2016/10/26

大谷をみていてーcs三戦目  野球

大谷は投手でも一流の成績を残しつつ、日ハムの三番打者で走攻守揃った打者でもある。

不思議なもので、三番大谷を見ても驚きと違和感がなくなり単純に打席が楽しみ。

良い意味なのか悪い意味なのか特別感が消えました。

165kmも既に特別感が消えました。馴染みました。

ここまで掟破りの選手なのにもう馴染んでいる。

藤浪が急に二刀流を初めて四番30本30盗塁をしても1年で慣れるんでしょうね。

投手は「打撃練習を疎かにしてもよい、むしろすべき」という概念があると思います。

そんなこと気にせず、プロ入ってもしっかりと打撃練習をしたら案外2割前半は残せるのかも。

逆に雄平や糸井は中継ぎとして結構いい成績を残せるのかも。

西武の木村や阪神の一二三みたいな例もあり甘い考えだとは思います。

しかし、本人達の可能性を最大化するという点で、やはり打撃練習はしっかり、内外野守備練習も。

恐らく、この考えを提言した日本人50万番目くらいでしょう。

実は既にプロでは実践済み、というおちが見えてきました。

まぁでも、阪神岩崎が「大学時代から打撃練習はしていない」と発言していたの寂しいところ。
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2016/10/26

家庭環境がすべて?  ふと思いついた事。

学校の先生の影響で東大を目指すことを決めた中学生。

まずは高校受験を頑張ることに。

A:朝昼晩ご飯が提供され、参考書をたくさん買ってもらいアドバイスを求められれば答えることができる親


B:「あんたなんか勉強しても意味がいないのよ」と言われ家事が苦手なので朝抜きは当たりまえ晩ご飯はコンビ二弁当、参考書は買ってもらえず学校の教材のみで勉強させる親




極端に思えるかもしれませんが、実際1つ中学生に1人ずつはいると想像できる程確率が高い家庭。

この親の思考条件だけをみると子がどうなるかは安易に想像できます。

しかし、親と家庭環境以外にも「子供」本人の条件もあります。

例えばこの場合を考えると、

A':自分の意見は貫き通し、活路を作るための思考力があり、実際に行動にでる。

B’:「自分は親に生かされている」という信念があり、その親に反発することは絶対にやってはいけないと考えている。例えそれが自分のやりたいことと正反対だとしても。


A'はBの場合でも友人達から本人達が相性が合わず使わなくなった参考書を借りたり、また近所の人に頼み晩ご飯を分けて貰えるよう行動を起こすことが考えられます。

つまり最適解を導き出し実際に行動をします。自身の目的を果たすため人に援助してもらえるように。

念のための注釈ですが、「どんな迷惑、被害をだしても目的を果たす」ヒールな人間ではありません。

まずヒールだと援助先から信頼を得ることができず、援助を受け取ることができないでしょう。



B'に関してはAは目的を果たせそうですがBは到底無理でしょう。

つまり家庭環境と子供の責任の割合はハーフハーフである。

とは簡単にできません。

なぜなら「高校受験までの子供の思考は、それ以前の教育によってなされる」からです。

つまり、子供自身より圧倒的に親、家庭環境が影響します。

人は年齢が低い程、概念の吸収力が高いです。それは「知らないことが」圧倒的に多いからです。

「知らないこと」から「知っていること」にするには「体験」と「概念を教わる」が主な方法です。

「体験」で知ることは自身由来の概念が構築され、同じ言葉でも違う意味を持つ固有の概念となります。

一方「概念を教わる」場合は相手の言葉とその意味をダイレクトに受け取りそれが自身の概念となります。


幼い子供が「概念を構築」するための体験できる種類はたかが知れていますが「概念を教わる」方法では無限です。

「言葉の意味がわからないはず」という疑問が生じますが、その分からない意味を教えれば良いだけです。


幼い子供が体験できること・・・保育幼稚園で友達と喧嘩したときの感情、好きな人ができた時の感情、学芸会で主役を演じた感情・・・・。

現在多くの幼い子供が教え込まれる概念のひとつに「危ないから」というのがあります。

「危ないから1人で出歩かない」「危ないから知らない人とお話もしたらいけない」「危ないから知らないものを口に入れない」

「危険」という概念を学び、何が危険なのかを学ぶ。

一見、子供を守るために注意喚起する、親心が垣間見える優しい概念です。

しかし、「何が危ないのか」を「危なくない場合と危ない場合」等より詳しく教える必要性があります。

つまり例えば「危ないから1人でであるかない」だけ教えた場合、子供が家で1人で留守番中火事が起こったらどうなるのか。

「知らない人とお話もしたらいけない」はもし落とし物をして拾ってくれた人からの場合は・・・。

こういう細かい分類は「体験」により徐々に概念が蓄積されるのが一般的です。

「お母さんに話してはダメって言われたけど、優しい人もいるんだな。」

「外にでちゃだめって言われたけど、このままだと火傷してしまうな。」

そこで応用とも呼べる「その場に適した行動」に注目します。

誰も教えていないのに自身で最適だと思う行動をする。

これは恐らく蓄積された概念を足し合わせた一種の答えなのでしょう。

ここでまた分岐点ができます。

この子供自身が最適だと思い込んでやった行動。

これが実際に最適な行動の場合は親は褒めるでしょう。

しかし、実際は最適ではなく、もしかすると最悪な場合も。

「消防車は放水をして火を消していたな、よし、実際にやってみるぞ!」

奇跡的に助かった場合「なんて馬鹿なことしたの!?逃げなさいこういうときは!」と言い放つと今後の自身の行動に対する自信の度合いが減少もしくは排除されます。

「がんばったね。問題を解決しようとしてくれたんだな。本当に立派だよ。でも、一番は○○(子供)の命だよ。こういう場合は逃げてでも命を大切にするべきだよ?」

こういわれると自尊心も高まり、「最適だと判断した行動は間違ってないが、もっと上の答えもあったんだな。」と広い視野を持つべきだとも考えるようになる可能性も高いです。

資金面も勿論大切ですが、現代日本では「概念」がより大切となる傾向にある、と考えています。

虐待された子供は死ぬまで悪影響を引きずる、ということを科学的に証明されましたが、証明される前でも最早わかりきっている事実です。

親と家庭環境から学んだ概念を本格的に修正することができるのは「親と家庭環境から離れた」時からです。

虐待をされ続け「大人の男性(女性)に逆らえば暴力を受ける」いう概念を持っていた場合、これは「体験」から得た概念なので修正はより難しく、優しい大人達に支えられても「特殊例」と見なしてしまいがちです。

親から「悪かった、俺が悪かったんだ」と謝られても「いや、自分が生意気だったから」と親を責めずに自分を責めます。

この一連の思考変換を理解していても、実際の被害者は変えることが難しい。

なぜか?もはや反射神経に刷り込まれていると言っても良い程根っこにへばりついているからです。

「教えられた概念」は「うちの親がおかしかった」と完全に証明され腑に落ちることで修正確率が大幅に上がります。

しかし「体験」から学んだ概念は「今までの自分を完全否定」しなければならず「自分を殺す」こととほぼ同意義です。

一番、その「体験」を与えることができるのは「親と家庭環境」です。


なんだか「人間はその親と生まれ育った家庭環境により人生が決まる」の証明じみたことになってしまいましたが、なんとなくつらつら書き綴りました。

今後加筆修正するかもしれません。





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2016/10/26

迷惑をかけるな=嘘嘘嘘嘘嘘聞かなくても良い言葉  ふと思いついた事。

「迷惑をかけるな!」

「他人に迷惑をかけるな!」

「こら!他の人達に迷惑がかかるでしょ!」


どう考えてもこれ、本当にクソ教育ですよね。

迷惑をかけてこそ人間ですし、「迷惑力」の大切さを全否定している。本当にクソです。

「迷惑をかけても許される人間になれ」

これが真実ですよね。迷惑をかけてもなんぼのもんじゃいな人間になることこそ個人の強さにつながる。


酒浸りで夜中に帰ってきていつも怒鳴り散らす父親。

この過度な迷惑をかけている父親は弱いですか?いえ、家庭内での絶対的強者です。

もし働いている場合は等価交換され屈する他ない。


極端な例ですが、子供もそうなんですよ。迷惑をかけてなんぼです。本当に。個人だけではなく未来の社会の資源にもなるんですよ。


なのに「迷惑をかけるな!」と子供に注意する大人達。なんなんすか。

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