕されるまでの4年間を、自分の娘として育てる。
 やがて成長した娘(井上真央)は、その傷から逃れられない。

 私がいちばん、見ていられぬ思いがしたのは、この子の人生で最も美しく、楽しかった、小豆島での日々。ここで彼女がずっと着せられているのは、男の子用の子ども服なのだ。
 その服は島で世話になるおかみさん(風吹ジュン)が、自分の孫に買いそろえたものを譲り受けたのだけど、だからこの子は最後まで、女の子らしい服を着ることがない。
 彼女の人生で、たぶん唯一、無邪気に楽しいと言えたこの日々に限って、男の子用の服を着ているということ。

 この映画(物語)において、男というのは、女性にとって本当にクズのような存在である。で、女性の体に種だけ残していく。
 その“男”というものが、この子に服として貼りついていることが、後の彼女の受難を暗示しているなどと、理に落ちたことは言うまい。しかしたとえば、この子が「もし男の子だったなら」という微かな暗示を含んでいないか、と想像する余地はあるように思う。

 突然、ヘンなことを言いだすと、現実の人間なら時間というものが堆積しつつ、過去のあれこれは風化していって成長するものだ。
 いくつかは、終生忘れ得ぬトラウマともなるだろうが、多くの場合は深層の中に隠れていき、過去はどこにも存在せぬ、夢の藻屑と消えていく。

 そして、それが自分の子であるならば、成長した現在の姿の、その向こうの遥か彼方に、その子の過去を想起するだろうが、それは現在のリアルさとはほど遠いもののはずだ。
 このへん、ドゥルーズがうまく書いていたと思うが、力が足りないので翻案できない。

 しかし映画というのは、やはりズルい媒体で、本来は記憶のどこかに埋もれている過去も、ありありと鮮やかな現前として見せてしまう。だから、(ここでは井上真央の)現在も、観客の目には過去とまったく等価である。
 今に至るまでの経緯、すなわち屈託ない子ども時代の井上真央のエピソードと、現在の悩みに打ちひしがれた井上真央のエピソードを、交互に、ということは、まったく同じ等級で見せられる私たちは、あたかもこの子の人生すべてを知ったかのようなつもりになる。
 
 これが感情移入というもののからくりで、これを突き詰めると、“通俗”になる。
 その“通俗”を回避するためにそっと置かれたしかけが、小豆島時代の男の子用の子ども服と感じたのだが、それほどまでにあの服装は、私の目に邪悪に、不吉に映る。

 観客の目には常に同時進行だった、彼女の現在と過去が、作中人物である井上真央の目にも1つに重なり合う瞬間が、やがて映画に訪れる。
(それを介添えするのが、(たぶん)すでに生殖能力を失ったと思しき、男の老人であることは、小声で呟いておきたい)

 このとき彼女がどんな決断をくだし、どのように心が動くのか、それを見届ける価値は十分ある作品だと思う。それに応える井上真央は実に名演。

2011/5/14

『ブルー・バレンタイン』、『ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男』  

 デレク・シアンフランス『ブルー・バレンタイン』
 中高生くらいの若い者同士の恋愛ならともかく、ある程度の年齢を重ねてからの恋愛は、互いにそれなりの体験を積んでいるので、「いろいろある」わけなのだ。
 そして、その「いろいろあった」ことを互いに話したり、隠したりして、新しい恋愛を育むわけだけど、それはつまり相手の過去の性体験を含めて、まるごと引き受けることでもある。それは実はとてもつらいことだ。

 この映画は結婚7年目の夫婦。今まさに、結婚生活が壊れようとしており、その壊れゆく関係と並行して、「いろいろあった」その「いろいろ」というのを、丹念に描いていく。
 この映画の画面を見ながら、ふと『ONCE ダブリンの街角で』(ジョン・カーニー 2006)を、しきりに思い出していたのだけど、彼らが今そこにいるかのような、親密なセミドキュメントタッチは、こうしたささやかな恋愛を描くのに、ぴったりだと思う。
 今や、本当に神経に刺さってくる恋愛映画は、インディペンデントの中にしか見出せないような気さえしてくる。

 パンフの情報によると、シアンフランス(監督・共同脚本)は、この映画の脚本を11年間も改訂し続けたのだという。
 これは想像なのだけど、おそらく基本的なプロットはほとんど変えておらず、ダイアログの細かなところだけを、磨いて磨いて磨き抜いたのだろうと思う。

 リアルであることで、登場人物と観客との間の隔たりは、どれだけゼロに近づけるのだろうか。この映画はそんな大きな企てに挑戦して、見事に成功した一例のように感じた。

 ラッセ・ハレストレム『ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男』
 どうしても世に出たい一心のノンフィクションライターが、ハワード・ヒューズの独占取材をでっちあげるという、これも実話に基づく物語。
 そのウソがばれたら、もちろん身の破滅なのだが、近年そうしたストレス過多な状況の人物ばかりを演じ続けている、レオナルド・ディカプリオが、ハワード・ヒューズを演じた『アビエイター』で、ちょうど錯乱して引きこもっていた頃の時期が、この映画の背景に一致する。

 ホークス(hoax)というのは、辞書を引くと「でっちあげ」とか「捏造」といった意味。面白いことに、それと発音のよく似た(発音記号は異なる)、いかにもアメリカ的な鳥である「タカ」を意味するホーク(hawk)は、「強硬論者」とか「タカ派」を意味するのだ。(ちなみにアメリカの国鳥はハクトウワシだから“bald eagle”)

 でっちあげというのは、完全100%開き直って、自説を徹底的に強弁することなので、「強硬論者」というのはおおむね当たってないこともなく、そうした強弁が、アメリカ合衆国の歴史を作ってきたといって、過言でないだろう。

 その開き直りの強弁を演じるとき、リチャード・ギアは意外なほどに実力を発揮する。古くは『キングの報酬』(1986)がそうだった。『真実の行方』(1996)もその1つだし、最近の『ハンティング・パーティ』(2007)なんか、ものすごかった。
 いや、そもそも彼のブレイク作、『愛と青春の旅だち』(1982)で、鬼教官のしごきの中で、「他に行く場所がないんだ!」と強弁するギアは、圧倒的な光を放っていた。
 つい今しがたも、ツイッターで遠山純生さんと、『ブレスレス』(1983)ラストの「ヤケクソ感」が素晴らしかったという、やりとりをさせていただいたばかりだった。
 まったくその通りで、ヤケクソな時のリチャード・ギアの説得力は、群を抜く。

 さらにこの映画で、ハワード・ヒューズの肉声の捏造テープを作る時、声色だけでなく、外見さえヒューズに似せようとするとき、ギアの演技は神がかってさえくる。
 演技者としてのリチャード・ギアに万一、疑いの向きがあるならば、そんな思い込みを木端微塵に打ち砕く、超優秀作品。

 これは2006年製作と、日本での公開にずいぶん時間がかかっている。封切られて本当によかった。

2011/5/12

『キッズ・オールライト』  映画

 リサ・チョロデンコ『キッズ・オールライト』
 素敵な映画だった。
 レズビアンのカップルが、体外受精で産んだ2人の子どもと、幸せに暮らしていた。そこに、子どもたちの精子を提供した男性が関わって・・・という前情報に、不安はあった。
 映画としてというより、文化と家族感の違いから、どうにも容認できなかった、たとえば『JUNO』のような作品だったら、感想を述べようがないな、と思ったのだった。
 けれど、まったく杞憂だった。というのは、そうした性的な特殊状況を前提に、きちんと家族・人間関係と向きあったドラマだったからだ。

 まず会ってみる。理性あるこの映画の登場人物たちは、みなそこから開始する。だから、互いの住居に頻繁に行ったり来たりする。そこには相手を理解しようという態度があって、そこに作者の誠実感がある。
 だからこれは、他者と接する上での“印象”についての物語でもある。
 人は初対面の人物について、第一印象というものを持つ。そして、その接した回数につれて、第二印象、第三印象と、相手に対する印象が深まっていく。それが、「親しくなる」ということであり、コミュニケーションというものだ。

 この家族にとっては、子どもたちの生物学上の「父」(マーク・ラファロ)への印象が、刻々と深まっていく。その影響で、家族同士の関係もゆっくりと変化していくだろう。
 これが外部を受け入れるということであり、一見、家族4人以外とは、まるで人間関係がなさそうな空気感を持つこの家族に、すきま風であれ、そよ風であれ、つむじ風であれ、台風であれ、いずれにしても、風が入ってくる。
 これによって、映画の空気感も徐々に変わっていく。

 こうした観察眼を持つ映画を私は好きだ。人間関係は、一瞬の間に接近することもあれば、一瞬の間に決壊もする。その、瞬発的な接近と崩壊の両方の描写が、この映画は際立っている。
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写真:『キッズ・オールライト』より。この人たちはみな、きちんと互いに向かいあう。そこがいい。 画像元allcinema.com

 ただ、現実の同性愛者がこの映画を見て、どう感じるのかはわからない。あるいは、広く観客の共感を得るために、レズビアンのカップルが家族を作ることの葛藤を、ファンタジー過剰に薄めてはいないか、という批判も成り立つのではないか。
 というのは、これと同じ脚本で、レズビアンのカップルという設定だけ、はずしてしまっても、ファミリー・ドラマとして十分に成り立つような気がするからだ。

 ただ、チョロデンコ監督は、私生活においても同性愛者で、立派に子どもを養ったと聞く。自らの体験上、レズの両親であっても、夫婦生活を営み、思春期の子どもを育てていくことの悩みは同じであって、それは逆説的に、異性愛者と質的に変わらぬ家庭を作ることができる、という主張でもあるような気がする。

 それだけ、この映画のアネット・ベニングとジュリアン・ムーアが演じるカップルの、支配・被支配の関係や、子育て上の役割分担と見解の相違、互いの癖や生活習慣への妥協と主張、性の倦怠に、成長した娘の旅立ちなど、葛藤の内容は異性愛夫婦と限りなく等しい。
 ところが、このカップルが女性同士であることから、(あるいは想定外の)ユーモアさえ生まれさえする。これはすごいことだ。

 不安定といえば不安定な家族関係である。その家族関係に、思いがけず割って入った、子どもたちの精子提供者としての男性。
 彼への仕打ちはちょっとあんまりじゃないか? という意見もありそうだ。けれど、ここで「印象」についての話に戻すと、第一印象としての彼に否定的だった人物が2人いて、それは末っ子の弟と、「夫役」のアネット・ベニングだった。

 これをちょっとひねったエディプス・コンプレックスの現れとは言うまいが、一家における「男役」が、そろって「男性」の侵入者を警戒する。これは面白い。
 また、この一家においては、絶対にやってはならぬ禁忌があって、そのやってはならない事を、やってしまう点で、彼に対する2人の第一印象の悪さは当たっていたといえる。

 丁寧に書かれたシナリオで、こわれやすく危うい関係性を、おそらくは厳密に演出設計された演技で見せてくれる。
 “アンチエイジング”が言われて久しいアメリカで、老いなど一切隠さず演じる、アネット・ベニングとジュリアン・ムーアの2人は、存在そのものが感動的だ。
 たぶん繰り返し見るほど、多くの発見ができる作品だと思う。

2011/5/7

『マーラー 君に捧げるアダージョ』  

 パーシー&フェリックス・アドロン『マーラー 君に捧げるアダージョ』
 妙にロマンティックな邦題だけれど、原題は“Mahler Auf Der Couch”。ドイツ語には明るくないのだが、調べてみると「ソファ上のマーラー」の意。

 ここでのソファとは、精神分析治療を受けるソファのこと。映画は、妻アルマの不倫関係を知り、精神の均衡を崩したグスタフ・マーラーが、シグモンド・フロイト博士に告白治療を受けるところから始まる。
 これが映画を貫く主軸となり、マーラーのフロイトに対する告白という形を借りて、過去と現在を行き来しつつ、2人の結婚生活を描く。

 パーシー・アドロンが、かつて『バグダッド・カフェ』や『ロザリー・ゴーズ・ショッピング』で見せた、凝った鋭角的アングルや、無機的な情景ショットなど何一つなく、感情表現も映像表現もストレートに(登場人物が観客に向けて語りかけるという特殊演出もあるが)、いっそ古風でさえある構えで見せる。
 そして息子のフェリックスとの共同演出。

 冒頭に「起こったことは事実 どう起こったかは創作」と字幕が出る。
 1901年に、アルマと出会って以後のマーラーの作品は、おおむね交響曲4番以後である。
 そして、翌年の1902年にアルマと結婚。交響曲5番が誕生する。
 ヴィスコンティが『ベニスに死す』で“後期ロマン派”の耽美的、爛熟的な側面を過剰にとらえ、ある種の退廃的な性格をそこに見出し、かつ定着させたアダージェットで有名なこの曲は、だから感情的にはマーラーのおそらくピークだった。

 映画の中で、アルマがマーラーの書いた5番のスコアを清書しながら、そのアダージェットが彼女の脳内に響きわたるシーン。
 涙を一筋流しながら、「素晴らしいわ」と呟き、その言葉を彼女にこそ言ってほしかった、グスタフの晴れがましくも会心の笑み(「君のためだよ」)はたぶん、この映画でもっとも幸福な花のような場面となる。この場面に見る5番は、『ベニスに死す』のイメージとは真逆の、恋に震える清冽な歓喜の調べとなる。

 うっとりと目を閉じ、感極まるアルマの表情は、私たち日本に生まれた人間には、絶対に作れない恍惚感にあふれ、ここに否応なしに「西洋」を感じたのは私だけだろうか。
 そしてこの陶酔の表情は、後のバウハウス創始者、ヴァルター・グロビウスとの情事にふける彼女のエクスタシーの表情へと連想を重ねることで、ここに彼女の性感ポイントがあることを、読みとるのはあながち無謀ではないと思う。

 こうした連想を促す演出はもう1点あって、こちらはグスタフの精神に属する。
 マーラーがアルマと初めて出会うシーンで、見落としてしまいそうになるが、なぜか彼は靴ひもを結び直しているのだ。
 フロイト式に(とはほど遠いが)自由連想してしまうと、靴ひもを結び直す、このアルマとの出逢いが、マーラーの新たな創作への歩み出しと見ることはできないか。
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写真:『マーラー 君に捧げるアダージョ』より。なぜか靴ひもを結ぶマーラー。 写真リンク元allcinema.com

 そして、映画の終盤、つまりは2人の結婚生活の終焉近くにおいて、いささか座りの悪いショットがあって、アルマとグスタフが、山道を登っている、というイメージだ。
 この山道を登る2人が、共に並んでの夫婦随伴じゃない点が、私の注意を引く。
グスタフは山道をぐいぐい登っていくが、アルマはそれに追いつけないのか、追いつかないのか、いつか差が開いてしまう。彼らは2人肩を並べていない。
 これが、出逢いにおいて靴ひもを結び直して踏み出した、マーラーの歩みの終着か。
 アルマは自ら作曲家への道を断念して、グスタフに仕えたが力およばず、一方グスタフのあまりの天才は「僕たちの音楽」を書くといいつつ、結局アルマが言う通り「自分の音楽」を書いたのか。

 アドロン父子監督が、この映画の音楽として選択したのは4番と5番、そして未完の10番。いずれも緩徐楽章をチョイス。
 愛する女性への想いを、曲をもって捧げるというのは、具体的にどういうことか、ということを映画は必ずしも明瞭に見せてくれない(そもそも作曲シーンがない)。

 また、4番と5番は幸福の印として、シンボライズされるのだけど、10番だけは違う。複数の年譜ともつけあわせつつ確認すると、映画の冒頭でアルマの不倫がわかった時点以後に着手した曲が、10番なのだ。
 このあたり、監督インタビューを読んでもわかるが、映画は伝記的事実に忠実である。

 アルマの奔放さが、映画を次第に攪拌していく。グスタフも精神的に追い詰められていく。映画の中心は10番となる。10番の不協和音と、嫉妬に狂ったマーラーの絶叫がシンクロする。
 さて、自分の感情をそのまま不協和音に記した時点で、マーラーはその音楽を本当に「僕たちの音楽」と胸張って言えるのか。
 マーラーを診断するフロイトが「さてあなた自身の罪は?」「罪悪感は?」と何度も問い直すのも興味深い(マーラーは最後まで戸惑いの表情を浮かべるばかりだ)。

 アドロン父子監督は、創作と愛情の不条理をコンパクトに提示してみせた。

2011/5/2

『100,000年後の安全』  映画

 マイケル・マドセン『100,000年後の安全』
 マイケル・マドセンといっても、『レアボア・ドッグス』で警官の耳を切り落とし、『キル・ビルVol.2』でザ・ブライドを生き埋めにしたりした、俳優のあいつとはまったく無関係の、まだ歳若い(1971年生)アーティストである。

 このドキュメンタリーは、原発をめぐる議論の中でも、そんなものを持つなら、ここまで考えなければいけないのだ、という“責任感”についてのフィルムである、と感じた。

 フィンランドでは、「オンカロ」という地下施設建築のプロジェクトが、進められている。地下深くに、放射性廃棄物を埋めるのだ。
 廃棄物が無害になるまでにかかる年数は、実に10万年。この時に耐えなければならないが、このオンカロが完成するのは、そもそも100年後、22世紀の話だ。
 かくも遠大なヴィジョンで、プロジェクトは進行している。

 対テロ戦争を引き起こした、アメリカ合衆国の前大統領が、自分の歴史的評価がどのようにくだされると思うか、という質問に対し、「歴史になる頃にはみんな死んでるさ」と答えたことは広く知られている。
 この話を聞いたとき私は、どこまで愚昧な指導者だろうと思ったものだが、そう考えているのがこの男だけでなかったことは、日本でも3月11日以後、明らかになった通りだ。

 そうした中、10万年後の地球を見据えて施策をうっている。フィンランドは原発保有国である。しかし、それを持つことを選択するとは、こういうことなのだ。これを文字通り、「責任感」の問題と言わずしてなんだろう。

 廃棄物を葬るためには、選択肢が3つあるという。1つは太陽に向けて宇宙に打ち上げる。2つめは海底に沈める。3つめが地中に埋める。
 かねがね私は、なぜ宇宙に捨てないんだろう、と思って来たのだが、それができない理由は実に単純明快だった。打ち上げの時にロケットに爆発事故があれば、前代未聞の大惨事になるからだ(チャレンジャー号の事故などを思い出して慄然とする)。
 同様に、海中のリスクも計り知れない。地殻変動など危険要因が多すぎて、万に一つでも「母なる海」を汚すことがあってはならないのだ。

 映画の冒頭はスリリングである。「オンカロ」についてのナレーションと共に、ゆっくりとカメラはトンネルの中へと移動して、観客を導いていく。
 このカメラの速度と視点。これは間違いなく、ディズニー・ランドのアトラクションのカートを模している。たとえば「イッツ・ア・スモール・ワールド」のワゴンは、ちょうどこの速度で、「小さな世界」へと私たちを導くはずだ。

 ほどなくして、マッチをすったマドセン監督が、その炎の光の中で警句を述べるのだが、見事にマッチが燃え尽きたところで話を終える。正確無比な仕事である。
 こうした細部と共に、このドキュメンタリーの美点は、「オンカロ」についての事実取材であると共に、ヴィジュアル・アートにもなっていることだ。

 作業員が、放射性廃棄物に何らかの処理を施すさまが、きわめてメタリックなヴィジョンと編集とで、示されていく。
 独特のリズムで聴こえてくる、クラフトワークの名曲「放射能」(Radio Activity)!

 映画の中で何度か、道路のセンターラインが高速で通り過ぎる、ショットが挿入される。 核による終末後の世界を描いた、現在のところ最高傑作のはずの、ジェームズ・キャメロン『ターミネーター2』のこれはエンディングショットと同じである。
 マドセン監督は、きっとキャメロンも視野に入れていることだろう。

 映画は終盤になって、答えの出せない問いに悩まされることになる。それは、10万年後の人類に対して、この施設をどのように残すか(あるいは残さないか)、ということなのだ。“継ぐのは誰か”という議論は、ここでの重要テーマではない。
 ただ1つ言えることがあるならば、施設責任者の1人が口にした通り、「未来において、この知識が失われたとしても、大丈夫であるべきだ」ということ。これだけは間違いない。

 大丈夫であることなど、誰にもわからない。ましてこれは10万年後のことだ。10万年後というのは、スピルバーグの『A.I.』で、ロボット少年が海底で活動停止していた期間より、さらに長いスパンなのだ。
 『100,000年後の安全』に登場する、研究者たちは「絶対に大丈夫」などということは、間違ってもいわない。ただ「べきだ」と言う。

 少なくとも日本という国で、原発を推進してきた者たちの発言のそれとは、いかに隔たりがあることか。ここもやはり「責任感」の問題なのだ。
 責任感の問題だから、何が正解かということは結論づけられない。ただ「大丈夫であるべきだ」ということだけが、確かなことである。

 そんな重たくも悲痛なメッセージだけを発して、映画のエンドクレジットでは、エドガー・ヴァレーズ『暗く深い眠り』の、深く安らかな祈りのソプラノが厳かに響きわたる。
 人類必見のドキュメンタリーだと思う。
 映画公式HP




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