現代の医療の問題の背景の一つとして地方における医師不足があります。この医師不足は、その原因により医師養成数の抑制・不足による絶対的不足と、医師の何らかの分布の偏りによる相対的不足に分けられます。本邦における医師養成数の絶対的不足は、医師密度の国際比較の結果から次のことがいえます。
2006年の経済協力開発機構(OECD)諸国の平均の医師数は人口10万対で310人であり、先進諸国の医師数は、イタリア370人、ドイツ350人、フランス340人、イギリス250人、アメリカ240人なのです。数字の上では、私たち日本は206人と、フランスに比べてさらに深刻な事態にあります。ですが、余裕のあるはずのフランスでも医師不足が認められます。

パリ市立病院の玄関にて。
『ル・モンド・ディプロマティーク』という雑誌をみてみましょう。
「ル・モンド・ディプロマティーク」は、フランスのクォリティ・ペーパー「ル・モンド」の関連会社が編集する国際月刊紙です。ユーラシアや中東、政治情勢や経済状況など、幅広い地域と分野を取り上げ、フランスその他の各界識者による論説を、現代の市民社会に提供するメディアです。
ピティエ・サルペトリエール病院 L'HOPITAL PITIE-SALPETRIERE アンドレ・グリマルディ(Andre Grimaldi)らは、このように指摘しています。
『フランスの病院および医療制度の危機的な現状は、偶然のなせるわざではない。原因の第一は医師不足にある。過去20年間にわたって歴代政権がひたすら推し進めた政策のせいだ。年間に養成される医師の数は8500人から3500人に減った(1)。この縮小政策を提唱したのは医療エコノミストの一部と自由診療医協会である。 』

(パリ市の救急隊と救急センター)
『医療エコノミストは供給が需要を決定すると主張する。供給を減らせば需要も減るというわけだ。しかし、それに合わせて医療制度を作り替えることは視野にない。』また
『自由診療医協会の考えは、そこまで浅はかではなく、臨床医全体の数が減れば自分たちが市場で優位に立てるというものだ。事実、臨床医が減ったことで、専門医をはじめとして保険外の追加料金をとる医者が増えた。』
日本でいう混合診療の悪い例にあたります。

(救急搬送をおえてひきあげる救急隊)
『産婦人科医協会のギー=マリー・クザン会長の発言は、保険外診療の理念を簡潔に表明している。もし民間クリニックの保険外診療費が「患者にとって不都合ならば、公立病院に行って、外国の学位をもった臨床医の治療を受けるべきだ」と』
ますます混合診療のわるい部分が強調されています。

(外来クリニックの様子)
そこで、かれれは3つのポイントをあげています。
『第一は、製薬産業による濫費である。製薬産業は売上の約25%を宣伝に費やしている。しかし、医療市場は普通の市場ではなく、大幅に社会化された市場である(社会保険がかなりの資金を供給している)。
第二に、医療自由化の信奉者は、部分的な民間参入の結果がどうなったかについては押し黙っている。
第三に、フランスは民間営利クリニックへの入院がヨーロッパで最も多い(23%)。かつては外科医の個人開業だったクリニックは、現在では大多数が、他の医療事業も手がける国際企業の傘下に入っている。』
ソシエテ・ジェネラル Société Généraleは、いまやパリ最王手の医療の株式会社。
このような株式が、パリの多くの民間病院を運営するようになると、
『こうした背景の下で、行為別支払い(T2A)と呼ばれる診療報酬方式が施行された。表の目的は、公立病院のコスト削減である。裏の目的は、民間クリニックへの報酬増額である。診療報酬の金額は、文字通りの「行為」つまり診療内容の別ではなく、類似の疾患群をまとめたとされる保険分類コードに対応している。疾患の数は1万ほどもあるのに、「同種」グループ(GHS)に割り当てられた分類コードは700しかない。、「同種」グループの中でも単純な疾患は民間クリニックの主要な診療行為に対応し、より複雑で重篤な疾患は公立病院の中核的な診療行為に対応している。』
日本の方向性とまったく同じ現象がおきています。
その点では、私たちよこすか女性泌尿器科クリニックは、重篤な疾患を日帰り手術することで、患者のコストの削減をはかっているので、まったく特異な存在といえます。

(パリ市民病院の記念碑の前で)
『T2A方式は明らかに民間クリニック優遇策として施行された。その結果、民間クリニックによる保険内診療は9%増加した。 T2A予算のうち公立病院への割当がたった1割にすぎないことからも、公立と民間のアンバランスは明白だ。予想の通り、公立病院の9割、32ある大学病院センター(CHU)では29が赤字の見込みで、経営破綻も予想される。赤字はまた、ある種の診療をやめ、別の診療業務を再編し、さらには病院自体を閉鎖したり、老人ホームやケア・センターに転換したりする口実にもなる。民間に売却される病院もあるだろう。』
『保険外の追加料金はとんでもなく高額になっており、福祉監査局によれば、年間総額20億ユーロにも達するという。パリで白内障の手術をすれば、500ユーロから1000ユーロの保険外診療費を取られるのが普通だ。大腿骨の人工骨置換手術なら、外科医に3000ユーロ、麻酔医に1000ユーロが相場である。 』
僕の所見では、この背景があるから高額な医療費がみこめるTVM手術がパリで発達したのではないかと予測します。
ですから、僕のクリニックでは、コストをおさえることを考える=患者さんにやさしい医療を考える


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