2017/11/30

人権侵害はどこにでもある日常  ふと思いついた事。

人権侵害、と言っても個人的に考える人権侵害ですが。

人の好み等の相手に一切迷惑かからない傾向を否定しそこから自尊心を攻撃し自信喪失させる行為、は当然のようにあり、これを一種の適切なコミュニケーションとさえしている。


それらから守るためには偽りを演じる必要性があり、このことについて「さらけ出せない弱さ」「本音を言えないのは自身がないから」と巧みな言い換えが行われている日常。

「おかしいと思った僕はただ環境に順応していないだけ、社会を知らないだけ」と自責していたが、「おかしいものはおかしい」と思えるようになりつつある。


「嘘はいけないこと」と言われ続けていたが嘘は少なくとも日本で僕が生き続けるためには絶対必要である武器だと認識。


というか、対人コミュニケーションにおいて嘘をつかなかればスムーズさが消失ギクシャクした社会にになる。

「嘘だろうが気を遣ってくれる気持ちが嬉しい」は少なくない。

「嘘の気遣い」が本音をろ過し相手を傷つけず争いにならないような効力を発揮する。

人は常に有利でいたいと無意識下で動いているので、相手に自分がそう思える要素を聞き出そうとしまたこっちが有利であると思わせようとする言動をする。

これに対しての防護策は嘘を使い取り留めが無く自分に悪影響が一切でず他人に「私は有利である」と満足感を与える餌をまく。

初めて言語化した概念ですが、これまでの人生僕がよく使ってきた方法。

しかしこれを説明したところで理解し納得し僕を責めない人はおらず、人でなしの称号を授与するでしょう。

僕は人をどこかで見下している、ということではなく人とのコミュニケーションについて諦めている。

絶対理解しあえないのに理解するふりを当然がの如く行い、自分と他人を平気に同化させ価値観を共有したとフィクションを作る。




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2017/11/28

わからないからこそ生まれる特殊動作  ふと思いついた事。

この考え方は多くの人が物心ついた時には認知しているのでは。

当たりまえでも過言じゃありませんが、人間教えられなかったらおかしなやり方を習得します。

特徴的、個性的といってもいい。

例えば靴ひもの占め方だったり、箸の持ち方だったり。


「わからないこと」を自力のみで解決した結果、それは「解決したと思っただけだ」と一般常識からはそうしか見えないことだってある。

先例の靴ひもだって、教わらなかったら未だ蝶々結びじゃなく丸結びだったと思います、僕は。


つまり、自力のみで解決した方法は「特殊「独特」「新発見」と称賛される可能性と「おかしい」「非効率的」と馬鹿にされる可能性がある。


で、完全に一致した事は「僕はよく人からおかしい・個性的」と言われることと「暴力は受けたが教育は基本放置だった家庭環境」がです。

ひとつひとつの仕草が変だ、とよく指摘されますが仕草なんて習った事ありませんし、人と話す時の礼儀作法なんて全く。

つまり「ぱっとみおかしな人・仕草の人」は親から教育をされなかった人ということ。
(あえて放任したのか、ただの放置なのか含め)

なので、発達障害や自閉症ではないのに「おかしな人」は育児放棄の証拠になる、といってもいいのかも。

自力で問題解決のメリットは、教えられることよりも力がつく事、理解力が上がる事。そして新発見。

新発見とは、類を見ない効率的な方法であったり、効果的であったり。

デメリットは、おかしな方向へ行く、間違ったまま覚える、あまりにもおかしいと馬鹿にされる危険性。

箸の持ち方が握りこぶしだったり、地球は平らだと言い張ったり。



まだ誰もやっていない、結果が少ない事柄は「何がおかしいのか」がわからないためやりたい放題。


「わからないまま頑張る」のか「先に結果をみてそれを真似る(まねぶ)」のか。

勉強するにあたってどちらがいいのかは永遠のテーマですが、僕は後者に加え「あえて失敗をし本質を理解する」ことが好きです。


といっても情報が少ない分野必然的に前者になり、その後専門書で同意見だった時の嬉しさは一入ですが。

「自分の思考」というのは誰もが解らない、未開のフロンティなのでやりたい放題ではないとダメなんです。

何に興味をもつのか、嫌なのか。

だから、色々な体験、本読んで様々な視点を知りそこから何を感じるのか、この過程が自身を豊かにする。
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2017/11/28

東京コミコン なぜ?  ふと思いついた事。

アメコミ・海外ドラマをフィーチャーした催し。

アメリカみたくばんばん俳優がくるかと思いきやサブキャラの人達ばかり。

豪華っちゃ豪華ですが、アベンジャーズチーム全員きたりは今後もなさそう。

招待金額も高騰するので仕方ありませんが、それなら国内要素をもっと強くしてほしい。

本場コミコンでも日本のジャンプ漫画作家のサイン会を行っているのに、そういうのは全くない。

日本本場なのに。あちらの俳優を呼ぶならその費用を超有名漫画作家のサイン会に回して欲しい。


日本の漫画・アニメをフィーチャーした催しは多いので難しいのか。



というか、僕がコミコンという言葉に引っ張られ過ぎてるだけっぽいですが。
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2017/11/26

JUSTICE REAGUE 感想  ふと思いついた事。

予告のブラックパンサーがピークでした。

ツッコミはそれにより面白くない部分を明らかにし面白味ある場面へと消化させる効果が、多分あります。

今作個人的にはツッコミどころが多く、デッドプール以上に勿体ねえな、という感想。

一次感想…面白くなかったです。

もうDCコミックの映画を映画館では絶対みないでおこう、と決心しました。

バットマンVSスーパーマンでダメージをくらい、スーサイドすぐワッドでは絶望しました。

そんな中、見る予定が全くありませんでしたがダンケルクを見に行ったときの予告が凄まじく「これはひょっとすると」と希望を持ちました。

そんな希望は幻だったわけですが。DC映画はPVだけは最高なんですよ。本当に最高。


薄かったです。物語性もキャラも。

ワンダーウーマンだけですね、輝いていたのは。

題名をワンダーウ―マン2でいいです。

次点でスーパーマン。笑ってしまいますよね、強過ぎて。

他は長所より短所が目立っています。

みんな馬鹿なんですよ。バットマンVSスーパーマンからのまんま。

「馬鹿」というのは知能の問題ではなく、ゲームでいうコンピュータ、すっげえ単純なんです。

どうしてもアベンジャーズと比べるんですが、アベンジャーズはリアル世界の延長線上だと認識できます。

しかしジャスティスリーグはそうではなく、超単純な生物が生息しているる別の惑星の話なんです。

ヒーローがあまりにも強いので超単純でも生き続ける事ができるってことかもしれませんが。

ビジュアルは大変良いです。フィギュア欲しくなりました。

唯一腑に落ちる、自分なりの解釈は「ヒーロー達は死ぬか生きるかはっきりして報道しやすい目立つ問題は認識するが、貧富の差であったり人間孤立問題等の社会問題には興味無し!」っていう。

アベンジャーズはそうなのかよっていう話ですが確かにそんなことはなく、強いて言えばトニーの奨学金の設立くらい。

ジャスティスリーグについてなぜこんな疑問が湧いたのか考えてみますと、物語冒頭や途中でそういう場面、言及があるんですね。

問題を露にしておきながら放置。物語内で取り上げた問題なのに放置。

それよりもスーパーマンを生き返らせろ!で観客は簡単にそっちには流れせんよ。

「こういう問題がありますが、ヒーロー達はそれどころではありません」で終わり。

全員ソー状態と言っても良いです。

ツッコミ役がいることで「ああ、映画内でもソーは異質なんだな」と認識できます。

唯一のツッコミはワンダーウーマンンの「大きな子ども達ね」のみじゃないでしょうか。

この台詞により、超単純行動のヒーロー達はワンダーウーマンにとっては子どもであるという認識と、観客側のそれが一致した台詞。

しかし、それを言い放った場面はあまり子どもっぽくないんですね。

「ヒーローからしたら難局も子どもの遊びだ」っていうニュアンスに近い。


本当に期待していた戦闘シーンですが、もう本当に期待はずれ。

これだけ?って感じで。

ワンダーウーマンの最初はしびれました。

ワンダーウーマンだけでこれだけすごいのか!!、と。

しかしこれだけでした。

なんですかね、ワンダーウーマンとスーパーマン以外短所が目立ちすぎるんですよ。

スピード系キャラのお得意「スローモーション映像」ですが、これが頻繁。

またこれかよ、っていう。

対スーパーマン戦はよかったです。スーパーマンの強さがわかったので。

見所は
・ワンダーウーマンの登場シーン
・スーパーマンの強さがわかること

以上。

ストーリーパートもちんたらしてるんですよ。なんとなく一瞬で理解できるのに、壮大なBGMをバックにちんたら。

マイティソー単独作品はどれも好きじゃないので見に行くつもりありませんでしたが、回復するためバトルロイヤル改めラグナロクを見にいこうと思います。

とりあえずガーディアンオブギャラクシー2をみてこの徒労感を昇華させます。

ビジュアルだけだったなぁ。期待させるのは本当すごいなぁ。

ワンダーウーマンはかっこよかったなぁ。フィギュア欲しいなぁ。


以下こんなシーンあったらよかったなぁ、という気味悪い妄想。

・スーパーマンの強さに愕然したアクアマン、サイボーグがバットマンに馬鹿にして悪かったと謝罪
・バットポッドの活躍・・・他ヒーローが吹き飛ばされる攻撃を何度も持ちこたえるとか。
・アクアマンが調子乗りすぎて他のヒーローを投げたり武器扱いする。
・サイボーグに対して「それ裸じゃないの?」というツッコミ。
・バットマンは小さい事ばかり解決していると指摘され「事件に大きさは関係ない」とキレる。
・チームワーク悪過ぎてワンダーウーマンがキレる。
・スーパーマン登場でボスが軽く追い込まれるがチームワーク悪過ぎて逆にボスが有利になる展開。
・スーパーマンが恋人に対して単純すぎるのでボスが指摘し馬鹿にする。
・ワンダーウーマンも呆れる
・アクアマンがフラッシュを乗り物扱いしてフラッシュ困惑
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2017/11/26

人にぬくもりを与えた以上は無理  ふと思いついた事。

僕は少しでも幸せになれるなら人に温かく接したいと常日頃考えています。

あああのお客さんよかったな、とかあの人私に親切にしてくれたな、とか。


心に留めていますが、発動するのは稀です。

なぜなら「それ以上」を人々は安易に要求するからです。

1度限りの出会いの場合「気持ち悪」と嫌悪感を示す人がいて、何度も合う場合「こいつは舐めても良い」とか思ってかなり雑に扱ってきたり、プライベートに異常に干渉してきたり。


これらリスクをとってまでも行動に移すべきか疑問にもっている。

僕は「思わせぶり」と称され「八方美人」とも言われる。

僕と他人との「心地よい距離感」は当然異なっている事はわかっています。

女性が苦手な一要素に「仲良くなると付き合うという段階が待っている」というのがあります。

「何お前が付き合えると思っているんだよ」という自分の中の外野の声がつっこむので大きな声では言えませんが。

その証拠に、結婚している人は年齢が近くても普通にコミュニケーションが取れます。
(私の旦那の方がまし!と幸せを与えるんじゃ無いかなと思ったり)


できる限り人間としての生命体反応を他人に認識してほしくありません。
(荻上チキさんが同じような事を言っていて嬉しかったです)

なんというか、その場ではめっちゃはしゃいだり気を遣うけど、その集団から一歩外でたら赤の他人同士レベルがいいです。

文字化するとドン引きされる考えかもしれませんが、経験上多くの人が持っている考えではなかろうかと思います。

こっちでは明るいのに、別の場所では暗い、なんてよくあります。
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2017/11/25

スノーデン 感想  映画(見たもの、見たいもの)

アメリカは世界中のあらゆる情報を盗んでいる。

初出がもう4年前の話で驚き。1年くらいしか経っていないと思っていました。

ラジオ等である程度情報は得ていましたが、彼の身の回りについて知らず。

高校中退だがエリート級の知能の持ち主は他にもいるだろうな、と。

彼みたく突出した能力を持っていなくとも、エリート平均値はたくさんいるでしょう。


アメリカ政府の情報センターの規模のでかさはフィクションながら映像でみるとやっぱすげえんだな、と。

ルービックキューブですよね。

ルービックキューブだけでも見た甲斐がありました。
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2017/11/25

いじめ被害の方が記憶に残る理由  ふと思いついた事。

いじめ加害、被害どちらも経験があります。

両方とも記憶がありますが、強度でいうと被害の方が大きい。

これはよく言われる「やられた方は覚えている」ということに当てはまりますが、それがなぜなのか自分也に考えました。



まず「思い出すこと機会が多い」ということ。

いじめた時の夢は全く見ませんが、被害側だったときの夢は未だに見ます。

それと、相手から攻撃される(すれ違い様に物理借りそうになり舌打ちされるから、失敗したときの叱責まで幅広い)度に思い出します。

僕の場合、失敗をするたびに親兄弟から叱責と暴力を喰らっていたので、未だに小さい失敗でもしばらく立ち直れななくなります。
一日中そのことを考えていたり、いらいらしたり、ずっとねっころがったり。

映画等の気分転換は効果無く、全く集中して楽しめない状態になる。



次に責められたときのダメージが大きくなる。

既に上記に書いてありますが。

責められた時に思い出すのはまず始めに恐怖、不快感、そして映像のコマ送りのように当時のシーンが脳裏に浮かびます。

つまり、当時と同じ心境に陥るとことであのときの恐怖が蘇り、イジメ被害を受けてない人に比べるとダメージが大きくなるのではないかと。



これは経験というより本からの知識を応用した勝手な仮説ですが、人間は恐怖に集中するように生物学上なっているという点から。
人間は恐怖、死の危険を察知すると心拍数を上げ脳の酸素供給量を上げ体全体のパフォーマンスを上げようとするそうです。

生き残ってきた生物として特徴の一つのようで、人間以外にも備わっているそう。

子どもの時、まだ脳が出来上がっていない時にこの能力を頻繁に発動すると「敏感さ」が先鋭化する方向で成長し、恐怖に敏感になる。

つまり、「人より恐怖心が強く」「恐怖を見つける能力が高く」「恐怖に敏感になる」。

「いじめ」はこの恐怖特化人間になるきっかけとなる。

いじめ被害は自分自身がコントロールできない反射神経下での恐怖の実感を習得してしまうことにより、相手への恨みは消える事を許されず、恐怖から身を守るための高精度自動機械を植え付けられたのと同時に、被害に会ったときの記憶がセットとなっているので忘れられない。


不快の気持ちになると「ああまたあのときの気持ちになる」というのは、こういうことではないでしょうか。


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2017/11/25

チャットモンチー 完結  ふと思いついた事。

来年夏7月に解散。

チャットモンチーから学んだ事は、好みの旬を楽しむ必要があるということ。

「衝動」を悪い意味として教えられた僕は「何年後には興味がなくなっている」と想定し、その時いくら好きでも目の前の好物を逃す行動習性があります。

そんな僕がライブへ行きCDとライブBlu-rayは予約購入しコンプリートし、その後興味が薄らいでも「ああ、あのとき楽しかったな」と決して衝動は悪い意味ではなく、楽しかった記憶、自分の「楽しい」を構成してくれる大変貴重な要素だとわかりました。


それと、他人との共有をせずともどっぷりハマれることが判明しましたし、逆に他人と共有する事で独自の視点の純度が下がるという悪い影響があることもわかりました。


最初で最後の、ハマった音楽アーティストなの間違いないです。

ハマった当時、アイデンティティ、自分とは何者なのかという不安を解消するために飛びついたという点、所有欲が大幅減退した今、同じ熱量を費やす事はもう不可能。

自分のアイデンティティの代わりにもなってくれた。

同化してました。

当時はまだ同化に対する恐怖心というか同化がコミュニケーションの柱とさえ考えていた。
今は同化はテクニックの範囲で、その前提が消えたら逃げろとさえ考えている。

ライブで一緒に歌う行為は想像でも文章でも気味悪い行為ですが幸福感でした。

歌詞を知っている、だからタイミングに合わせて歌えるんだと。

ラストライブなんて行くと悲し過ぎてむせび泣くので遠くから細い目で見る立ち位置をキープしようかと思います。
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2017/11/25

チャットモンチー 完結  ふと思いついた事。

来年夏7月に解散。

チャットモンチーから学んだ事は、好みの旬を楽しむ必要があるということ。

「衝動」を悪い意味として教えられた僕は「何年後には興味がなくなっている」と想定し、その時いくら好きでも目の前の好物を逃す行動習性があります。

そんな僕がライブへ行きCDとライブBlu-rayは予約購入しコンプリートし、その後興味が薄らいでも「ああ、あのとき楽しかったな」と決して衝動は悪い意味ではなく、楽しかった記憶、自分の「楽しい」を構成してくれる大変貴重な要素だとわかりました。


それと、他人との共有をせずともどっぷりハマれることが判明しましたし、逆に他人と共有する事で独自の視点の純度が下がるという悪い影響があることもわかりました。
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2017/11/24

「知る」の意味範囲について  ふと思いついた事。

指切断から、自分でも信じられない程の再生能力を発揮し痛みはまだあるが形はほぼ元通りまでに。

まぎれもない自分の体なのに認知していなかった能力。

「自分」だが「人間」という生物についての知識は少ない。

脳に至っては未だ「まだわからない」とされている。


「自分のもの」=知っている、とはならず、一方で自分の物ではないのに本当で得た情報は「知っている」となる。

知るとはなんだろうか、という問いはかなり広範囲でありまとめるには長時間必要。

一端、現在知るについて、考えついた事柄を箇条書きにまとめました。


・自分のもの=知っているとはならない。
・つまり自分の感情、性格も自身は知らない可能性が当然あり他人の方が知ってることもある。
・体で自分が知れて相手が知れないのは「感情」「感覚」の2つ。
・他人から感情と感覚を先取り、意味付けられそうになったときは注意が必要。
・「自覚がない」についても別途考慮必要。
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