いきなり、テーマが変わって。
今度の日曜日、二本松市岳温泉の、鏡が池碧山亭という所で「あだたら発・歴史と文化の旅」という催し物があります。
主催は、夕日ケ丘森花倶楽部で、結成5周年記念事業として講演会を開催することになったそうです。
僕も、この会で講演を頼まれまして「氷河時代のふくしま」という題でお話しすることになりました。仮題が「安達太良の石器時代と植生」という名称だったのですが、僕自身安達太良山麓の石器時代を発掘調査したこともないし、安達太良だけだと話が狭くなってしまうし、講演を依頼して来られたGさんが「平成17年に『まほろん』文化財研修で聞いた僕の話が頭にあったので」ということだったので、氷河時代のふくしまをテーマにいたしました。
1時間の講演なのですが、詳細は本番にとっておいて、今日は、旧石器時代人の住まいについて、考えているところをご紹介いたしましょう。
旧石器時代は、今から1万年以上も前の時代で、氷河時代とも言われ、当時の人々は、定住生活でなく、移動をともなった生活を営んでいたものと考えられます。
ということは、大がかりな住居を建築することもなくて、また、そういう技術もなかったので、テント生活を続けていたのではないかと考えられます。
実は、ヨーロッパの後期旧石器時代に、洞窟に描かれた壁画が残っておりまして、その壁画に当時の住居が描かれていたのです。
この写真が旧石器時代の住居を描いた壁画ですが、その形はまさにテントです。
これは、北方先住民族であるチュクチ族のテントですが、旧石器時代の壁画に描かれた住居と同じような形ですよね。チュクチ族はアジア大陸北東端のチュコト半島に住んでおり、極北のトナカイ遊牧や海獣猟・漁労を営む民族です。当然移動生活をともないます。このチュクチ族のテントを見て、旧石器時代の住居はテントであると判断した次第です。
そこで、もしかすると、北極圏に住む先住民はそれぞれに移動式テントを用いていますが、そのテントには北極圏を通して、旧石器時代からの伝統としての共通要素があるのではないかと考えました。
そして、北極圏周辺高緯度地帯の各先住民族が用いているテントの図を集めて比較してみました。
大興安嶺のオロチョン族が、ハンダハン(ヘラジカ)狩猟に行く際に野営するテントです。氷点下31℃の野営にも耐えられます。円錐形テントの上半分が空いたまま。テントの中で焚き火するので、煙を出すのに、上が空いている必要があります。
NHK取材班が、このテントの中で、野営できました。
ツングース族のシラカバ樹皮テントです。オホーツク海沿岸に近い、シベリア東端に住む民族です。やはり円錐形テントの上部は空いています。
オロッコ族の樺の樹皮のテントです。オロッコ族は、アムール川河口の北側に生活しています。円錐形テントで、頂部がわずかに空いています。
エベンキ族の樺の樹皮のテントです。エベンキ族は、中央シベリア高原にて生活しています。
ツングース族・オロッコ族・エベンキ族など、中央シベリアから東シベリアにかけての民族が用いるテントの天幕には、カバノキ科の樹皮が用いられているのが特徴的。
ところで、中央シベリアから東シベリアにかけてって、北半球でも一番寒い地帯でしょ。すごいなー。
上の2枚の図は、フィンランドのラップ族のテントです。やはり、周囲は天幕に覆われているものの、上部は広く空いていますね。
こちらは、北米大陸の、ハドソン湾イヌイット族のテントです。やはり円錐形です。
北米タイガ先住民のテント。円錐形で上部が空き、オロチョン族やツングース族、ラップ族のテントの形に類似しています。
これで、極東からシベリアを経て、スカンジナビア半島の付け根、そして北米大陸の北部と、ほぼ、北極圏近くの高緯度地帯を一周してみました。
北極圏の各先住民族が用いているテントは、カリブー・イヌイットのテントを除いて、共通して円錐形で、頂部は空いています。オロチョン族のテントと同じで、上部の空いた所が煙出しの役目を果たしているのでしょう。広い北極圏近くの高緯度地帯を通して共通要素があるということは、それが旧石器時代から受け継がれてきたテントの形であり、旧石器時代でもそのような形のテントを用いていたことを示しているのかもしれませんね。
テントにも大小があり、トナカイ遊牧のチュクチ族のテントは、比較的大型の部類に入るのでしょう。しかし、多くの移動式テントは、円錐形のものではなかったでしょうか。
北極圏近くの高緯度地帯各先住民族は、気候的にも厳しい環境で生活も苦しいのではないかと思われがちですが、実は、とても豊かなのです。
北極圏は確かに極寒の地ではありますが、海には多くの海獣(オットセイ・アザラシ・クジラなど)や魚が棲息し、内陸部にはトナカイ(カリブー)やヘラジカ・アカシカなどの大型獣がおります。海獣や陸獣からは、防寒用の毛皮もとれる。
そして、その広大な面積に比較して、居住している人々の人口は少ない。
すなわち、伝統的な狩りや漁労、トナカイ遊牧などで生活が営めるのです。そして生活技術は、ある時代から鉄器などの金属器が導入されたり、銃が導入されたりはしていますが、生活システムを大きく変えるほどではない。さらに、各民族の生活を精神的に支える、アニミズム的信仰やトーテミズム的信仰もあります。
豊かな自然の恵みと、独自の信仰・精神文化のおかげで、最近まで、古くからの生活技術のまま生きてゆくことができた。すなわち、その生活技術の中には、後期旧石器時代から受け継がれてきた技術もあり、住まいとなるテントもそのひとつではないかと考えました。
最近の極北少数民族は、急激な近代化の波により、生活形態が大きく変化していますが、それによって、民族のアイデンティティが失われ、さらに、アメリカやロシアなどの国家的な自然破壊、地球温暖化などにより危機的状況に陥っていることも聞きます。
近代化は、あまねく幸せをもたらすものではないのでしょうね。少なくとも、極北の自然と共生してきた民族は、それによって豊かな自然の恵みを享受してこられたわけですから。
おおいに考えるべきテーマと、僕は思います。