2017/8/11

8/11 雑記  日々雑記

◆魔が差した

魔が差したっていう言い訳は自分を追い込むので言わない方が良いと思うんですけどね。

「あああるある」「それなら仕方ない」で済む人は少数派ですよ。

やっぱり「なに受動的立場やねん」と反撃したくなりますよ。

経済力もあり人脈もあり社会的地位もあるのに「魔が差した」は命に直接関わる環境下でしか通じない。

「魔が差した」が弁明になるにはどこまでも謙遜表現で使う必要性。

宮迫さんの「魔が差した」=「やりたくてやった」ですよねどこまでも。


◆限界まで疲れたら

あーもう瞬きも面倒っていうときはなんも面白くないテレビ番組も面白く感じますね。

この面白さは充実感です。

人間は程よい刺激を常に求めているらしいです。

例えば無音で真っ暗では眠れないけど、静かな音楽や蛍光灯を少し点けると寝易くなるという人がいるのはそういうことです。

疲れてるときは普段なんにも面白く感じないものが丁度いい刺激になります。

子供の時なんも面白くない番組を面白く感じたのは疲れ果てていたからかもしれません。

しかし大人になった今、無駄なことで満足しているんですよね、危険ですよね。

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2017/8/11

この世界の片隅に 感想  映画(見たもの、見たいもの)

傑作だと散々言われていた中、いままで見ずにいた作品。

映画の感想というにも1次、2次とありN次が多くなる程自分固有の感想が薄れてしまう。

なぜかというと、感想が増えるに連れ「自分固有のナイスな感想」を言いたい人が増えるので。


そんな感想ですが、パソコン画面でみましたが最後まで集中して見る事ができました。

結末というか、時系列は分かった上での鑑賞です。歴史を知っている人なら誰でもそうなります。

戦争ってやっちゃだめだよーという薄い戦争感にびっしりと情報量を加え重くする作用があります。

「なんとなく生きていたら結構重要な決断をいつのまにかしてしまった」というのは多くの人にあるんじゃないでしょうか。

僕にはよくあります。その時の「ひょっとしたら大きな決断しちゃってたのか?これでよかったのか?」という後悔するべきか迷ってる感情とその人自身の雰囲気が迸っている。

人間なんですよ。僕世代の祖父母がすずさんと同世代なんですよ。

当たりまえのことがあたかも非常に大切だって大げさにみえて実感します。

特に感動したのは2点です。この2点は大きなネタバレです。

・家に侵入した火を勢いで消した場面

・他人に間違えられるなか「すずさん」となじみの声が聞こえてきた場面

言葉とか思考とかの前に人間の本能が機能したんだとしてしまったんだとわかる場面。

やっぱり映画の衝撃というのは旬があります。

上映開始したばかり、そして旬が過ぎ去って沈殿しきったとき。

今回はまだまだ泳いでいるときに見ました。
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