2017/6/25

人の心配より自分の心配  パワーワード

これは「相手を突き放せ」と同意義として受け止めないと僕は消化できません。

恐らく言葉そのまま「相手の心配する時間があったらまず自分を心配しろ」以外の意味は持たないはず。

しかしこんなこと本当にできるのかってつい考えてしまう。

どこの範囲までなんだろうか、とかどのレベルまでだろうか、とか。

この言葉を言われるときは自分が比較的危険な時。

しかし、それ以上に知り合いが危険な目にあっていれば?とか。

そんなことも考えるな!ってことでしょうが、ならばそこまでいうなら少しくらい助けろよ、と思ったり。


「人の心配」を商売にしている企業なんてごまんとありますし。


実際自分だけに注いだら「自己チュー!」て非難しますし。



無理矢理肯定してみます。

人は追い込まれたらまず自分を助けようと動きます。

溺れた時、いじめられた時、銃で脅された時。

その時は「人の心配を考える余裕なんて無い」から「自分の心配のみ」考えます。

中動態からの視点で扱うと、相手からそうせざる負えない状況に置かれた、ということです。


「人の心配より自分の心配」はそこまでの状況下ではなく、自分をコントロールする余裕が残っています。

だから人の心配をしてしまうんですが、そこを自制し「相手からそうせざる〜」へ自らの思考で導く事。

確かに、危機的状況だと爆発的な行動力を生みます。

これを環境や人に関係なく、自らの手でいつでも引き出せるようにしろ、ってことです。

無理矢理に肯定化しましたが、こういうことでしょう!たぶん。

精神や思考にも「体力」が存在している事は科学的根拠から明らかと何かの行動経済学系の本で読んだので、これによる疲労はなかなかのもの。

「人の心配より〜」と助言してくれる人は同時に心の癒しも提示して欲しい物ですね。

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2017/6/25

人の興味  ふと思いついた事。

人には興味ないが人が作り出す物には興味がある。

非常に冷徹でほんとどうしよもない人間だな僕はって浸ってましたが、荒野のオオカミに助けられた。

やっぱそうですよねー。
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2017/6/25

死ぬ程がんばる  パワーワード

死ぬ程がんばる。


なんて美しく力強いんだ。そう思ってました。



しかし、これは危険思想。

相低迷惑、じゃなくて自分に。

というのも、行動よりも「死ぬ程」に引っ張られてしまえばもう終わりです。

「行動」より「精神」を追い込む。

本人はまじめに死ぬ程苦痛な思いをするんですよね。

しかしそれがイライラ、苦肉の感情に支配されて行動自体が上手くいかなくなる。


なので、「死ぬ程がんばる」という目標ではなく、「死ぬ程がんばった」という結果ではないといけません。

行動中はできる限り精神を「楽に、楽しく」するべき。

教育者が「死ぬ程がんばり!」と指示するのはものすごいパワーワード。

何がともあれ度合いを「死ぬ」で表現する人のことはそのまま受け取らないように努力しなくてはいけません。

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2017/6/25

心洗われるもの  ふと思いついた事。

心洗われる物は、漫画でも映画でも人でもなく本だった。

妄想が激しい、想像することが大好きな人程、実は本が向いている。

本は文字以外は自由に創造できるから。やっほー
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2017/6/25

思考、思想に年齢は関係ない?  ふと思いついた事。

「若い者の言う通りにしよう」

何か注意をすると「年老いたから硬い思考になっている」と彷彿させてしまう場面が多い。

「考えが古い」だとか「若者についていけない」とか・


僕はこの思考に違和感をずっと抱いていました。

なぜなら、40歳以降が好きなキン肉マンを幼少期から好きでしたし、ドラゴンボールは今でも人気がある。

なんだったらアトムなんて未だ読まれるし、ブラックジャックだって。

結局人それぞれ、で終わらしたくないこの常識。


20代の夏目漱石の考えと、今の20代のそれが似てる可能性は高い。

だが、50代の夏目漱石と20代の夏目漱石は可能性が低い。

そう考えるのは当たりまえですが、でも実体験上そんなことなく「わかるわかる」と頷きながら読める。

中学生でデカルトに同意する人だったいましたし、逆に同世代の考えが分からないことも多々。

結局ひとそれぞれと好きあらば結論づけたいんですが、なんか腑に落ちません。

今のところ導き出したことは「個人に定説めいたことを言うのは個人の尊重を蔑ろにする行為」だってことだけです。
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