2016/7/14


自学能力が未熟なうちは学習塾に行くべきではない気がします。

自分が通っていた塾経験からの狭い視点からですが。

宿題の量が多く、それをして学力向上ではなく、「宿題をやり終える」ことが目的。

ネットがあれば頼りに頼りますし、あまりに量が多いと先生が全て確認しないからごまかしたり。

宿題をしていて勉強が好きになることも勿論あり得ますが、本人の許容量を越えるともうやる気が起きない。

勉強を自習する、かつ長続きさせるためには知的好奇心を満たす喜びを知ることが不可欠です。

早ければ早い程よく、もし中学生までその感情がないのならその時作り出せば良い。

高校生でもそうですし、大学生でもそう。

ただ、現実的には高校生までにその「喜び」を味わっていないと厳しい社会的立場に立たされます。

「大人になったらわかること」と共通認識として教えてないのではなく、分かるまで教えるべきです。

「子供だからまだいい」は教育者の怠慢でしかない。

「子供」と「大人」と比較して理解の時間が圧倒的に子供の方がかかったとしても、

何に対しても「理解」は早い方が絶対にいい。


記憶に残ってるのは、まだ4歳の頃とある施設に遊びに行った時、同年齢でみんなひらがな、カタカナをマスターしていました。

感じも「ルビ」があるので難なく読み「この本面白いよ」と渡されました。

僕は読めるふりをして過ごしましたが、バレないか緊張状態で過ごしていました。

その話を母にすると「小学生で習うから今は知らなくていい」と言われましたが「なぜ自分だけ本が読めないのに小学生まで待たないといけないのか、ずるい。」と他人と比べ劣っていることに自己嫌悪しました。

そんな親からはひらがな、カタカナの読み書きを教えられず、施設の先生的立場の人にお願いをしてひらがなだけ教えてもらいました。

家庭内の教育格差を初めて実感したエピソードです。

「まだ〜歳だから」という理由で勝手に制限され、痛い目にあうのはその制限された本人。

衣食住を提供されている立場なので歯向かうことは許されないのでもう終わりです。

多角的に「目的」を知る能力は生まれてすぐ持つことがベストですが、現実的に小学校3年生までにほしいところ。

ただその目的がわかっていても「お前のためにやっているんだ」と言われれば破滅する。

そんな弱い意識ではなく強い意識を得るには、本やネットで情報を得るしかない。








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