2017/5/31

斎藤佑樹  ふと思いついた事。

今季初勝利。

投球は見ていて楽しめませんでしたが、ミーハー力というか、話題性でついつい見てしまいました。

野球の見方も色々あるなぁと改めて。

アイドル的にだったり、スイングを見たいとか、数字を中心にとか。

同じジャンルでも絶対に細分化されるので、やっぱり共通の趣味って仲良くなるのは難しいと思います。
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2017/5/30

交流戦1位の予想&解説をみて  ふと思いついた事。

元プロ野球選手ということで当たって当たらなくても無くならない仕事。

ネットの普及により簡単に専門用語、スタッツを調べる事ができる。

重要視されているスタッツを調べすらしていない人達が予想し収入を得ている。

スタッツにやたら詳しいサラリーマンよりほとんどが「勘」の元プロ野球選手。

後者の方が受容があり当たったら「流石」当らなかったら「わはは何をいっているんだ」で終わり。

こうでもしないと野球に人生を捧げる人がいなくなるからなのか。

僕もその例に当てはまり結局は肩書きで支配される
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2017/5/30

いろんな感性を即座にチェンジ  ふと思いついた事。

本ばりか読んでいると、映画やゲームをうるさく感じる。

逆だと、本が静か過ぎてすぐ眠くなる。

「モードチェンジ」を即座にできればいいのに、結局一つの棒状がどちらに傾くかだけ。

全て繋がってしまう。切り分ける事ができない。

だからといって「モード・読書」とか声にだしてポーズもつけたところで変わらない。

マシになるのは事実だけど。げんかつぎ。
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2017/5/30

弱者が求めるもの  ふと思いついた事。

弱者は自分を弱者だと自覚している。

このまま弱者でいい、と諦めるひとがいる

なんとか弱者の立ち位置から脱却しなくてはというひとがいる

弱者を武器にして強者になろうというひとがいる

間接的死
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2017/5/29

いい感じの刺激  ふと思いついた事。

欠乏の心理学より。

行動する際、人によって違いますが、程よい刺激が大切。

例えば、読書。

図書室での読書、隣に好きな子がいるときの読書、リラックスした自部屋での読書。

同じ読書ですがそれ以外の外部刺激はそれぞれ違います。

「うるさすぎ」ず「静かすぎ」ず集中できる要因。

自分は小説は静かなところで一番集中できます。
⇒ちょうど良い刺激だからです。

しかし、随筆やルポ等は静かなところだとすぐ眠くなります。
⇒刺激が足りないからです。

小説は読者に「面白い展開」を提供するため、起伏が激しい。

一方随筆やルポは作者が起伏を狙う事は難しく淡々と事実やデータを書いていくだけ。

歌詞が頭に入ってこない洋楽が、随筆やルポ等を読むときに程よい刺激です。

あと、カフェなんかも。この場合は3000円は必要経費として飛ぶ事を覚悟しなければなりませんが。


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2017/5/28

いじめの構造  ふと思いついた事。

を読んで。

いじめられて不登校、引きこもるのは正常な証拠。

そしてその加害者がいなくなったからといって不登校が治らない、のも正常な証拠。

いじめられた=弱者という概念がクラスに満盈していると判断しているからだ。

逆にそのまま学校に通い続ける、の異常。

被害者である自身を「タフだ」と思い込むことにより「自分は強い」と定義付けをする。

周りからも「よく耐えたな」「よく引きこもらなかったな」と称えられる。

実はこれは悪影響を及ぼす、と本著が示している。

面白いです
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2017/5/28

洗脳の広義  ふと思いついた事。

親は子供を自分色に染めようとする

現時点、親は子供の成長、人の誕生から始まる成長を手助けするだけで十分楽しいはず。

球根を買ってきたところから始まる植物の誕生だって充分楽しいです。

生き物は成長いている姿を見ているだけで楽しい。

そこで楽しいを終えるべき。

自分色に染める、それは洗脳。

教育、と言い換える事により世間からの許可、そして内になる「自分色に染めたい」欲を完全に書き換え合理化、「自分はなんて良い事をしているのか」と自己存在欲求も満たされる。

「あなたの将来を思って」はどこまでいっても「その人がそう思ったこと」の範疇から出る事ができないのと同じ。

ゲーム好きは、旅行に行ったり魚釣りに行ったり、親達が子供に一定レベル以上の遊びを提供しなかった故生まれた趣味嗜好。

子供の「腹減った」に対して「我慢しなさい」レベルの親はこれ以上不幸な人間を量産しないでほしい。
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2017/5/28


貴方のためを思ったやった、は含意を多く含みこれだけで論文一本、小説一本かける筈です。

貴方のためを思ってやった事で、実際本人がありがたいと感謝の気持ちを示したとしても、それは「他人に気を遣ってモらったから」の範疇からでることはできず、真に自分の通りにやったとはならない。

そこに給与、つまり仕事が絡んだ場合、貴方めのためやったら私もプラスになる、いや私のためにする、となり、給与が高い程実行力を増す。

つまり、あなたのためにやってあげた、という前にそれなら1億円渡して「好きにやって」に勝てる筈が無く、結局その本人の限界を勝手に決めただけになります。

私の想像(限界)ではあなたはこれが好きな筈よ、と限界を決める。


結論、失敗の緩衝剤を用意(資金)し、本人の思うがままにするのが一番で、それ以外は2番とか3番とかなばかりの本人とって結局はマイナスになる事柄でしかない。
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2017/5/28

同情の有無  ふと思いついた事。

人は結局その経験をしたか、それについて知識が充分かで同情するかどうかがわかる。

餓死寸前で生きている難民達に「でも私だった毎日がんばっている」という先進国民もいれば、何をやっていいのかわからなくて鬱になる金持ちに対して「自由度が高すぎると悩みますよね」と言う人も。

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2017/5/27

最悪な教育環境  ふと思いついた事。

失敗=悪い事、怒るべき事、やっては行けない事

こう教えられた人達は漏れなく臆病者になり人間味に欠ける。

失敗の自由を認めるように。
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