2012/5/20

『ファミリー・ツリー』  映画

 アレクサンダー・ペイン『ファミリー・ツリー』
 
 事故で昏睡状態の妻を介護するジョージ・クルーニーだったが、彼はこれまであまり家庭を顧みてこなかった。二人の娘の教育には今さら手を焼いている。この幸せとは言いかねる状況は、これまでの報いなのか。

 アレクサンダー・ペインの長編前作、『サイドウェイ』(なんともう8年も前の作品か!)がそうであったように、この映画のクルーニーも、ひとつひとつ目の前の困難を片づけるため、あれこれと移動する。言いにくいことも言わなければならないが、小ずるく自分は陰にまわることもある。

 ナレーションの多いこの映画の中で、クルーニーはこんなことを言う。

「家族とは群島のようなものだ。全体としては1つだが、それぞれ別れている。そしていつかはまた離れていく」

 このまったく正しい認識に従って、つまり、必然としてやがて離れていくであろう家族の、今現在の全体性を保つために、今回のジョージ・クルーニーはがんばっている。
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写真:『ファミリー・ツリー』より。決して手放してはならないものはある。 画像:allcinema.com

 その上でこの映画が本当に巧みだったのは、2人の娘たち(長女は思春期真っ只中、幼く見える二女もそろそろ人格形成されつつある難しい年頃)と、長女の少し頭の足りなさそうなボーイフレンド(ちょうどロン・ハワード『バックマン家の人々』でのキアヌ・リーブスを思わせる役どころだ)の扱いだった。

 大人=父親として、彼はほとんどすべてのことに向き合わねばならないが、その場に子どもが居合わせるべき時と、居させてはいけない時がある。
 その精密で正しい見極めがこの映画にはあって、アレクサンダー・ペインの心憎いばかりの演出と、ジョージ・クルーニーの考え抜かれた演技がそれを支えている。

 扉をあけてその場にいる人物を追いだすときと、迎え入れるとき。あるいは、その扉をくぐる場合に、相手に扉をあけさせるのか、あけてあげるのか。
 そうした細々とした出入りが、群島としての家族1人1人の間の吸引力を高めていき、「全体として1つ」になるよう、物語を進めていく。
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写真:『ファミリー・ツリー』より。同じひとつのものを見つめている画というのは、いつでも美しい。 画像:allcinema.com

 ラスト。毛布を互いに分けあい、アイスクリームを互いに分け合って、同じ1つのものを見つめて横に並んでいる姿には、たとえようもなく美しい「家族の肖像」がある。
 そして何とも知れず、ゆるく楽天的なハワイ音楽が、実はかなり深刻なドラマであるはずのこの映画から、トゲトゲしさを抜いて、研磨してくれている。
  

2012/5/19

キネマ旬報 6月上旬号  映画

 本日、5月19日発売の「キネマ旬報」6月上旬号 巻頭特集「感じる、ウディ・アレン「ミッドナイト・イン・パリ」で、「笑ってごらん―ウディ・アレンの自画像史」を執筆しました。

 過去の作品から見ることのできる、ウディ・アレンの表面的ではない、自画像をあぶり出そうという試みです。
 約40年もの期間にわたって、コンスタントに作品発表し続けている映画作家でもあり、語るべき作品の90%以上をばっさりと落とさざるをえませんでしたが、複雑で膨大な作品世界を、少しでも整理できればと願いました。

 雑誌そのものも、大きくリニューアルされたようで、かなり読みごたえのある号ではないかと思いました。



2012/5/12

『Black&White/ブラック&ホワイト』  映画

 マックG『Black&White/ブラック&ホワイト』

 あのだらしのない、『チャーリーズ・エンジェル』2作のマックGであることだから、スルーするつもりでいた。
 それに、予告編で見る通り、CIAの最新鋭諜報技術の粋を使って、同じ彼女をとりあう物語ということから、事もあろうに『トゥルー・ライズ』を二番煎じるか、と少々イラついてもいた。
 そもそもマックGは、さらにだらしのない『ターミネーター4』を作って、キャメロン卿の叱正を受けたのではなかったか。

 いや、もとい。『ターミネーター4』はいろいろ苦労していたとは思う。ことに無人バイクの激走シーンなど、かなり燃えた。
 しかしいかんせん、キャメロン卿ほどの力量がないので、スケール感の乏しさは否めず、きっとこれではダメだと判断したのだろう、何とかスケール感を出すべく、最後に超巨大ロボットが出て来たところでは、その何とかしなくちゃという悪戦苦闘ぶりに、むしろ好感さえ覚えた。

 しかし、それでも懲りずに『ブラック&ホワイト』では、『トゥルー・ライズ』を二番煎じたうえに、原題が“This Means War”ときた。
 というのは、キャメロン卿の『エイリアン2』の宣伝コピーは“This Time It’s War”(今度は戦争だ)である。ここから原題を持ってきたのは明らかだ。
 だから、「ブラック&ホワイト」とは、かなり無理やりな邦題で、「今度は戦争だ」のニュアンスが入れられないのは、やむなしはいえ残念なところである。
 ここまでやるというなら、見届けねばなるまいと決意する。少なくともマックGが世界一のジェームズ・キャメロン狂であることだけは、もはや否定しようがない。
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 そして、今回は大当たりなのだ。『ブラック&ホワイト』は面白い。アヴァンタイトルの戦闘シーンでは、例によってデジタル特有の、コマを落としたアクションを小刻みに使ってくるので、やっぱり外れたか…と思わされたが、いや、これは遠慮がちにジョン・ウーをやっている。
 『トゥルー・ライズ』の冒頭シーンが、きっちりジョン・ウーを模放していたのと同様、スライディング系の銃撃、弾層のパスなど、『ブラック&ホワイト』も冒頭でジョン・ウーをやってくるとは。

 それをベースに、プレイボーイのクリス・パインと、バツイチで生真面目なトム・ハーディのキャラクターをきっちり描き分け、その2人が日常に不満たらたらで、今回も眉間にしわ寄せたリース・ウィザースプーンを取り合う物語。
 男2人にはさまれる女1人というジョン・ウー作品はもちろん『狼たちの絆』。
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写真:『Black&White/ブラック&ホワイト』。やっぱりどこか『狼たちの絆』のようだ。画像元:Allcinema.com

 ジェームズ・キャメロンがジョン・ウーからの影響を受ける上で、ばっさり切り落としたのが「男と男の友情」というモチーフなのだが、ここではそれをきっちり継承しようとする。これすなわち、キャメロン以上のキャメロンにならんとする野心だ。

 それにしても、マックGのこだわり方はすごい。女から女へという道を歩んできたクリス・パインが、思いがけず恋に目覚めてしまい、その夜には部屋で一人、なんと『タイタニック』鑑賞を始めるという徹底ぶりなのだ。
 その上、本作で迎えている撮影監督は、キャメロンのカメラマン、ラッセル・カーペンターである(もっとも『チャーリーズ・エンジェル』2作品もカーペンターではあるのだが)。

 ウィザースプーンの生活情報を得るために、彼女の自室に潜入して諜報活動を行う、2人の男どもが互いにぶつかり合わず、かつ彼女に知られないように、次々情報を仕入れてゆく超長回しは、実に実にうまくやったと思う。
 おそらくは予算の制約もあったのだろう、クライマックスでは残念ながら『トゥルー・ライズ』並みの戦闘機出撃はかなわなかったようだが、しかし、まさに『トゥルー・ライズ』の既視感をあおるような、長いフリーウェイでのカーアクションを持ってきて、しっかりそれをリカバリーする。
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写真:『Black&White/ブラック&ホワイト』より。こうした画がぴたりと決まってくると、映画は俄然エキサイティングになる。画像元:allcinema.com

 ここまで、とことんやられると何も文句なし。マックGの熱烈なジェームズ・キャメロンへのラブレターぶりに、こちらも肩入れしたくなってくる。
 だから逆に、キャメロンとの参照関係などまったく知らなくても、いや、知らない方が十分以上に楽しめる。それもそのはずで、キャメロンを目指してそれがおおむね成功なら、当然その映画は並み以上に面白い。 


2012/5/4

『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』  映画

 ポール・フェイグ『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』

 確かに『セックス・アンド・ザ・シティ』の二番煎じではある。女同士のあけすけな会話に、やや過剰な女性同士の友情確認といったモチーフまで。その点ではややシラけながら、見始めたものの、主人公以下、全キャストの演技があまりにも気会いが入っていて、やがてそんなことは、どうでもよくなる。

 ヒロインはクリスティン・ウィグ。オスカー・ノミニーも果たした脚本も兼任。『宇宙人ポール』で、宇宙人以下の面々と一緒に旅した、ちょっとイカれた女性である。まったくノーマークだったが、「サタデー・ナイト・ライブ」のコメディエンヌとして、全米では大きな人気があるようだ。

 邦題からは、背景をウェディング・プランに特化しているように見えるが、幸せになっていく親友を尻目に、何をやってもうまくいかぬ自己嫌悪を、報復絶倒のコメディに仕上げている。
 しかし、どんどん暴走を極めるクリステン・ウィグの演技に、それ以上やると騒々しくなりすぎるギリギリのセンを完全に見切って、観客の注意と興味を脇役たちの方にふっとそらす演出の呼吸は実にいい。それは編集も絶妙ということだ。
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写真『ブライズメイズ』より。クリステン・ウィグ(左)と一番美人のローズ・バーン。
どちらがより親友であるかを競い合って、苦し紛れに歌う“That's What Friends Are For”に涙が出るほど笑わされる。画像元:allcinema.com


 この作品では主人公の親友役を演じるマーヤ・ルドルフ(サム・メンデスの『お家に帰りたい』の奥さんの方だ)が決してコメディ演技をせず、シリアスを通すのがよい塩梅になっている。
 そして、ブスなくせにそのブスに開き直って、誰よりも偉そうな、しかし肝心なところで頼りがいのあるところを見せ、主人公に匹敵する過激な演技を見せる、メリッサ・マッカーシーはアカデミー助演女優賞ノミネート。まったく冴えなかった今年のアカデミー賞だけど、ヘンなところに見落としがない。

 そのうえ驚いたことに、主人公の母親役がジル・クレイバーグだ。2011年度のこの作品で、彼女の逝去が2010年だから、本当に亡くなる間際までこの作品に取り組んでいたのだと思う。スクリーンで見る限りでは死の影など微塵もない。
 また、主人公が出会う初めてしっかりした男性である警官を演じる、クリス・オダウドの控えめな演技もいい。これがたとえば、風貌が似ていないでもないウィル・フェレルとかが演じたら、演技がぶつかり合って見ていられなくなるところだ。
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写真:『ブライズメイズ』より。みんな勢ぞろい。「テレビ的」なのかもしれないが、アメリカ映画のこうした明るい画面作りは大好きである。一番左がオスカーノミネートのメリッサ・マッカーシー。画像元:allcinema.com

 それにしても、ジル・クレイバーグを除いて、知らない名前の俳優ばかりが出てくるのに、恐るべき芸達者ばかり集うのが、相変わらずアメリカ映画の層の底知れない豊かさだ。
 劇場はほぼ9割の大入りで、ひっきりなしに場内から爆笑の声があふれていた。日本ではめったにないことだ。祝福されている映画だと思う。
 
 なお、途中でヒロインと一番美人のローズ・バーンが声張り上げて歌う『愛のハーモニー』には、涙が出るほど笑わされるが、80年代音楽にこだわりあるものとしては、さらなるサプライズがラストに待っている。これには驚いた。



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