2017/4/24

名古屋大学 アカハラ  ふと思いついた事。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170424-00000058-asahi-soci


准教授の気持ちが分かるんですけどね。

教授含め競争率が激しい職種に関わる人のほとんどが「厳しい人」になります。

なぜなら己を厳しく律しなければそのポストに就くことが難しいからです。

そんな律する自分と適当に過ごしているように見える他人とを比較してしまうと自然に「自他ともに厳しい人」となってしまう場合も。

「防げたミス」にはより厳しくなり

「こんなに自分は頑張ってるのに、自分を制御しているのに、精神をすり減らしているのに。」

という風に真に己の内側ではなく社会に適合するために律している人は考えるのではないでしょうか。



「こいつ!」と思ってもそこでぐっと堪えるか口にだすかがポイント。

言葉、態度の出さなかったらアカハラとならなかった筈。

思考の自由は認められるが言論の自由は真には保証されてないと見れます。

このことを知っている所謂言葉にしなくても理解できる能力があるかどうかでまず「自分と他人が合うか。」が決まるような。


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