2017/10/29

10月 第5週  週間雑記まとめ

今週の総括

指は形成再生がおわり皮の生成段階。結局長さは元通りにはなれず。

今週のキーワードは「感情の支配比率」と「感情コントロール」と「行為・感情の責任は別」。

思考は自由なので本当の意味での真実はないのではと思ってしまう。


記事13…
◆ケチを利用


恐らく「ケチ」は「自身が重きを置いている価値観よりも他のことに価値を置いている感覚」ではないかと想定。

生まれつき特性とか、ケチは永遠に変わらない、わけではない?

「ケチ」を自己肯定化するための言葉は「勿体ない」「無駄遣いをするな」

変換可能、ということは環境によってその人は「ケチ」かどうか変わる。

年齢や経験によって個々人のなかだけでも「ケチ」の定義が変わる。

しかし「ケチの度合い」は変わらないのかもしれない。

「お金にケチ」から「時間にケチ」になるけど「ケチな度合い」、「神経を削ぐ」レベルは変わらない。

僕はケチの度合いが高い、というのも他人からよく指摘されかつケチる時は頑固一徹なんじゃないかと思うときも。

「ケチの度合いが高い=何に対してケチるかが人生に影響される度合いが高い」ということ。

「人生に影響が出やすい感情」はコントロールできるようにしなければならない。

ケチの利点は「その時にケチって得るものを大事にしている」ことがわかること。

それから「ケチらないもの」に寛容になるので人間関係とかで使えそう。

人間関係上のケチとは例えば「聞くのめんどくせー」というのは時間と気を遣う事をケチっている。

ここまでいくとなにが「ケチ」なのかわからなくなったのでここまでで。


記事12…
◆ダルビッシュの感情から学ぶ


グリエルの差別行為について。

ダルビッシュ自身は「気にしていない」が「人種差別は罰せられる」という価値観。

自分の感情と相手の行為ははっきりと区別。

当たりまえですが、いじめられた経験と結びつけました。

「いじめ」に対して「被害者」が許してなかったら罰する、許していたら罰さない。

先生は罰するのが面倒なので「許すよな?」と迫ってくる。

「いじめ行為」自体に罪があるのに、被害者の懐の深さと混同して被害者に「罰するかどうか」責任を追及する。

裁判官的立場にいなければならない先生が被害者にその役目を持たせようとする。

これが学校指導の問題点。被害者が裁判官なら「またいじめるぞ」とおどせばいくらでも無罪になれる。

被害者の「許す」は「怒りの感情は制御できない程大きな作用を及ぼすので、支配されないために、自分の感情をコントロールするために許す。」であり、「いじめ行為」に対しては許しません。

行為を許す事は「いじめを認可する」ということですから。

この区別がつかない人は「加害者の仲間」です、被害者からすると。

「被害者が許せば加害者の罪がなくなる」はあってはならないこと。

圧迫された考えを言語化して「あのときの僕は合っていた」と少年時代を励ますために生きている。

記事11…
◆子育て=一方的に子どもに与えること?


「誰のおかげで生かせてもらっていると思ってんねん?」

親様からよく言われた言葉ですが、なので「親からしたら消費しかしない人間なんだ」と存在の危機感を常時感じていました。今もですが。

こんなこと、「犬を飼うのは犬に餌を与えるためか?」と考えればいかに「いかれてる」かわかる。

「子持ち」の利益を被っているのに一方的に「お荷物」呼ばわり。

なんなんだ親って。親になったらいけない人間なんていっぱいいると信じたい。


記事10…
◆感情を押さえ込む、ではなく同居する


記事7を見返してですが、文部科学省はじめ教育は「悪いとされるものを抑えつける」ことが基本とされている。

ゲーム、反抗心、怒り・・・「子どもみたいなこといって!」と。

それは、そんな欲求・感情がでる人間の尊厳を傷つけるルールであり、鉄に向かって「雨で濡れてタオルで拭かなくても錆びるな!」と言っているのと同じです。

つまり「とめられない自然現象」を感情を抑えつける視点からのアプローチを慣行。

そうではなく、「いかに生活を乱さずに同居するか」が大事なのに。

抑え付けは「悪い事なのに感情がわき起こってしまう罪悪感・恥意識、自己肯定感の破壊」を生む。

同居は「コントロールしている達成感、有能感、自己肯定感の生成」を生む。

記事9…
◆ロボ基地、という居酒屋


http://bpnavi.jp/shuzo/eizou_robokichi/

個人経営なのかなと軽い眼でみていたら下に「バンプレスト」のロゴマーク。

公式化よ!ってことで行きたくなりました。

記事8…
◆日本シリーズからみたセパ


セもDH制の導入をしたほうがいい派です。

球団の資金も関係ありますが、選手育成の点ではバッター1人と先発投手の育成を考えるとこっちのほうがいい。

若くして「代打の切り札」になるのもDH制がないから。

メジャーではDH制のアメリカンリーグのほうがワールドシリーズの勝率が高い。

といっても数%。

僕はこれを「メジャーはトレードが盛んだからではないか」と見ています。

日本も1シーズンで一気に選手が変わる程にトレードが盛んだったら良いですがそんなことはなく。

投手バッターは1年に10試合限定で行う、とかで基本DH制にしてほしい。


記事7…
◆誰に、どこに反抗をするのか、の選択の人生においての大切さ


我々ゆとり世代は「歯向かったらだめ!皆仲良く!」を刷り込まれたので「反抗しないことが大人への道」と信じこまされました。

そんな僕は先生達に反抗し合唱コンクールで顔を常に真下に下げ全く歌わないというチンケな反抗をして先生達から「本番でヤバい態度をするヤバい奴」と見なされました。

このことについて「なんて小さな事と・・」と思い出す度叫びたくなる程の羞恥心がこみ上げました。

しかしこれは以前まで。現在は「反抗心を無駄に使ってしまった」という視点で反省しています。

反抗心は行動促進剤の中でもかなり有能、高効率のガソリンです。

「反抗心を抑えるために大虐殺」という史実からもその巨大さは伺える。

コントロールできないのは「反抗心が発動した後の煮えたぎり思い」です。

しかし「何に反抗するか」は選択できます。

以前知り合いと話していて、その知り合いは「父親が酷い」が口癖。

父親と絶縁するためにスロバキアへ行くという選択をしましたが、後に「父親の背景を恨む事にした」と発言。

当時は「どっちみち一緒じゃん」としか思ってなかったですが、よくよく考えると反抗の矛先を「父親自身」ではなく「父親がなぜそうなったのか、父親をそういう人間にした環境」に向けたという宣言でした。

先述の「合唱コンクール」は「先生」ではなく何に反抗の矛先を向けるべきか?

合唱を「絶対必要な行事」として制定し「少年がみんな一緒に歌う事は美しい」という反吐が出る美学を確立、それを当たりまえだという風潮を満盈させた人々、誰だよって話ですがそれが当たり前としている人。

って結局先生も含むじゃん!反抗方法が悪かったのか・・・。

反抗心は、、向ける方向次第で犯罪を軽々、殺人等の重罪も起こせる可能性があるので、発動前に方向を定めること。

発動後は自身でも制御不可能ですよ。誰にも止められません。


記事6…
◆言葉の使い方はその人がなりたいジャンル?


話し言葉、文章。

どのような文章を書きたいか、話し方をしたいか。

言葉の使い方はその人が「こうなりたい・こういう風に見られたい」要素がふんだんに入っていると仮説立て。

標準語を嫌う知り合いがいますが関西という地域にアイデンティティを表す人になりたい意志。

重要なのは「なる・なっている」ではなく「なりたい」という、結果ではなくて意志。

子どもは親のイントネーションを真似る、というのもいち早く親と同化したいからという意志。

僕は「平均よりちょい上の学力を持っている人間に見られたい」という意志があるので、当ブログにて後日「誤字・脱字」を発見すると恥ずかしい思いを刺激され即座に直します。

また対面では「礼儀正しい、問題を起こさない、理解ある人間」になりたいという意志があるので丁寧に接する事に意識を置いています。

「相手」と「自分」の認識が違うと理解していても「自分の意志」を重視する。

社長に「礼儀正しく接する」は「礼儀正しいと思われるであろう私見からの態度」であり、社長の本音より「自分が想定する社長が『こいつ礼儀正しいな』と好評価するであろう」を重視する。

こういう時、人間失格はいい教科書になるんですよ。

「面白くていい奴」になりたい意志があった大庭葉蔵はどうなったか、ていう。

「あの子は神様みたいな子」と他人視点からの経験談、つまり意志と結果の一致になんの意味がある?っていう。


記事5…
◆嫌な事は早くやれ、やりたいことは後回し?





塾講師こんにちわです。

ゲームはいつでもできるから、中間・期末試験中は絶対やるな、やったら人間として終わってると。

比喩表現ではなく、確かに成績が決まる大事な期間なのでゲームはしない方が良い。

振り返ると、言いつけ通り守っていましたが「ゲームをしたい」と常に脳内にあり勉強中は集中力を削がれ休憩は天井をぼーっと見る、というどうしよもない時間を過ごしていました。

大事なのは

「試験期間中という勉強量増加が必要な期間に、いかに趣味(ゲーム)と両立させるか」

ですよ。まずランニングがよくてゲームがだめなのは意味不明ですが。

結局、自分の行動、思考パターンは自分しかわからない、自分がルールを作るしか無い、ということをいかに早く理解し「他人と一緒」を諦めるか。

これは速くなければならない考え。この考えに至らずに成人し社会人になり老年に差し向かう人は多くいますが。



記事4…
◆哲学者と狼 感想


http://green.ap.teacup.com/paputimus/2247.html

結局は個人の体験によって言語化されたものがその人の真実です。

記事3…
◆読書をして「記憶に残るもの・らないもの」


「脳の異常者」という兄の暴言から何かを忘れると「ああ脳の異常者だということを証明してしまう」と嘆いた者です。

「物理はイメージだ!」と謳っている有名な参考者がありますが、読書もイメージの可・不可で記憶の残り易さがわかる。

日常生活のエピソードは一度読むだけで覚えている。

しかし哲学的だったり数学的だったりすると一度読んで理解してもすぐ忘れる。

何度も定期的に読んだり、ノートに書いたり、自分也に分かりやすくまとめたりしてやっと記憶定着される。

幼い時におかしな指摘を受けると、こんなことも今更理解してしまうダメ人間になる。

記事2…
◆他人は「その人が生き続ける」を意識しない


今のところ、人工知能は失敗をした罪悪感を背負ったまま生きて行く、という発想が無いぶん人間が勝っていると言う人がいます。

日本シリーズ第2戦を見ていても、倉本の致命的なミスは一生背負って生きていくであろう罪悪感を獲得。

人間は他人と接する時、その人がしばらく生きて行くという感覚がなくその場限りの生命体として扱っている。

いちいちそんなこと考えてられないんですが、失礼なこと、尊厳を傷つける言動を平気でする人は全くそのことを考えていないんだろうな、という合点ができました。

記事1…
◆「死んどいた方がいい」という感覚


しょっちゅうある考えですが、原点は5歳の謎の施設だと寝ながら確信しました。

誰が暴力罵声を喰らうかピリピリした空間で本当にそこにはいきたくなかった。

「お前のためだ」と親に諭されたものの不味くていつも口に入れてトイレで吐いていた食事もいやでいやで。

土曜日、車で連れて行かれるんですがいつも寝たふりをして30分程度遅刻して行っていました。

「遠いから」という理由で遅刻は許されていましたが、本当にこのまま目を開けるな!と自分に言い聞かせました。


ダメな教育者か見分けられる点。

子どもが「先生がいや」といい、その先生が親に非常に丁寧な受け答えで「良い先生じゃない」と親が判断する場合。

それは先生自身が「外面よければ全て良し」というくそ思考野郎だという証拠です。子どもを信じましょう。
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2017/10/28

哲学者と狼 感想  読書(感想、気になる本)

https://www.amazon.co.jp/dp/4560080569

哲学者のマーク・ローレンズがまだ若い頃にオオカミ「ブレニン」と一緒に過ごした回顧録、生じた哲学的問いを書き記したのが本著。


頻出する比較は「サルとオオカミ」。

サル、すなわち我々は詐欺を働き、それを見抜く…を繰り返し脳が発達、全動物の中で最も発達した生き物となったと仮説。

一方オオカミは詐欺的行為の必要性を全く感じない、いわば人間から詐欺的要素を省いた動物と言える。

幸福とはなにか、という普遍的な問いに一応の答えも書いてあり、それは一瞬一瞬の自分を見た他者視点として記憶に蓄積される。

運が尽きた時、何もかも失った向こうに本来の「自分」がいるのであり、「とても辛い、耐えられない程辛い」時は幸福でもあると答えている。

そして人生で一番大切な事は「反抗」だと強く主張している。

ブレニンとの生活パート、哲学的問いパートの2つに分かれ、後項は何度も何度も読んで納得することが当たりまえで読み終えるまで時間がかかりました。
(20時間くらい)

「子どもは親を育てる」の一例でもありそれは人間の子どもではなくてもオオカミでも同様の「責任感」を得る。

時間は待った無し、子どもの異変も待った無し。

最近考えている事は、言葉の限界はすぐくる、つまり言葉の力は意外とないということ。

「脳内で言葉を具現化する」だけではな全くもっと足りないという事。

「人の言葉」を「自分にもの」にすることは難しい。

「人が撮った動画・映画」の方が「自分特有の感慨が生じ易い」ということ。

体験、自分の肌感覚で感じた方がいいこと。

つまるところ、言葉は自分の「なんとなくの感情」を具現化したもの。

言葉は自分から発生したもの以外は陳腐なもの、もしかして「偽物」と言えるかもしれない。


といっても、これは「言い過ぎ」で、言葉を細分化する必要性。

「伝達手段」…歴史を記す、報告→つまり、言葉を使って出来事を他人の脳内に再現させる。

「具現化」…感情、感想…→自分を理解するため


本の感想から発展した独自の哲学になってしまいました。

他人の言葉に影響されたくて読書習慣を身につけましたが、結局は相容れない他人の言葉なので時間の無駄では思ったり。

しかしそんな本でも「このジャンルが合う・合わない」を感じ取ったり「言葉の限界」なんて文字化したら大それたことを仮定したりと新たな発展もあるので続けるべきでしょう。

オオカミかっこよかったです。
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2017/10/27

10月 第四週  週間雑記まとめ

今週総評

2本指でも意外と快適にタイピングができてしまったので、回復後は元のタイピング方法に戻すのに苦労するでしょう。

育ってきた環境は異常者がたくさんいた(学校等の先生含め)と自覚があるので、そんな人達から洗脳された思考を、埋もれている感覚を表面化するため言語化し、ひとつずつ再定義しています。

一般的な教育とは、教育者が楽に時間を過ごすために生徒達をしつける(洗脳する)ことを指します。

教育=洗脳、これは死ぬまで変わらない。


記事17…
◆全体の責任をとるという無責任


MLBWORLDシリーズと日本シリーズを見ていて。

余談ですがマエケンが体を使った喜びを表現する方法が少年マンガチックで慣れてないんだろうなと。

学校で口酸っぱく言われた「連帯責任」。

同じ教室、仲が悪くても同じ学年ならAくんの悪い行いはみんなに責任があるんだよ、ていう考え。

先生個人によって「連帯」をどこまで広げるのかさじ加減次第。

学校の範囲でも注意をすると暴力を振るうヤバい奴が存在し、それでも注意をしなかった生徒達を言語道断で「連帯責任」に罰を与える。

こんなんで仲間意識を生むことなんてありませんし、むしろ無視をしたりして圧迫させ行動力を押さえ込もうという負の連帯行動をとりがち。

全体の責任に目を向けていたら自身の成し遂げるべき目標を蔑ろにしてしまい、「自分のやりたいことができなくても、みんながよければそれでいい。」という自身の尊厳を下げます。

最近話題の「地毛が黒じゃなければ黒髪に染めさせる。」も連帯責任の拡大。

世の中は個人よりも社会を大事にしろという教えがあまりにも多く、常に疑わなければならないしんどさに溢れています。


記事16…
◆生命は死者を含んだ全体の一部


「哲学者とオオカミ」を今読んでいます。

生命は過去の生命(つまり死者)と切り離す事はできず、今生きている全ての者は過去、未来含めて全ての内の代表者である、という概念を習得しました。

人含め動物と接するときは「現代に生きる代表者」として丁寧に扱うようにできそうです。

記事15…
◆子ども時代に備えなかった思考機能を大人になってから備える、とは


大人は「なんとなく」が自分自身でも通用せずに「言語化」を必須としてしまいます。

一方子ども、特に物心がつく前は言葉なんて習得しておらず「周囲の人達による自分に対しての振る舞い」で自分に価値を示します。

言語習得後は「なぜ?」が誕生し「なんとなく=反論可能」となり確実性を重視します。

「相手の振る舞いの裏側」を考えるようにもできるので影響度合いは薄くなります。

自尊心は幼い時に備えないと致命的。

自尊心がないと、「ゴミクズな自分と共に行動するこいつは価値がない」とかも思ったりしますし。

記事14…
◆映画「ムーンライト」感想


http://green.ap.teacup.com/paputimus/2245.html

胸を抉る映画は面白です。


記事13…
◆冷凍食品


セブンイレブンの冷凍食品が上手くてこれだけで余裕で食生活を賄えるので、第二の冷凍庫としてレジ無人化を早急に行って欲しい。


記事12…
◆行動が言葉の信憑性を裏付けする、という考えの危うさ


サルトルの実質は本質より先立つ、からの視点。主の批判です。

人生をかけて頑張ったことが結果失敗したとする。

周りには「死ぬ程がんばる」「失敗したら死ぬ覚悟でがんばっている」と言い続けてきた。

そして本人もそのつもりで努力をした。

だが失敗に終わった。

…彼(彼女)が自殺をした場合
「ああ本当に死ぬ覚悟を持った強い信念でがんばったんだな。」「こうなる前に助けてあげたかった。」
等の嘆き、後悔、彼(彼女)の努力に結果はともあれ称賛します。

…彼(彼女)が自殺をしなかった場合
「口だけかよ。」「死ぬ程がんばってねえじゃん。」「本人の責任だよ」
等、彼(彼女)を責める議論が中心となるでしょう。


ここで着目したいのは「努力の度合い」が同じでもその後の行動次第で周囲の感情をコントロールできるという点。

それに加え、この場合「それでも生き続ける」ことのほうが強い精神力を要するということを見逃している。

つまり「行動の説得性」に重きを置く事(実存)で本質を容易に見逃すという事実。

時事にからめると、伊藤詩織さんが本を出版し海外へ発信していることの偉大さ。

それと発信を全くしなかったレイプ被害者は伊藤さんよりダメージが少ない筈は無い。

人類は推理ドラマや映画、小説を読みすぎて「その行動には必ず意味がある」という深読みにより自分の知能水準の高さアピールをする手段を得た結果、個人の感情(尊厳)よりも行動に重きを置いてしまったのではなかろうか。

記事11…
◆相手に嫌悪感を与えないか=コミュニケーションをしたい証


誰と接するかで接し方を変えるのは社会で生きる大切な技術。

Twitterで賛否両論になりやすい事象が証明してくれている。



記事10…
◆宗教入信への道


悩みや不安を他人に相談する

理解してもらえず「とりあえず行動だよ」等の的外れの回答をされる

「まだいじいじしてるの!?」と責められ孤独感に襲われる

無い物ねだりでネットや本を読んでいると同じような悩みを抱えた人達、そしてそれを乗り越えた人を発見。

興味を持ち行動を活発化させその人達に近づく、またその思想を学ぼうとする



記事9…
◆良い・悪い我慢


・良い我慢
→我慢する事で自分にプラスになると信じている自分に対する(自分がコントロールできる)我慢
 (例)今おかしを我慢したら痩せるはずだ

・悪い我慢
→我慢をすれば他人(環境含む)が変化すると不確定要素が多い事柄を信じる我慢
 (例)我慢すればイジメは続かないはずだ。

【悪い我慢に対して】
…我慢ではなく変化を促す行動を。


記事8…
◆自分を褒めるを癖付け


これが機能していないと他人に依存し易い人間に間違いなくなる。

「褒める」つまり「優れている」は努力をし続ける生活を続けるためには必要な栄養思考です。

自家焙煎できないと他人から世間からの褒め言葉に頼ってしまう。

総じて言えますが、幼少期に植え付いた思考は自動化され「違和感フィルター」を通らない。

つまり「当たりまえ」となりわざわざ言語化しなくても良い。

「褒めないと頑張れないの?赤ちゃんなの?」という反論がありますがその通りで、赤ちゃんの域を抜け出せていないのです。

レベル1
「他人から褒められる」

レベル2
「自分で自分を褒める」

レベル3
「自尊心が構築されたので意識して自分を褒める必要がなく『褒められたいから』が行動インセンティブにならなくなる」

そう多くの人は小学生頃までにレベル3に至っている。

僕はまだレベル2の赤ちゃん。


記事7…
◆学校教育はどこまでも






記事6…
◆フルメタinvisible victory


http://fullmeta-iv.com

間違いなく「心ときめく最後のアニメ」となります。

10代の閉鎖された環境で培われた好奇心は更新されることなく懐古へと沈殿します。

その最後の砦がこのフルメタルにパニックなので非常に楽しみ。生きる理由ができた。


記事5…
◆責任を取る


・プロ野球監督…優勝できない責任をとって辞める。
・妊娠…責任を取って結婚する。

等等、ありますがいつも違和感を覚えていました。

スルーする程度の違和感ですが、やっとわかりました。

非常に長くなるのであえて、解り辛いことを踏まえて短く。

責任は返還の可否で種類分けされ、否の場合は「責任を取る」は不成立。

一方「責任を果たす」には当事者の役割を適応できるか役立つかが焦点。

なのでプロ野球は「責任を果たせないから退任」であり妊娠は「避妊具無しの性行為をした責任を果たせ」。

どちらも個人の能力では返還不可能なので「責任を取る・取らない」は不適切。

以上です。責任についてはよく考える事にします。


記事4…
◆環境を言い訳にするな!とは

だって〜だから・・・

環境のせいにするな!の言い分…
・自分の改善、成長を疎かにする
・他人に責任をなすり付ける事が癖になる
・自分は悪くない、環境のせいにするお前が悪い

環境はコントロールできないからお前が変わるしかない、を非常に雑に指摘する言い方が「環境のせいにするな(言い訳にするな)。」

この発言は僕は大嫌いで、まず環境が何を指しているのか厳密な指定が必要です。

この発言こそ言い訳にしか聞こえず、環境を手配できなかった人間がそこをつかれ身も蓋もない状態になり、自分を守るために放った暴言です。

環境のせいにするな!はつまり環境は変えられないという服従であり、だから発言者を責める、弱い者よ屈せよ精神。

「環境をいい訳にするな」の環境は定義が大きすぎる。

人間は酸素がないと死にますし食べ物がないと死にますしずっと立ちっぱなしにされると死にます。

塾へ行かせたり病院では個室の方がよかったり、「環境」という言葉だけでは想像が収集できない。

なのに全くの正論と思い込んで使うのはありえない。

環境のせいにするな、ではなく環境を改善するための助言すら出せないのか。

環境のせいにするな!を信じて育った子どもはどうなるか。

自分が悪いんだと一方方向に責めて自分自身の尊厳を低く見積もり環境に適応できないと自殺願望すらでてくる。

着る服によってテンションが変わる感情すら否定される。

子どもの頃に親から受けた教育って、「親に言われる前に自分でしないと」とこれが大人への道のりであると信じます。

「自動注意・叱責発動システム」を脳内に生成し完全に定着すると「だめっていったらダメ!」という理論立てができなくなります。

それが「環境のせいにするな」だともう人生うまく行く筈ありませんよね。

根性論と一緒で、本人を責めて改善要求することで指導者側は具体的な策を練る労力であったり資金・資源を使って改善の手伝いを省くのといっしょ。

実際、まず環境のせいにして環境を改善した方が上手くいく。



記事3…
◆選挙


いくら個人が調べ考えたって一票しか投票できない権利。

これが理由で選挙に行かない人もいるんじゃないかな。

自民党員がよく言及する「日本は貧富の差が小さい」というのは世界的にみると確かな事。

バブル崩壊から貧富の格差は明らかに拡大しているが「まだ大丈夫」ってことでしょう。

貧富の格差は世界視点じゃなくて国視点から、一国の過去の歴史と比較でしか評価できないのでは?

そんな自民党が大勝利してちょっと不安です。

記事2…
◆「調子に乗るな」の真意


ゲームと模型という僕にとっての2大趣味ができない中、プロ野球クライマックスシリーズは充実度を補ってくれました。

今日の試合はソフトバンクが初回から勝利濃厚の試合展開ですが、前日までは引き締まった試合で久々に最初から最後までじっと見てられました。

そんな試合を見ていて、アイデンティティとライフサイクル、という本を読んで考えていたことです。

まず「調子に乗ること」は個人、本人にとっては精神的優越感に浸ることができ、達観気味になることで余裕ができる状態とも言えるものだと意味付けています。

ソフトバンクホークスを見ていると「調子に乗っている」ことが集団で表現されていて「波に乗っている」とも言えます。

というか、「調子に乗る」は自分を客観的に見れていないというような馬鹿にした語意が含まれますが、「波に乗る」は手が付けられないとかゾーンに入っているような潜在能力解放がの如く良い意味で使われている。

「調子に乗るな」には
・他の調子に乗れていない人が嫉妬し攻撃してくるかもよ。
・「大丈夫」と自分を言い聞かせ問題を放置し気づけば雪だるま式に大きくなって大変な事になるよ。
・勢いにまかせると軽率になり失敗するよ。

このような注意喚起が含まれています。

一方「波に乗るな」には波に乗れない人の僻しか見えてこない。

「波に乗るな」の否定形は「波に流されるな」ですね。

「調子に乗る」も「調子に流されるな」の方がしっくりきます。

これまた私見ですが「調子に乗る」ことは良い事、というより人生調子に乗った方が楽しいに決まっています。

例えば調子に乗った人達だけの集団なんてごまんとあり、大企業の稼ぎ頭のグループはもちろん大企業の若手なんて皆調子にのってますよ。

それを否定するのは「老婆心」なのか「嫉妬」なのか。

僕は「ほぼ嫉妬」だと思っています。

なぜなら老婆心なら「なぜ調子に乗ったらダメか」と説明してくれるはずなのに殆どの場合威圧をかけ注意するからです。

僕の経験でいうと一度も説明されたことありません。

お酒の席で談笑していると静かにしていたメンバーに耳元で「調子に乗るな」と言われた事は記憶に新しい。

だから僕は確率論になりますが、「調子に乗るな」は自分から自分に対してのみ意外は受け止めないことにしました。

他人に言われた場合は
・なぜそう注意したのか?
・注意する事で僕に何を伝えたいのか?
・調子に乗らない事で僕にどんなメリットがあるのか?

これらをちゃんと説明してくれる人に限り意見を取り入れる事にします。

その人のためを思って注意している事は実はただの嫉妬でこっち側に寄せるための発言、なんて数多くあります。

「偽注意喚起」「自身の嫉妬心を排除するため他人の足を引っ張る」ということです。

調子に乗れる環境を構築し、できる限り調子に乗れるような生活を。

「調子に乗るな」という人ではなく一緒に調子に乗れる人達と共にすること。



記事1…
◆今日から更新再開


包帯を外し、バンドエイドのみ(外出中は保護のため防具装着)になり指を自由に動かせるようになりました。

痛みは全くなく再生は爪の半分手前まで回復、想像より再生速度が早く元通りになるのではと幻想が現実になりそう。

見た目は真っ黒で相変わらずグロテスクですが。

書くのを忘れていましたが損傷箇所は右手薬指です。

なのでタ右手側のイピングは人差し指と中指の2本でしています。

小指は同時に薬指も当たり痛みが生じるので使いません。

・一つの記事に一週間まとめて掲載

・新しいタイトルから昇順。

・映画等、他記事にカテゴライズする場合もある。

以下のルールで更新します。
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2017/10/27

ムーンライト 感想  映画(見たもの、見たいもの)

鑑賞後、やっとポスターの意味がわかりました。

鑑賞中は胸がずっと痛く、鑑賞後の今でも思い出すと顔を歪めてしまいます。

これを「辛い」と見るのは差別かもしれません。

子ども、というより誰かの決定で一瞬にして人生が左右する位置にいる人間は選択肢に「暴走」があります。

これは「犯罪」も含まれておりいかにその選択肢を排除させる、つまり「暴走=損」という環境、教えをするために学校や親がいます。

しかし今作を見る限りほぼ黒人だけの地域ではそれが機能しておらず、暴走するものこそ成り上がれる可能性が高い。

勉強だったりなにかを毎日未来のための行いは軽んじられる。それを証明したような大人がたくさんいる。

まず子どもが大人になってしなくてはいけないことのひとつに「過去の再定義」があるのではないでしょうか。

前を進むために、というより過去に攻撃をしてきた人達にこれ以上精神を引っ張られないために「許し」を与えます。

僕は初見、主人公が母を許すシーンは腹が立って仕方なかったです。

やられた方は対話で解決しようとするが一方的に攻撃をされる。

それに耐え続けてもなにも称えられず、ひたすら損を被ります。

なのにそんな母を許すとは、何事だ!っていう感じに。

しかし、その「正しいと信じた行動」を感情を抑えて遂行した事を己自身に対しての称賛以外に必要があるのか?

己が己に拍手喝采を送りそこでこのことは終わり。

それ以上に感情は必要なし。

そう勝手に解釈しました。

僕は過去の遺恨がまだあり姿を見ただけではらわたが煮え繰り返しますが、そんなことすら感じないために気持ち悪い程自分が好きな人間に仮定でもなってみようかと思えた映画でした。


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2017/10/9

更新休止  ふと思いついた事。

10月一杯更新を休止します。
指を少し切断しキーボードを打つのに苦労するからです。
再生後はぱっと見ではわからない程度になるようです。

10/15 追記

指の再生速度が想像以上で動かせるようにまで回復しました。
痛みもなくただ包帯を外した素の見た目がグロテスクな状態は変わらず。
爪もちょっと生えてきて驚いています。
今月後半、25~頃から更新再開できるかと思います。
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2017/10/1

2017年 10月 第一週  週間雑記まとめ

◆シェアサイクリング

シェアサイクリングが全国展開されれば自転車を処分するかも。

最近テレビも見なくなり、もし壊れたら20インチくらいのディスプレイを買って、ナスネを取り付けパソコンのセカンドスクリーンにしようかなとか考えたり。

人の部屋をみると、大体テレビを心地よく見る事を最優先にして家具家電を配置している。

テレビ中心ではなく自分中心の部屋作りをしたい。


◆ドラクエ11アンケート結果

https://www.famitsu.com/news/201709/30141432.html?page=2

プレイしたゲームでこういうイベントがあるのはうれしいところ。

2次的楽しみ方。

男女差がはっきりあるというのが面白い。

ネルセンの試練では男性が現実的な結果に。

世間では「女性が現実的」と言われがちですが、実際は男性の方が現実なのかもしれません。

というのも、「結婚したら不倫するな!」は結婚というファンタジーに浸っていて、結婚後も他の女性に手を出す方が下生物学では現実的なのではと丁度考えていたので。

一番好きなキャラはやっぱりベロニカになりますよ。

ベロニカ好きと言われるとあれな人と思われるか恐れていましたがランキングをみて安心しました、凄く。


◆「笑う点」




いい言葉です。

他人が挑戦した結果「完璧なる成功」では無い限り笑う、という概念の住人達には申し訳ないがそうではない世の中で代わりに僕が違う笑いを生み出します。


◆効率的にするの弊害

僕は「効率的にするための取り組み」が楽しいと思えるのは「その事柄についてレベルが高い位置にいる」ことが前提だということに気づきました。

まだ慣れないうちは勿論、そんな状態で「効率的に」に重きを置くとキャパオーバーでイライラしてしまう。

重きを置かなくても、頭の片隅にあるだけでイライラ。

効率的、は時間と密接な関係。

時間はだれもコントロールできず一定で流れ続ける。

それを自分の中でコントロール、というより「時間に合わせる、重きをおく」のが「効率化」ということ。

コントロールできない事に重きを置くので処理能力の負担が大きい。


それに、効率化するためにはまず「その構造」を熟知しないと。


幼少期から「兄は効率がいいが、お前は効率が悪い」と評され続けた一旦がみえました。

年上の兄は僕より経験&知識が絶対数多いので効率的にする楽しみを実感し結果もでている。

一方両方劣る若輩の僕は、その状態で「効率化」を目指すので結果失敗ばかりそして楽しくない。

10歳に満たない人間に効率を求める考えはヤバすぎる。

熟知していない「効率化」は「手抜き」でしかない。

◆モテるの種類

大きくわけて二つあり

・自分より弱いから安易に支配できそう
 ・・・リスク無し

・自分より強いけど、皆に嫌われてもあの人の事が好き!
 ・・・リスク有り

に分かれます。

「なんであいつがモテるの?」は大体リスク無しの方。


◆頭が悪い

「〜は頭が悪い」と言えばすぐに洗脳されるのが僕です。

幼少期家族から「頭が悪い」と言われ続けてしまった弊害。


◆キングオブコント

決勝進出者は皆あえてコントの「面白さ」の部分のレベルを下げ「分かりやすさ」に迎合するきらいがあるように見受けられました。

採点側もそれを基準にしており、世間からズレていないかに重きを置いている。

その世間とは一般よりも平均がかなり低い層なのではと訝しむ。

「面白い物を提供」というより「これが今最先端の面白い物ですよ!」と関わる業界全てが作り出している。

にゃんこスターズを否定している訳ではなくむしろアンゴラ村長は3年前からTwitterでフォローしているのでテレビで見れてありがたや状態です。

中山 功太のその後を見るとあからさまなブームしかけによる優勝に対して闇を見ているようで勝手に心がぞわってするだけです

◆不満→改善

このサイクルはかなり好きで自分は有能である証明をしたような気がします。

エアブラシの環境は初めダンボール内に吹き付けて夏でも冬でも窓全開の環境から、少しずつ快適を目指して改善していっている唯一の例かもしれない。

「〜するには〜が必要」とされる環境は案外見上げるレベルで、それを知ると一気にやる気無くなる事なんてざら。

だからそんな環境論に窓輪去らず、とりあえず少し摘む程度から始め不満がでたら改善・・を飽きるまで。

積み上げた結果だけを言ったらそりゃあしんどい。



◆LINEは絶対やらない

長澤まさみがLINEしていないことを知ったので僕もそうします。

これはもし「なんでしてないの?」と聞かれた時に答えるため用の返答。

気持ち悪いと思われるとこれ以上は付き合いたくないと思われるので質の高い返答です。

本当の理由は、まだ日本社会のコミュニケーションがLINEの基準まで到達していないのに流行っているからです。

友達限定のお気軽ツールではなく初対面、目上目下関係なくとりあえずLINE交換。

気軽を強要されているツールだが世間は親しくない人間達との気軽コミュニケーションを拒否する。

個人的ですが家族とのLINEなんて地獄でありそういう気軽さでもない。

今後一切一緒に暮らさなくお互いのどこを踏んだらいけないかを相互理解しているATフィールドをわざわざ発生させなくてもいい仲しか僕はできない。

LINEをダウンロードしていると個人の自由は剥奪され「必ず連絡先交換しろ」と圧力をかけられる。

「じゃあ断れば良いじゃん」というのは人間コミュニケーションについて貧しすぎる見識。

人間には可能だけでそれをやると一発で社会から退場させられる行為ってたくさんありますよね。

法に触れるのは勿論ですが、例えば高校で授業中に大声でど下ネタを叫んだら翌日から無視かいじめ発生する確率がでてくる。

LINEをインストールしていないのに交換しないのは不文律なんです。

そんな爆弾をわざわざ装着する必要がない。

日本人がそんなに気軽にコミュニケーションができるほど成熟しているのか?

上司にタメ口を言ったら「酔ってたから」でも許されないのに。


◆汚物とされて

きもい等の汚物扱いをされて対策を現在まで考えていますが、人の尊厳を奪っても何の罰も受けない自由を与えてやっているという能動要素を加える事で少しダメージ緩和。


◆選挙

個人的単純化したら憲法改正に反対か賛成かの選挙。

希望の党は反安倍と見せかけておいて党方針が同じ方向を向いている。

◆銃を持ちたい欲求

工作のために購入した刃渡り20cmのノコギリを手に持つだけでなんだか有能感に浸れます。

これがあれば負けないという強力な武器を入手したことにより自信がつきます。持っている時限定ですが。

それと同じ原理で銃を持つと心が大きくなるのは間違いない。

「人にいつでも圧倒的な力差で危害を加えられる」という心持ちとそれを実際行動に移す間の気持ち。

そこには「自分に危害を加えてきてこのままではやられると言う時に防衛できる自信」が加わる事で銃所持によるメリットが達成。

デメリットは打たれたら死ぬってことです。


◆ネガティブと教育

Twitterを連続で1000日見る程浸っており、そこで定期的に流れてくるリツイート数が多いツイートとして

「〜というネガティブな考えで〜ができない(人がいる)。これは学校教育の〜が原因ではないだろうか。」




ネガティブな考えは週間は「教育」を原因にできがち。

逆にポジティブも。

納得できやすいが本当にそうなのだろうか、という疑いフィルターが大事。


◆好きなことを仕事にしたらダメ


定期的に思い出すこのフレーズですが僕は本当に害悪しか無いアドバイスだとしか思えない。

僕が就職活動している時に就職カウンセラーや大学の就職課等のアドバイスを請うた人達は口揃えて言った。

大手企業の説明会でも「好きな事とのギャップは埋めるのがしんどいからダメ」と言った。

人は、ではなく僕は好きがないとなんもできませんよ。

好きじゃない事は一切したくありませんよ。

新しい環境は慣れるまで頑張りますが、慣れたら頑張ろうという原動力を失います。

あの時「好きじゃない仕事について人の人生左右するカウセリングをしているあなたは一体何なの?」と詰問すべきだった。


◆勉強という概念を完全除去させる

これは僕の人生にとって絶対に達成させなければならない心理操作。

僕が初めて勉強という概念が脳に染み付いたのは、5歳から入れられた学童です。

この学童は「遊び」ではなく「勉強」によって子ども達を静かにさせて楽に時間を経過させるところでした。

楽に時間経過、とは先生側のことです。

勉強=静かに集中してやらなければならないと植え付けさせ、守れないと2階の教室の窓から、両足だけ支えられて外へ宙づりにされます。

僕はその前段階の「皆の前で大声で罵られ泣くまでひたすらビンタ」で済みましたが。

その学童が僕は大っ嫌いで結局5年くらい通うんですが確実にここで勉強の歪んだ概念を得ました。

単独行動が大好きで1人が一番落ち着くんですが、勉強をすると「孤独感」で押しつぶされる恐怖に包まれます。

当時の教室に同い年の子どもがいるのに、話しかけると先生に殴られるからひたすら黙って勉強するしか無いあの孤独感。

認知の歪みをどうにかしたい。


◆人に親切にする寿命

僕は一緒に行動をして1日持ちません。

朝から行動し始めたら18時くらいには疲れて親切にできるメーターが0になります。

そうなると気を遣う事ができなくなり大抵不仲になります。

ジェーンスー生活は踊るの相談2017_10_4を聞いての感想。


◆言葉の先取り

「甘えたいだけ」「面倒くさいだけ」「損するのが嫌なだけ」

こういう言葉を使って相手の言論を押さえ込む。

大人が子どもにこれをすると、大人は「わがままな自分に気づいてくれたかな、成長してくれたかな?」と期待をする。

子どもは「コミュニケーションを圧迫された。自分の話を聞いてくれなかった。」と孤独に。

孤独感はそのまま恐怖になるので与えたらいけません。

コミュニケーション弾圧された僕は、他人といるより1人でいる方が孤独感を感じない歪んだ人間になりました。

飲み会は孤独感しか感じずだめです。


◆コントロールできること・できないこと

この区別をはっきりさせるのは、人生にとってとても大切な事だと今更痛感しています。

血中コントロールすらできないのが人間です。できるからワムウの凄みがにじみ出るんです。

ジョジョ2部は時間を止めたりとか派手さはないが基本能力が高いことの素晴らしさを教えてくれる。

「責任」を求められる人生を幼少期から送ると「なんでもコントロールしなければならない」思考が染み付く。

この場合の責任とは「失敗した、できないお前は能力が低い下等人間だ」と責められることです。

所謂「責任感」が強くなり、責任が生じる幅が大きくなります。

なので、本来コントロールできない事柄も「自分の責任」とみなす。

先述した「血中コントロール」は運動と食事によりコントロールできます。

しかし体が不自由だったり、食事を自由に選べない子どもや料理を作ってもらう側の人は不可能。

なので、血中コントロールは「一部の人」しかできない、これが真実。

真実とは現在の物理法則が破られない状態での不変の法則。

またこの場合の物理法則は未だ謎多き量子力学を除く。トンネル効果の拡大とかを含めるとなんでもありに近い状態になるので。

林修が「面接に自己責任を感じる必要が無い」という言葉がしみじみします。

合否のコントロールできるのは面接官。

面接される側ができるのはただ面接官の問いを答える事。

「答えられる」は面接される側ではなく面接する側がコントロールする事です。


◆「自分が好きだから」を理由にすること

僕は好きな事柄を発見すると時間を過度に使用し調べる。

何を調べるかというと主に「実績」「誰か著名人も好きと言っていないか」「世間の評判。

つまり「自分が好き」だけではそのことを好きになれない。

ということは自己完結できず「自分が好き」は好きになるきっかけでしかない。

他人に勧める時は「僕が好き」は後回しで「あの有名人も好き!」と、自分個人の影響度合いを踏まえてる。

自分が好きで完結した好きな物は今までない。

ポケモンとか、おしいものがありましたが「好きでいるとマイナスな効果を受ける」と判断したら即撤退。

ポケモンの時は兄から搾取され暴行されるのでやめました。

自分の好きな物を見つけるには失敗できる金銭と精神の余裕が必要。

両方獲得できる日がこなさそうなのでこのまま死ぬであろう。


NHK記者過労死、遺族のコメント

http://www.asahi.com/articles/ASKB56V79KB5ULFA02S.html?ref=newspicks

独身者だから自由な時間があるから仕事に時間を費やしやすい

この概念もう変わらないんでしょうか。

ここから逃げるために結婚した人も絶対いますし、というか玉の輿という言葉がある時点で多い。

子育てとか、他人に時間を使うならしかたない、でも自分だけの時間はだめだ!ってことでしょう。

中島義道が作った企業に入りたい。

◆情報収集階層

階層シリーズ。

第一段階
作り出す・・・創造、情報を作り出す

第二段階
仕事・・・その分野の仕事をしている

第三段階
超感度アンテナを張る・・・雑誌、ネット、ラジオ等のメディアを欠かさず聞く見る。狙って情報を集める。

第四段階
情報メディア流し読み・・・たまたま聞く、見るを頼りにする。
人から聞く・・・人からすすめられる。

第五段階
勝手に入ってくる・・・家電量販店で流れている、その話題で持ち切り。


第四段階の幅を広げる事で世間の空気を知る事ができる。


◆死ぬ程頑張るの2種類

精神的にと身体的に。

精神的には身体的と比べ早く疲労が溜る。体はまだいけるが精神がストップすることがあり傍目手を抜いてるように見える。

脱毛症や心臓疾患、アトピー症状は出辛い。

成功した時もトラウマになりやすく、失敗したら本当に死ぬ(自害)する恐れあり。

治りが非常に遅い(一生続くことも)。

気をつける事は考えを楽にすること。精神的追い込みはマイナスでしかないということを理解すること。


身体的は所謂「体が壊れる」がおこり易い。

精神的安定、元気だが体が追いつかず心臓病にかかったり。

脱毛症等のストレス症状が体に出易い。

身体ダメージと己の精神が噛み合ず「なんて貧弱な体なんだ」と嘆く事も。

ゲームにハマって2日徹夜もこれに当てはまる。

生活リズムを見直す事、しっかり体を癒す事。

治りは体次第で精神的よりはっきりするが、癌や神経症等の治療が難しい病気にかかる可能性が高くなる。


どっちがいいか、ということではありませんが、とりあえず「死ぬ程がんばる」という考えは絶対しないほうがいい。



◆相談は踊る

10/6は二人目の子どもが欲しい人からの相談。

占い師の話をきくと、やっぱりコントロールできるかところの見極めて本当に大切だなと思いました。

というか、コントロールできない人僕以外にいるんだなという安心も。

この見極め大事。

化粧

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◆すね毛

僕は中2あたりからすね毛が日進月歩に濃くなり体育の時にきもいとよく言われました。

主にすれ違った女子から。

結局高校で濃くなる過程は終了し大学ではもっと濃い人を多くみて安心しました。

体毛に関して直接本人に「きもい」等ネガティブなことを言う人は「コントロール』について全く理解していない人と判断していい。

体毛はコントロールできずに生えてくるものなのでそこに責任は生じない。

剃毛しろよってことかもしれないがそれなら直接そう言うべき。

でもそういったら「剃毛しろ、といった私の責任が生じる」なので言わないのか。

体毛という視点からみたコントロールの可否論。


◆レジ無人化は人でなしの考え?


「さすがヒキコモリ気質、そこまで人と関わりたくないのか。」

僕はこの反論ばかりくらってきて、そしてさらに反論しても理解されない。

「人間の尊厳を大事にしないくず」と言われんばかりの批判をうける。

そうじゃなくて「人間の尊厳」を大切にしている方向での結論なのに。

レジ店員という肩書きだけでどう勘定しても人間なんですよ。

だからレジ店員としてではなく初めて会う人と人との関係性として礼儀を尽くすようにしています。

これだけ抽出すると「レジは仕事だから、多少投げやりでもいいでしょ。疲れない?」

とか言われます。

だから無人化がいいんですよ。

そう答えると「いや、客側が負担にならないようにコントロールすれば良いじゃん」とまた正論じみた反論。

僕は尊厳がある人間に対して自己負担にならない接し方はないと断定しています。

すれ違って「よ!」を気軽にできる仲にどれだけのコストがかかるか。

無人化を反対するひとは人間ではなく「レジ店員」という立場に重きを置いている。

つまり無人化=AI化しなくても勝手に脳内で人間をAI化しているんですよ。

信頼関係がないのに尊厳をあえて踏みにじられ笑い者にされた経験が多い僕は尊厳に対して厳しいです。と、思います。

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