2012/6/2

ジョン・バダム&クレイグ・モデーノ『監督と俳優のコミュニケーション術』  

ジョン・バダム&クレイグ・モデーノ『監督と俳優のコミュニケーション術 なぜあの俳優は言うことを聞いてくれないのか』(訳:シカ・マッケンジー フィルムアート社)

 心ある映画ファンは、きっとジョン・バダムの名を覚えているだろう。
 代表作『サタデー・ナイト・フィーバー』を皮切りに、絶頂期の80年代には『ブルーサンダー』、『ウォー・ゲーム』、『ショート・サーキット』、『張り込み』といった硬軟とりまぜた秀作を、量産・連発している。
 90年代に入ってからは、あまり名前を目にしなくなったが、仕事の中心をテレビに移して、確実な仕事をこなしているようだ。
 そして久々にこの人の名を見るのが、執筆者としてだとは思わなかった。

 この本を書くきっかけとなったのは、バダムが演出について授業をしていたときのこと。一人の学生が、「もし俳優が監督の言う通りに動いてくれなかったらどうしますか?」と質問したことだったという。

 この本は第一に、映画製作の裏話として面白い。俳優はさまざまである以上に、映画監督のスタイルもさまざまだ。監督が俳優を演出するにあたって、どんなことがNGで、どんなことが歓迎されるのか、さまざまな俳優、監督の言葉から列記していく。
 その名も、シドニー・ポラック、スティーブン・ソダーバーグ、オリバー・ストーン、マーク・ライデル、メル・ギブソン、リチャード・ドナー、ジョン・フランケンハイマー、ジョディ・フォスター、ジェームズ・ウッズ、リチャード・ドレイファスなどなど。
 いずれも、バダムのキャリアの中で関係浅からぬ人物たちだ。

 もちろんバダム自身の体験談も豊富にある。たとえば『ニック・オブ・タイム』で、クリストファー・ウォーケンを射殺するとき、ジョニー・デップが撃って撃って撃ちまくりたい一方、当時暴力描写抑制のために映画界に圧力をかけてきた連邦議会に配慮した会社側は、一発以上は撃ってはいけないとお達しをよこす。
 デップは決して折れず、会社の命令は絶対である。板ばさみの監督ジョン・バダムは、このジレンマを解決するために、ここで一計を案じなければならない…。

 しかしここまでなら、映画を作らぬ我々にとっては、バックステージ的な読みものにしかならない。(あるいはビジネスマンなら、言う事を聞かぬ部下をどう動かすかといった、ビジネス指南書としても使えるかもしれない)
 けれど、私が強く印象に残ったのは、「どんな演技も動詞で言い表せる」という教えだ。
 バダムは書く。
 「シーンの中で人物は何をするのか? その問いに「動作、行動を示す動詞」で答えられない人は、そのシーンを理解できていない」。

 つまり、ソダーバーグの語る例によると、「このキャラクターは学生時代は暗くて地味なヤツだった」と説明するのではなく、「スポーツマンのように歩かないで。今の歩き方は運動選手みたいだ。今の歩き方は体に自身がありすぎるように見える」と言うのだということなのだ。

 しかしこれは、批評文においてもあてはまる。映画のとあるシーンを説明するのに、文章で書くときは、どうしてもそこに込められた「内容」を、観念的に書いてしまいがちだ。
 そうではなく、そのシーンで何が起こっているかを「動詞」で描写すること。それを念頭におくことで、批評の言葉はぐっとアクティブになり、映画を語る文章として躍動感が増すはずではないか。

 映画作りは人生だ、と語ったのはトリュフォーの『アメリカの夜』だっただろうか。映画の中で起こっていることは、生活のどんな現象にも適用することができる。
 この本は「監督と俳優」のコミュニケーション術にとどまらない奥行きを持っている。

2012/4/5

キネマ旬報 4月下旬号  

 4月5日発売の「キネマ旬報」4月下旬号。「親と子どもが映画を撮る」特集に、エッセイ「そして映画はつづく」を寄稿しています。
 ケン・ローチが新作『ルート・アイリッシュ』を発表した折しも、その息子ジム・ローチが『オレンジと太陽』で見事なデビューを果たしました。
 そのことを枕に、親子で映画監督になった面々。コッポラ、カサヴェテス、イーストウッド、ランディス親子。それからロン・ハワードの娘、ブライス・ダラスについて触れています。ちょっと変わったアプローチかと思いますので、ぜひお目通しください。

2012/1/20

安原顕さんの命日に  

 1月20日は安原顯さんの命日だ。毎年、この日が来るたび思い出す。さみしい。2003年に亡くなって、今年は9回忌。早いような遅いような。

 今日は、初めて面と向かってお話しした時のことを書いておく。
 「で? あんたは何の人なの?」と聞かれた私は、「映画の人です」と答えたのだった。

 私はときどき、自己紹介するときや文章の中で、自分のことを「映画の人」と述べることがあるが、これすべてこの時の記憶に基づいている。

 そしてさらに聞かれた。「ふーん。で、どんな人が好きなの?」
 来た。ここは運命の分かれどころだ。「こいつ、つまらん」と思われるか、会話を続けてもらえるか。うかつに「小津」とか言おうものなら、どっか行ってしまわれること確実だ。

 「どんな人、と言いますか、キャサリン・ビグロウの『ストレンジ・デイズ』が最近ではおもしろかったです」と答えた。
 「へえ、みてない。どんなの?」と聞かれたので、合格だな、と胸をなでおろしたものだった。背中は汗でびっしょりになっていたのを思い出す。興味を持っていただけたのだ。
 「どんなの?」と聞く時、安原さんは、かならず目を少し大きく開いて、体を少し前に倒してくる。本当に好奇心の旺盛な方だったのだと思う。

 好奇心といえば、新宿のABCでばったりお会いしたとき、私の事など覚えていないはずなのに、長々と立ち話していただき、「誰? 今なら誰の文章がおもしろい?」と急くように質問されたことも忘れ難い。そういう方なのだ。
 たまたまそのとき持っていた、タワーレコードのフリーペーパー「ミュゼ(現intoxicate)」を引っ張り出し、片山杜秀さんや小沼純一さん…と述べると、何度もうなずいて…。
 「しかし、いま一番面白い音楽誌ってミュゼですよね?」と述べると、「もちろんそうです。もちろんです」と。その言葉以上に、安原さんの声が今も耳に残る。

 ジャズ好きの安原さんのことだ。もしご存命なら、たとえば今なら、上原ひろみのピアノをどれだけ愛して、贔屓にしたことだろうと思う。彼女の演奏を聴くたびに、いやあ安原さん好みの音だなあと思わされる。

 御存命なら今年で73歳。今の世界を見て、安原さんはそれでもなお、「ふざけんな!」とおっしゃるだろうか。それとも、もはやあきれ果てて声も出ないだろうか。

2011/12/20

東浩紀『一般意志2.0』  

 東浩紀『一般意志2.0』(講談社)
 ブリリアントの一言。
 本書が言わんとすることは、ごくごくシンプルで、中学生の国語の問題にしたいくらいでさえある。たとえば、「筆者の言わんとするところを、文中の語句を使って50字以内で述べよ」とかそうしたものだ。

 たとえば実際にやってみるならば、(著者の主張は)熟議に基づく民主主義の限界を補完するため、可視化した大衆の欲望を組み合わせた、新たな政治形態を作る(こと)。
以上49字。

 しかし、これではあんまりなので、もう少し内容をまとめてみる。
 発想の源はルソー。ところが歴史的にみると、その思想はナショナリズムやファシズムの根拠となりかねぬものをはらんでおり、まだ未熟なものとされてきた節もある。
 そのスキを克服すべく、ヘーゲルやカント、カッシーラーらが思想を展開し、アーレントやハーバーマスらがそれを補強していく。
 しかしその結果、世界は熟議による政治こそが理想であるとされたものの、21世紀もほぼ10年が過ぎた今、いよいよそれが限界に突き当たってきた。
 なぜなら、分断化され複雑化した現在にあっては、熟慮によった“公共”の合意など得られようもないからだ。
 そのため、近年の社会学者の時代認識はどうにも歯切れの悪い部分があったが、それはカント的な考え方から脱却できなかったためといえる。

 けれど、今、未熟で危険なものとさえされた、ルソーの思想、特に「集合知」というものが我然、意味を持ち始めた。
 それはグーグル、ツイッターといった技術が、集合知を可視化する可能性を持ち始めたからだ、といったことを、対抗する思想を紹介しては、それらの限界を詳らかにし、フロイトまでも召喚することで、肉付けしていく。

 という感じで、これは逐一、実感を伴って読書ができる。主張が一貫して、かつシンプルなために、そこに書いてあることを、他者に伝えやすい。そういう書物は内容もいい。
 そしてそれは、本書にとって一番重要なことだと思う。たとえば、今、現在師走に入って忘年会シーズンたけなわだが、その酒の席でちょっと難しい顔をしてみせて、「そういえば最近読んだ本で、東浩紀って人が面白いこと書いててさぁ…」といった知ったかぶりをするのにさえ、最適とは言わないまでも、「あり」だと思う。
 そして、そんな場で人の興味を引くに足るだけの、「おもしろい」発想なのだ。

 かくして、本を読んだものの口を通して、読んでいないものへと伝わり、それがやがて大きな一般意志として膨らんで行く。まさにツイッター的な言葉でいえば、「拡散」である。こうしてゆっくりと、「一般意志2.0」は実現・実装の可能性へと動いていく(とすばらしい)。

 人に伝え、人を動かす本というのは、きっとそういうものだと思う。思想というのは、書いて発表することが問題なのでなく、実現可能性への種をまくことが重要なのだ。
 そして本書はそんな種として、十分すぎるほど明晰だ。


2011/12/13

スーザン・ストラスバーグ『マリリン・モンローとともに』  

 スーザン・ストラスバーグ『マリリン・モンローとともに』(山田宏一・訳 草思社)

 山田さんの翻訳による書物を読める喜びをかみしめる。
 まさか山田宏一さんによる久々の翻訳書が、マリリン・モンローについての、スーザン・ストラスバーグの半生記とは。

 モンローがリー・ストラスバーグ率いる、アクターズ・スタジオの薫陶を受けていたことは、一般常識として知っていた。
 しかし彼女がストラスバーグ家と、家族ぐるみ、これほど密接な関係を持っていたとは、不勉強にして知らなかった。本書はリー・ストラスバーグの娘、スーザンによる回顧録だ。

 私の世代ではスーザン・ストラスバーグというと、ウィリアム・ガードラーの『マニトウ』(1978)という、『エクソシスト』に二番煎じホラーになるのだけど、悪魔の子を宿した彼女の「パ・ナ・ヴィ・チ・サ・リ・ド・ウ」という全く抑庸のない、まさしく感情の抜け落ちた、悪魔の言葉の呟きが、今も耳に残るこれこそトラウマ映画と言っていい。

 ロジャー・コーマンによる『白昼の幻想』(1967)を見たのはそのずっと後だ。脚本はジャック・ニコルソン。スーザンはピーター・フォンダの妻役として出てくる。激しいドラッグ体験映画で、彼女は全裸もいとわぬ激しい演技を見せてくれる、これもサイケデリック映像の連続で、強烈なトラウマ映画だ。

 こうして私の中では、偉大な父親の娘として、どこか反体制的な仕事をしているという、イメージができあがっていたのだけど、本書で書いている通り、もともと『アンネの日記』の舞台で注目を浴びた本格的な女優である。
 ほとんど家族同然に、ストラスバーグ家に出入りするマリリンを目前にしながら、スーザンはキャリアを築いていった。

 マリリンに対して、娘以上に指導と愛情の情熱を捧げつくす、父リーにスーザンの心は揺れっぱなしだ。
 父の称賛を得たいのは誰よりも自分だったのに、という絶叫を本書ではあられもなく繰り返す。眠れぬマリリンに歌を歌って聞かせながら、抱きしめている父の姿を目にしたりもし、心は揺れに揺れる。
 けれど、スーザンはマリリンに対する(いろいろな不平は隠せないとはいえ)愛憎入り混じらせたりはしない。もっぱら愛だけが書かれている。

 それは、マリリンだけが持つ、スーザンには何度生まれ変わっても得られなさそうなもの、つまり圧倒的なセックス・アピールと大スターとしての輝きに、はるかな羨望を抱きつつも、逆にマリリンがどんな代償を払ってでも得たかった、知的環境とアカデミックな尊敬をスーザンは生まれながらに備えていて、その埋め尽くせぬ差異をきちんと理解していたからだろう。

 そのうえで、マリリンに対する激しい感情を、時には示しつつ、こんな共感において1つになる。
「どうやらマリリンとわたしには想像もつかないほどの共通点があるようだった。わたしたちはふたりとも教師であるひとに――つまりは私の父に――認められることを求めていたのだ」(P.179)

 とはいえ、客観的な生活感覚からしたら異常な家庭である。本書で面白いのは、もう1人の登場人物で、スーザンの弟ジョニーのスタンスだ。
 この狂った家族に巻き込まれまいと、徹底的に観察に徹し、シニカルに振る舞う彼の証言はとても地に足がついたものなのだが、後に結局は俳優業に手を染める。しかしそれに踏み切った本音はこれである。
「ぼくが俳優になろうって思ったのは、そうすれば家族の一員でいられるからさ」(P.172)

 この演技一家にあって、ある意味では切なすぎるこの言葉に、何ともしれないわびしさを感じずにいられない。
 それはともかくとしても、本書の魅力をおおいに増しているのは、巻末の山田宏一さんの長いエッセイだ。温かくも詳細な解説を施しつつ、『王子と踊り子』の監督および共演者として、本書にもたびたび登場した、ローレンス・オリヴィエ卿の尊大ぶりに対し、嫌悪をかくさないのも楽しく、こういう場面でなら依怙贔屓だって、ぜんぜんかまわない。

 いつもながら、山田さんの解説を読んでいると、直ちにマリリンの作品を一本一本見返さずにはいられなくなる。

2011/10/27

井上篤夫『素晴らしき哉、フランク・キャプラ』  

 井上篤夫『素晴らしき哉、フランク・キャプラ』(集英社新書)
 キャプラの評伝が、まさか新書の形式で出版されるとは思わなかった。さすが集英社。かつては『ロードショー』という映画誌を持っていたことの縁だろうか。
 
 それ以上に、日本にこれほど熱心にキャプラ研究をしている人物がいたことに驚く。
 2010年には、カリフォルニア大バークレー校のアーカイブで、無声映画時代を含むキャプラ作品を集めた映画祭が開かれたという。
 著者はそこに参加し、かつキャプラ伝の執筆者である、ジョセフ・マクブライドに長時間インタビューを敢行したそうだ。
 おそらく、この小さな書物には書ききれぬほど、膨大な蓄積があると思われ、いつの日かそれをすべて記してほしいものだと思う。

 本書は、これまでほとんど知る機会のなかった、キャプラの生涯をわかりやすく、しかも不足なく伝えることに徹して、価値あるものだと思う。
 イタリアからの移民として苦労してアメリカに来て、職を転々としつつ、映画界への夢を持つようになる。

 コロムビアのハリー・コーンに見込まれ、ヒット作を連発してコロンビアのメジャー入りへの立役者となる。
 が、「ワンマン・ワンフィルム」を唱え、当時にしてすでに、映画は監督のものという強い考えを抱いていたキャプラは、盟友である脚本家リチャード・リスキンともども、確執が深まり、ついには決別。
 さらに念願の独立プロの設立を果たしたものの、『素晴らしき哉、人生』の興業的失敗から、恵まれたとは言い難い晩年。

 こうしたキャプラの一生が、既存の評伝類をしっかり読みこんだ上で要約されている。
 新書という形式では、ここまで書いてあれば十分。その限りにおいて、本書はきちんと使命を果たしている。特に、ハリウッドとバンク・オブ・アメリカとの関係について、多くのページ数を費やしているのは炯眼だと思う。
 
 キャプラという題材は、戦後の没落について、表面的な事実だけでなくもっと踏み込んだ記述や、第二次大戦のプロパガンダフィルムを含んだ個々の作品解釈、現代における影響範囲など、さらに面白くなるはずの材料に事欠かない。
 いつの日か、そうした事柄も盛り込んだ決定版が著されるのを期待したい。

 たとえば、本書ではほとんど触れられなかった作品、『失はれた地平線』一つとっても、その作品が完成するまでのごたごたなど、ここにたとえばキャプラの不遇と、現在のコッポラの不遇に通じるものを見てとることは十分可能なのだ。
 2人ともイタリア系であることは偶然かもしれないが。

 ともあれ、本書によってフランク・キャプラという名前が出て来たことだけでも価値がある。ルビッチやスタージェスほど、シネフィルに好まれる名前ではないが、それはやはり怪しからんことだ。もっとスポットがあてられるべき映画作家だと思う。
 参考:http://foodpia.geocities.jp/howardthemovie/chapter17.htm
    http://foodpia.geocities.jp/howardthemovie/chapter14.htm



2011/7/21

野崎歓『異邦の香り―ネルヴァル『東方紀行』論』  

 野崎歓『異邦の香り―ネルヴァル『東方紀行』論』(講談社)

 『レ・ミゼラブル』や『赤と黒』や『ボヴァリー夫人』や『居酒屋』や『女の一生』や『ゴリオ爺さん』や『狭き門』や『ジャン・クリストフ』や『悪の華』みたいな、極めつけの代表作がないせいか、一連のフランス文学にあって、ネルヴァルはどうも分が悪い。

 本書は、そんなネルヴァルの魅力を、当時まだ「紀行文」というものが、まだ十分に確立していない時代にあって、執筆された『東方紀行』を指南として、平易に解き明かしていく。

 この本を読んでいて、コスモポリタンとしてのネルヴァルという存在に、すっかり心奪われる。
 それがどれだけ魅力的かということは、西洋のオリエントに対する視線の歪みを糾弾した『オリエンタリズム』の中で、サイードがネルヴァルだけは擁護した、という事実から本書は進行する。

 シャトーブリアンやラマルチームの紀行と突き合わせ、アルトーやボードレールなどなど、多数引き合いに出しつつ、引用が引用でなくなるほど、美しく本文に溶け込んだ『東方紀行』からの引用を散りばめて、本書の話題は進んで行く。

 本書をじっくりと読み進めつつ、非常に個人的な感想としては、ネルヴァル最大の資質は、「何も決めないこと」と感じた。
 何ごとも決して決めつけない。断定を行わない。そのうえで、さまざまな土地や人の中に入っていく。
 著者はそんなネルヴァルの心性を、「積極的な受動性」と呼ぶ。
 
 そうした資質を獲得するのは、ネルヴァルが常に「異邦人」としての精神を維持しているからなのだが、そこに悲劇の源があることもまた、著者は見出そうとする。
 19世紀フランスの哲学者、メーヌ・ド・ビランの定義によると、「精神異常とは自我が自らにとって異邦人となるような心身の状態である」と。

 東方への旅の途中で、狂気による中断を余儀なくされてもいるネルヴァルは、46歳というあまりにも早すぎる死を自ら選んだ。
 精神の自由さは、必ずしも心のゆとりを生み出してくれるものではなく、そのことによってその末路が神話性を帯びてしまうのは、皮肉と言うほかない。


2011/6/23

エステバン/パニチェリ『絆と権力 ガルシア・マルケスとカストロ』  

 アンヘル・エステバン/ステファニー・パニチェリ『絆と権力 ガルシア・マルケスとカストロ』(野谷文昭・訳 新潮社)

 キューバの指導者フィデル・カストロと、ノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスが、非常に懇意な仲にあることが、記憶のどこかに残ったのは、ビル・クリントン元合衆国大統領の自伝『マイライフ クリントンの回想』(朝日新聞社)を読んだ時のことだ。

 同書で、マルケスの『百年の孤独』について、「これはウィリアム・フォークナーの死後、あらゆる言語で書かれた小説のうちでもっとも優れた作品だ」と述べるクリントン元アメリカ合衆国大統領である。
 合衆国にとって、目の上のたんこぶのような、キューバの指導者とそれほど懇意な作家について、よくそれだけのことを言えるなというのが、まずあった。

 さて『絆と権力』という本書は、マルケスとカストロはもちろん、その周辺の人物たちによるテキストや発言、直接の取材から、その関係の深さを追いかけ、記述したものだ。
 ガルシア・マルケスという人物は、私自身もそのあたりについて、不勉強だったが、小説家という以上に、むしろ政治記者として膨大なジャーナルを執筆している人物であり、それらの過程でフィデル・カストロの知己を得る。
 それは社会主義者として、キューバ革命に対する深いシンパシー故のことだ。

 しかし、独裁者としてのカストロは、反革命的な手合いに対しては、それ相応の行いでもって報いる。たとえば詩人エベルト・パディーリャへの言論封殺と思想統制。
 親キューバといえど、それに反発した知識人たちの行動に対し、マルケスの行動は曖昧さを極める。

 本書を読み進めていて、直観的に拭いがたく感じるのは、カストロに対して然るべき発言できる“ノーベル文学賞受賞者”、ガルシア・マルケスは、これはどうも広告塔としてうまく“利用されているな”という思いである。
 情報ソースの絶対量にも関わるはずだが、カストロのマルケスへの“熱い絆”は、マルケスのそれに比べて、どこか不鮮明だ。
 
 たとえば、マルケスは、カストロへの口利きによって、多くのキューバ人を合衆国への亡命の手助けをするが、先に挙げたビル・クリントンの回想によると、それは「カストロが、国内の問題をアメリカに押しつけようとして、キューバ人にアメリカへの大量亡命を許している」という捉え方になる。
 
 その関係において、キューバに対するアメリカの経済封鎖に反対するマルケスは、その解除をクリントンに求めるのだ。
 もちろん封鎖解除など不可能だが、クリントンはキューバとの間に協定を成立させ、カストロはキューバ人の大量流出を食い止めることを誓約。アメリカ側は毎年2万人のキューバ人受け入れを約束する。少なくとも、クリントンの任期期間中、カストロはこれを遵守したという。

 本書とクリントンの回想録を照らし合わせつつ、これら外交の達人たちによる、大きな動きの中でみると、ガルシア・マルケスなど実に取るに足らぬ狂言回し程度にしか、見えてこない。
 さらにクリントンの証言では、「のちにガルシア・マルケスの口から、フィデル・カストロとビル・クリントンの両方を友人に持つ人間は自分しかいないという冗談も出た」というのだから、ますますだ。

 ガルシア・マルケスは権力への執着について、『族長の秋』という小説に結実させる。すごい作品だと心から思う。
 しかしたぶんこの作家の、いちばん大きな資質としては、自らの卑小といえば卑小な、あえていうならば権力への誘惑を、莫大な言葉の渦の中に溶かしこんで、結果的に生まれた作品からはもはや“私”というものなど、跡形もなくしてしまえることなのだろう。
 しかし、それこそが盲執というものの正体なのかもしれない。

2011/6/10

ひし美ゆり子 樋口尚文『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』  

 ひし美ゆり子 樋口尚文『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』 (筑摩書房)
 ひし美ゆり子さんは、いわゆる「巨匠」「名匠」の監督作品には、とうとう出ることがなかった。83年の木下恵介監督(『この子を残して』)が、いちばん大きな名前かもしれないが、これは出演シーンの短い、非常に小さな役である。
 ご本人もおっしゃる通り、少なくとも映画作品においては、「代表作がない」。

 それなのに、その名前は広く知られ、ことに愛され方の切実さと熱狂度においては、日本映画史上最大じゃないかとさえ思う。これに匹敵するのは、絶頂時の吉永小百合ただ1人ではないか。

 私自身は、本書を筑摩書房のPR誌「ちくま」連載時に、欠かさず読んでいて、その折に『ウルトラセブン』の封印12話、「遊星より愛をこめて」について、
「亡くなる前の高野宏一さん(特技)に伺ったら、ちゃんと十二話の音がはクリーニングして保管してあるから安心してよとは言われたんですが」(本書P.108)
 という、驚くべき発言に触れ、さっそくそのことをツイッターにあげたところ、私としては異例の数のリツイートがついて、とても驚いたものだった。
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写真:ウルトラ警備隊制服もいいが、看護婦姿のアンヌは究極にして至高である。

 ひし美さんが愛されるのは、やはり1にも2にも「セブン」のアンヌ役によるものだ。
 ではなぜ、アンヌなのか。『ウルトラマン』のアキコ隊員でも、『ウルトラマンエース』の南夕子でも、『人造人間キカイダー』のビジンダーでさえなく、なぜアンヌなのだろう。
 もちろん、往年のヒーローもの、いや、ヒーローものの枠を超えて、「セブン」の水準が断トツに高いことはひとつあると思うが、個人的にはアンヌ隊員は、大人になった今みてもまったく遜色なく美しいからとしか言いようがない。

 アンヌ隊員だけは、子どもごころには憧れのお姉さんであるし、成長してからはそのままの姿で、まったく幻滅感なく理想の女性として映る。いわゆる「昭和」の顔をしていないのだ。どの時代に登場しても、間違いなく成功するタイプの美貌なのだと思う。
 ノスタルジーとリアリティの両方を刺激する稀有な顔だ。

 そんな決定的な役であるにもかかわらず、ひし美さんご自身は、アンヌのことをたくさん演じた役のうちの1つくらいにしか考えていなかったという。
 いわゆるアンヌ・ブームというのは、本書とも照らし合わせると、80年代後半以後にビデオなどによって、「セブン」にアクセスしやすい時代が来たことで始まる。

 けれど、ご自身の役柄へのそうしたこだわりのなさが、ひし美さんの独特のキャリアを形作ったのかもしれない、と本書を読んで思う。
 そんなあり方を樋口尚文さんは、「「流され」女優」と表現する。
 彼女のキャリアは、「積極的な野心や企みによって手に入れられたものでは」なく、「時代の波に乗るというよりも波にさらわれるように、目の前にやってきた映画やテレビやグラビアの仕事をこなしてきたにすぎない」という分析に基づく。  私は冒頭に、「巨匠」「名匠」と組んでいないと書いたが、いくらなんでも出ていなさすぎると感じることもある。
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写真:これほどの美貌なら、2011年の今登場したってトップ女優だ。

 「私はなにかそういうメジャーなものには気がすすまなくて、ちょっとあやしい映画でコソコソやってるほうが性に合ってたんですよ(笑)」(P.195)
 と、ご本人は笑うのだが、間も悪い。
 たとえば資生堂のCMにも決まりかけてたのだと言うが、折しも『ポルノ時代劇 忘八武士道』のヌード写真が男性誌に出て、話が潰えてしまう。
 究極的なところ、大島渚『愛のコリーダ』主演を断ってしまうという、痛恨の事態も起こる。(樋口さんは「よりによってここで「流され」なかった」と残念がる)

 やはり「名匠」の作品に主演をはるためには、「女優」としての「野心や企み」というものは不可欠なのだろうか、という感想も持ってしまう。
 というのは、ひし美さんを『愛のコリーダ』に熱心に誘った大島渚をはじめ、ひし美さんを迎える監督たちは、誰もが熱烈に、熱狂的に彼女の出演を求める。
 その筆頭が石井輝雄だった。そして江崎実生、関本郁夫。最近では押井守まで。みな「しがない」(by山田宏一)監督たちだ。
 きっとひし美さんの、そんな飾り気のない「しがなさ」は、彼女の独特の愛され方と無関係でないのかもしれない。
 現在のひし美さんが、ブログやツイッターを通じて、本当に気さくにファンと交流を深めている様子をみると、その一端がわかる気がする。

 こうした、ひし美さんのキャリアを、日本映画史の流れの中に位置づけて、樋口尚文さんはこのうえなく素晴らしく分析してみせる。長いが引用する。
 「ひし美は、かかる映画撮影所の創世記から最盛期を知る映画の虫ともいうべき職人監督たちの現場を知る、最後の世代の女優であろう。そして同時に、こうして手だれたちに愛されたひし美は、裸という表現を求められることで、たとえば東宝が長年積み上げてきた東宝カラーをきわどくかき乱す立場にもなっていた。
 こうして映画の最盛期に遅れてきたひし美ゆり子は、映画の伝統に愛されながら、それを壊す「境界人」的な女優だった。」(P.211)

 本書は、ひし美さんの肉声を伝えてくれる、かけがえのない書物である他、編者・樋口尚文さんの懇切丁寧をきわめた補足解説が、60年代後半から70年代にかけて、撮影所が崩壊し、映画産業が完全にダメになって、テレビへと軸足が移っていく日本映画史を、ひし美ゆり子というプリズム、いや、万華鏡を通して、透視しきったすばらしい成果である。
  


2011/6/7

大島渚『わが封殺せしリリシズム』  

 大島渚『わが封殺せしリリシズム』(清流出版)読了

 そもそも、「リリシズム」ってよく聞く言葉だし、イメージとしてはわからないでもないが、どういう意味なのか。

 ある知人は「「凛々しい」ということだよ。だから「りりしずむ」だ」と、とてもくだらないことを言うのだが、私はそういう言葉遊びが大嫌いだ。
 ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビー」がリリカルだ、という感想はよく見かける。
 かつて、TV番組「題名のない音楽会」で、オスカー受賞直後の坂本龍一が、フルオーケストラで『ラスト・エンペラー』を指揮したとき、司会の黛敏郎が「非常にリリカルな、美しい音楽ですねえ」とコメントしたのは、はっきり覚えている。
 「大辞泉」によると、「抒情詩的な趣や味わい」とのことだが、これはさっぱりわからない。

 「ワルツ・フォー・デビー」や、「ラスト・エンペラー」のテーマをリリカルというなら、何となくイメージ的にはつかめるような気はする。
 それを、非常なシリアスな緊張感をはらみつつも、きわめて美的なロマンチシズムにあふれた様子としてみよう。
 となると、それはなるほど大島渚というよりは、同時代の監督では吉田喜重こそが、リリシズムの監督といえそうな気もする。

 ではしかし、大島渚は何を封殺しようというのか。
 実は本書の表題となった、「わが封殺せしリリシズム」という文章は、収録文中でも最も短く、たったの2ページしかない。
 しかしそれが書名にまでなるとは、その意図はぜひとも探らねばならない。

 大島渚は、『愛のコリーダ』の仕上げでパリ滞在中、エッフェル塔がふとしたはずみに、目の前に現れたとき「私はこんな風景に出会うことを人生の最終目標にしていたこともあったという強烈な感傷」を抱く。

 やがて大学に入った大島は、一年生だけで劇団を作ったが、そのときどうしてもやりたかったのが、デュヴィヴィエ監督作品でも有名な『商戦シナシチー』だったという。
 その「暗く甘い」感傷を愛し、同作品で「女にふられる役のセガール」を演じた若き大島は、「細い細い雨の降る北フランスの港町に恋をし、そこの安ホテルの食堂に座っている感傷的な自分に恋をした」と書く。

 そして「『商船シナシチー』のあと、私はそんな感傷を封殺して三十年を生きた」(下線Incidents)と、文章をしめくくるのだ。そして、この文章が書かれたのは1978年。作品としては『愛の亡霊』の頃だ。
 ここで初めてわかる。大島渚が封殺した「リリシズム」とは、「感傷」の意か。

 そこで私は不意に思い当る。吉田喜重はそもそも「感傷」などという言葉を用いたことはなかった。
 直ちにその著書、『変貌の倫理』(青土社)と『小津安二郎の反映画』(岩波書店)を、慎重にひもといてみる。一字一句たどったわけではないので、正確さは欠くことをご了承願いたいが、全ページ確認した限りでは、「感傷」などという言葉は1度とて使っておらず、その文章があまりに素晴らしいので、ついつい幾編かを通読してしまうことには、吉田喜重にあってそもそも「感傷」などという感情は、根本からしてないように思えてならない。
 大島渚がわざわざ意識的に「封殺」せねばならなかった「感傷」は、吉田喜重にとっては、そもそも「封殺」するまでもなく、初めから存在しないのだ。

 さて、わざわざ「封殺」したと宣言している、大島渚の「感傷」だが、本書を読んでいくと、不意にその「感傷」がほとばしるのを、いやというほど感じさせられる。
 何篇か収められた追悼文がまずそうだ。特に川喜多和子へのそれは感傷にあふれている。

 もちろんだが、これは批判ではない。
 編者、高崎俊夫さんは、この本において「クローズアップしたいのは、そのような大島監督の<繊細で心優しいセンチメンタリスト>の側面」と「あとがき」で書く。
 「そのような」とは、「過激なまでにセンチメンタルで抒情的な資質を隠し持つ大島渚」ということで、ここで「隠し持つ」と書いておられることが、最重要ポイントだ。
 その「封殺」したはずの「感傷」は、不意にほとばしる。その放出が、本書に収録された文章の魅惑に他ならない。



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