2017/4/21

非効率だけど長続きvs効率的ですぐ飽きる  ふと思いついた事。

永遠の課題。

僕は生まれから自分が関わった教育機関と呼ばれるところから全て「後者」を選択させられてきました。

語弊がありました。「効率的かつ長続きするように」教育されてきました。

問題を解いているときは「効率的に問題を導く」方法を考え、そして教えられました。

僕はこれが唯一無二の最強の勉強法であると考えていました。


しかし、この勉強法は体力消費(知力消費?)が大きく、疲れているときは「もう今日はいいや」となったり勉強後は数時間ぼーとしているだけの時間を生みます。

それにこの勉強で僕は「楽しさ」を発見できませんでした。本質的な勉強の喜びを体感できませんでした。

周囲より点数がいい、周囲より理解するまでの時間が短い、周囲より多くできた。

この勉強法から導き出した「勉強の面白み」は常に他人と対比する必要がありました。

優越感。それだけです。あ、あと親とか先生から「よくできました」と褒められること。



今自主的に勉強、というか読書したり問題を解いたりしています。

それは「非常に」非効率的です。恐らく以前と比較して3倍くらい時間がかかっています。

ただ、楽しいです。楽しくないときもありますが。

しかし「勉強」と冠がつくとやる気がなくなります。

なので単なる知識集めと認識しています。

楽しかったらいいじゃん、とはうまくいかなく前述した通り時間がかかる。

だから他のことが疎かになる。

その時ふっと思い浮かびました。ああ、だから学校に通ってたときは勉強していたらとりあえず許されたんだな、と。

勉強は時間がかかる。それが通念だからこそ働かずに勉強だけをすればよし。

こんなこと小学生でも中学生でも知っている、ほとんど知っているはず。

人生の質の周回遅れを実感したので、もう世捨て人になりたい。
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